岩山の洞窟での修行を終えた後もブライアンたちは訓練を続けていた。ブライアン
だけではなく、彼を修行の道に導いたビワも、ブライアンと共にラダトームから
やってきたブリザードとアマゾンも、レベルアップに励んでいた。
「なあビワさんよ!確かに俺たちみんなラダトームを出たときよりずっと
強くなった気がする。そこはあんたに感謝するがもういいんじゃないか?
竜王の野郎もそろそろ全快しちまうはずだ。その前に叩いたほうが・・・」
ブリザードが気になっていたことを尋ねる。しかしビワはその提案を却下する。
「いや・・・まだ駄目だ。竜王には二人の息子、そして精鋭の側近たちが
いると言われている。今の実力で竜王の城に乗り込んだとしても
やつの待つ王座まで辿り着けまい。そいつらを倒せないからな・・・」
「二人の息子・・・ローラ姫が言っていたな。竜王には人の姿をした娘もいると」
「ああ。準備は万全にしておかねばいけない。とはいえあまり悠長なことを
言っていられないのも確かだ。竜王はまたラダトームを襲ってくるだろう。
それまでにはこちらからやつらを倒しに向かわねばならない。よし、
明日からは修行のやり方を変える。とりあえず今日は早めに切り上げて・・・」
これまでの疲れを癒し、そして明日からの更なる修行に備え、英気を養うための
絶好の場所といえば・・・あの村しかなかった。
「やっぱりマイラの温泉は最高だ!疲れの取れ方が全く違う!」
「そりゃあ野宿のときの単なる水浴びと比べればな。今のうちに堪能しておけ。
明日からはまた長い旅になるのだからな」
マイラの村、その天然温泉でブライアンたちは身も心も温まっていた。
男三人、それまでの特訓の時間とは違い和やかで弛緩した雰囲気だった。
そして一度温泉から上がり、服を着て食事に向かおうとすると、ブライアンが
以前訪れたときにも声をかけられたあの女性が今回もいた。
「あら、ステキなお兄さんたち。パフパフしていかない?今なら三人で・・・
ってあら、あなたはちょっと前の・・・また一段と男を磨いたわね」
「そういうきみは・・・きみも元気そうだな」
「そうでもないわ。最近ますますこの村に来るお客さんも減ってるのよ。
でも別にまだお金には困ってないし、ちょっと寂しいだけ。だからお願い。
前にも言ったけどお金なんかとらないからアタシの部屋に来ない?
人助けのつもりで・・・ねえいいでしょ?」
「・・・困ったな。そう言われると弱いんだよなぁ・・・・・・」
人のいいブライアンは女性に押し切られそうになっていた。この感じなら
彼を連れていけるだろうと女性も手ごたえを感じていたが、突然悪寒が走った。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・ひっ!?」
このやり取りを離れた壁の影からアマゾンが見ていた。睨みつける目つきは
まさに狂犬のようで、女性がブライアンの誘惑に成功した瞬間彼女は
何をしてくることか・・・。実際には何もされないかもしれないが怖くなり、
「・・・い、いや、やっぱりいいわ!また今度、ってことで・・・」
「そうか・・・まあそれならそれで・・・」
パフパフ屋の女性はブライアンを解放した。すると女性のもとにブリザードが来て、
「残念だったなあんた。だがそういうことなら俺があんたの寂しさを満たしてやるぜ?」
「・・・あんたは50ゴールド、ちゃんと取るからね」
「うがっ!やっぱりそうくるか・・・って50!?値上げしたのか!」
「客が減っちゃったから仕方ないのよ。で、どうするの?」
しぶしぶではあったがブリザードは50ゴールドを支払った。別に異性に飢えていた
わけではなかったが、ここで買い支えないとこの女性もそのうち食べていけなくなるし
