災厄の大悪魔の異世界転移奇譚    作:水城大地

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昨日の夜に更新した話の後半部分です。
ざっくりとしたあらすじ。

ウルベルトさんは、こちらに来て今の姿になるまでのことを話していた。
掌サイズのゴーレムにっている事を話していたら、パンドラズ・アクターから、その条件に関する突っ込みがあって、リアルで死亡している事の触れてしまう。
そこで、どうしてそうなったのか、それまでの話をすることに。
そこで、ウルベルトはリアルでテロに巻き込まれ、自分もテロ組織に所属した事までを語ったのだった。


第四話

それから三年の月日が過ぎた。

ウルベルトは、助けられたテロ組織の中で持ち前の反骨精神の強さなどからメキメキと頭角を現す事になり、現在ではそれなりの立場に座っている。

三年前こそ、テロに巻き込まれてしまった事自体を嘆いていたものの、これはこれで良かったのではないかとすら思っているのだ。

多分、ウルベルトたちテロ組織の行動は、今の社会に影響を与える事はないだろう。

富裕層が住むエリアに手が届く前に、彼らに指揮されている貧困層の分厚い防衛層が、その行く先を阻んで意味を無くされているからだ。

この壁を越えなければ、何をやっても富裕層に手が届かない事も、テロ組織の幹部たちは理解していた。

 

それを理解していたからこそ、どうすればそれを何とかして先に進めるのか、何度も議論を交わし必要になるだろう幾つもの情報を収集し、それを実際に実行する為の幾つもの手段を構築したのは、ウルベルトや他のテロ組織の中にいる小卒以上の幹部たちだ。

 

何とか、富裕層にこちらの手が届く様に抜け道を見つけ出そうと、テロ組織の中でも有識者たちが集まり様々な方法で試行錯誤を繰り返して、可能性を見出した時だった。

長年続いてきた、ウルベルトにも思い入れが強いユグドラシルのサービス終了を、ネットで大々的に取り上げたのは。

もしかしたらと、 念の為にユグドラシル時代に使用していた、モモンガなど一部の人間にしか教えていない個人的なメールを確認したら……やはり、モモンガからのお誘いメールが来ていたのを発見した。

サービス終了まで、残された期間が三か月しかない事で、仲間のギルドへの復帰が難しい事を察したのだろう。

せめて、最終日だけは気心知れた仲間と共に過ごしたいと、モモンガが望んだとしても別におかしくはない。

 

だが、今のウルベルトにユグドラシルにログインするという、自分自身も組織の仲間も危険に晒すという行動はとても出来なかった。

 

そもそも、今ウルベルトの手元には端末はない。

あの時、ゲームの端末がウルベルトの手元にあった理由は、テロに巻き込まれる十日ほど前からどこか動作不良が多く、故障している可能性がある為に修理に持って行こうとしていたからだ。

一応、それなりの応急処置はしてあるものの、テロ組織に所属する事を自分の意思で選んだ時点で、覚悟を示す様にウルベルトは自分の端末をボスへと預ける事を選択した。

 

手元に置いておいたら、色々と未練が残る可能性もあったからだ。

 

それに対して、受け取ったボスは何とも言えない顔をしていたのを覚えている。

彼は、それ相応に名の知れたユグドラシルプレイヤーで、自身も割と名の知れたギルド所属だった事もあり、上位ギルドのメンバーを覚えていたらしい。

だから、端末のチェックをした際に出てきたプレイヤー名とキャラクター画像を見て、本気でこれを預けると言い出した事に驚いていたのだ。

 

ここで、どうしてこんなにもウルベルトがボスと直接話せるのかと言うと、それもちゃんと理由がある。

 

彼らの組織は、あくまでも富裕層に対するテロ行為が目的で、同じ貧困層の人間を出来るだけ巻き込まない様に活動していた。

実際、今までの彼らのテロで無関係の貧困層の人間が巻き込まれる事はゼロに近い数字で、それだけは他に対しても誇っていたらしい。

だからこそ、偶然巻き込んでしまったウルベルトに対する罪悪感が、彼らのボスと直接話せる機会を設ける事に繋がったのである。

 

