魔法先生ネギま!悪の英雄章   作:超高校級の警備員

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第五話 虫の抵抗

「いゃぁ凄まじいパワーでしたよ。まさかこれ程とは……。これならあの腰の重かった彼が自ら動くわけですよ」

「貴様……まだ立ち上がる力が残ってるとは……」

「私たちはあなたたちのような下等と違ってこの程度で死んでしまうほど軟な鍛え方をしていません。それゆえに、自害の掟は重いのです。それと同時に、これ以上誇り高く尊い責任の取り方もないでしょう」

「いや! 待て!」

「おっと、あなた達は我々の自害を認めないんでしたっけ?」

「ああ……その通りだ」

「わかりましたいいでしょう。いくらなめすぎたとはいえこの私を倒したのです。その最大の敬意を表して、私を殺害する権利を与えましょう!」

「!?」

「さあ、一思いにやりなさい。それがあの方の命令なんでしょ?」

「そんな挑発に乗るな!」

「!!」

「おまえが何を考えてるのか、なぜ悪に戻ったのかについては今は深く聞かない! なんでも一人で背負おうとするお前のことだ……きっと俺たちに言えない理由があるのだろう。しかし闘い終えた相手を殺すことだけはやめてくれ! それをやったらおまえがますます遠くへ行ってしまう気がして……」

「!?」

「おやおや、今さら正義を語る昔のお仲間さんの言葉に耳を貸すつもりですか?」

「………」

「唱えなさい。“すべてはあのお方のために”」

「………ッ!」

「やめろ―――――!」

「……何やってるんだい君たちは」

 

 俺とガイルとデーボで俺たちの考えた緊迫したシーンを模して遊んでいると、クラスメイトの一人が若干冷ややかな目で俺たちの寸劇にチャチャを入れた。まあもうすぐ終わることだったし別にいいけど。

 それに冷静に考えると俺たちはかなり恥ずかしいことをしていた。やってる時は熱中して気づかないが、あんまり親しくない人が見てたら終わった瞬間赤面するパターンだ。なのに俺たちはこの遊びをよくしている。馬鹿なとこしてるけど、馬鹿なことほど楽しいんだよな。

 

「よお、露伴は今日も麻帆良の取材旅か」

「ああ、この町にはネタになる事が山ほどある。今でもこの町に引っ越して来て幸運だったと思ってるよ。まったく、興味深い」

「別に普通な事だと思うけどな」

「普通か。別に君たちがそう思うならそれでもかまわない、その考え自体も僕にとってはいい題材になる。まったく、おかしな町だね。それでも僕自身が体験することにより、それは新たなリアリティとなり僕の漫画をより面白くさせる」

 

 俺と一緒に寸劇をしていたガイルとデーボは名前と見た目がジョジョの奇妙な冒険に出てくる悪役にそこそこ似ている。露伴に至っては苗字が岸田ということを除けばほぼほぼ四部の漫画家そっくりだ。

 だけど三人とも悪魔持ちではないため麻帆良の認識阻害の影響をモロに受けて異常を正常と思わされている。外から来た露伴はその影響が少ないせいかもしれないんだけど、なんか受けなさすぎ、というか数年は麻帆良にいるのにあまり影響を受けてる様子がない。悪魔もちじゃないかと何度もこっそりと調べてみたけど完全に白。魔法を受けにくい特異体質、もしくは認識阻害をも跳ね返す程の漫画への執着とか?

