「そう…ですか。ご迷惑をおかけしました」
徐に通話を切ったみほは、落胆するように携帯をベットに手放すなり倒れ込むように横になる。ようやく見つけた兄のいる場所へと意を決して電話を掛けたが、返ってきたのは『西住まお』なる人物はいないという返答だけであり、それ以上は申し上げることができないというものだった。相手が国防を担う自衛隊なだけに学生とはいえ防衛機密であることからか詳しく教えることができなかったのだろう。
「あれは絶対……」
そんなはずはないと、絶対にあの映像に映っていたのは兄だと確信していたみほ。生まれてからずっと一緒だった
もっとも、今のみほにはまだ知る由もないが書類上において"西住まお"なる人物は海自にはおらず、今は姓を変え海江田まおとしているのだから。
「………」
まおが残していった祖父である"海江田四郎"の写真を見る。『海自始まって以来の英才』と言われ、すでに十年も前の人物だがネットや海自関連の本でも未だに載っているほどの人物であり、更にはその父、みほから見れば曽祖父にあたる"海江田巌"海将補は海自に功績を残した『海上自衛隊の立役者』と言われており、海上自衛隊の創設に尽力した人物……らしい。正直、自分の祖父だという実感は未だに湧かない。今の今までそんな事実を知らないだけに、祖父だと言われても今のみほの頭では理解が追いついていなかった。今まですごい人と言えば、母であり次期西住流家元と言われるしほや国際強化選手に選ばれている姉のまほぐらいしかいなかったからだ。
もっとも、祖父たちが実際どれぐらいすごいのかなんて今のみほからしたら正直どうでもいいことだった。祖父のことを調べたのも、まおが何を思って出ていったのかを少しでも理解したからだったのだから。
あの時、まおが言っていた父の夢のことや祖父のことを。
「お父さんに……似てるかも」
改めて写真を見直すみほ。雰囲気は確かに父である常夫によく似ている。凛とした表情ではあるが、どこか優しげのある表情は父も同じだったからだ。だが、そんな優しい表情をしてくれる父は死んでしまった。祖父や曽祖父も"海"に関わったばかりに帰らぬ人になっている。そんなことが立て続けに起こっているのに、兄のまおは関係ないとばかりに家を出ていってしまった。母や姉は忘れろと言われても、家族の中心だったまおのことを忘れろなんて無理な話だった。
(戻ってきてよ。お兄ちゃん……)
まおも同じく父と同じように優しい表情をいつも浮かべていた。小さい頃からバカなことをしでかしては母から揃いも揃って怒られていたが、いつもまおと一緒に笑っていたみほ。小さい頃から憧れていたまほとは違い、まおは親しみやすい人物であり、母や姉には言えない愚痴をいつもまおに話していた。本当に身近にいる、友達のような存在だった。だからこそ、いきなりいなくなったまおが、ふらっと帰ってくるのではと淡い期待を抱いていたが、もういても立ってもいられなくなってしまったのだ。もう電話しても無理ならば、次はどうすればいいのかと。
『副隊長、ちょっといいかしら』
そんな時だった。みほの部屋の扉からノックがしたかと思うと、すぐにエリカの声が聞こえてくる。机の上に置いてある資料や、祖父の顔写真を引き出しにしまい、返答を返す。
「う、うん。大丈夫だよ」
「失礼するわね。少しばかり用があってね」
扉を開けて入ってきたエリカ。どうやら何かの用事で来たらしい。と言ってもエリカがみほに話すことなんて戦車道ぐらいのことしかない。おそらく全国大会かなにかの話だろうと思ったが、予想は大きく裏切られることになる。
「単刀直入に言うわ。どうも全国大会に身が入っていないかと思ったら、こんなことを調べてたのね」
そう言ってエリカが手に持っていたプリント用紙をみほに見せつける。そこには、みほが調べていた海上防衛学校や、海江田四郎のこと、そして現在行われているであろう、練習艦隊の情報が記載されていた。
「そ、それは!?」
なぜエリカがその資料を持っているのか驚くみほ。見せつけているプリントの中に練習艦隊のまであるということは、まおが映像に映っていたことも知っているはず。
「もう3年になるのよ。連絡の一つも寄越さないんでしょ?家にすら帰ってないんでしょ?」
まるで確認するかのように、まおがいなくなってからのことを言うエリカ。
「いい加減諦めたらどうなの!?私達にも何も言わずに学校を出ていって、あの馬鹿騒ぎしてた整備班にすら別れを言ってないのよ。どう考えても私達のことを何も思ってないって証明でしょ!」
