「おいっ!こっちからモンスターが湧いたぞ!」
「こっちからもだ!……くそっ、距離が近すぎる!」
ボスがいる最上階を目指す途中、俺達よりも幾分か前を歩くプレイヤー達が突如出現したモンスター達に襲われるという状況に陥っていた。彼らが持っている武器はどれも遠距離での戦闘を想定して作られた長柄武器……となれば、あれはF隊とG隊か。
「キリト、アスナ」
「うん!」
「……分かってるわ」
他の部隊もモンスターに襲われる彼らを援護しに行こうとしているようだが、同じように現れたモンスターの相手で手が一杯らしい。ここは最上階に近い為にモンスターも強い。さらには現在いる場所は狭い通路だ。前者はともかく、後者はどの戦闘も困難にさせてしまっている。特にあの2つの部隊は非常に戦いづらいだろう。
「みんな、後ろに下がるんだ!!」
その時、前からディアベルの声が聞こえてきた。プレイヤー達は言う通りにし、こちらへと下がってくる。どうするつもりだ、と思いながら見ているとプレイヤー達を減らす事で自分の部隊であるC隊とD隊の行動範囲を広くし、一気に勝負を決めるようであった。
「凄いね、戦闘面でもうまくみんなをまとめてる」
「そうだな」
ディアベルが戦闘中に指揮を取るという場面は見た事がなかった為、どんなものかと思ったが指揮能力なかなかに高い。他のプレイヤー達に的確な指示を出した事で、ここでの戦闘はそれ程の時間をかけずに終わりを告げた。
そしてディアベルの「さぁ、行くぞ!」という掛け声と共に再び最上階を目指して歩き始めるのだった。
その後、あれから2、3度再びモンスター達によって少々窮地に陥る場面があったが、死者は出ずに全員が最上階に到着する事が出来た。
「これがボスのいる部屋に繋がっている扉か」
俺は目の前にある2枚扉を見上げ、そう呟いた。この扉を開き、くぐればついにこの第1層のボス……イルファングとの戦闘が始まる。
「ねぇ、2人共。ちょっといいかな」
「どうした?」
視線を扉から話しかけてきたキリトに移す。アスナもキリトの方に顔を向け、身を寄せてきたキリトは低めな声で囁いてきた。
「今日の戦闘で私達が相手するルインコボルド・センチネルは、ボス取り巻きの雑魚扱いだけど、充分に強敵だよ。頭と胴体の大部分を金属鎧で守ってるから、君のリニアーもただ撃ったんじゃ────」
「解ってる。貫けるのは喉元一点だけ、でしょ」
「うん。私が奴らの長柄斧をソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチで飛び込んで。シンは援護をお願いね」
キリトの言葉にアスナはこくり、と頷いて扉の方へと向き直った。
スイッチ──────ソードスキル後の硬直時などに後列の仲間が前に出る事だとキリトから昨日、教わった。これによって硬直したプレイヤーを相手から守る事が出来る。こういった集団戦では使う場面が多い為、事前に教えてもらっておいて良かった。
「でもシン、本当に良かったの?」
「何がだ」
「私達の援護で良いのかって話。シンの実力なら十分に渡り合えると思うけど」
「……作戦を練っている時にも言ったが、アスナの使うリニアーは速い。今までそれしか使ってきていないというのもあるんだろうが……それに弱点を狙うなら、俺よりも細剣を使うアスナの方が攻撃は正確だ」
細剣は剣と書かれているが、突く事に特化している武器だ。喉元という細かな場所を狙うならば斬る事に特化している俺やキリトの武器よりも細剣の方が攻撃は当てやすい。
「……それはそうだけど」
「まぁ、状況次第では俺も狙っていくつもりだ。そうならず、作戦通りに進んでくれれば良いんだがな」
──────そう。俺達のセンチネルに対する作戦だけでなく、このボス戦が事前に決めた作戦通りに進み、終わってくれれば誰も失わずに済む。作戦通りならば……。
「……そろそろ入るみたいよ」
「そうだねっ……!」
アスナからの言葉通り、前方に見える7つの部隊はディアベルの指示の元、綺麗に並び終えていた。そして扉の前でこのレイドのリーダーとも言えるべき地位に立つディアベルは銀色の剣を高々と掲げる。他のプレイヤー達も武器を掲げ、キリトやアスナまでもがそうしている事に気付き、俺もグレートシミター+5を掲げる。本来ならば、曲刀ではなく、刀を掲げたい所だが……。
「────行くぞ!」
それはこのボス戦を乗り切ってからにしよう。