 

「ふ~ん、露伴がそう言うならそう言うもんなんだろうな。また新作描きあがったら見せてくれよ」

「ああいいとも。それよりも、もうすぐ学期末テストだ。そろそろ勉強に精を出すべきだと僕は思うけどね」

 

 露伴の言うとおりもうすぐ学期末だというのにこんなことをしてる場合じゃない。

 ガイルとデーボは見た目通りの不良。もちろん授業なんてノートを取るだけで真面目に勉強していない。そのため毎回欠点ギリギリを彷徨ってる。

 仕事で麻帆良を離れたりする俺ももちろん勉強時間は足りていない。まずノートから独自学習をしなくてはいけないし、そもそも授業についていける最低限しか復習はしていない。だけど俺のテスト成績は十位以内の超安全圏。なんでかって? そりゃ灰の塔でカンニングしてるからに決まってるだろ。

 

「「チッ」」

「図星のようだな。せいぜい馬鹿の烙印から逃れられるように努力することだね」

「ろ、露伴だってこんな時期に取材なんてしてる場合じゃないだろ!」

「僕にとって期末テストなんかより漫画を描くほうがよっぽど大事だ。それに僕は君たちと違って普段から馬鹿にはならない程度の勉強はしてるさ。それじゃ」

「「チッ!」」

 

 すごい形相で舌打ちするガイルとデーボを尻目にドヤ顔を残して取材に戻った。

 俺に関しては期末テストについては何の気がかりもない、安心してゆっくりと遊んでいられる。しかし俺以外のことについては少し気がかりもある。それは水埜のことだ。

 水埜は最近スタンド使いに目覚めたばかりでまだ不安定。案外カッとなりやすい性格で初日から重要人物にスタンドバレするドジも踏む。魔法使い共の結界から解放された反動で不安定なのもな。

 水埜のペンタクルス・アントクイーンの手数を増やすために水埜には世界中の、特に毒や攻撃性の高い蟲について調べておくように指示をだした。しかし俺の命令を忠実に守りすぎて最近では目の下に大きなクマを作ってクソ厚い蟲の本を持って徘徊同然に毎日を過ごす姿を目撃している。そのせいで馬鹿になられた上にいざって時使い物にならなくなるのは困る。さらにあの状態を長く続かせてスタンドバレが広まるのももっと困る。何とか丁度よくさせないとな。

 

「……非常に癪に障るけど、露伴の言うとおりそろそろやっといた方がいいかもな」

「だな、二年最後のテストなんだしちょっとは気合入れないとな」

「同意、それじゃ頑張れよ。俺もそろそろ集中コースにぼちぼち入るから」

 

 遊びの熱もすっかり冷めてしまったところで俺は二人と別れて自分の部屋に戻る。戻ると言っても全寮制だからデーボもガイルも同じところに住んではいるんだけどな。

 二人とも俺の本当の実力を知っているから俺に勉強を教えてもらおうなんて考えない。テストの成績がいいのは一夜漬けということにしている。

 先に部屋に戻るのは当然勉強をするためなんかじゃない。麻帆良内で得た情報を整理し新たに探る計画をゆっくりと練るためだ。

 ここ最近麻帆良の主に女子エリア部分のことを調べてずいぶんわかったことがある。

 まずスプリングフィールドという姓をどこかで聞いたことあるなと思ったら、やっぱりよく知ってる名前だったこと。まさかあの魔術業界の英雄様、その息子があの子供だったってわけか。

 さらに調べていくと英雄の息子にふさわしいVIP待遇の特別処置のオンパレード。受け持つクラスも殆どが一般人を軽く超える才能あふれる美人ばかり。将来英雄の息子の従者候補として見られてるならまさにより取り見取り。よくまあ偶然を装ってここまで特別扱いができる。きっとこれからも周りから適度な試練を与えられてゆくゆくは周りの期待通り父のような英雄になるでしょうね。ああうらやましい。

 頭の中で情報を整理しながら悪態をつきながら部屋にたどり着きドアの施錠を厳重に施錠し、それから椅子に座って巧妙に隠していた情報をまとめた資料を取り出して机の上に広げる。そこにはなぜ今まで見落としていたのか不思議なくらいの魔法使いの情報が盛りだくさん。

 

「さてさて、どこから手をつけたらいいことやら」

 