そう言うなり、持っていた資料を机に叩きつけるエリカ。いつまでもうじうじしているみほに対し、はっきりと諦めろと告げる。
「……エリカさんにはわからないよ」
エリカの言葉に拳を強く握り締める。事情を知らないのに何を言っているのだと、珍しくみほは怒りの感情が湧き上がる。そんなのお構いなしにと、エリカはさらにまくしたてる。
「ええわからないわね!でもね。隊長だって、それを吹っ切って今の黒森峰を引っ張っていこうとしてるのよ。こんなこと調べるよりも、プラウダに勝てる作戦を考えるほうがマシでしょ!今年の大会は黒森峰が全国大会10連覇を成し遂げるための大切な大会なのよ。出ていった人間なんかより、今いる隊長を私達で支えないといけないでしょ!」
エリカの言うことはわかっている。今年は黒森峰女学園が戦車道全国大会で優勝したならば前人未到の10連覇を成し遂げることになる。学生やOG会、そして西住流門下生や後援会の多くの人々が応援してくれている。それだけの期待の中で、一人でも気持ちが違う人間がいれば不和を持ち込むことになってしまう。それが副隊長という立場にある人間なら尚更だ。だからこそ、せめて今だけはみほに戦車道に集中して欲しかった。
「お姉ちゃんとは……あまり話したくない」
率直な言葉が出てしまった。
「今のお姉ちゃんは…昔のお姉ちゃんじゃない」
今のはまほは昔とは違う。変わってしまった。まおが家を出ていってから。まるでまおの痕跡を消すかのように、整備班とは必要以上に接触させないようにし、わいわいやっていた中等部の頃とは明らかに激変してしまった。高等部が規律が通っているとかいう話ではない。ただひたすら勝利のみに固執した戦いをまほはは繰り広げていた。そんなまほの姿を見て、みほは言いしれない違和感と恐怖を感じてしまった。
「確かに隊長は変わったわ。でもねここはあの馬鹿騒ぎばかりしてた中等部とは違うのよ。規律も通って、西住流戦車道が深く関わる聖域とも言える場所なの。いつまでも中等部の気分でいられたら迷惑に決まってるじゃない」
「だからって、勝つことだけに固執する戦いなんて、私は嫌だよ。それにいくら白旗が上がってなくても、戦意のない戦車をみんなで叩くなんて、そんなの戦車道でもなんでもない」
準決勝で行われた聖グロとの試合。まほから出た指示は全ての戦車を潰せだった。数が減るたびに、黒森峰が誇る重戦車が集中砲火のごとく、一両ずつ潰していく作戦。無論、それが西住流の戦車道というなら聞こえはいいが、長い間西住流を見てきたみほからしてみらば、そこに礼節や礼儀のかけらもない。ただ憂さ晴らしをしているだけにしか見えなかった。だからこそ、まおがいた頃の中等部での戦車道が好きだったみほ。勝てば皆が喜んでいたし、まほもチームでの勝利を尊重し、みほもそれらに純粋に従っていた。
「…それが西住流戦車道なのよ。勝つこと尊び、常に前進する。後ろ向きな考えを持つ人間なんか置いてかれて当然でしょ」
そうは言うものの、エリカの言葉はどうも歯切れがよくなかった。エリカ自身も理解したくはなかったが、今のまほは正直目も当てられないのは彼女もわかっていた。でも、憧れの人でもあるまほが勝つことを求めているのなら、自分はそれに従う。それが自分にできる最善の方法ならば。
「………」
これ以上は平行線だろう。みほは何も言わなくなった。気が弱いくせして昔から強情なところは変わってはないみほにため息混じりに告げる。
「はぁ……いい副隊長?まおさんなんかいなくても、黒森峰は何も変わらないわ。それと、うじうじするなら大会が終わってからにしなさい」
それだけを告げると、みほの部屋から出て行くエリカ。これ以上の会話は不要だと思ったのだろう。たが、今のみほは明らかに身が入っていない。いつまでもいない人間のあとを追ってもらっては困るのだから。
「お兄ちゃんがいてくれた方がいいに決まってるよ。勝つためだけにやる戦車道なんて…私は嫌だ」
一人残されたみほは、ぽつりとそう述べる。もしまおが高等部に進学していたら、きっと現状は大きく変わっているのだと。
◆
『金沢港にて練習護衛艦《くらま》《あさぎり》《さわかぜ》の一般公開を開催。予定は……』
自室に戻ったエリカのスマホに映る画面には、一般公開される予定である海自のイベントが映し出されている。時期的にはちょうど全国大会が終わったあとの予定だ。
(大会が終わったら、真っ先に行ってやるわ。自衛隊だろうがなんだろうが関係ないんだから!)
