「そんなことがあって」
艦内入渠設備に入りながら夕立と五月雨が半身浴で話し込む。
そこに、
「五月雨・夕立」
長官の声が聞こえる。
「長官。覗いちゃ駄目ぽい。映像は消して」
艦内カメラの存在を知る二人が浴槽に肩まで身を沈める。
浴槽の湯は鶯色をしているので肩まで浸かれば、カメラに映る事もない。
「馬鹿者。二人が入った時点で映像機能は停止しているわ!」
「赤外線センサーは?」
沈黙が続く。
「それも切ってね」
「2人とも、そろそろ上がれるか?」
話題を逸らせるかの様に、長官の問い掛けがある。
「ん〜もう少しっぽい」
「わかった。追加の中速修復剤を投入する。修復完了次第、戦闘指揮所まで来てくれ。聞きたいことがある」
「わかったぽい。それで、センサーは?」
「切った。……そうそう、二人とも成長したなぁ。夜が楽しみだ。では頼むぞ」
頬を真っ赤に染める二人。
「もう」
「どうせ風呂屋の暖簾っぽい。五月雨は期待しちゃダメ。相手するのはいつも通り母性のある空母の飛龍さんで決定。でもさっきの夜の発言云々は伝えるっぽい」
「期待なんてしてないよ。でも飛龍さんか……。あの世界でもこの世界でも、一番早く来た空母だものね。長官が頼りにするのも納得」
「あ、修復終わったっぽい。早く上がって長官の元に行くっぽい」
「急ごう、夕立。この艦、大きすぎ……」
大陸付近での資源回収作業はまだ終了していない。
「提督が自身の艤装を諦められて良かったです」
「艦隊を形成することが最優先だからな。私の艤装は当分先だ。艤装云々は冗談に決まっているだろうが」
物資の回収作業を見守りながら明石と提督が言葉を交わしている。
五月雨と新たに加わった夕立の二人で深海棲艦を駆逐しつつ確保した資源をもとに艦娘を建造・発見し戦力を増強している為、提督の艤装に資源を回す余裕はない。
現在は潮・多摩・荒潮・白雪の4名が新たに建造されているが、未だに艤装を纏えるほど成長はしておらず、大淀が育児・教育を行っている。
「記憶のある潮が来たのはありがたいが、戦力化はまだまだ先だな」
「ええ。あ……深海棲艦の……ロ級でしょうか? 珍しいですね、形が残っているなんて」
「そうだな。……うん? 動かなかったか? あれ」
その言葉に明石が改めて見直す。
「え? ……あっ! 仮死状態!」
口調に焦りの色を滲ませる明石。
「提督、退避願います」
深海棲艦が生きていることに気が付いた明石が鎮守府内に非常警報を流す。
『五月雨と夕立の両名は至急工廠に集合。搬入された深海棲艦が生きている。繰り返す。深海棲艦が生きている』
数度の放送の後。明石が呟く。
「間に合うかしら……」
「明石、深海棲艦はクレーンで下げたままにしておけ。万が一の時はそのまま変換機へ突っ込め」
仮死状態のロ級から目を離さず指示を出す提督。うっすらと汗がにじむ。
一分、二分と時間が過ぎる。
(二人はまだ?)
二人の到着を待ちわびる明石と提督。
すでに工廠妖精はクレーンの周囲から退避している。
(拙いな、このままでは間に合わないか……)
少しづつ動き出すロ級。その砲身がせり出すとともに、明石と提督がクレーンに駆け寄り全速で変換機の中にロ級を突っこむ。砲弾が射出されるのとそれごとロ級が変換機の中に消えるのは同時であった。
「提、督。無茶を、しないで、頂けませんか」
肩で息をしつつロ級のこの世のものとは思えない叫び声を聞きながら明石が苦情を述べる。
「此処にいるのは非武装の工廠妖精以外に私と明石しかいなかったからな、明石も艤装がなければ只人と同じだろうが」
涼しい顔で宣う提督に
「提督と艦娘では立場が違います。提督は替えの効かない上官。それと部下である艦娘のどちらを優先すべきか新兵でもわかる事です」
「わかったわかった。今後はなるべく非武装では前に出ないようにする」
そこに駆け付けてくる五月雨と夕立。
「深海棲艦は?」
武装を構えながら警戒する2人。
「変換機の中だ」
心なしか振動が激しい機械を見つめ、事態が終わっていることを示す。
「二人とも遅いですよ」
明石が二人に注意を発する。
「五月雨、夕立。今回は不問に付すが、止めは確実に刺せ。良いな」
その言葉に項垂れる二人。
「しかし……生きたまま深海棲艦を放り込んだが、変換機は無事なのか?」
警戒態勢のまま変換機に近付く提督達。
明石が警戒しながらも外観を確認する。
「特に外観は問題なさそうです」
「そうか、ならば良かった。そうなると深海棲艦がどうなっているか気になるな」
「はい。生きたまま投入しましたからね……」
資材の搬出口を確認する一行。
そこには……。
数種類の金属インゴットと燃料、そして泣きじゃくっている幼子の姿が……。
「酷いよ……。今度こそアンタの役に立とうって思ってたのに……。いきなり解体なんて……酷いよ……」
状況が呑み込めない一行。
「えっと……」
事情を確認しようと明石が近づく。
幼子の髪飾りにふと目を停めた提督が、『今度こそ』という言葉に気付く。
「お嬢ちゃん。もしかして、向こうの曙……か?」
「そうよ、クソ提督」
その言葉に明石が眉をしかめる。
「おぉ。その台詞、間違いなく曙だ。初めましてで良いのか?」
それを聞き呑気な口調でのたまう提督。夕立や五月雨に喜色が見える。
「元、よ。ついさっき曙じゃなくなったわ」
「あ~。それについては、私からは何も言えんな。状況が状況だったからな」
「……うん。私も深海棲艦になってたから、仕方ないのは解る。解るんだけど、じゃあ私、何のためにここに来たのよ……。こんなんになるなら記憶なんて要らなかったわよ……」
涙目で男を睨む幼子。
「記憶はあるのか……。ぼの、記憶持ちなら此処から解放するわけにはいかん。少し考えるから、五月雨、夕立、曙を部屋に」
3人が工廠から立ち去る。
「あの娘も、提督の関係者だったんですね。……提督の艦娘と他の艦娘では大分性格に違いがありますね。そこは気を付けないと」
「……そんなに違うのか?」
「ええ。少なくとも他所の曙ちゃんは提督をクソ呼ばわりはしません。むしろ、とても甘えん坊な所がある娘です」
「……曙が甘えん坊? 信じられん。変われば変わるものだ……」
「あの口調なら、むしろ綾波ちゃんが近いかと」
「……。本気でもう一度資料を読み直す必要があるな」
その夜。解体された曙を主だった鎮守府幹部に紹介し待遇を決める提督。
「まあそうなるじゃろな。では、この娘はある程度成長したらわしの下に就けるという事で構わんのだな、提督?」
「それがこの娘の為になりそうなので。念のため暫くしたら艤装が使えるか試しては見ますがね」
後日、解体された曙はその知識と経験を活かし、工廠長の懐刀として、また、提督の技術参謀として頭角を現していくことになる。