 至れり尽くせりの良い子の英雄の卵、それを支持する汚い大人な立派な魔法使い、それとも利用されてる何も知らない一般人、どこを探っても埃が巻き上がり点と点が線で繋がりそうなもんや。

 何を探してるか探してみるまでわからへんと言う探偵もおるけど、こうも証拠ばかりやとダミーちゃうかと疑ってまうわ。

 

「……あれ? 何か忘れてるような」

 

 ちょっと思考を巻き戻してみよう。

 俺は今さっきまで麻帆良の主に女子エリアを根城にする魔法使いたちの英雄育成計画についてどこから調べようか迷ってた。その前は俺の一番の標的である英雄の息子について記憶している情報を悪態をつきながら思い出した。それより前はガイルとデーボと期末テストの話をして水埜がやばい状態になって……あっ水埜。

 やっと思い出した、そうだよ水埜のことだった。すっかりわすれてたわ。

 口では大丈夫と言いながらも明らかに大丈夫ではない状態の水埜。どうにかしなきゃいけないと思っておきながら情報収集に夢中で放置してたけど、そろそろマジで手を打つ必要がある。あのバカ真面目が、忠誠度が高いのはいいがもうちょっとちょうどよくなれよ。

 

「やれやれ、まったくだぜ」

 

 机に広げた資料を元あった場所にきちんと戻し私服に着替えて部屋を出る。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 止との初めてのスタンド訓練の次の日、水埜は止の言いつけ通りネギとアスナにあの日のことを絶対にバラすなと脅しをかけた。

 人目のない場所でアスナには出会いがしらで胸ぐらを掴んで顔を近づけさせ、自分なりの目一杯の凄みを利かせて。所詮女子中学生の脅しなど大したことなく特にアスナをビビらせるなどの効果はなかったが、人に喋れるようなことでもないのでアスナは秘密にすると約束した。

 しかしネギは昨日怒りまくった水埜に大量の蟲を(けしか)けられた恐怖があるので少し凄んだだけで逃げ出してしまう。そのせいで約束させられなくて水埜も困った。だから仕方なく教室内で約束させたのだが。

 

「おい、昨日のことは絶対に誰にもしゃべんじゃねえぞ。わかったな?」

「は、はい……」

 

 ネギを壁際まで追い込み右手でネギの横の壁にドンと手を付く。そして逃げられなくなったところで約束をさせる。さらに水埜は目を合わせず恐怖でなかなか返事のできないネギに対して、顎を軽く持ち上げ顔を近づけて無理やり目を見させる。そこでネギもやっとはいと返事をする。

 しかしこの行為、第三者から見れば女子が一度はされてみたい壁ドンとあごクイそのものである。

 男女は逆であるが10歳のネギはまだまだ男らしさが欠けた可愛い男の子。一方水埜も愛想が悪く孤立気味ではあるがその容姿はイケメンに部類されるレベル。拒絶オーラを放ってるが故に超鈴音以外は声をかけられないのだが、実はそれさえなければ話したいと思う女子生徒は多い。そして本人の知らないところで同人ネタにされている。

 つまり強引に迫る水埜と怯えてしおらしく見えるネギは見る人が見れば最高のカップリングとなっている。そうでなくても傍から見れば変な色香を漂わせてるように見えてしまっているのだ。当事者たちは地獄だと言うのに。

 

「ふん」

 

 ネギが約束したところで水埜もネギを開放して自分の席に戻り、そして鞄の中から凶器になりそうな程分厚い本を取り出して熱心に読み始めた。

 

「ねえ、何の本読んでるアルか?」

「……」

 

 超の声に目だけ動かすが無視してすぐに本に目を戻す。無視されたことにプクーっと頬を膨らませるがそれでもあきらめず水埜の読んでる本の表紙を見る。

 

「む~、えっと何々……世界の危険な昆虫大全集?」

 

