第0章と第1章の間の出来事です。
待ち合わせ(第12話~第13話・第1層)
「……ふわああっ」
ある日の朝────キリトは宿屋の一室で目を覚まし、体を伸ばした。ここはホルンカの村から2つ先にあるトールフォーマという町であり、少し前にシンと合流したキリトはここに昨日で2日間滞在している。
「んぅっ……朝かぁ……」
キリトは目を擦りながら、視界の端にある時間を見てみると──────
「ん?んん?…………うわああああああっ!!?もっ、もうこんな時間!?」
────9時45分である。ちなみに今日、キリトがシンと約束している集合時間は10時。この時間はキリトが申し出た時間である。キリトは言ってから少し早すぎたかな?と思っていたが、シンが快く応じてくれた事に感謝をした。昨日の夜にはシンよりも早く集合場所に着いていようと考えていたキリトであったが、
「ア、アラームを設定し忘れてた……わっ、私のバカアアアッ!!」
おそらくそれは無理と思われる瞬間であった。
現在、午前10時13分。
「…………来ないな」
俺は今日、キリトとホルンカの村で合流した時に約束した「キリトと2人で出掛ける事」を果たす予定でいる。集合場所である広場の時計台には10時に来るようにとキリトから言われていたが、言った本人が来ないとはどういう事か。
「何かあったのか……?」
先程、メッセージを送ってみたが返信は来ていない。宿屋に戻ってみようかと思ったが、単に遅刻しているだけかもしれないと思い、15分になっても来なかったら戻ってみようと思っている。そもそも同じ宿屋に泊まっているのだからそこから一緒に出ればいいのだが、キリトが「外で待ち合わせをしたい!」と言い出したのだ。何故なのかは分からないが。
「……15分になったか。それじゃ戻ってみ────」
「シ────ンッ!!」
宿屋に向かおうとした瞬間、そちらの方向から俺の名前を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。あの声は……キリトか。ようやく来たか、と思いつつどうして遅刻をしてしまったのかを尋ねようと振り向き────
「……なっ」
予想もしていなかった光景を目にして止まってしまった。目の前に走ってきているのはキリトで間違いない。だが、いつもと違っている事が1つだけある。何かと聞かれれば、それは服装だ。
いつも着ている革製の服ではない。現実世界でも普段なら着ないであろう可愛らしい服に、ヒラヒラのスカートを穿いているのだ。
「ごっ、ごめん!朝、寝坊しちゃって……って、どうしたの?」
「……その服、どうしたんだ?」
「えっと……その、前に買ったから着てみようかなって……ど、どうかな?」
キリトは俺にそう尋ねながら頬にかかっている髪を指で弄る。ふむ、とキリトの姿をよく見てみる。何か特殊なアイテムを使ったのか、長めの黒髪はいつもよりもサラリとした綺麗さがあった。それが今のキリトの魅力をさらに引き出している。
「よく似合ってる」
「っ…………あ、ありがと!」
そもそもキリト、または和美のルックスは高い。学校の他の女子生徒達と比べても、その差は歴然だ。他人との関係を恐れて家から出るという事がほとんどなかった為、服装にはあまり気を使っていなかったが────ちゃんとした服に着替えれば多くの男を虜に出来ると確信できる。何故ならば、
「お、おい……あの女の子なんだよ……?」
「めちゃくちゃ可愛い……」
「マジかよ、あんなに可愛い奴そうそういないぞ!?しかもあの男のツレみたいだし……」
「羨まし過ぎるだろ!」
実際、今がそうなっているからだ。
「……?何だか周りの視線が私達に向けられているような……」
その原因はお前だ、と言いたいがやめておこう。言ったところで、自覚したキリトを恥ずかしい目に遭わせるだけだ。しかし、その視線が自分だけに向けられている事に気付いていないとは……鈍感なのか?
「気のせいだろう。それで、これからどこに行く?」
「トールフォーマを回ろうよ!昨日も一昨日もフィールドに出てばっかりでゆっくりしてないからさ!」
「珍しそうな店とかあるのか?」
「あるよ!この町のパン屋で売られてるパンはとっても美味しいんだ!」
「……ほう」
最近食べているパンのほとんどは黒パンというあまり美味しくない物ばかりだからな。トールフォーマのパンがどれだけ美味しいのかは分からないが、少なくとも黒パンよりはマシだろう。
「じゃあ、まずはその店に行くか?朝飯をまだ食べていないからな」
「うん!そしたら次は私の買い物に付き合ってほしいな」
「何を買うんだ?」
「回復アイテムや装備とかかな」
ふむ……俺の使っている装備も耐久値がほとんど無くなってきているからな。そろそろ新しいのを買おうとしていたし、丁度いいか。
「分かった。まずはパン屋に行ってみるか」
「ハニークリームトーストって言うのが一番美味しいんだよ!まぁ、値段もかなりするけど……」
「それは仕方ないだろう。人気の商品を安い金額で売っていては商売にならないからな」
「それはそうだけど……あっ」
「どうした?」
キリトは時計台を見たかと思うと、何かを思い出したかのように止まった。どうしたんだろうかと思っていると、笑みを浮かべた表情を俺に向けてきた。
「……ねぇ、どうしてこの時計台を集合場所にしたと思う?」
「何か理由があったのか?」
「ふふっ、何だと思う?」
「……………………分からない。理由は何なんだ?」
「教えてあげなーいっ!」
おい、と声を掛けようとしたがキリトは先に走っていってしまった。仕方なく追いかけようと俺も歩き出し、一体ここを集合場所にした理由とは何なのか考えたが────結局答えは出てこなかった。
トールフォーマの広場にある時計台────かつてこの時計台でデートの待ち合わせをした恋人はその後、見事に婚約を果たした、という設定をベータテストの時に聞いていたキリトはそれを自分とシンとでも実現させてみたいと思い、この時計台を待ち合わせ場所にしたのである。
その先が現実になるかは──────まだ分からないが。
この後の事はご想像にお任せします。