沼地の洞窟に監禁されているローラ姫を取り返さんとする輩を排除するために
見張りを命じられていたドラゴン。彼は知性も高いようで、ブライアンたちと
何不自由なく言葉を交わす。
「・・・グハハ・・・さすがは竜王様の愛娘。はじめはこの行為の意味が
わからなかったが・・・お前たちのようなやつの来る予感があったのだろうな。
さて、それなりの覚悟はあるのだろうな?オレに殺される・・・」
「覚悟はあるさ。ただ、お前に殺されるつもりは全くないけどな!」
自分の何倍も大きく、そして明らかに格上の魔物。ブライアンにとって初めての
経験であるが、それでも果敢に先制攻撃に出た。斧でその胴体を斬りつけた。
手ごたえは確かにある。しかしドラゴンに動揺も痛みも与えられていない。
「・・・ブライアンさん!」
「ぐっ・・・効いてはいるはずだ。でもあいつを倒すためにはあと何発
攻撃を与えたらいいのか見当もつかない!」
この長期戦、二人の持つ大量の薬草、そしてブライアンのホイミが命綱だ。
そしてブライアンとブリザードにとって運が悪いのはその立ち位置だ。
通常通りであればドラゴンは扉を開けた先に待ち構えているはずだった。
よって形勢が悪くなれば逃亡して立て直しを図ることもできた。しかし
この度はドラゴンの不在を狙って侵入したところ戻ってきてしまったので
退路を断たれている。洞窟から一瞬で脱出できる『リレミト』の呪文も
覚えていない。倒すか倒されるかしなければ戦いは終わらないのだ。
「どれ・・・ゴミ虫どもを蹴散らしてやるとするか・・・ふんっ!!」
ドラゴンが尻尾を振り回してきた。余裕があるのか、それともいたぶるつもり
なのか、ゆっくりとした動きで追い詰めてくる。ブライアンたちはそれを
どうにか避ける。尻尾だけでなく鋭い爪や牙にも用心しなければならない。
「さすがは虫けら・・・逃げ回るだけは得意か。ではこうしてやろう」
ドラゴンが息を吸った。何かが来る、それだけはわかった。そして口が大きく開き、
「ハアァァ―――・・・ゴボォ――――――――ッ!」
高熱の火の息を吐きだした。暗い洞窟が照らされる。
「グハハハ――――ッ!お前たちの骨と肉は残しておくくらいに加減してやったぞ。
どれ、この炎によって焼け爛れた今日の晩飯の具合は?」
一面に火の息を吐いていたせいで自らの視界すら炎に包まれていた。
それをやめることで、二人の焼死体と対面できると思っていたが・・・。
「ブライアンさん!どうだい俺のヒャドは!」
「・・・ああ。凄いよ。ついてきてもらってよかった」
失われたはずの氷の呪文、ヒャドの使い手であるブリザードが氷の壁を張って
炎を相殺していた。殺したはずの人間たちが何事もなく生きており、
ドラゴンは無言で彼らのやり取りを茫然と眺めるだけだった。
「しかしどこでそんな呪文覚えたんだ?やっぱりどこかから奪ったのか?」
「・・・まあそういうことにはなるか。でも魔物たちすら使えねえこいつが
俺にだけは適正があったのかすぐに解読できたんだ!他の呪文は
さっぱりだったから残りの書物は全部城に売っちまったけどな!」
時間が経つうちにドラゴンは激しい怒りを抱き始めた。自慢の火の息が
人間に通じなかったことなどなかったのだ。大きな雄叫びをあげると、
「許さぬぞ――――っ!!絶対にここで始末してくれるわ―――っ!!」
今度は足で踏みつけようとしてきた。しかしその動きは鈍い。
どうやら手加減などではなく、俊敏な動きができないようだ。
「そうか!こんな洞窟にこもりっぱなしのせいでこいつ動きが重いんだ!」
「なるほど・・・待っていれば勝手に餌が来るからか!しかもあの炎で
人間も魔物も丸焼きに出来るんだ。身体がなまってやがるな!」
ブライアンは斧で確実にダメージを積み重ね、ブリザードも遠くから
石を投げたりしてドラゴンの体力を削っていった。無尽蔵に思える
スタミナを誇っているように思えた怪物も、やがて足が震えだした。
「・・・き、きさまらなんぞに・・・!竜王様に認められたこのオレが・・・!」
「こっちは海で鍛えてたんだ。お前みたいな怠け者といっしょにするな」
「くそ・・・!りゅ、竜王様・・・・・・!グオオオ・・・・・・!!」
ドラゴンは最後のチカラを絞り出して腹の底から炎を吐き出してきた。
悪あがきかと思いきや、窮地に追い詰められたためか先ほどまでより
その威力は遥かに強力で・・・。
「危ねえ、ブライアンさん!ヒャド!・・・・・・ああっ!?」