 ほかにも水埜の鞄の中から見える非常識な量の本も似たような題名の本や図鑑ばかり。しかもそれをものすごい集中して読むものだから流石の超もそれには若干引く。

 それから水埜は休み時間中ずっとその本を読み続けた。休み時間になる度にずっと、何日も何日も、目の下に大きなクマができても読むのを止めない。心配した超やネギの言葉も完全に無視して今日も読み続ける。

 

「うぅぅ……」

 

 まっすぐ歩けない程に憔悴しても本を持ったまま帰路につく。フラフラとした足取りでも水埜は助けの手を跳ね除けて一人の力で自室へと帰った。

 水埜の部屋のベットにはまだ手を付けていないであろう蟲について書かれた本とページの埋まった大学ノートが散乱している。そして机の上は書きかけの大学ノートと使い込まれた鉛筆とマーカーだけ。

 

『ぜんぜん女子っぽくない部屋だなおい。まるで男子部屋だぜこりゃ』

「止様!」

 

 止のスタンド、灰の塔(タワーオブグレー)が水埜の部屋の窓を透過すて入ってきた。水埜は今にも閉じてしまいそうなまぶたを精一杯開く。

 

『着替え中に入ってラッキーハプニングをちょっと期待してたんだけどな』

「も、申し訳ありません! すぐに脱いで…」

『あ~いらんいらん、それはまた次以降タイミングが合えばでええ。そもそもハプニングやからええね』

「は、はい……」

 

 少し残念そうな顔をしながら胸あたりまで脱ぎかけた服を直す。その間に水埜の机に降りてスタンドの目線で蟲についてまとめられたノートを流し読みし、本とノートが散乱するベットを見る。

 

「どうですか止様? 私、頑張りました! 止様に毒や攻撃性の高い蟲を調べるように指示されてから、危険度の高い蟲についての本をかき集めてノートにまとめました!」

 

 水埜は悪い顔色でニコニコしながら嬉しそうに報告する。まるで親に褒めてほしがる小さな子供のように。

 クワガタの姿をした灰の塔(タワーオブグレー)では普通わからないが、止のスタンドはハァーと小さくため息をつく。

 

『この短期間でよくこれだけの量を調べ上げたな』

「はい!」

『それじゃ次は実戦だな』

「え?」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 広大で異質な麻帆良内でもひと際異様な場所、麻帆良学園図書館島。その裏口に止のスタンド灰の塔(タワーオブグレー)と水埜晴花はやって来ていた。

 

『水埜、あの後ちゃんと寝てきただろうな?』

「はい、言われた通り時間いっぱいまでしっかりと睡眠をとってきました」

 

 あの後、止は水埜に睡眠をとっておくように命令し水埜は今の今まで熟睡していた。そのおかげで目の下のクマは改善されたわけではないが、それでも足取りはしっかりとしている。

 

「それで止様、私はここで何をすればいいのですか?」

『スタンドに目覚める前から気づいてると思うが、この図書館島はこの麻帆良内では世界樹に次いでおかしな場所だ。しかし、こうなった理由を聞けば案外そうも感じなくもある』

「そうですね。確か……戦争中に世界中の」

『第一・第二次世界大戦中に、戦火を避けるべく世界各地から大量の稀覯書が集められ、その蔵書の増加に伴い地下へと増改築が繰り返された末、迷宮化し、その全貌が把握できなくなるほどの広大さを得るに至った。と、表向きは言われている』

「表向きは?」

 

 水埜は止が言った表向きと言う言葉に不快な表情で訊いた。もうこの時点でどうせ魔法使いの良からぬ企みと言うことを予想している。

 

『表情から察するにおおかた予想は当たってると言える。戦火を避けるために集められたと言うのも一応本当なのかもしれないが、本当の狙いは疑わしい。実際に図書館島の建設には魔法使いの存在が大きく関わっているのは確かだ。探検部の一般人が入れないような場所には魔法書が存在する。他にも魔法のトラップなども多数あり、明らかに魔法使い共が何かを隠している』

