第1話:ローズヒップと熊野
「熊野~。どこだ~」
執務室での勤務時間外は、だらける長官の声が聞こえて来る。
勤務時間の様にとは言いませんが、もう少ししっかりと為されば宜しいのに。
そう思い、熊野は一つため息をつくと飲みかけの紅茶を皿に戻し、ショールを肩にかけ扉を開く。
「こちらですわ。長官」
その声に
「此処にいたか。熊野、ローズヒップの収穫に行かないか?」
「あら。長官にしては気が利きますわね。宜しくてよ」
にこやかに笑うと長官の腕に絡まる熊野。
「早く収穫しないと間に合わなくなる。というかギリギリの時期だ」
「そう言えば、私、ローズヒップの収穫など初めてですけど、収穫場所はどちらかしら? この鎮守府にあるのは間違いないと分かるのですが」
「ん? そうか、熊野はまだ此処に着て1年経っていなかったな」
「ええ。それが?」
「なら、お楽しみだな」
「あら、残念」
たわいもない話をしながら、2人とも歩みを進める。
「あら。ここはバラ園でしたかしら?」
目的地に着いたと言われ、熊野は絡めていた腕を解き辺りを見回す。秋薔薇が見事に咲き誇っている。
暫し見とれていると、
「こっちだ」
長官が手を振るその一角には、春には見事な花を咲かせていたが、今の時期は葉が落ちかけている薔薇があった。
「こちらのバラは花が咲いていませんね」
「それはオールド・ローズだからな。四季咲きもあるが、ここのは原種だから一季咲きだ。春に来ると見事な香りだぞ」
「楽しみですわ。ところで、長官。私はローズヒップの収穫のお誘いを受けたと思ったのですけれど。ここにあるのかしら? それとも……。私は別に宜しくてよ、収穫が口実のデートでも」
いたずら気な口調と表情を見せる熊野。
「何を言ってる。目の前にあるだろう?」
そう言われて多くの赤い実をつけた薔薇に気付く熊野。
「もしかして、この赤い実がそうなのかしら?」
「『ローズ』ヒップだからな。この『ロサ・カニナ』の実がローズヒップの正体という訳だ。ロサ・カニナはドッグローズとも言って、欧州ではどこでも見られた薔薇だった」
「今は?」
「欧州はBETAの巣になっているからな。残ってないだろうな。北米大陸にならまだまだあるはずだが」
さて、取り掛かるか。との声に、戸惑う熊野。
「どうすれば?」
「普通に指でつまんで、このかごに入れてくれ」
「結構とれたな」
籠一杯になったローズヒップを見る。
「この後はどうするのかしら?」
「これからがなぁ……。最後まで付き合ってもらうぞ、熊野」
「ええ。それは良いですけど……」
部屋に戻り、作業に取り掛かる2人。
「……これは、大変ですわね」
「そう。これが面倒なんだ」
半分に切り、毛を小さいスプーンですくい取り さらに半分に切る。
「この毛が下痢を引き起こす事がある。確実にのぞいてな」
「はいはい。でも、半分に切っただけではいけませんの?」
「果肉が厚いからな。2等分だと乾燥中にかびるんだ」
「どのくらいで、完成しますの?」
ふとした疑問。熊野には、これだけ苦労したのだからできれば自分が一番に飲みたいという想いもある。
「水分をしっかりきり、風通しの良い日陰で乾燥させた後だから……一カ月後位だな」
「随分掛かりますのね」
些かウンザリしながらも黙々と手を動かし、収穫分を終わらせる2人。
「さて、内地に送ってくるか」
そう言い、加工したてのローズヒップを手に取り、複写装置まで運ぶ。
1t以上に増殖したローズヒップを担当妖精と一緒に6時間がかりで物質収集変換送信機の投入口に投げ込む。
一月後、最初の一杯を熊野と2人で頂く長官の姿があった。
「このほのかな酸味が良いですわね。苦労した甲斐がありました」
ティーカップに口をつける熊野。
「言っておくが、中の実も食べろよ。そこに栄養分の殆どがあるからな」
「そうでしたの? 初めて聞きますわ」
「ハイビスカスとのブレンドが多いからなぁ、市販のものは。勿体無い事だ」
まぁ、それはそれとして。だ、と長官が席を立つ。見上げる熊野。
「ローズヒップゼリーでも作るか」
「あら、良いですわね」
厨房に向かう二人。
「まずは、ローズヒップティーを作らないとな」
そう言うと、鍋にローズヒップと水を入れ火にかける。
「沸騰したら火を止めて蓋をして、5分蒸らしてくれ」
熊野に鍋を任せる。その間に収穫しておいたレモンを絞る長官。
「長官。できましたわ」
できあがったローズヒップティーを少し別の容器に取り、ゼラチンを溶かす。
ローズヒップティーにハチミツと搾りたてのレモン果汁を混ぜ、溶かしておいたゼラチンを加えよく混ぜ合わせる。
お気に入りの容器を準備する熊野。
粗熱がとれるまで他愛もない話をする。
粗熱が取れると準備していた容器に移す。
冷蔵庫で1時間程度冷やしている間に、他の姉妹を呼び出す。
「ちぃーす。お邪魔に来たよ~」
賑やかになる部屋で完成したゼリーを取り出す。
「盛り付けは好きにしてくれ」
「う~ん。僕はヨーグルトが良いかな」
「鈴谷は、アイスかな」
各々盛り上がりながら、おやつタイムを楽しんでいった。
次は、ポポーかフェイジョアか……。