「じゃあ、ケイタ達は現実じゃ知り合い同士なのか」
「そうなんだよ。みんな同じ高校のパソコン研究会のメンバーでね、僕とサチは家が近所だから昔からの知り合いだけど」
俺がギルド、月夜の黒猫団に入ってから数日が経った。俺はテツオと共に前衛を務め、迷宮区でモンスターと戦う時にはまず俺がある程度HPバーを削る。そして止めを他のメンバーに刺させる事で経験値ボーナスを譲るという戦法をとっている。そうする事で全員のレベルをバランスよく上げ、優劣が出ないようにしているのだ。
──────ただ、
「サチ」
「あ……シン」
迷宮区の安全エリアで昼食を食べ終え、各々が休憩をしている時に俺は皆から離れた場所に座るサチに声を掛けた。そして顔を伏せ、何も言わない彼女の隣に座り込む。
「さっきの事、気にしているのか?」
「…………」
俺の問いにサチは黙ったまま小さく頷いた。今日……いや、今まで何度も俺がサチに与えてきたモンスターに止めを刺す機会の大半を彼女は見逃してしまっている。瀕死と言えど、相手はこちらを殺しに掛かってくるモンスターなのだ。
前に出ようとしても相手の睨む目が、敵を引き裂こうとする爪が、口の中に見える牙が────と、サチはそれらが原因で足がすくみ、動けなくなってしまうと口にしている。
「せっかくシンが作ってくれたチャンスだったのに……」
「だからってそう落ち込むな。誰だって怖い物はある」
「でもこのままじゃ私、レベルが……」
サチのレベルはギルド内で一番低い。戦闘に出ているから経験値は得ているが、ボーナスが少ない為に他のメンバーと比べると、レベルの上りがあまり著しくないのだ。
「……パーティを組んでいると経験値は一人一人に振り分けられる、これは知ってるな?」
「う、うん。だから経験値を多く得たいなら丸ごと手に入るソロの方がいいって誰かが……も、もしかして私にソロでモンスターを────」
「そんなわけあるか」
確かにソロでの戦いはサチの悩みを解決してくれるだろう。しかし敵への攻撃を躊躇うサチをソロで行かせればどれだけ悲惨な事になるのか……あまり想像したくないな。
「俺が言いたいのはな、例えパーティを組んでいても2人なら半分、3人ならそのもう半分は得られるという事だ」
「まぁ……そうだね。でもそれがどうしたの?」
どうやらサチはまだ俺が何を言いたいのか分かっていないらしい。ここまで説明したんだから、そろそろ分かってもいいと思うんだが……しょうがないな。
「つまりだ、
「…………えっ?」
翌日、俺はサチと共にフィールドに出た。昨日までのようにダンジョンへと潜れば強いモンスターがいるし、経験値もより多く手に入るだろう。しかし今まで2人だけでモンスターとの戦闘に挑む事がなかったサチにとっては、初めからダンジョンというのは厳しいはず。だからまずはフィールドから慣れていく、という事だ。
「しかし良かったな、みんなあっさり了承してくれて」
「う、うん……そうだね」
サチのレベルが自分達よりも低い事にはケイタ達も悩んでいたらしい。だから俺が今回の事を話した時には全員一致で「サチをよろしく!」と声を合わせてお願いされてしまった。
「ねぇ、シン……今はどこに向かってるの?」
「この階層の中で一番経験値の稼ぎがいい場所だ。俺もここを攻略中はそこでしばらくレベル上げしてな」
どうして俺がそんな場所を知っているのかと問われれば、キリトに教えて貰ったからである。そういえばあの時はキリトの他に、アスナも一緒に経験値を稼いでいた時もあったな。今では実力を買われ、血盟騎士団というギルドに入った事で会えない日が続いているが。
「着いたぞ、ここだ」
「うわぁっ……大きな森……」
広い草原を抜け、坂道の多い岩場を歩き、迷路のような洞窟を抜けた俺達の目の前に広がるのは巨大な森。ここの奥には経験値を多く貰えるモンスターが生息しており、数体だけ倒せれば迷宮区のモンスター1体と同じ経験値が手に入るのだ。