氷の壁を溶かし、炎がブライアンに迫ってきた。しかし彼は怯まずに、
「オオオ―――――ッ!!ぼくも最後の一撃だ―――――!!!」
斧での一振りをドラゴンの頭部、脳天に炸裂させた。会心の一撃だった。
「グゲガァ~ッ・・・・・・・・・」
「よ、よっしゃあ!勝った!くたばりやがったぜ、あの野郎が!」
斧が刺さったままドラゴンは仰向けに倒れ、絶命した。しかしブライアンのほうも
全身に軽い火傷を負い、その場に片膝をついた。
「・・・ブライアンさん!早く薬草を!」
「あ・・・ああ。ありがとう。しかし一人では勝てなかっただろうな。
もっと強くならないとだめってことか・・・危なかったよ」
「何言ってやがるんだ!反省会は後にしようや。ほら、その先には・・・」
ローラ姫がいるはずだ。応急処置を終えたらすぐにでも迎えに行くのだ。
「・・・先に行ってくれないか。もう少し傷を癒したいんだ」
「おいおい、そりゃあないぜブライアンさん!あんたが先頭で行かなくて
どうするんだよ!俺なんかが姫様を・・・・・・」
緊張のせいか二人で譲り合っていると、逆に奥のほうから人影が近づいてきた。
まさかまだ見張りの魔物がいたのかと身構えさせたが、その姿が徐々に
明らかになる。それは魔物とは最も程遠い・・・。
「・・・・・・ローラ姫!」
「全て見ていました。この私を助け出すためにあの恐ろしいドラゴンを
打ち倒してくださったのを。勇者ロトの子孫、ブライアンさま」
「・・・ええっ?ぼくのことをご存じなのですか?」
「もちろん。お父様やお兄様はあなたのことが苦手のようですけれど。
あなたが助け出してくださるなんて夢のようですわ」
純情なブライアンは頭を掻いたりしながら見るからに照れている。
ブリザードは尊敬する男の意外な弱点につい噴き出してしまった。
(やれやれ・・・姫様、俺なんていないかのようだぜ。でもまあいいか。
これほどのお方だ。釣り合うのなんてこの姫様くらいしかいねえよな)
不思議と嫉妬心は全く抱かなかった。とはいえそろそろ二人に声をかけた。
「じゃあ・・・もう行きましょうぜ。早く逃げないと他の魔物が
異変に気がついちまうかもしれないし・・・」
「おっ、そうだな。じゃあローラ姫、行きましょう。出口は確か・・・」
ブライアンはドラゴンに深々と刺さった斧を引き抜こうとするが、
幾度も厚い皮膚に打撃を与えたせいか、もう使い物になりそうに
なかったのでそのままにしてここから去ることにした。ドラゴンが
倒されたことは知らないまでも、そんな大物を倒した男の威圧感を
感じ取ったのか、素手の彼相手に魔物たちのほうが道を開けていた。
そして洞窟の途中でブリザードの仲間四人と合流した。これで
外に出るまでは安全だ。洞窟を出たらキメラの翼で城に戻れる。
「せっかくですから・・・あちらに行ってみたいのですけれど」
ローラ姫のその一言でラダトームへ帰るプランは一気に変わった。
「・・・あっち・・・あっちはリムルダール・・・ですが」
「お父様は私を全く外に出してくださらない。せっかくの機会なのだから
ちょっと知らない土地を見てみたいの。いいでしょう?」
「・・・・・・・・・少しだけですよ」
考えた末に姫のわがままを受け入れたブライアン。彼の決定をブリザードたちは
意外に思ったが、姫という高い立場ゆえに逆らいようがなかったか、もしくは
先ほどの彼の照れ方からして断りきれなかったか、まあどちらかだろうと
二人の後をついていった。そのブライアンの頭のなかは別のことでいっぱいだった。
彼の初恋、幼い日の夜の浜辺の少女とローラ姫が同一人物なのかどうか、だ。
(・・・聞くのもなんだかなあ。もうちょっと様子を見るか)
沼地の洞窟を『リムルダール』の町側の出口から脱出した。こちらも大地が
汚染されており、毒の沼が広がっていた。ブライアンはすぐにローラの手を取り、
彼女を抱きかかえた。どうせ武器であった斧はもうないのだから両手は空いていた。
「・・・まあ、ブライアンさまったら・・・大胆なのね」
「大胆・・・?何のことですか。そこに毒があるのだから当然でしょう」
後ろで見ていたブリザードたちは苦笑いだった。彼は純情でありながら鈍感だった。
きっとラダトームの町にも彼に思いを寄せながら気がついてもらえない女性たちが
大勢いるのだと思うと彼女たちに同情せずにはいられなかった。
「でもこういうのは失礼かもしれないけど、姫様、意外と健康的だし身体は
清潔で綺麗ね。あんな洞窟に監禁されていたのだからもっと悲惨な感じに