 

 これは止が一般生徒として入り込み、図書館島の中から戦闘力を度外視した効果範囲内ギリギリまで灰の塔を飛ばした距離の結果。スタンドの物質を透過できるルールを使えば遠距離型のスタンドはかなり地下まで調べることができる。

 しかし、広大な図書館島の最深部にまでは流石に距離が全然足りなかった。それでもある程度危険を冒し危険ギリギリの地下で発動しても届かない。止は図書館島の調査を中断することを余儀なくされた。

 

『俺でもまだ全貌を明らかにするには至ってないが、俺が秘密裏に調べられる地点ですらこれだ。これより下にはあいつらが真に隠しておきたいものがあるだろう。もしかしたら、もっと重要な情報もそこにはあるかもしれない』

 

 止は草陰に隠していた地図を取り出し水埜に渡しす。

 

『そこで水埜、おまえには実践訓練を兼ねて図書館島の調査に向かってもらいたい』

「これは……?」

『図書館探検部とか言う物好き共の部室から見つけた地図のコピーだ。そこには俺が独自に調査したものよりも深く多くの情報が載っていた。一応隠されはしていたが一般人でもがんばれば手にできる程度の隠し方だったからな。正直この地図がどこまで信用に足りるものかわからないが、俺が見つけられなかった部分が半分でも正しいと確認できれば図書館島の秘密に前進することができる』

 

 図書館島の秘密、しいては魔法使い共の秘密に近づける。そう考えると地図を持つ水埜の手に力が入る。

 

『水埜にはこの部分、もしくはこの部分よりも階層の調査をしてもらいたい。できるか?』

「もちろんです! 必ずや止様のご期待に応えて見せます!」

 

 水埜の頭の中にははなから止の命令を拒否すると言う選択肢はない。命をかけても全力で止の期待に応えるだけ。それが水埜の本願であり喜び。

 その返事を聞いてスタンドの向こう側で止はニヤリと笑う。、

 

『期待してるぞ』

「はい!」

 

 身元が改ざんされたものだらけの止ではもし見つかって怪しまれでもすれば大きく行動を制限されてしまうだけでなく、そのまま麻帆良に住む不穏分子としてブラックリスト入りしてしまう恐れがある。そうなれば止は全ての優位を失ってしまう。

 その反面水埜はスタンドに目覚めてはいるが完全な一般人。身元を調査されても暗い部分は一つもない。動きを制限されてもネギの生徒と言う立場だけで止にとって重要な情報源になる。

 

『どっちにしろ俺も射程範囲内まではナビしてやる』

「ありがとうございます!」

『まあその後は一人だけどな』

 

 水埜の地図を片手に裏手から図書館島内部へ足を踏み入れた。

 二人と一体は地下への階段を降りていく。階段を降りて数十分、水埜は図書館島地下三階へと辿り着いた。

 

「うわー、すっごい量の本ですね」

『ここが地下三階だ。ちなみに、中学生は確かこの辺りまでしか許可されてなかったハズだ』

 

 水埜は初めて目にした膨大な量の本に驚きを隠せずにいた。普段から図書館島をなぜか忌避して立ち寄らず、来たとしても一階部分にしか行ったことはない。水埜はまるで勇者と魔王の出るゲームのダンジョンに足を踏み入れた気分だ。

 

『そこの本触ってみな』

「はい?」

 

 言われた通り水埜が本棚の本を触ると、本の間から矢が飛び出してきた。至近距離でのとっさの出来事で水埜のスタンドも反応しきれない。

 矢が水埜に当たる前に灰の塔(タワーオブグレー)灰の針(タワーニードル)が矢を横から受け止めた。

 

