ドラゴンクエストⅠ ラダトームの若大将   作:O江原K

23 / 23
Dreamer (君といつまでも My・Way)

 

全てが終わった後、自らの流した血の海で横たわっているブライアンのもとに

ローラが駆けてきた。妊娠中であるとはいえ煌びやかな服に身を包んでいたが、

彼女は瞬時の判断でそれを引き裂き、ブライアンの傷口に当てようとした。

ブライアンは彼女の行為を見て、自分では無駄だと思っていた回復呪文を

唱え、傷を塞いだ。当然すでに自らの命を救うものとならないことは

わかっていたので傷もそのままにしていたが、ローラのことを考えるなら

こうするべきだと思い、身体の外見だけはもとに戻した。

 

「あなた・・・ブライアン・・・!!どうして・・・・・・」

 

「・・・ローラ・・・すまないけれど細かく何が起きたか説明している

 時間はもうない。ぼくはあと数分もしないうちに死ぬからだ。

 いずれルビスさまが教えてくれるかもしれないけれど・・・」

 

ローラは目の前が真っ暗になったかのような感覚になった。

突然の悪い予感に夫のもとへ走ってみると大量の血と共に倒れ、

その口で自分が死ぬという残酷な事実を語ったからだ。ローラは

どうしたらよいのかもわからず座り込んでしまった。

 

 

「・・・あ・・・こ、子どもたち・・・・・・」

 

「・・・二人はいまぐっすり眠っているだろう?そのまま寝かせてやってほしい。

 全ての後始末をきみに頼むのはつらいけど・・・すまない・・・」

 

ブライアンはいまやローレシアという国の王だ。死後のことを指示しなければならない。

 

「まだ幼いぼくたちのローレル・・・まずは彼に王位を継がせるんだ。信頼できる

 ダブリンとトラップに任せればどうにかなるだろう・・・遠方へ行っている

 ブリザードたちも呼び戻すんだ。彼らも力になってくれる」

 

「・・・・・・私に・・・無力な私に何ができるのでしょう」

 

「・・・大丈夫さ。きみはドラゴンどころか竜王を前にしても決して屈さなかった。

 その強い意志と勇気・・・無力なわけがない。ローレルを支えてくれ。

 それとトップガン、あと・・・そのお腹の子どもにも将来は自分で

 支配できる国を用意する計画もいずれは・・・・・・・・・」

 

 

ブライアンはいよいよもう精霊ルビスによって延ばされていた自らの終わりが

近いことを知り、『王』としての言葉を終える。ここから先はブライアンという

一人の男、ローラの夫としての最後の会話だった。

 

 

「ローラ・・・ぼくのほうが先に逝くというのは正しい形ではあるけれど

 まさかこんなに早くきみを残してしまうことになるなんて・・・。

 そして最後だからこそ言わなければいけないことがある。ぼくは

 きみに隠してきた幾つかの罪がある。それは・・・」

 

ラダトームの町娘アマゾンとの一夜、竜王の娘に二十年近くずっと抱いていた恋心。

ブライアンは当然ではあるのだが、これらのことに関してはローラには黙っていた。

彼が明かさなければ永遠にローラが知ることのないものだったが、いつかは

話さなければならないとブライアンは国王となって早い段階のうちに決めていた。

そのときが突然訪れてしまったが、いま告白しなければもう機会はない。

愚直なブライアンらしい考えだった。しかしローラは彼の口に手を当てた。

 

「しーっ。ブライアン、そこから先は言わないでください」

 

「・・・だ、だけど・・・・・・」

 

「私もいずれあなたの行くところへ参ります。そのときにじっくりと聞きましょう。

 ですがいまは、そのような悪い話よりも心を温かくする思い出話に

 浸らせてください。あなたの勇ましい勝利、救出、冒険・・・・・・。

 明日が見えない暗闇の日々だったのに、確かに未来は輝いていました」

 

「暗闇・・・か。確かにきみはそんな洞窟に閉じこめられていたっけ・・・」

 

 

このような状況ではあったが、二人は過去を懐かしく振り返り、和やかな

空気が流れていた。やはり話はブライアンが『勇者』として活躍していた

ときのことが中心だった。あのころ、まさに二人は若く、青春だったからだ。

 

 

「・・・今からすれば考えられませんね。あなたのことを勇者様、ブライアン様

 などとよそよそしく呼んでいたなんて。またそうしろと言われてももう無理です」

 