そんな経緯から、ウルベルトはボスに端末を直接預ける事に成功し、ボスも端末を勝手に処分しない事を約束してくれたのだ。

 

今回のモモンガからのメールを見ても、ボスに対して「端末を返して欲しい」とはウルベルトにはとても言い出せなかった。

今の立場的に、ボスに会う事自体は難しくはないが、逆に幹部候補として名を連ねる様な自分が、今更モモンガ達の元に戻れない事など理解していたからである。

この大事な時期に、そんな不用意な真似をして足が付いた結果、作戦が実行出来なくなってしまう訳にはいかない。

 

そんな風に、様々な事を考えて自制していたウルベルトの背中を押したのは、このテロ組織のボス本人だった。

 

最初、個人的にボスから呼び出された時、何か問題が起きたのかと心配になったのだが、どうやら違うらしいと理解したのは、机の上に懐かしい端末が置かれていた時である。

それを前に、ボスが椅子を勧めるので素直に従えば、彼からの言葉は思わぬものだった。

 

「アインズ・ウール・ゴウンのギルマスのモモンガさんは、とても義理がたい人物だと言う事を俺は知っている。

彼が、未だにギルドを維持しているのは、ほぼ間違いないだろう。

先日のニュースの際、ネットで調べたが……未だに上位三十位以内の中に、ギルドの名前を連ねているからな。

だからな、宇部。

最終日の終了直前に顔出して、お前の中で燻っているけじめをつけてこい。

このまま会えなかった事で、下手に未練が残っていたりしたら、今度の作戦にもミスが出るかも知れん。

流石に、今回はうちの組織の総力戦だからな。

そんな理由で、そんな凡ミスをされたら困るんだ。

お前には、俺とは違って待ってくれている相手がいるんなら、きっちり顔を合わせて別れを告げておけば、心残りもなくなると思うんだが……違うかい?」

 

ボスの言葉は、どれもウルベルトの中に燻っていた気持ちを揺り動かしていく。

気付けば、自分から手放した筈の端末に手が伸びていた。

自分が属する組織のボスに、ここまでお膳立てをして貰っている状況で、それを断るのは逆にかなりの非礼に当たるだろう。

そもそも、ボスがこんな事を言い出したのは決戦が近いからだ。

更に、ボスは何かを思い付いた様に笑いながら、ウルベルトが断り難くなる言葉を追加した。

 

「それに……もしかしたら、たっち・みーが来ているかもしれないんだろう?

だとすれば、なおの事お前はこの誘いを受けるべきだ。

もし、それで本当に奴に会ったら、それとなく宣戦布告してきてくれても構わないからな?」

 

ニヤリと笑うその様子は、どこか闘志を燃やした暑苦しさを匂わせるもので、流石は戦士系のプレイヤーだと思わせるものだった。

そう、このボスは以前何度かたっちとPVPで戦った事があるのは、ウルベルトも知っている。

かなりいい所までたっちに迫ったものの、結局一度も勝てなかった事をウルベルトは聞いた事があるからだ。

だからこそ、彼の口からそんな言葉が出たのかもしれない。

どちらにせよ、けじめを付けに行ってくるべきだと理解したウルベルトは、ボスの言葉に素直に従う事にした。

泣いても笑っても、あと数時間でユグドラシルは終了する。

 

それなら、下手な後悔を残したくはなかった。

 

********* 

 

あの後、ボスだけでなく幹部たちを交えて綿密な打ち合わせが行われた。

ウルベルトは、幹部候補として色々な事を知っている立場にいる為、警察に捕まると組織にとってもかなり具合が悪い存在でもある。

それでも、今回の事に関して許可が出た理由は、ちゃんとあった。

 