「な、なんですかこれ!?」

『地下の図書館は貴重書狙いの盗掘者を避けるためにとかで罠が大量に仕掛けられてるんだ』

「ほ、本物ですか……?」

『ああ本物だ。まともなのは地上部分だけな。そんなところにサークルと称して学生の立ち入りを許可している。馬鹿げてると思わないか』

「同感です」

 

 図書館島と麻帆良の異常性を改めて実感しつつ、水埜と止のスタンドは歩いていく。

 止の言う通り道中で水埜はいくつものトラップに遭遇した。しかし、水埜はそれをペンタクルス・アントクイーンを使い対処していく。

 落とし穴では飛行できる蟲の大群で一瞬だけの足場で何とか踏みとどまったり、上から崩れ落ちる本棚には力の強い昆虫の大群で押し込んだりとして攻略する。

 途中休憩所のようなところで軽く休憩しながらも順調に進んでいく。

 

「これ作った人完全に頭おかしいですね」

『どうせ図書館なんてただの建前だ、魔法使いだけが利用できればいいんだからむしろ一般人が来ようと思わない作りにしたんだろう。それでもここにある貴重書は一応本物だからな。魔法使い共の悪質な努力にはため息が出るぜ』

 

 貴重書が本物だけに無暗に破壊するわけにはいかない。そうやって自分たちにはダメージになり難く、一般人が損をする堤防を魔法使いたちは築いたと解釈する止。

 奥へと進むたびに明らかに図書館としての用途を果たしておらず、倉庫としても微妙すぎる、明らかに侵入者を拒むだけのような作りになっていく図書館島に愚痴口と文句を言いながらも二人は進む。

 地下10階まで降り11階へと降りようとする最中、止のスタンドがその場で止まって動かない。

 

「止様?」

『どうやら俺はここまでが限界距離のようだ。最大出力で最弱パワーにしてもこれ以上は進めない。あとはおまえ一人で進んでもらうことになる』

 

 元々スピードと射程距離はA(最高ランク)灰の塔(タワーオブグレー)。そこから止のスタンドパワーで持続力をも上げ射程距離を水増しさせた。本来の射程距離ならばほぼAまで上がっているのだが、限界射程距離まで伸ばしたためE(最低ランク)にまで落ちてしまっている。

 

『もうわかってるだろうが、この図書館島は魔法使い共の伏魔殿だ。魔法の力も地下に進むほど強く感じる。ここから先はおまえがいける範囲でいい』

「はい、了解しました!」

 

 そうして止のスタンドとはここで別れ水埜は先に進み、灰の塔(タワーオブグレー)は本体のもとへと戻っていく。

 

『何か掴んで戻ってくれば上々。もし死んで戻ってこなくてもそれはそれで麻帆良の魔法使い共に打撃を与える理由になる。どっちに転んでもそれなりに役に立てるぜ、水埜』

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 灰の塔(タワーオブグレー)と別れた水埜は地図を頼りに地下へ地下へとドンドン進んでいく。

 道中で持ってきた水や食料で腹を満たし、懐中電灯では見通しが暗すぎる場所はペンタクルス・アントクイーンで(ほたる)を大量に生み出し灯りとした。

 

「えっと……だいたいこの辺り……か?」

 

 水埜は手持ちの地図で現在地下何階かを確認する。もともと一般人の学生が作った地図、あまり深くは調べきれていない。麻帆良の魔法使いが一般人には知られないようにしているためそれは当然。もしも調べられてしまっていたとしても魔法使いにとって不都合がないように削除されてるか都合のいいように捏造されているだろう。

 止の役に立つ情報を持ち帰ろうとグイグイ進んで行ってしまったためすでに手持ちの地図では把握しきれない所まで来てしまっていたのだ。今せいぜいわかるのは何階層であるかと大体の間取りのみ。

 

「まったく、地下への道を探すだけでも一苦労ね」

 