ボスの部屋は暗い。しかし、何よりも────広い。広すぎる。この人数とボスとの戦闘が行われるのだから当然だが、ここまで広いとはな。そう考えていると、左右の壁にある松明が全て燃え上がり、部屋全体を明るく照らしてくれた。
「……あいつか」
部屋の一番奥に見える巨大な玉座。そこに座る巨大な獣こそがこの第1層のボス、イルファング・ザ・コボルドロードに間違いない。青灰色の毛皮を纏った巨体を持ち、右手には骨を削って作られた斧、左手には小さな盾を持ち、腰の後ろには1m半はあると思われる湾刀────全てがアルゴの攻略本に書かれていた特徴と一致している。
「グルルラアアアアアッ!!」
イルファングが吠え、大きく飛び出してきたのとこちらが走り出したのはほぼ同時であった。
まず初めにヒーターシールドを持つ戦槌使いが率いるA隊とエギルが率いるB隊が前へと出る。右側をディアベルが率いるC隊と両手剣使いが率いるD隊が走り、その後ろをキバオウが率いるE隊、長柄武器を装備したF隊、G隊が共に走る。
残り3人の俺達も最後尾を走り、俺はイルファングの周囲を見る。取り巻きのセンチネルはどこに──────と思っていると、前方でA隊とイルファングがぶつかり合った瞬間。左右の壁に生まれたいくつもの穴から3匹のモンスターが飛び降りてくるのが見えた。
「あれがセンチネルか」
「うん。私達も行こう!」
E隊、それと彼らを支援するG隊がセンチネル3匹とぶつかり合い、その戦闘から離れてゆく1匹の前に俺達は移動した。長斧を構えるセンチネルにキリトと共に俺は立ち向かい──────チラリとイルファングを見た。
奴のHPバーは全部で4本。1本削る度に取り巻きであるセンチネルが新たに追加されていく。そして最後の1本となった時、奴は腰の湾刀を抜き、攻撃方法が変わると攻略本に書かれていた。
センチネルと戦う壁部隊と攻撃部隊は交互に入れ替わりながら後列の部隊はポーションで回復、前列の部隊と入れ替わって攻撃、そして再び入れ替わる──────これを繰り返している。
このままうまく事が進めば必ず奴を倒せるはずだ。それを──────信じるしかない。
「ふっ!」
「はあっ!」
センチネルに対して攻撃をしても、喉元以外は対して効かない。しかしそれでも攻撃を続ければこちらに目を向ける。振り回される長斧を紙一重で避け、時には弾いていく。そして勢いよく振り降ろされた瞬間、キリトがスラントで長斧を高くに弾き返し──────
「スイッチ!」
キリトの掛け声と共に俺達は後方へと下がり、代わりにアスナが前へと出てセンチネルの喉元目掛けてリニアーを放つ。急所を攻撃されたセンチネルのHPバーは0になり、消滅していった。
「やったな。1体目撃破だ」
「ええ」
「……でもシン、あの戦い方は危険だよ。どうしてわざわざあんな事をしたの?」
アスナと共にセンチネルの撃破を喜び合っていると、横からキリトに注意をされた。確かに結果だけを言えば無傷で終わったが、必要でもないのに相手の攻撃を紙一重で避けようとするなど危険である他にないだろう。
だが、俺にはそれが必要だったのだ。
「奴らの『
「……流れ?」
「……えっと?」
俺の言う『流れ』というものが分からず、アスナもキリトも首を傾げている。まぁ、これは俺の感覚的な話になるわけだから分からなくても無理はない。
『流れ』というのは──────
「2本目!」
「ん?」
ディアベルの声が聞こえ、視線を向けるとイルファングのHPバーが1本だけ減っていった。そしてそれは新たなセンチネルが壁に生まれた穴から出てくる事を意味している。
「話は中断だ、奴らを倒すぞ」
俺は走り出し、近くに降り立った1体のセンチネルへと向かっていく。その後ろをキリトとアスナが走り、勢いよく前へと出てきたキリトと共に俺はセンチネルへの攻撃を始めた。
「もう少しだ!」
「このまま3本目も削るぞ!」
「この戦い……勝てるぞ!」
イルファングと戦うプレイヤー達からそのような声が聞こえてきて、俺が思える事はたった1つ。
──────順調過ぎる。故にそれが恐ろしいのだ。こちらのレベルが高い事や作戦もしっかり練ってきたからというのはあるだろうが、しかしここまで順調過ぎると逆に何かあるんじゃないかと思ってしまう。
イルファングのHPバーはC隊が1本目を、2本目をD隊が削った。そして3本目を本来ならばその役目ではないF隊とG隊が中心となって削っている。センチネルはE隊と俺達3人だけでも対処できているという事からの変更である。