「今回のお前へのログイン許可は、ある意味俺達から警察に対する挑発行為でもある。

一番危険な役を押し付ける以上、お前には正直に言っておこう。

この三年、預かった端末は全く違う場所で数回起動しているんだ。

可能な限り、本部やテロ現場から離れた場所で、な。

そうする事によって、警察関連の撹乱に利用させて貰っていたんだ。

悪いとは思ったんだが……予想外に、警察の人間が釣れるから丁度良くてな。

その代わり、この端末には色々と細工が施して接続場所は判明し難くしてあるから、今回のログインもある程度の時間……そうだな、数時間なら誤魔化せるだろう。

お前なら、それで十分上手く必要な事を済ませて逃げおおせられるだろう?」

 

幹部の一人が告げた言葉に、ウルベルトは思わず苦笑するしかない。

警察が、ウルベルトの端末が接続される度に釣れた理由など、一人しか思い付かなかった。

なるほど、確かにこれはボスが宣戦布告して来いという訳である。

 

そんな話もあって、ウルベルトがボスの許可を得た上で幹部とも相談して使用する事を決めた場所は、本部からかなり離れているものの、テロ組織でも重要度が高い情報を扱う際に何度も使用されているセーフハウスの一つだった。

ここは、情報収集専門の場所として使用しているだけに、割と情報系のセキュリティが高く設定されている。

そう言う点でも、多少の事なら無茶な条件でネット接続しても問題ないと考えられ、それなりに使用されてきたのだが、今回の作戦の為の情報収集の為に使用されている事から、明日の朝までにあらゆるものを破棄した上で撤退する事が決まっていた場所でもあった。

だからこそ、ウルベルトもここを利用する事をボスに申請し、ボスもそれを承認したのだ。

特に、今回ウルベルトがネットに接続する端末には色々な問題がある都合上、長時間の使用は逆探知される可能性はあった。

ボスに預けてあった間に、色々と細工はしてくれているとの事だったので、一応場所を逆探知されるまでには二時間程度の猶予はあるらしいが、それでも危険なのは変わりがない。

幾らボスや幹部たちの許可を受けているとは言え、ウルベルトがこれからするのは自分の都合で危険を冒す行為だ。

 

だからこそ、出来るだけ組織の仲間を巻き込まないで済む廃棄予定の拠点リストを探し、本部からかなり離れているこの場所を選択したのである。

 

ボスに呼び出されてから数時間後、出来るだけ人目に付かない様に移動して目的の場所に到着したウルベルトが、ボスから受け取った端末の中のゲームデータのチェックをしてみれば、半年ほど前に会った最後のアップデートだけをすればログインが可能な状態になっていた。

どうやら、小まめな性格だったボスはこの3年間でのアップデートの大半を、預かっている間に済ませてくれていたらしい。

これに関しては、タイムロスの危険性を考えれば本当にボスに対する感謝の念しか浮かばない。

今の時間は、夜の十時四十五分。

 

これなら、今からアップデート作業をしたとしても、十一時半前にはログインが可能になるんじゃないだろうか?

 

サクサクと手慣れた手付きで、正式な手順を踏みながらアップデート処理を行いつつ、ウルベルトはタイムスケジュールを頭の中で再度確認していく。

最大で二時間程度とは言われているが、多分、警察もそこまで間抜けではない。

今まで、何度も繰り返して起動させてアップデートとしているのなら、小細工の有効時間は確実に短くなっている筈だ。

だとすれば、実際に接続していられるのは更に短く一時間程度と想定しておくべきだろう。

その場合、アップデートに掛かった時間によってログイン時間は変化するかもしれないが、少なくてもモモンガに最後の挨拶位は可能だと考えていい。

モモンガを含め、他の仲間と会える最後の機会なのだから、自分らしさを彼らに示せる最後の挨拶はどんな内容だろうか?