パフパフ屋も潰れてしまう。ブリザードもお人好しなせいでパフパフのサービスを
それなりの金額を払って受けることになってしまったのだ。
「ただいま・・・ブリザードはしばらく戻らないと思うけど」
「そうか・・・まあいい、せっかく久々の人里での休養なんだ、好きにさせてやれ」
ブライアンがアマゾンと合流し宿に戻ると、ビワは一人で酒を飲んでいた。
白髪で色白、着ている服も白のものばかりの彼の顔は酒の影響で僅かに赤かった。
今ならこれまでいくら尋ねても得られなかった答えが得られるのでは、と
ブライアンは考え、ビワの対面に座ると自分も容器に酒を注ぎながら話を始めた。
「・・・あなたはどうしてぼくたちの仲間となり力を貸してくれるんだ?しかも
何の見返りも求めず。最終的な目的はどこにある?」
「フ・・・お前と同じだよ。どこにでもある話さ。俺も家族を魔物に殺された。
だからその元凶・・・光の玉を奪い魔物たちを凶暴化させた竜王を倒す。
願いはそれだけだ。そのために必要な力を持つお前を鍛えているのだ」
「いや、それだけならラダトームの兵になればいいじゃないか。そのほうが
近道だしお金も貰える。どうしてそうしないんだ?」
ブライアンの質問にビワは少し黙ったが、別にいいだろうと思ったのか答えた。
「・・・ラダトームは腐敗している。この世の平和より自分たちの権力を守るのに
躍起になっている。そのためにお前は二回も旅立ちを命じられたではないか。
魔物絡みではない問題も全く解決しようとすらしない。民からかき集めた
税金で己の肥えた腹を更に豚のようにしている。そんな国の兵士に
なるなどオレは受け入れられない。あの町や城には近づきたくもない」
「・・・・・・そうか。まあ考え方は人それぞれだ、何も言わないよ」
「だが・・・お前のような者が王となればラダトームは、アレフガルドは
大きく変わるだろう。あのブリザードも似たようなことを言っていたが、
竜王を倒したら次は王家を・・・いや、それは冗談だ。まあ、お前が
王ならもっと国民も満たされた生活が送れるということだ」
冗談と言っているが目は本気だ。ラルス家の統治を終わらせる気なのだ。
「・・・ラダトームを崩壊させる気か?そんなことは許さないぞ」
「いや、崩壊はさせない。オレは本心ではあの町も城も大好きだ。
だからこそこのまま衰退していくのを見ていられない。お前のような
誠実で素晴らしい男が・・・ラダトームの再興を・・・王家復活を・・・」
酒の量が多かったか、ビワはそのまま眠ってしまった。酒が入っての
言葉だったのでどこまでが真実でどこまでが本気なのかはいまいち
判断に困ったが、ブライアンをロトの子孫としてだけではなく
人間として、男として高く評価してくれているのはわかった。
「ふふふ・・・普段はなかなか喋らないけどお酒が入ると饒舌ね。
私じゃとても運べないからブライアン、ベッドまで連れていってくれない?」
「ああ、わかったよ。明日は早いしお前もそろそろ・・・」
ブライアンはそのときのアマゾンの姿に一瞬どきっとした。香油で光る
長い黒髪に頬の赤い横顔、僅かに開いている胸元・・・。
「・・・?どうかしたの?」
「いや、何でもないさ。よいしょっと・・・じゃあこの人を寝室へ連れていくよ」
ローラ姫とはまた違うアマゾンの魅力。これまで全く意識していなかったが、
彼女もまた美しい女性だ。チトセ王が襲いかかるのも無理はない。
「・・・ぼくも酔っぱらってるんだな。明日になればきっと元通りさ。寝よう」
しばらくしてブリザードが宿に帰ると、すでに三人ともそれぞれの部屋で眠っていた。
明日からの長旅に備えた僅かな休息のひと時はあっという間に過ぎてしまった。
翌日、ビワはすぐにキメラの翼を空高く放り、四人はラダトームへ戻ってきた。
