艦ムスと深海棲艦と時々BETA   作:fire-cat

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後日改定予定。

2017/11/01英国史を大幅追加


設定その2(歴史:一部おふざけバージョン)

歴史(大まかな流れ:細かなところは後で修正予定)

 

 

米国

 本国議会の政争に付け込み、議会に少数ながら代表を送り込むことに成功。

 結果、タウンゼンド諸法の一部不成立。

 ボストン茶会事件勃発せず。

 独立戦争の時期が大幅にずれ込む(ナポレオン3世の頃に独立戦争)

 独立後、米英戦争発生するも痛み分け。

 開拓が遅れ、アラスカ・ロッキー以西獲得ならず。

※ロシアからアラスカ買収を持ち掛けられたときは仏領ルイジアナ買収直後で資金難の為断念。

※ロッキー以西にはヌーベルフランスの流れを汲む独立国が成立済。

 

第一次大戦:独墺との同盟も利がない&英国とは深刻な対立関係の為、不参加。

      両者に相手方の情報と必要な物資・兵器を輸出して荒稼ぎ。

  大戦後:国際連盟の提案? 誰が提案したの? 我が国はそんなもの知りません。

第二次大戦:英国不利とみて電撃的にカナダ南東部占領。ロッキー以西には手を出せず、

      カリブ海沿岸の英国領土を併合する。

      うやむやのうちに大戦終了。

 戦後暫く経った1970年代半ば、各地で艦船が行方不明になり他国の存在が疑われた。原因を探るべく多方面へ戦力を派遣した結果、深海棲艦の出現が確認された。

 1980年代前半、BETAが襲来する。敦煌に続き、北米大陸にBETA着陸ユニットが襲来するも原作と同じく核を用いて排除成功。

 1990年代末期になり艦娘・妖精と呼ばれる存在が、第二次大戦時に軍艦を保有していた国家に軍艦の種類に応じ顕現する(軽巡までしか計画・保有していなかった国家は軽巡まで。旧植民地には顕現していない)

 以後、深海棲艦と(時々来るBETA着陸ユニットとも)交戦中。

 

 

英国史

  フレンチ・インディアン戦争では、北米の13植民地の背後に広大なミシシッピ川以東のルイジアナを手に入れた。戦費によって膨らんだ国家債務の償還、および植民地維持のために送られた軍隊の費用を13植民地への増税で賄う方針を採り北米植民地に対する課税で賄おうとしたが、植民地人にとっては戦争の終結によって脅威が遠退いたにもかかわらず課税が強化された形となり、本国と植民地の意識に差が生じることとなった。

 植民地の代表がイギリスの議会で発言する権利がないまま、新税についても植民地に何の前もっての相談も無かったことが問題となり「代表なくして課税なし」という言葉が多くの植民地人社会で囁かれるようになった。植民地との意識の差に気付き、その状況をホイッグ党との政争に利用しようと計画したトーリー党のビュート伯爵ジョン・ステュアートにより、北米植民地から人口に応じた代表者をイギリス議会にオブザーバーとして送り込む事が決定されると、課税についてもやむなしという雰囲気が急速に植民地に広がっていった。

 一方、フランスでは1780年代から40億リーブルにもおよぶ財政赤字が大きな問題になっていた。

 太陽王ルイ14世以来続いた対外戦争の出費とベルサイユ宮殿建設にみられる宮廷の浪費、ルイ15世時代の対外戦争敗退と軍の再建などによる累積債務が嵩んでいた事に加え、それを憂いたルイ16世が試みた財政改革が天災などで失敗し、従来の放漫財政の改革を行えなかったことで破産に近づいた。財政が極度に悪化したため、免税特権を持っていた貴族、聖職者に対しての課税に踏み切ることになったルイ16世に対し、一部の貴族が三部会の開催を要請したのがフランス革命の遠因である。

 フランス革命で国王が処刑されると欧州各国は対仏大同盟を結成しフランスの革命政権を打倒することを目指したが、イギリスはジョン・ロックの市民政府二論の影響もあり、その動きは限定的な物であった。

 ナポレオンの登場によりオーストリア帝国が破れイギリスが次の目標に定まると、フランス総裁政府はイギリスとインドとの連絡を断ち切りイギリスを弱体化させた後に失った北米植民地を取り戻すことを目的とした。その第一陣として、ナポレオンに対しエジプト出兵を命じ、中東戦役を起こした。