なっているものとばかり・・・」
ブリザードの仲間、女盗賊のローマンが疑問をローラにぶつけた。
それは口にはしていなかったが他の者たちも同じだった。連れ去られて半年も
経っていたのだ。元の美貌は全く失われず、肌の色もいい。ローラはそれに答える。
「ええ。私も考えもしないことでしたが、手厚く扱われました。決して飢えぬように
食事が与えられ、毎日体を洗うこともできました。水はとてもおいしく・・・
とはいえそれは全て私を竜王の嫁にするためにあの者の娘がそうするように
したのです。そして明日には私は竜王の城へ・・・!考えるだけでも恐ろしい。
もしそうなれば私は自ら命を絶つつもりでした。ブライアンさま、ほんとうに
何と言えばよいのか・・・!」
「ご無事で何よりです。ところで沼地はもう過ぎました。元気そうですしもう
ご自分の足で歩かれますか?久々に外の空気を吸いながら・・・」
「・・・・・・いいえ、あなたがよければしばらくこのままでお願いします。
こんなに長い距離を歩くのは普段であっても珍しいことで多少疲れが・・・」
結局リムルダールに到着するまでずっとローラはブライアンに抱きかかえられていた。
その間敵が現れた場合はブリザードたちが撃退していた。ブライアンも両手が
塞がっているとはいえギラの呪文は問題なく唱えられるのだが、二人の時間を
邪魔させたくないとか何とかで彼が戦闘に参加するのは制止された。
「・・・ここがリムルダールの町!名前だけは聞いていましたが・・・」
「なかなかいい町なんだコレが!竜王の城が近いからヤバいところなんじゃ
ないかって思っているやつらが多いようだが、あの魔の島とは陸が
つながってないからな、ウロウロしている魔物も大したことねえ」
「まあ・・・南の聖なるほこらの辺りは別だけどね」
聖なるほこらとはいったいどんな場所なのか。そしてブリザードがローラ姫の
監禁されていた部屋の扉を開けた魔法の鍵を売る店や、これまでに訪れた
どの町や村よりも立派な剣や鎧を揃えている武具屋。興味は尽きなかったが、
「・・・でも今日はいろいろありすぎた。眠りたいな」
「ええ、そう言われると思って、すでに宿を!二部屋しかないんですが構いませんね」
この町の宿屋はもともと二部屋だ。ブリザードと仲間たちがにやにや笑っている。
「・・・もちろんブライアンさんと姫様で一部屋でしょう?へっへへ、俺たちは
全員で残り一部屋で構いやしませんから存分にお楽しみを・・・・・・」
「馬鹿言うなよ、男と女で別にするに決まってるだろ」
ブライアンは一蹴したが、隣にいたローラ姫は冗談半分、本気半分に、
「うふふ・・・私はそれでもよろしかったのに。残念ですわ」
この発言に、初心なブライアンがまた赤面するものだと皆は期待していたが、
彼は明らかに機嫌を悪くし、怒っているようにも思えた。そしてローラに言う。
「あなたはもう少し警戒心や危機感を持ったほうがいいと思います。そんなことでは
また攫われることになるでしょう。今回は無事だったからよかったとはいえ、
欲望のままに動く屑どもに誘拐されたらどうなっていたことか。いまだって
ほんとうならまっすぐ城に帰るべきだったんだ・・・・・・」
突っぱねるような言い方に、今度はローラのほうが拗ねるような感じになり、
「・・・あら、そう。あなたは私のことをその程度に思っておられるのですね」
まさかこんなところでけんかが始まるのかと思ったが、ブライアンは彼女に背を向け、
荷物をまとめてひとり言のような小さな声でこう言うのだった。
「・・・・・・大事でなければこんな注意するものか。わかってないなぁ」
その言葉はこの場にいたローラにだけ聞こえていた。そして彼女はブライアンの
気高い人間性を知った。流れに任せて王の娘に手を出すような男ではないのだ。
彼の言う通り、これからはもっと何事にも気をつけて生きていこうと思わされた。
いつか彼が同じ寝室で寝ようと言ってくれる日まで清い身体を守るために。
「・・・おはようございます。ゆうべはお楽しみでしたね。では、お気をつけて!」
宿屋の主人の言葉に決して裏の意味はない。あくまで昨晩、ブライアンたちが
遅くまで歌を歌ったりしながら盛り上がっていたのでそう言っただけだ。
「・・・よーし、買い物もしたし・・・そろそろ行くか、みんな!」
ブライアンはキメラの翼を放り投げた。久々にラダトームに帰るためだ。
一人で出たのに、帰るときには大勢の仲間、そしてローラ姫を連れて
堂々の帰還となった。