とはいってもラダトームの町へは帰らない。彼らの次なる目的地はつい最近
魔物に滅ぼされたという、ラダトームの南西にある『ドムドーラ』の跡地だった。
「随分歩くことになりそうだな。また野宿の日々か・・・何のために滅びの町へ?」
「フム・・・そのドムドーラにあるという、とある鎧に用がある。その鎧は
『ロトの鎧』と呼ばれ・・・勇者ロトの子孫、それも精霊ルビスに
認められる力ある選ばれた者のみが身につけることのできるこの世で
最強の鎧だ。ブライアン、お前はその鎧を手に入れなければならない」
勇者ロトが自らの武器と防具を後代に残そうとしていたのかは不明だ。
しかし彼の用いていたそれらはいまもアレフガルドのどこかに眠っているらしい。
「ロトの剣は竜王軍に奪われてしまった。手に入れることはできないだろう。
そして盾は残念ながら全く噂すら聞かないほどだ。もうどこか遠くへ
持ち去られたかなくなってしまったか・・・。よって鎧だけでも
回収して竜王に対抗できる用意をするのだ。さあ歩くぞ!」
「そういや長い伝統を誇る道具屋があったな、あの町は。ありえるぜ」
ラダトームから数日間の徒歩の旅をして、途中強力な魔物が潜む荒野で
野宿をしながらでも向かう価値があるドムドーラ。勇者ロトの鎧とは
どのようなものか・・・四人の期待は日に日に高まっていった。
「これで大したモンじゃなかったらとんだ無駄足だぜ!あの強敵『死霊の騎士』より
もっと強い『影の騎士』なんてやつもいりゃあ『メイジキメラ』もヤバい!
いや・・・その前に水が尽きて勝手にくたばっちまうかもしれないぜ!」
「しかしそのぶんお前も鍛えられたからよいではないか。この辺りの魔物は
確かに強いが少なくとも一対一で勝てるようになれなければな。
水はまあ大丈夫だろう。オアシスがあるのは確認済みだからな・・・」
ラダトームの兵もこちらのほうまでは手が回りきらず、ドムドーラや他の小さな
町村の陥落を阻止できなかった。そして魔物たちの勢力が増しつつある。
ブリザードも魔物たちを相手にするのがだんだん一苦労になっていた。
そのうえ灼熱の砂漠がこれまで以上に体力を奪ってくる。
「昨日の夜の話を蒸し返したくはないが、これもやはり王族の責任なのだ。
民衆からの税金は必要以上に集めたというのに正しい使い方をしなかった。
民の血を飲み肉を喰らうやつらは多くの人の住む地を見殺しにしたのだ。
ブライアン、当たり前だがお前は悪くない。全ては王族と貴族どもだ」
ビワは語気を強めた。ラダトームの城の一室で暮らしているブライアンには
決して聞こえのいい話題ではなかったが、すべてを否定できないのも事実だった。
王ラルス16世、家族を失った幼いブライアンを育て、そして竜王の襲撃の際、
その身を犠牲にしてブライアンを救ってくれたあの偉大な王すら腐敗を
一掃することはできなかった。それらはゆっくりと王国を衰退させ、
その行く末は結局滅ぼされた都市と同じ、人の住まぬ廃墟となるだけだ。
「・・・まあこの先もよくはならないでしょうね。ローラ姫ならまだしも
あのバカ・・・チトセ王じゃあ下手したらあと数十年で終わりね。
どう考えても自分のためにお金を使うだろうし・・・あら、銀色のスライム!」
「ほんとうだ。こいつは珍しいや。どれどれ・・・あっ、逃げた」
『メタルスライム』は自慢の素早さを生かしあっという間に逃げてしまった。
この魔物を初めて見たブライアンたちは、これは臆病な魔物なのかと思っていたが、
「・・・うーむ・・・何かおかしいな。確かにこいつは人間の目では
その動きを見切れないほどの魔物だが・・・この逃げ方は・・・?」
ビワは首をかしげていた。原因を考えようとしたが、それは大きな声にかき消された。
「おおっ!やったぜ、三人とも!ドムドーラの跡地が見えてきた!魔物に