この際、厨二病と笑われても気になんてしていられない。

そんな事を考えながら、ウルベルトが懐かしい仲間に会える最後の時間とその別れに対して、思いを馳せていた時である。

 

いきなり、ドアが切り分けられたかと思うと、複数の男たちが部屋の中に乱入してきたのは。

 

強引に乱入してきた男たちは、声も出さずにどんどん部屋の中に入ってくる。

状況的に、どう考えてもこんな乱暴な方法で訪問してくる相手が味方とは思えなかった。

むしろ、自分に対する敵意など様々な意味で危険を感じ、この場でのログインは無理だと判断したウルベルトは、端末を片手にその場から逃げようとしたのだ。

だが、彼らは数にものを言わせて数十分後にウルベルトの身柄を拘束すると、もう少しでアップデートが終了する筈の端末を取り上げた。

マスクなどで顔を隠しているのが半数だが、それでも髪型や特徴的な服装に色々と見覚えがある。

彼らは、間違いなくウルベルトが所属しているテロ組織の仲間たちだった。

ただし……彼らは全員、テロ組織の中でも特に知識が無い為に使い走りしか出来ない、末端の構成員でしかなかったのだが。

 

少なくとも、幹部候補として組織の上層に位置するウルベルトに対して、下っ端の彼らがして良い行動ではない。

 

とは言え、実際に組織の人間と顔を合わせる場に出る際は、特殊なマスクをして素顔を晒していた訳ではないので、本当にウルベルトの事を幹部候補と理解しているのかは微妙な所だが。

ウルベルトが、そんな風に頭の中で考えながら彼らの様子を観察すると、とても興奮していて無理に自分を奮い立たせている様にも見えた。

多分、こうしてウルベルトの事を拘束する事に対して、躊躇いがある者たちもいるのだろう。

 

その中で、一際目立つ男大柄の男の事を、ウルベルトはよく知っていた。

 

彼は、ウルベルトがテロ組織の中で台頭していく事に対して、何かと不満そうに見ていた男である。

そんな男が、この状況の中でウルベルトに向けてニヤニヤと笑っている様子を見れば、なんとなく状況を理解してしまった。

どうやら、この男はウルベルトがこっそりと組織の本部から離れ、組織から廃棄される予定の場所でコソコソと何かしようとしている情報を偶然掴み、組織に対する裏切り行為をしているのだと勘違いしたんだろう。

 

もしかしたら、ウルベルトが裏切った(と思い込んだ)証拠を掴んで自分の手柄にしたら、組織の中で成り上がれるチャンスだと思ったのかもしれない。

 

まさか、ウルベルトの行動が最初からボスの承認の下で行われる行為であり、この場所の使用も正式に許可を得ている事すら、どうやら彼は知らないのだろう。

まぁ、こんな末端の組織の人間に、上層部の行動とその目的が全て筒抜けになっている様では、万が一警察などに捕まった際に情報を抜かれてしまうだけなので、当然の話なのだが。

末端とは言え、テロ組織に所属して生き抜いた年数が少しばかりウルベルトよりも長いので、この男には数人の部下がいる。

自分の裁量で動かせるだけの駒の多さと、上手く仲間を乗せるだけの口の上手さは知られていたが、まさかこんな暴挙に出るとは組織としてもウルベルトとしても予想外だった。

 

多分……この男は、自分の思い込みで勝手にウルベルトを襲撃している事自体が、組織に対する裏切り行為だと思っていないのだ。

 

折角、作戦決行前日の夜に囮として警察を釣る事で、翌日の決行日の初動捜査を鈍らせる事が可能だろうと、単独でゲーム端末を接続していたウルベルトの行動を邪魔するこの男はもちろん、その言葉に唆されてこうして行動しているだろう彼らの事も、ウルベルトは愚かだと思う。

だが……この手の男に何を言っても無駄だという事を、ウルベルトは今までの経験から良く知っていた。

その証拠に、ウルベルトが一切の反論や抵抗が出来ない様に、全身を拘束した上で口に猿轡をする事で反論手段を封じている。

 

この男は、自分の事を最初から殺すつもりなのだろう。

 

ウルベルトを殺す際に、一緒にこの端末を壊してしまえば状況証拠しか残らず、自分の言い分が通るとでも思ったのだろうか?