「ここはな、アルゴ……情報屋の鼠によると攻略組の一握りしか使っているのを見た事がないらしい」
「えっ、どうして?」
「ここまでの道のりが問題なんだ。モンスターの強さが尋常じゃない」
「えっ……モ、モンスター?」
今の攻略組でも敗北する事はないだろうが、善戦するのは厳しい程だ。ここを攻略中は「難易度がおかし過ぎる」「死ぬかと思った」「逃げるのに精一杯で戦うなんて無理だった」等と口にするプレイヤー達が後が絶たなかったとか。
「でもシン、ここに着くまでモンスターなんて一度も……」
「確かに
「隠し道……?」
本来の道には強いモンスターが次々と現れる。しかし俺とサチが今通ってきた道は、遠回りになってしまうもののモンスターが現れる事はない。これは何度も隠し道を使っているプレイヤー達からの証言を集め、自分でも試してみたアルゴからの情報だ。
そしてこの隠し道を知っているプレイヤーが攻略組の一握りしかいない理由。1つ目は隠れ道を知っているプレイヤーが他のプレイヤーに教えないから。そしてもう1つはアルゴが情報を制限しているからだ。曰く、「全プレイヤーが隠し道の存在を知れば、必ずモンスターの枯渇が発生すル。そうなればそこを独り占めする為に、
「もう一度説明するが、ここでの目的はケイタ達と同じレベルになること、それとだけだ。それ以上はサチを俺が贔屓にしているように見られるからな」
「うん、分かってる。私、シンや皆に迷惑かけちゃっているんだし……」
ケイタ達はレベル上げを今日は中止にしてくれている。サチとのレベルをこれ以上広げないようにする為だが、俺がいないからという理由もあるらしい。今回は仕方ないが、後者だけの理由になった時でも俺に頼らず、レベル上げをしてもらいたいが……まぁ、これは皆との相談次第だな。
「サチ、誰もお前の事を迷惑なんて思ってない。もちろん俺もな」
「でも……」
「大丈夫、心配するなって」
「……うん」
声をそう掛けるが、どうやら『全員に迷惑をかけているかもしれない』という不安がなかなか頭を離れないらしい。言葉で励ます事は出来るが、それを払拭するにはサチ自身の問題もある。その事をどうにかしないと、流石に俺の力だけで解決するのは難しいな……。
「サチ、伏せろ!左から来るぞ!!」
「えっ────ひゃあっ!?」
「っ……!!」
サチへと迫るモンスターの攻撃を俺は間一髪で防いだ。そのまま勢いよく弾き飛ばし、隙を見せた奴の体を斬り刻んでいく。
「はぁっ!」
俺の攻撃に怯んだのか後退するモンスターを逃がさず、浮舟で空中へと吹き飛ばす──────のではなく、HPバーが僅かだったモンスターは直撃した瞬間からポリゴンへと姿を変えていった。
「ふぅ……サチ、立てるか?」
「う、うん……あれ?な、何で……」
尻餅をついてしまっているサチの手を掴み、引っ張ろうとするがその前にサチが何か違和感を感じたらしい。足に力を入れようとしているらしいが、動かない事に戸惑っている。もしかして……。
「腰が抜けたのか?」
「……ごめん」
「気にするな。それに謝るなら俺の方だろ。目の前の相手に集中し過ぎていて、サチの方に目がいってなかった」
森へと入ってからしばらくした後、俺達はモンスターの大群に襲われてしまった。これが目的のモンスターならともかく、残念ながら普通のモンスターである。故に経験値が多く貰えないにも関わらず、関係のない所でサチに辛い経験をさせてしまった。パーティメンバーが2人しかいないのも不安に拍車をかけているはずなのに、だ。
「ううん、シンは何も悪くないよ。私が怖がって一緒に戦わないから……自業自得だよ」
「……サチ」