滅ぼされた町だ、ゆっくり休めはしねえだろうが一息つけるぜ!」
ついに数日間の旅の目的地が目の前に現れたのだ。ブリザードは大喜びで
駆けだそうとするが、その彼をブライアン、そしてビワが二人で制止した。
「・・・ど、どうしたんだ!さっさとロトの鎧を探しに・・・」
「・・・・・・お前とアマゾンは下がっていろ。砂漠のほうがまだ安全だ」
「ああ・・・この人の言う通り、あの廃墟からは禍々しい気配がする」
ブライアンとビワが先頭に立ち、ブリザードとアマゾンはその後ろから
注意しながらついていく。ドムドーラに足を踏み入れると、警戒すべき
理由がよくわかった。人間にとっての滅びの町は、魔物にとっての楽園だった。
「・・・あいつは沼地の洞窟にいやがったドラゴン・・・しかも何匹もいやがる!」
「それだけではない。キメラ族で最も危険な『スターキメラ』も、凶暴な獣人
『キラーリカント』もいる。ブライアン、ラリホーの準備をしておけよ。
まともに戦うと大怪我を負うが寝かせてしまえばどうってことはない。
オレたちの現在の目的は狩りではなくあくまでロトの鎧の入手だからな」
町の外よりも危険な魔物たちが徘徊している。確かに警戒は怠れない。
しかしブライアンにはこの魔物たちの様子から違和感を感じた。
「・・・おかしい。全然襲ってこないじゃないか。恐れている・・・ぼくたちに?」
「いや・・・違う。さっきのメタルスライムもそうだった。こいつらは
何かに怯えている!おお、あれを見ろ!魔物たちが・・・!」
ビワが指さした先では、なんと大勢の魔物たちが逃げ出していた。もちろん
ブライアンたちから・・・ではない。そこにいたのは・・・・・・。
「・・・・・・グシュ・・・ギュシュ・・・クワァァァ・・・・・・」
全身を漆黒の鎧に包んだ、周囲の魔物の数倍も悪のオーラに満たされた悪魔だ。
一体何をしているのか恐る恐る近づくと、衝撃的な光景がそこにはあった。
彼らはその場に立ちすくみ、ブライアンは咄嗟にアマゾンの目を手で覆った。
「・・・な、なに!?何があるっていうの!?」
「あ・・・あんたは絶対に見るな!ブライアンさんの後ろにいろ!
俺もできることなら見たくはなかったぜ!・・・何だこいつは!?」
その魔物、『悪魔の騎士』は食事をしていた。すでに腐乱していた人間の肉を
貪り、骨も構わずに噛み砕きながら顔の周りを赤と黒の異様な色で染めていた。
「もうかなり前のことだ、この町が滅ぼされたのは。いまだに血の匂いで
満ちていたのはこいつのせいか!しかもこいつ、人の死体だけじゃなく・・・!」
なんと、魔物までも生きながらに喰らっていた。さそりだろうがドラゴンだろうが
人の姿をした魔物だろうが関係はない。その食べ残し、残骸が散らばっていた。
「魔物すら怯えて逃げていたのはこのためだったのか!なんてバケモノだ!」
相手が誰であろうと打ち倒し、肉を喰らい骨まで舐めつくす常軌を逸した敵。
その悪魔がどうやらブライアンたちに気がついたようだ。生きのいい獲物が
やってきたことに醜悪な呼気を吐き出した。
「グフゥ~~~~・・・・・・ハッハァ~~~・・・・・・」
どんな行動に出てくるかわからないぶん竜王以上に危ない相手かもしれない。
ところがビワはブライアンに対し、誰もが耳を疑う言葉を投げかけた。
「・・・やはりロトの鎧は楽に手に入る代物ではないか。ブライアン!
ロトの力を手に入れるための試練だぞ。あの魔物を一人で倒せ!
やつとの戦いにより、お前はいっそうロトの血に目覚めるだろう!」
ブライアンは何も言わず頷き、一人で前へ出た。彼もまたやる気なのだ。
悪魔の騎士はそれを見て戦闘の構えをとる。この死の町で、新たに
積み重ねられる死骸となるのは果たしてどちらか・・・死闘の幕開けだ。