「キリト!」
「うん!────スイッチ!」
2体目のセンチネルの攻撃を俺が防ぎ、その隙にキリトのソードスキルが奴の武器を上へと弾いた。その瞬間にアスナと入れ替わり、放たれたリニアーが弱点である喉元を貫くと、センチネルは消滅していった。
「……やっぱり多いわね」
「多いって何がだ?」
「経験値とお金と……あと、アイテムよ。今まで戦ってきたどのモンスターよりも多いから不思議に思ってたの」
「仮にもボスと一緒に出現するモンスターだからな。それにここだけにしか出現しないのかもしれない。そうだろ、キリ……ト?」
声を掛けたキリトは隣にはおらず、少しばかり離れた場所でキバオウと話しているのが見えた。……いや、あれは話しているっていうよりも──────
「下手な芝居すなや。こっちはもう知っとんのや。ジブンがこのボス攻略部隊に潜り込んだ動機っちゅうやつをな」
「動機……?ボスを倒すこと以外に何があるって言うの?」
「何や、開き直りかい。まさにそれを狙うとったんやろが!……わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで……あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLAを取りまくった事をな!」
LA……LastAttackの略か。確かキリトが言っていたな、ボスに止めの一撃を刺したプレイヤーにはLAボーナスというこの世界に2つとない装備品を手に入れられる、と。
キバオウの話をそのまま受け取ると、キリトは何らかの方法でベータテスト時にそのLAボーナスを独り占めしていたという事になる。
「……デタラメを言うな、キバオウ」
「シ、シン……」
「こいつがそんな事をするとは思えない、訂正しろ」
「なんや、邪魔はしないでもら──────っ!!?」
俺はキリトの前に立ち、現実世界でふざけた真似をしていた男共の相手をした時と同様にキバオウを鋭く睨む。それに気圧されたのか、予想していなかった俺からの殺気に驚いたのか、後ろへと数歩下がった。
「シ、シンはん……これはワイとそこの奴との話や。よ、横から口を挟まないでもらえんか?」
「断る。……お前はキリトの昔について、聞かされたと言ったな。そいつは何故知っていた?答えろ」
「だ、だから────」
「俺は答えろと言ってるんだが……もしかして、聞こえなかったか?」
ズンッ!という音が鳴ったかのように部屋の空気が一気に重たく、冷たくなる。イルファングと戦っているプレイヤー達や他のE隊のメンバー、さらにはアスナやキリトまでもが小さな悲鳴を出していたが、俺はキバオウを殺気の籠った目で睨むのをやめない。
1秒か10秒か、それとも1分か──────しばらく時間が経つと、やがて汗だくとなったキバオウの口が震えながらもゆっくりと開いた。
「ね……鼠や。えろう大金積んで、鼠からベータ時代のネタを買ったっちゅうとったわ」
「鼠……アルゴの事か」
しかしアルゴとキリトは親しいように見えた。大金を積まれたとはいえ、教えるだろうか?情報屋という仕事である以上、私情を挟んでしまっては成り立たないが教えたとは到底思えない。
「嘘だ!だって、アルゴはベータテスト関連の情報は絶対に売らないって言ってたよ!!」
「……と言っているが?つまりキバオウ、お前の言っている事は嘘────」
「そ、そんなんワイは知らん!それなら何や、あの人を疑えって言うんか!?ジブンの情報を教えてもらったって言ったんはあの
キバオウがそう叫んだ瞬間、この場にいる全プレイヤーが固まった。イルファングと戦っていた部隊は攻撃をモロに受けてしまって吹き飛んでいるが、HPバーを見る限り大丈夫だろう。
──────それよりも、だ。
「お、おい……どういう事だよ」
「情報屋が売っていないベータテストの事をディアベルさんが知ってた……?」
「でも、あの女が嘘をついてるって可能性もあるぞ」
「……情報源がどっちにしても、女はベータテスターって事になるぞ」
「……俺、前に元ベータテスターの事を聞こうとして鼠に金を積んだけど、無理だったぞ……」
「という事は、ディアベルは元ベータテスター!?」
「キバオウが言っている事が本当なら、あの女もだな」