 それに対しイギリスはネルソン率いる地中海艦隊を差し向け補給を立つことに成功し、ナポレオンは本国への帰還を余儀なくされた。

 クーデターによりナポレオンが政権を握り欧露戦役を起こし、敗北すると各国はウィーン会議を開催し、旧秩序維持を目的としたウィーン体制を敷いた。

 世界に先駆けて18世紀から蒸気機関の開発、改良を契機にして工場制機械工業の発達が促され18世紀の中ごろから産業革命が進展した。

 資本家による資本の蓄積が始まり、拡大再生産を継続する産業資本主義はイギリスの外に新しい市場と、原料の供給地を求めることになった。

 19世紀末から20世紀前半にかけて、列強間の植民地獲得競争が激しさを増し、それに伴い帝国のコストは重くイギリスにのし掛かるようになった。

 イギリスとインド間貿易ではイギリスの貿易黒字、イギリスと北米植民地間貿易ではイギリスの貿易赤字が続いていたが、対インド黒字で対米赤字を穴埋め出来ず、国際通貨の地位にあった銀が対価としてイギリスから北米に流出していた。それを補うため、イギリスは植民地への増税で賄う方針を採り、1848年に砂糖法と印紙法を適用した。

 植民地代表は相次いで抗議書を送付したが本国政府は代表者がオブザーバーであることを理由に受け取りを拒絶し、翌年には茶法を制定した。

 これに抗議した植民地人が本国政府軍と武力衝突を引き起こし、独立戦争へ発展した。

 列強は、当初事件の推移を傍観していたが、新大陸での利権回復の好機と見たフランスが1852年に対英宣戦した。翌年にはイギリスが対米海上封鎖(中立国船舶捕獲宣言)を行った事に対してロシア皇帝の提唱により武装中立同盟が成立し、ヨーロッパの中でも孤立したイギリスは苦戦を強いられた。

 1855年のパリ条約によって北米13州は独立し、バッファロー・バイユー以東のルイジアナをアメリカに、以西の地域をフランスに割譲することとなり、これによって新大陸でのイギリスの支配地域はカナダと西インド諸島のいくつかの島々に限定されることになった。

米英戦争:

第一次大戦:講和

第二次大戦:ブリテン島失陥。カナダに亡命画策するもアメリカに東部を占領され、オーストラリアに避難し英連邦政府樹立。

 1970年代半ば深海棲艦出現。メラネシアを占領される。

 1990年代末期になり艦娘・妖精と呼ばれる存在が、第二次大戦時に軍艦を保有していた国家に軍艦の種類に応じ顕現する(軽巡までしか計画・保有していなかった国家は軽巡まで。旧植民地には顕現していない)

 彼女らと共にメラネシア奪還作戦を行い、奪還に成功。あと一歩でチューク諸島・マリアナ諸島と連絡が取れそう。

 

フランス

 地中海の反対側も本国化しておこう。

 1970年代半ば深海棲艦出現。やべ、急がないと。

BETA出現。冗談じゃない、24時間戦えますかで本国化急げ⇒何とか避難、間に合った。防壁兼物資輸送の為スエズ運河拡大じゃぁ。トルコよ、資金は貸し出すぞ。

 

日本

 江戸末期の開国はロシアが最初。ロシアが日本を自国勢力に確実に取り込む為、また後から来るはずの英仏に対する嫌がらせの為、ほぼ平等(安政五カ国条約に条件付き最恵国待遇と関税自主権を一部承認した)の条約を、プチャーチンと長崎で締結した(日露友好通商条約)。吉田松陰、ロシア帝国に密航成功。ニコライ1世への拝謁後にサンクトペテルブルクにて世界初の日本人学校校長となり日本文化を紹介する。

 この時、同時に千島樺太交換条約を締結したほか、通商条約とは別にロシア領アメリカ購入条約も締結した。これはロシア領アラスカのほかアリューシャン列島を540万両(天保小判換算)で購入するものであり、幕府の財政が悪化する原因の一つともなった。幕府はアラスカを荒れ狂う北太平洋から荒洲賀と命名。浪人や無宿者、農民を移民として送り出した。