「はは・・・ぼくもそうだった。でもぼくは仕方ないだろう?きみはラダトームの

 お姫様だったんだから。小さいころから城でたまにきみの姿を見たことは

 あったけれど・・・全く手の届かない世界にいる人だと思っていたからなぁ・・・」

 

そのラダトームを去り、航海をし、この大陸を新天地とし、気がついたときには

一国の王となった。ブライアンの治世のよい評判を聞きつけた人々が次々と

やってきて、ローレシアは大国への道を確実に、着実に進んでいた。最近では

ラダトームをはじめとしたアレフガルドからの移民が特に多かった。

 

「ふふふ、やはりお兄様ではだめでしたね。ラダトームの悪評が遠く離れた

 私たちのもとにまで伝わってくるほどなのですから。しかしそのために

 これから私たちの国は栄えていく・・・それを思えばお兄様にも多少は

 感謝するべきなのでしょうかね」

 

「・・・まあ難しい話だよ。ぼくたちの故郷がゆっくりと凋落していくのは

 悲しいけれど、その人たちがこの国に希望を求めて移り住んでくれる、

 それはとてもありがたかった。ぼくはその期待に応えるためにも・・・・・・」

 

 

ブライアンの言葉が途絶えた。まだ息はあったが、とうとう限界を迎えたようだ。

 

 

「・・・・・・」

 

「・・・ブライアン?」

 

「ローラ・・・ぼくの人生は三十年にも満たなかったがとても中身のある・・・

 濃厚なものだった。当然いいことばかりじゃなかったけれど、それでもいま

 確かに言えるのは、『幸せだった』ということだ。それもぜんぶきみが

 そばにいたからだ・・・。どんなに人々から称えられ、成功を収め、

 勝利を手にしても、きみといるときの幸せに比べれば・・・・・・」

 

 

愛する者との別れ。ローラはブライアンに不安や心配を抱いたまま永い眠りに

ついてほしくはなかったためできる限り穏やかな顔で見送ろうとしていたが、

もうだめだった。涙が溢れて止まらなかった。ブライアンの胸ですすり泣く。

 

 

「・・・・・・ブライアン・・・!私もすぐにあなたのもとへ参りますから・・・!」

 

「は・・・はは・・・すぐに来たら困るよ。ぼくたちの・・・その子も含めた

 三人の子たちを・・・」

 

「はい・・・はい・・・!ブライアン、私もあなたからたくさん幸せをもらいました。

 後のことは私たちに任せ・・・あなたは少しお休みください・・・・・・!」

 

 

 

『ぼくがついているから大丈夫だ。幸せになろう』

 

『ぼくはただきみが幸せならいい』

 

 

 

ローラの言葉に無言で小さくうなずくと、ブライアンは長い旅へ出かけた。

戦士であり王であり、勇者でもあった彼だが、最後はとても安らかな顔だった。

 

 

 

 

 

ブライアンの読み通り、彼が息を引き取ってすぐに精霊ルビスはローラに

幻を見せ、ブライアンがどうやって命を絶たれたかを教えた。ローラは

一晩考え、彼は突然の病に急死したということにした。真実をすべて

明らかにすればせっかくローレシアの領土で続いている魔物との平和な

関係が崩れ去るだろう。自身の子どもたちにも、彼らが成長するまで

事実を伏し、その後も決して他人には言わないように念を押した。

 

 

ブライアンの死で国はどうなるのかという懸念もあったが、彼が短い統治の期間に

しっかりとした基盤を築いていたかいもあり、ブリザードたちや信頼できる側近が

ローラ、そして二代目国王ローレルを支え、ローレシアは栄え続けた。

 

また残る二人の子に関しては、次男トップガンにもブライアンの願い通り

彼の支配する地が与えられ、その地は原住民たちから『サマルトリア』と

呼ばれていた。最後の子は女児であったが、十七歳になるとローレシアを離れ

『ムーンブルク』という国の王子と婚約し、後に王妃となった。

 

 

ブリザードと彼の妻となったローマン、彼の昔からの仲間たちもまた

ローレル王の支配が軌道に乗り安定するのを見届けてから旅立ち、彼らも

離れた地に国家を築いた。厳密には悪政を敷いていた独裁者の一族を追放し

彼らが新たな政治を始めたのだが、ブリザードはすぐにブライアンの三人の

子どものそれぞれの国と同盟を結び、協力関係を確かなものとした。

ブリザードはその死ぬ日まで、すでに亡き親友との絆を守った。

 