そんな話など、正式にボスからの指示で行動していた事を知っている幹部相手に、絶対に通用する筈がない。

むしろ、上層部のみが知っている今回のウルベルトの行動やそれに纏わる情報を何も知らない彼らは、このままこの場で生き残る事すら叶わないだろう。

そもそも、本当に裏切り者だと断定しているのなら、逆に必要な情報を引き出すべきウルベルトの口をこんな風に封じてしまっている時点で、自分たちの無能ぶりを披露している事を彼らは気付いていない。

特に、中途半端な情報を持っていてウルベルトの事を目の敵にしている件の男は、この場に留まっている危険性すら理解せず端末を中途半端に弄って、中に入っているのが本当に裏切りの証拠でなく今日が最終日のネットゲームだと理解し、何とも言い難い苛立ちを募らせていた。

 

彼としては、少しでも疑わしいデータが入っている事だけこの場にいる仲間に示せれば、ウルベルトを殺すついでに壊してしまったとしても、十分言い訳が可能だと思っていたのだろう。

 

スッと、視線をこの場所に唯一残っていた電子時計で時間を確認すれば、既にユグドラシルが終了する時間まで残り五分を切っていた。

予定の時間より、かなり長く端末をつないだままこの場に留まり過ぎている以上、既に逆探知されて警察の場所が割れていると考えていいだろう。

ぼんやりとそんな事を考えながら、どうする事が出来ない状況に内心溜息を吐きながらウルベルトが視線を薄く開いているドアに向ければ、そこから強烈な視線を感じて目を見開く。

 

間違いなく、複数の視線が中に様子を窺っているのだろう。

 

ウルベルトや幹部たちの想定通り、この場所を警察が逆探知で探り当てたのだろうと思った瞬間、この場を指揮している愚かの者リーダーがそれまで弄っていた端末と繋がっているヘルメットをウルベルトに被せてきた。

視界の中に、繋がれたログイン手前の画面に示されている時刻は、二十三時五十九分四十秒。

もう、一分を切っている状況でヘルメットを被せてどう言うつもりだと、視線を向ければそれは愉しそうに口の端を上げて嗤っている。

 

「そのゲーム、後十数秒で終わりなんだろう?

だったら、ログイン出来ないまま終わるのを見届けさせてから、てめぇを殺してやるよ。

ほら、もう後、十、九、八……」

 

ニタリとその男が嗤い、ヘルメットの側頭部に銃を押し当てカウントダウンの真似事を始めると、追従する様に周囲がわざとらしくこちらを馬鹿にする様な声を立てて嗤いながら同じ様にカウントを始める。

その途端、ドアの向こうの気配が剣呑さを増したのを感じた。

ほぼ同時に、このバカな男たちが入ってきたのと同じようにドアが蹴り開けられ、特殊装備を身に纏った警察の特殊部隊が一気に流れ込んでくる。

その姿を見ながら、本当に馬鹿な奴らだとウルベルトが考えた時、一番奥にいた事でまだ特殊部隊の手が届いていない馬鹿な男は、ウルベルトの頭に突き付けていた銃の引き金を引いた。

 

その時、ウルベルトが見ていた視界には【ユグドラシル】の終了を知らせる画面と、その画面越しにうっすらと見えた誰かが駆け寄ろうとする姿だった。

 

********

 

「……そのまま、完全に【ユグドラシル】の終了画面を見ながら頭を打ち抜かれ、現実世界の俺は即死したんだと考えて、まず間違いないだろうな……」

 

ゴツンッと大きな音を立てながら、ゴロリとその場にひっくり返る様に横になった俺の頭の中は、正直言って限界に近かった。

自分の身に起きた、ある意味壮絶な最後を思い出した影響もあるのだろう。

この世界で意識を取り戻したばかりの頃は、流石に状況に頭が付いて行かなくて色々と混乱していたが、現実での自分の最後を思い出したら思い出したで、頭が痛い事ばかりだ。

ほぼ間違いなく、あの場にいた面々は全員抵抗して射殺されたのか、捕まったかのどちらかだろう。

ボスや幹部たちの指示で、基本的に表に出ない裏方で動いていたウルベルトは、テロ組織との繋がりを疑われてはいたものの、基本的には生死不明の一般市民の範疇だった事も、あの時の打ち合わせで聞かされているので知っている。