 水埜は大量の蛍で図書室内を照らし、さらに大量の明るい色の蟲を放って図書室内をくまなく探る。

 ペンタクルス・アントクイーンにはとにかく下へ進むように命令してある。簡単な命令しか出せないがこのくらいのことはできる。

 そうして地下へ続く通路や空気を見つけた蟲は降りようと集まっていく。それを見て水埜は下層への道を探しながら進んで行った。

 

「よし、あそこか」

 

 下の方に下層への扉を発見すると、また大量の蟲で空中に足場を作りそれをクッションにしながら勢いを殺し本棚の上から落ちる。

 大量のただの蟲が集まっただけのスタンドのペンタクルス・アントクイーンだが、それをたった一つの強みである数でカバーする。現在水埜が出してる蟲の総数は数百匹に及ぶ。

 

「必ずや止様にこの図書館の秘密を……」

 

 もはや地下図書館の秘密を見つけ出すことばかり頭にあり帰り道のことなど頭から完全になくなっていた。がむしゃらに進んでいるため帰りの順路、帰り道までの時間、もってきた水食糧のことを一切考慮していない。

 何時間経とうが日を跨ごうがお構いないにひたすら進む。疲弊したところで手頃な場所があればそこで軽く休憩をとったり睡眠をとったりしながらもどんどん深く降りていく。

 水埜が図書館島の地下へ降りて二十時間を超えた頃、水埜は地下とは思えない広大な空間へたどり着いた。―――図書館島最深部へと。

 

「おおぉ……」

 

 そこから少しばかり進んで行くと宮殿のような多くて立派な建物に巨大な樹木の根。まるで薄暗い図書館で魔法の扉を潜り異世界に迷い込んでしまったかのような感覚に支配された。

 

「……はっ! つ、ついに見つけた! 図書館島の秘密を!」

 

 圧倒される感覚から目覚めた水埜は今度は喜びから興奮した。

 胸を張って持ち帰れるような秘密を、止が望んだ魔法使いの秘密に関係するであろう情報を発見したことの喜びで疲れも吹き飛ぶ。

 

「おっとこうしちゃいられない、早く戻って報告しないと」

 

 これ以上調べようにも素人の自分では調べようがない。なら早くこの情報を止へ持ち帰って喜んでもらいたい。そう思い後ろに向き帰ろうとしたが。

 

「おやおや、もうお帰りですか? お嬢さん」

「ッ!?」

 

 後ろから声をかけられ驚き振り返ると、そこには白いローブ姿の男がこちらを見ていた。ついさっきまでそこにいなかった男の存在に水埜は攻撃しようとした。

 もともと攻撃的な性格をしていた水埜は、疲労と興奮で思考能力が低下し凶暴性を増していた。だが、寸でのところで理性がブレーキをかける。

 こんな重要そうな場所を任されているのだからきっとかなり強い魔法使いだろう。それに、自分の使命は情報を持ち帰ることで殺すことではない。

 

「こんなところまで、いったい何の御用ですか?」

「チッ」

 

 水埜は男の話を聞こうともせず憎々し気に舌打ちした。そして蟲を煙幕のようにばら撒き男に背を向け走った。蟲たちは男に襲い掛かることはしないが、チッチッとスズメバチなどに見られる警告音を鳴らす。

 

「これほど大量の蟲を一度に召喚するとは。それも……ただの蟲ではなさそうで」

 

 魔法を反発するスタンドの特性が、スタンドパワーで構成された大量の蟲が図らずも対魔法ジャミングとなり、視覚と魔法に対する煙幕となった。

 魔力探知による追跡で既に水埜を見失ってしまったことでローブの男も目の前の蟲がただの蟲ではないことに気づく。

 

「フフフ……これは興味深い。見たところ一般人側の彼女がなぜこんな力を持っているのか。ここへ来た理由と一緒にぜひ訊きたいところですね」

 

 ズゥゥンンッ!