ジッとしていられなかったのは、エリカも同じだった。
◆
横須賀を出向し、小笠原での航海演習を経て、最初の目的地である大湊基地まで数時間を切っていた。くらまの艦橋では入港に向けての準備が進められており、候補生達は初となる基地入港に緊張感を漂わせていた。だがそれは大湊基地に入港すれば、陸での休暇も待っていることから来る高揚感も来ていることも合わせてだ。
「海江田、航海長補佐として初の基地入港だ。
「はっ!わかりました。航海長」
海図室にてくらまの航海長補佐としての最初の演習任務がまおに下る。と言っても、先程くらまの航海長が指示した通り、今回は
「海江田。青森湾にはプラウダの学園艦も入港している。あっちはこの艦の何十倍の大きさだから、距離感をよく掴むことも忘れるな」
「わかりました。しかし航海長、プラウダの学園艦は来週入港と聞いていましたが」
航海長が付け加えるように助言をする。プラウダと言っても、学園艦では日本最大の黒森峰にいたまおからしてみれば、距離感などはそう難しい話ではない。正直気になる内容はプラウダの学園艦のこと。前の報告ではプラウダはくらまとズレるように入港すると聞いたはずだったからだ。
「どうやら戦車道の全国大会決勝が近いから、青森の演習場を使うために予定を繰り上げて入港したらしい」
「なるほど、だから若い連中が妙に騒いでた訳ですか。入港すれば、プラウダの学園艦に入れますからな」
共に話を聞いていた麻生掌帆長が納得したように顎に手を当てる。プラウダの戦車道の隊員は揃いも揃って綺麗だと聞く。ずっと海にいて刺激を求めたい隊員が見に行くつもりなのだろうと。無論、そんな浮ついた気持ちを見過ごす訳もなく、航海長は呆れるように述べる。
「そんな浮ついた目的で上陸する気なら、全員制服で上陸させるように艦長に打診しといたほうがいいだろうな。制服を着ておけば少しは気が引き締まるだろ」
「まぁ、自分はどんな格好でも構いませんけど」
外出するのに、制服だろうが私服だろうがどちらでもいいまお。別にプラウダに行く気もないし、休暇でも艦上でやれることはあるからだった。
「やっとるようだな」
「梅津艦長!」
ふいに海図室に現れたのは、くらま艦長を務めている梅津三郎一等海佐だ。すぐさまその場にいる全員が敬礼するが「まぁそのままで」とやんわりと返す梅津艦長。すぐに海図とうを一通り見るなり、皆のほうに顔を戻す。
「入港準備は予定通り進んでおるようだな」
「はっ、予定通り1600には大湊基地へと入港します」
「うむ。久方ぶりの入港だ。候補生たちもそうだが、我々も初心に戻って作業をするとしよう。それとさきほど上陸がどうこう聞こえていたが」
「ああ、若い連中の服装の話ですよ艦長。停泊しているプラウダの学園艦に行くとかで」
どうやら先ほどの会話を梅津艦長は聞いていたらしく、聞こえなかった部分を麻生掌帆長が説明する。
「まぁよかろう。航海長、久方ぶりの陸地だ。候補生たちが自覚を持って行ってくれればいいさ。」
「わか「自分も艦長の意見を支持します」は?」
航海長が答える前に、まさかの海江田が同調する意見を出したのに驚く。
「おいおい。何、どさくさに紛れて言ってるんだ海江田。お前はどっちでもよかったんじゃなかったのか?」
航海長が答える前に、まさかの海江田が同調する意見を出したのに驚く。こういうちゃっかりしたところが抜けきれていないのもまおらしいのかもしれない。
「いえ、自分の意見はしっかり伝えなければと思いました」
「ったく調子のいい奴だ」
「航海長。先はまだ長いです。次の機会がまだありますよ」
「ははは、ありがとう麻生先任」
フォローしてくれる麻生掌帆長にすなおに感謝する航海長。色々話をしているうちに定刻の時間は迫ってきていた。
「入港の準備に取り掛かるか。各科員には所定の位置につくように下命を」
「了解!」
いよいよ最初の寄港地である大湊基地に向けて入港準備が始まる。艦内に号令が流れ、各科員は慌ただしく動き出すだろう。航海長や麻生掌帆長も艦橋へと移動をしていく。
「海江田。少しいいかな」
「はい。何でしょうか艦長」
続くように艦橋に移動しようとしていたまおだが、梅津艦長に呼び止められる。