 

だからこそ、本当に生きているのか端末だけを利用されているのか、その確認の為にとある人物がかなり躍起になっていて、結果的に警察が良く釣れたと言われていたのだから、ほぼ間違いない筈だ。

 

まして、俺が殺される前の惨状をあの男が見たのならば、間違いなく俺がテロ組織に捕まって暴行を受けていたと思う筈である。

同時に、末端で作戦の事を全く知らされていない様な奴らが幾ら捕まったとしても、この後に控えているテロ作戦の情報が洩れる事はない。

もし、馬鹿な男が生き残っていたとしても、そいつが喚いた位ではウルベルトが彼らの仲間だという証拠になるだけの情報や物証も、彼らは持っていないだろう。

その為に、ウルベルトはほぼ完全に裏方に回っていたのだから。

正直言えば、モモンガや他のギルメンに会えなかった事は悔しいが、あの結果なら彼らにこの件で迷惑が掛かる事はないだろう。

 

それだけが、ウルベルトにとってせめてもの救いだった。

 

**********

 

「まぁ……こんな感じで、リアルの俺は死亡した訳です……

あの、ちょっとだけ休んでも構いませんか?

流石に、これだけの事を話したら少し疲れました。」

 

自分がどうして死んだのか、一連の事を一気に話し終えたウルベルトは、ちょっとだけ疲れたのかそれだけ言うと飛行の呪文でふわりと浮き上がり、フォーサイトの中でも一番仲が良い神官の掌の中へと移動していく。

もちろん、リアルでも微妙な部分に関わる内容だと判断した部分は、出来るだけぼかして誤魔化しながら話として伝えたが、アインズに対してはこれで十分伝わっただろう。

現に、ウルベルトの話を聞いたアインズの周囲の空気は、ピシッと固まっているのを感じたので、ウルベルトの予想は間違いない筈だ。

 

本音を言えば、ウルベルトとしてもあまり話したいと思っていた内容ではない。

 

だが、この辺りについてもきちんと話しておかないと、漠然とではあるが色々と後で困ると思ったから、素直にアインズ達に対して全て話す事にしたのである。

しかし、ウルベルトにとっても今回話して聞かせた部分は、精神的に負担が大きな話だったのだ。

すっかり精神的な疲労が溜まったのか、神官の男の掌の中でくたりと力を抜いて甘える様に頬を擦り付けると、彼もウルベルトの精神状態が良く判っているからか、優しくその背中を撫でて優しく宥めてくれる。

暫くの間、周囲の視線を気にする事無くそうして彼に背中を撫でて貰っていると、漸くアインズの方も精神的に立ち直ったらしい。

鋭い視線をこちらに向けて、ウルベルトに対して念を押す様に問いかけてきた。

 

「……確かに、ウルベルトさんがテロに巻き込まれて生死不明の状態だという事は、私自身も聞いていましたが……まさか、本当にテロリストに属してると思いませんでした。

ですが……そんな風に巻き込まれたという経緯なら、無理にテロ活動に参加しなくても普段の生活に戻れたのではないのですか?」

 

状況的に、ウルベルトがそちらの道に行く必要がなかったのではないかと、そう真っ直ぐにアインズに問われ、ウルベルトは疲れた様子で首を横に振った。

アインズが口にした通りになる程、当時の状況はそんなに簡単な話で済むものはなかったのだ。

コリコリと、ふかふかの毛に覆われた頬を軽く掻きながら、ウルベルトは小さく溜息を漏らす。

 

「……あのな、モモンガさん。

あの時、俺はテロに巻き込まれた揚げ句警察にテロ関係者と疑われていた時点で、生死不明で戸籍が半分消され掛けていた状況だったんだよ。

戸籍を復活させるのは、様々な面でかなり煩雑な手続きとかが必要だから、一旦この状態になったら実質戸籍を復活させるのはほぼ難しいと思った方が良い。

それこそ、もし本当にリアルで俺の戸籍を復活させようと思ったら、それまでに係る経費の方が、本気で目玉が飛び出るほど馬鹿高くて、あちらの世界の俺達の貯蓄じゃ、先ず払いきれない金額だからな?