 

 ローブの男はスタンドの蟲に魔法攻撃を仕掛けた。しかし、目の前の蟲たちはローブの男の想像通りにはならない。

 

「まさか、私の重力魔法を受けて無事とは……クフフフ……思った以上に強い力をお持ちのようだ」

 

 ローブの男は重力魔法で目の前の蟲を一気に潰してしま算段だった。しかし、蟲たちは少し隊列を崩しただけで一匹たりとも殺すことは叶わない。

 これまたスタンドの性質を帯びた蟲には極端に効力が薄い。さらには小さな蟲の群集ということもあり反発した重力魔法を受け止めずに受け流してしまったのだ。

 攻撃された蟲たちはローブの男を完全に敵とみなし大群で攻撃を始めた。その大群を重力魔法で前に弾く。が、視界を覆いつくす程の大群にはあまり効果を為さない。

 

「重力魔法がと言うよりも魔法そのものが効きづらいみたいですね」

 

 ローブの男は二度の攻撃でペンタクルス・アントクイーンの性質の一つを見極めた。

 

「強力な魔力妨害……いえ、それすらも疑わしい未知。魔法陣の転移すらままなりませんか」

 

 魔法陣による転移で蟲の大群を飛び越えようとするが、ペンタクルス・アントクイーンの強力なジャミングにより蟲の壁を飛び越えることができない。

 大量の蟲たちを魔法でいなしながら機を伺う。が、突破口を見つけ出す前に大量の蟲に全方位を囲まれてしまった。

 ローブの男は決して油断していたわけではなかったが、視界の奥の蟲の数が想像を遥かに超えていたのだ。それが誤った回避行動へ繋がってしまった。

 

「流石にこの数は予想外……少々マズイことになりましたね」

 

 この状況に先ほどまでの余裕も曇り始めて来た。そしてついに、一匹の蟲がローブの男に噛みついた。

 ローブの男の攻撃の隙間を縫って一匹また一匹と噛みつき……男の肉体を食い始めた。男の体は微々ながらゆっくりと確実に削られていく。

 

「まさか蟲相手に退かざる得なくなるとは……たかが蟲だと甘く見ましたか。クフフフ……ますます興味がわいてきましたよ、名も知らぬ少女よ」

 

 ローブの男は広範囲の魔法で蟲たちを振りほどき宮殿のような建物へと撤退した。蟲たちも追いかけるが、隙間のない硬度の高い物質に対しては膨大な数をもってしても蟲たちでは突破は不可能。

 蟲たちはローブの男への攻撃をやめ再び通路を塞ぐ壁となった。そうしていつの間にか本体(水埜)が射程範囲外にまで到達し消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 最深部から水埜は脇目も振らずがむしゃらに地上の出口を目指して走った。その間ローブの男の追撃から逃れるため常に蟲の煙幕を張り続けた。

 過度な疲労も強力な使命感と脳内麻薬(ドーパミン)の過剰分泌によりハイスピードで上がって行ったが、それでもとうとう限界が来てしまい動けなくなる。

 

「ま……まだ……こんなところで……届けなくちゃ……止様に……!」

 

 立ち上がることさえできない体を這いずりながら動かす。スタンドに目覚めたからと言ってもほんの数日前まで彼女は一般の女子中学生。むしろ殆ど知りもしない男への忠誠心だけでここまで来れたことだけでも奇跡……いや、異常。

 

(こんなところで……死ねない……ッ!)

 

 倒れて楽な姿勢になったことで今度は眠気までもが襲い掛かる。うつらうつらしだした水埜は目の前に求めて止まない人物の幻覚を見た。

 

(止……様……!?)

 

 水埜はその幻覚を本物と思い込み話しかける。

 

「止様……ついに見つけました。この島の秘密……深部に……屋外のような神秘的な空間……宮殿のような建物が……」

 

 それを伝え安心した水埜は意識を手放し眠りについた。

 水埜が止と思い込み話しかけていたそれは眠りについた水埜をじっと見降ろす。―――止のスタンド、タワーオブグレーが。


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