栄えていくローレシアなどとは異なりラダトームを含むアレフガルドは

精霊ルビスの加護を失ったせいか、衰退の一途を辿っていった。しかしそれは

人間の住む土地の話であり、魔物や野生動物が住む世界としては変わらぬ

美しい自然がそれらの生物の繁栄を助けていた。

 

 

ブライアンが竜王を倒してから百年間、世界は平穏に時を刻み続けた。

 

 

 

 

 

ブライアンがこの世を去ってから二十年後、ローラはまだ五十歳を前にして

突然の病に襲われた。ローラ自身もわかっていた。再び回復することは

ないだろうと。僅か一週間という短い時間で体調は更に悪化し、闘病や痛みに

苦しむことなく生を終えられそうなのはある意味で幸福だったのかもしれない。

 

「・・・母上!」 「ローラ様!」

 

自らを呼ぶ声が次第に遠くなっていく。これが死ぬということなのか。

恐怖はなかったが、その瞬間はどのようなものなのか気になっていた。

 

 

(・・・さようなら、私の愛する子たち・・・さて、私はどこへ行くのでしょう。

 そもそも死の先には何があるのでしょう。何もないのかもしれませんが・・・)

 

 

ローラは意識を手放す寸前、突然自らが『取り去られる』感覚がした。

かつて彼女は若い日に魔物によって攫われた経験を持つが、それと似ていた。

しかし今回は決定的なものが違う。闇ではなく、光のなかへと導かれていった。

 

 

「・・・・・・これは・・・いったい・・・・・・」

 

 

すると彼女の目の前に、その空間からすれば考えられない光景が展開した。

なんと船が現れた。光のなかへと進んでいく、力強く羽ばたく船が。

ローラの前でぴたりと止まった。乗船しろということなのか。どうしようかと

迷う彼女だったが、その船から船長が顔を出し、彼女に向かって手招きしてきた。

 

 

「きみを迎えに来たよ。いい船だろう。あれからしっかり整備していたんだ。

 どうする、いっしょに乗るかい?」

 

 

「・・・あなたらしい・・・。私はあなたの行くところならどこまでも

 ついていきます。さあ、参りましょうか」

 

 

ローラは手を伸ばし、船長は彼女を丁寧に自らの船に乗せた。

そして二人の乗せた船は再び動き始め、出航した。もう二人を引き離す

ものはなにもない。二人の愛は何があっても変わらない、いつまでも。

 

 

 

 

 

ブライアンの歩みは、誰によるものかはわからないが伝記が残され後の世代にも

伝えられていた。その記録者は彼の仲間ではなかったのか、全てのことが

事細かに収められているわけではない。ブライアンが初めに王から命じられて

旅立った日からラダトームを出たときまでのことが収められている。

 

それはたとえ一見平和な世に生きていても、やがて勇者となる者たちにとって

戦いに備えさせるものとなり、冒険への熱を高めた。ブライアンの生涯は

確かにその時代だけではなく、未来の数多の人々の救いとなった。

 

 

 

 

 

 

「・・・よし、そろそろ行くか。これ以上こんな寒いところにいたら

 あいつらを倒す前に凍え死んじまう。乗り込もうぜ」

 

「そうね。わたしはもう休憩はじゅうぶん。あの憎い・・・今すぐにでも

 この手で殺して仇を討ってやりたい外道の神殿が目の前にあるのだもの」

 

 

竜王を倒したときのブライアンと同じか少し幼いくらいか・・・。

青いメットを被った、少年から青年になりたての若者がゴーグルを

投げ捨てると、勇ましく敵の親玉の待ち受ける敵のもとへ歩き始めた。

その後を追う少女は、可愛らしくも美しいその可憐な姿に似合わず

目つきは鋭く、復讐心による怒りと憎しみに満ちていた。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

彼らはどうやら三人でこの時代に現れた巨悪との決戦に挑むようだ。

一番後ろにいた最後の一人は前の二人がそのままにしていった焚き火をていねいに

消していくと、持っていた厚い本を自らの袋に入れた。先ほどまで彼らが三人で

読んでいた偉大な先祖の記録を、若大将と呼ばれた男の活躍を。

 

 

「・・・ぼくたちは誰もがドリーマー・・・夢は想えば叶うんだ」

 

 

その本に書かれていないはずのブライアンの言葉を、彼はぽつりと呟いた。




閲覧ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。