サチはケイタに頼まれ、後衛から前衛に回される予定だ。しかし片手剣での戦い方が分からず、俺が今まで見てきた事を教えている。1対1で教える事もあるし、皆で戦う時にはサチがうまく戦えているかどうか見る事もある。
だからこそ分かる。彼女は自分と仲良しなメンバーにも自分の本心を明かしていない。その証拠に後衛でも手足が震えているのに、前衛に回される事を断ろうとしない。本当ならモンスターと戦う事さえ怖いにも関わらず。
「サチは今までそんな思いで戦ってきたのか?俺と出会う前も、出会ってからもずっと」
「そうだよ。お荷物の私がいなかったら皆もっと上にいけるはずなのに……本当に駄目だよね、私って」
「そんな事、誰も思ってるはずがないだろ」
「……シンは何も知らないからそう言えるんだよ。私はさ、ケイタ達が私の事をどう思っているのか聞いた事があるんだ」
その時の事をサチは話し出した。俺がギルドに入るよりも前────サチは他の4人が部屋に集まって何かを話し合っている事に気付いた。『自分だけを除け者にして何を話しているのか』と気になり、こっそりと聞いたサチはその内容に驚愕したと同時に聞いて後悔したと言う。
────これ以上、俺1人で前衛をするのは無理があるよ。
────サチにはもっと頑張ってもらわないとな……。
────早く前衛が出来るようになってくれないかなぁ。
────あーあ、サチがあんなに怖がりじゃなきゃ良かったのにさ。
サチが聞いたのは皆の自分に対する文句であった。だがケイタ達に悪気はなく、聞かれているとも思っていなかったんだろう。しかしサチはその言葉を聞いてしまった。誰にも言わず、1人抱えながら今まで生きてきたのか。
「私に向かっていつも前衛、前衛って……私はそんなのやりたくないのに!モンスターとなんて戦いたくないのに!レベルとか、経験値とかどうだっていいよ!こんな所にだって、本当は来たくなかった!!」
「っ……」
「シンが私達のギルドに入ってからみんな強くなったよ。でもそのせいで前よりも戦闘が増えた!私はもう戦いなんて嫌なの!死にたくないの!ここで死んじゃったら……本当に……」
涙を流しながら叫び続けるサチに、俺は自分の配慮が足らなかった事を恨んだ。この世界でHPバーが0になり、ナーヴギアによって脳を焼き切られる事は死を意味する。このゲームを攻略しようとする人達は覚悟を決めているだろうが─────サチはそれが出来ていなかった。恐怖を無理矢理押し殺し、モンスターと嫌々ながらも戦ってきたに違いない。
「なら、俺は出ていくよ」
「…………えっ?」
「ケイタ達には申し訳ないが、これ以上サチに負担をかけるわけにはいかないからな。安心しな、これからはサチの気持ちもよく考えるよう伝えておく」
「も、もしかして……本当に出ていくの?」
「ああ」
となれば、転移結晶を使ってさっさとケイタ達の所に戻るか。サチのレベル上げという目的を達していないが、本人がそれを望んでいないのであれば強制するわけにもいかないからな。
「だ……だめっ」
「何?」
「おかしなこと言ってると思うけど……お願い、私達のギルドから出ていかないで。私から離れないで。シンがいてくれる事で安心できるの。だからずっと……ずっと一緒にいてよ……」
転移結晶を持つ腕を掴むサチの顔は伏せている為に見えないが、泣いている事は分かった。しばらく悩んだ俺だったが、転移結晶を戻すとサチの頭を優しく撫でた。
「分かったよ、俺は出ていかない。一緒にもいてやる。ただずっとは流石にな……俺は本当なら最前線にいるプレイヤーだからな」
「うん……いいよ、大丈夫。シンがいつか出ていく時までに私、強くなるから。でも今だけは……」
「ああ、約束する」
──────何があっても、俺は絶対にサチを死なせたりはしない。
たぶんあと2~3話で終わる……はず。
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