「自分に連絡が?」
「ああ。今日、"西住みほ"という女子学生から防衛学校に電話があったそうだ。"西住まお"に合わせてほしいとな」
「っ!」
梅津艦長から発せられた言葉に驚きを隠せないまお。内容は今まさに言ったように、防衛校にみほから連絡があったこと。どうやら梅津艦長にダイレクトに連絡があったらしく、確認を兼ねてまおに聞いたようである。
「西住みほとは、海江田の……」
「妹です。でももう3年程会っていませんが…」
隠す様子も見せずに素直に答えるまお。防衛校に入って以来、久方ぶりに聞いた名前に懐かしむ感情が湧いてくる。
「そうか、まぁ西住まおという人間は学校には実際にはいない。それにあまり深くは答えれるわけもないから、話は淡々と終わったそうだ」
「みほが…妹が何を思って電話したのかは自分にはわかりません。出て行って以来話していませんから」
梅津艦長にそう告げるが、はっきり言ってそれは嘘だ。黒森峰の現状が、戦車道の動向がそうなっているのかは今のまおには知る由もない。だが、あの時テレビで見たみほの表情から察するに、良くないことが起きていることだけは確信できていた。
「そうか、まぁお前の家が複雑な状況なのはわかっておるが、家族のことは大切にするんだ。私たちが守っておるのはそういった人たちなのだからな」
「了解です。梅津艦長」
最後に敬礼し、その場をあとにするまお。帰り際に梅津艦長から一枚の紙を渡される。紙に書かれていた内容はみほの携帯電話の番号だった。無論、電話番号変わっていない。別段なくても、まお自身今でも家の電話番号はもちろん、みほの携帯。そしてまほの携帯番号だって覚えている。だが、電話をかけることは今の今までしなかった。正直な話、まほやみほに泣かれたのは辛かった。心が揺らいだが、結局我が身可愛さに家を出て、西住を捨てた。まともな別れもせずに。
(みほ、この3年間でお前は変われたか?なにか目指すべき目標は見つかったか?俺は見つけたよ。父さんが死んだあの日から、俺の航海は始まった。結末がどうなろうと、俺はやり遂げる………絶対にな)
露天艦橋まで移動し、夢の始まりでもあるこの航海は大きな意味を持っている。
「ん…あれがプラウダの学園艦か……」
『くらま』の露天艦橋から映る先に、旧ソ連軍の艦艇『キエフ級』をモチーフとしたプラウダの学園艦がまるで重鎮するかのように停泊していた。
プラウダと黒森峰の決勝戦はもう間近だった。
◆
『必要以上に攻撃を加えるのは王者の戦い方ではないわ。あれではただの無法者の戦い方よ。西住流とは…」
「私は西住流を体現しているだけです。それの何がいけないんですか?』
隊長室にて、まほは母であるしほから先の戦いの叱責を受けている最中だった。だが、話は平行線のまま続けれらていた。内容はもちろん、まほのあまりに異常な作戦のことだった。あくまでも西住流の戦いをしていると聞かないまほは、痺れを切らして電話を切りあげようとする。
「師範代、話がこれだけなら私は失礼致します。それから安心してください、決勝戦でも変わらず西住流に相応しい王者の戦いをお見せしますよ」
『まほっ!!』
挑発するように発した言葉に激昂するも、すぐに電話を切るまほ。だがその表情はどこか浮かない顔色をしている。
(なぜお母様は私をわかってくれないんだ………どうして誰も)
爪を噛み、母に叱責されたことを理解できないまほ。何が悪いというのか。自分はただ西住流を体現しているだけだ。圧倒的な力でねじ伏せ、勝利を齎せている。
そうすれば、きっと誰もが自分を認めてくれるのだと。
だが、結果は全くの真逆。母には非難され、たとえ上手くやっても西住流として当然という言葉ばかり。誰も《西住まほ》という人間を見ようとはしてくれなかった。思い返せば、それをただ一人見ていたのが…
「ハハハ……」
ふいに頭によぎり、薄ら笑いをするまほ。そして何かブツブツ呟くように天井を見上げる。
「まおのせいだ……全部……全部あいつが悪いからだ………全部、マオノセイダ」
瑠璃色の道筋if作品ならどれが読みたいですか?
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