 荒洲賀(アラスカ)について、暫くは荒洲過と呼ばれ漁業資源以外は持て余し気味であったが、金鉱の発見もあり荒洲嘉へ改名。公武合体政府により道州制が実施されると新洲嘉州となり洲都を紫微と名づけ第一次大戦まで開発が急ピッチで行われた。

 第14代将軍は一橋慶喜が就任。第15代将軍に成人した徳川慶福が就任。この時大政奉還が実施され、政権が孝明天皇へ返還された。

 史実の明治維新は行われず、久邇宮朝彦親王・二条斉敬と徳川家茂・松平定敬を中心とした公武合体政府が成立する。この時、中山忠能や中御門経之らが討幕を試みるも失敗。失脚を余儀なくされた。

 日朝修好条約締結。交易を巡る内政不安から壬午軍乱発生。済物浦条約締結。これにより竹島帰属の明確化と編入が行われる。後、ロシアの求めに応じ、適正価格(英仏監修)にてロシアに貸与。ロシアは後に鬱陵島も朝鮮から租借した。

 新洲嘉の開発等もあり、日本は大陸・半島への進出を行う余裕がなく、ロシアも日本から租借(?)した不凍港(竹島)を得たので日本を警戒させる半島進出は控えるようになった。そのた為、半島には一時期、どこの列強も見向きもしない奇妙な空白地帯が生じた。

 宮古島島民遭難事件から日清戦争が勃発し、日本が勝利を収めると、大陸へ英露仏等列強諸国の進出が盛んになった。

 満州を巡り、清国とロシアによる戦争勃発。英国とともに調停を行う。それが縁となり、後に日英露は三国協商を締結するに至った。この調停活動を評価した英国と条約改正が行われ、後にロシア、フランス、オランダ他各国とも改正した。この頃有った筈の朝鮮併合は行われず、邦人排斥に伴う条約改定に留められる。

 徳川慶喜の頃より法律をフランスに、海軍を英国に学ぶ。陸軍は当初ロシアに学ぶも後にフランス・プロイセンに学ぶ。

 第一次大戦勃発後、南洋諸島にて仏・英海軍とともにドイツ海軍と交戦。東アジア巡洋艦戦隊やUボート他による通商破壊に悩まされる。この事から日本軍はシーレーン防衛には特に力を入れることになった。

戦中、どさくさ紛れの密入国者多数発生。

第一次大戦は仏とともに独領南洋諸島攻略戦を行い、戦後マリアナ諸島(西⇒独に売却されていた)・チューク諸島を獲得した。

国際連盟不成立。

第二次世界大戦勃発。ヴィシー政府側についた仏領南洋諸島(マリアナ・チューク以外のミクロネシア・ポリネシア)を占領・併合。

1970年代半ば深海棲艦が出現。その直後、航空機が使用可能なうちにと、在日外国人(大戦中の密入国者の子孫と同盟国人)の一斉退去が起こり、一時的に国内混乱。

 国内混乱期に、ポリネシア・ミクロネシアは深海棲艦に占領された。混乱で避難手配が間に合わなかった住民に多数の犠牲者発生。連合艦隊もそのほとんどが波間に消えていった。艦船を失った日本は、北方列島を一部失陥し新洲嘉との連絡を絶たれ、マリアナ・小笠原をも失陥し、奄美・沖縄にも大打撃をこうむった。

 1980年代前半、BETA出現。80年代半ば頃には半島と大陸から救援要請があるも、東シナ海は当時深海棲艦の勢力下であったため、救援を行えなかった。

 1990年代末期になり艦娘・妖精と呼ばれる存在が、第二次大戦時に軍艦を保有していた国家に軍艦の種類に応じ顕現する(軽巡までしか計画・保有していなかった国家は軽巡まで。旧植民地には顕現していない)

 彼女らの援助を受け、北方列島の奪還を皮切りに奄美・沖縄から深海棲艦を駆逐し台湾までの航路を確保。小笠原・マリアナを回復し、現在の南方海域はマリアナ諸島とチューク諸島を結ぶ航路の維持に主力を割いている。北方航路は千島との船便が途絶えがち(船舶の撃沈は殆ど無いが就航率は3割)

 




次からようやく本編。
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