むしろ、たった二日で俺自身の銀行口座も生死不明が理由で利用停止扱いになってたんだよ。

偶々、テロに巻き込まれる前に必要に駆られて大半の金額を下しておいたから良かったものの、そうじゃなかったら口座の残高丸々没収される所だったからな!

幾らなんでも、流石に戸籍がほぼ無いのと同じで資金面もアウトなんて、あのリアルじゃまず生きていくのはほぼ無理だから!

更に言うと、テロに巻き込まれた際に持っていた通信系の端末は全滅していて、鞄の中のユグドラシルの端末が無事だった事の方が奇跡的なんだよ。」

 

自分の置かれていた状況を、出来るだけ簡単に指折り説明してやれば、アインズの気配が一気に強張る。

多分、彼もウルベルトが置かれたリアルでの状況の厳しさを、漸く理解したのだろう。

その横で話を聞いているアルベド達が、色々と今までの話に対して質問をしたそうな顔をしているのだが、それに関しては一切無視していた。

本当なら、アインズと二人だけで隠し事なく全部話してしまいたいのを、彼らがそれを認めないから同席する代わりに詳しい部分を伏せているのだ。

この段階で説明を求められても、アインズときちんと打ち合わせが済んでいない状況ではどこまで話して良いのか判らないし、既に何かをアインズが話していたら齟齬が出るかもしれない。

そんな状況で、下手にアインズの様子を見ながら変な説明をした場合、頭の良い二人……いや、遠隔視の鏡越しに見ているパンドラズ・アクターを入れて三人に、下手に勘繰られる可能性もあるだろう。

流石に、そんな状況になるのはお互いの為にも嬉しくないのだ。

ピリピリとした空気が流れている中、スルリとウルベルトの頭を優しく撫でてくれていた神官の男が、少しだけ苦笑を浮かべながらウルベルトに声を掛けてきた。

 

「今更、どうする事も出来ないリアルの死をいつまでも語るよりも、こちらに来てからの事の方を話してあげた方が良いと思いますよ、リュート。

あちらで死んだ事が、既に覆らない事実なのだとリュートは既に受け入れている訳ですし、他の人がどう思おうとそこは問題ではないんでしょう?

それならば、どう言う経緯で私たちと出会い、行動を共にする様になったかを語った方が、より建設的な話だと思いますよ。」

 

まるで、優しく促す様なそんな神官の物言いを受け、ウルベルトは少しだけ顎髭を軽く撫でると頷いた。

確かに死んだ事に関して、いつまでも話しているよりは余程大切な事だろう。

あちらの世界は、既にウルベルトには関わり合いの無いものになっているのだ。

 

彼の言う通り、いつまでもあんなリアルに関して話しているよりも、彼らとの事を話す方が余程有意義だろう。

 

そんなウルベルトの反応を見ていると、アインズは思わず肉体が無いのに臍を噛みたい心境になる。

自分が知る彼は、ちゃんと人の話を聞く優しい人ではあったが、何処か斜に構えた所もあって、厨二病な所も多かった。

それなのに、目の前にいる男に対するウルベルトの態度は、甘えが混じっているようにすら思えて。

 

「ウルベルトさんと、ギルメンの中でも特に親しかったのは、自分なのに」と、つい思ってしまう。

 

そんなアインズの気持ちを知ってか知らずか、ウルベルトは神官の男性にお茶の入ったカップを取って貰って、コクコクと飲ませて貰っている。

沢山話をしたから、その分も喉が乾いているのも判るが、なんとなく釈然としない。

多分、それはデミウルゴスや他の守護者達も同じ気持ちなのだろう。

ウルベルトが、フォーサイトのメンバーと仲良くすればするほど、彼らから漂う空気が微妙なものになるのだった。

 




と言う訳で、後半部分です。
作中にも書きましたが、実際に語ったリアルの部分はかなり暈して誤魔化されています。
この辺りは、アインズ様に伝われば良いだけですからね。

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