キバオウが黒幕の名前をわざわざ口にしてくれた事は助かるが、場所が悪過ぎる。しかもキリトとキバオウの話が聞こえていた奴らもいるらしく、ディアベルと共にキリトがベータテスターである事が疑われてしまっている。と
特にキリトは情報源がアルゴだろうとディアベルだろうと、ベータテスターではないという証拠がなければ、ディアベルのように何かしらの実績を残しているわけではない。
「み、みんな落ち着くんだ!今はそれよりもボス戦に集中して──────」
「お、おい!3本目が削れたぞ!!」
ディアベルが皆を纏めようとしていた時、驚きながらもイルファングと戦っていたF隊の1人が叫んだ。確かにイルファングのHPバーは残り1本になっている。という事は奴は武器を変えてくるだろう。
確かにディアベルの言う通り、今はこのボス戦に集中しなくてはならない。油断をすれば、いくらこちらが押しているとはいえ命の保証は出来ないからな。
「グルルラアアアアッ!!」
イルファングが吠えると、最後のセンチネルが出現した。そして奴は骨斧と盾を投げ捨て、右手を腰の湾刀へと手を伸ばしていく。
F隊と入れ替わったディアベルと続くC隊の6人がイルファングを取り囲む。骨斧の時は横凪ぎに攻撃をする事があった為にこの陣形は取れなかったが、湾刀は縦斬りがほとんどの曲刀スキルだ。攻撃してくる瞬間を見分けれる事が出来れば避ける事が可能なのだ。
「ど、どういう事や……どういう事なんや、ディアベルはん!あ、あんたは……あんたはワイと同じ────」
「キバオウ、センチネルが来るぞ。E隊を纏めろ」
「っ……何でや!何でそんな平然としてられんのや!ディアベルはんが本当に元ベータテスターなら、ワイは裏切られ────」
「その話は後にしろ。キリト、アスナ!行けるか?」
「う、うん……」
「……大丈夫よ」
キバオウによって明かされた事実に2人の顔には他のプレイヤー達と同様に驚愕や動揺の色が入り乱れていた。2人もキバオウ程ではないだろうが、リーダーとして皆を纏めるディアベルの事を信頼していたのだろう。
「ふっ!」
振り降ろされる戦斧とぶつかり合い、互いに弾かれる。しかしすぐに体勢を立て直し、センチネルの攻撃を避けるキリトに加勢してリーパーで奴を遠くへと吹き飛ばした。
「…………えっ」
「どうした?」
「あれ……湾刀じゃ、ない?」
イルファングへと視線を向けると、奴は新たな武器を抜き終わっていた。しかしその武器はベータテストの時に使われたと攻略本に書かれていた湾刀ではない。あれは──────俺がソードスキルを手に入れようとしているっ……!!
「だ、駄目だ!ボスが持ってるのは湾刀じゃない、
キリトが懸命にボスに向かっていくディアベル率いるC隊に向かって叫んだ。しかしすぐ近くまで迫っていた彼らに声は辛うじて聞こえたものの、突然そこから離れるという事は出来なかった。
スタンというのが何なのかよくは分からない。しかしキリトがここまで必死になっているのを見る限り、かなり危険な状況である事に間違いはないだろう。
そして──────
「グルオオオッ!」
空高く跳んだイルファングは体を強く捻った後、着地したと同時に刀を振った。刀身に込められていた力が紅く輝いた竜巻となってC隊全員を襲い、攻撃を受けた箇所からは血液にも見えるエフェクトが発生している。
視界の左側に表示されているC隊の平均値のHPを示すHPバー側を見れば、一気に半分を下回ったのが分かる。C隊は完全に回復したはずなのに、ここまでダメージを受けるとはな──────と思いつつ、俺の体はイルファングへと反射的に突き進んでいた。
「あっ……シン!!?」
後ろからキリトの俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきたが、俺の足は止まらなかった。
どうして俺は奴に向かって走っている?ディアベル達は俺が手を貸さずとも逃げられるのに?────いや、違う。奴らはキリトの言っていたスタンのせいなのか、逃げるどころか動いていない。
そして誰もが目の前の状況を理解できず、ディアベル達の元へと走っていない。イルファングはソードスキル後の硬直で動けないが、どちらが先に動けるようになったかでC隊の運命は決まる。そんな賭け事をしている暇があるんならば、俺は──────
教えの1つ、『その5 人を見捨てぬこと』
教えの1つ、『その7 救いを待つ者には手を差し出せ』
────自らの手で、必ず救ってみせる。
登録、評価、感想、よろしくお願いします!