第1話 刀を振るう者
────ヒュンッ────ヒュンッ────
「────……582……583……584……585……」
誰もいない道場で俺、
「……600」
目標の数に達し、俺は素振りを止める。頬を流れる汗は顎に集まり、床に何粒にもなって落ちていく。
「ふぅ……はぁっ……」
近くに置いておいたタオルで汗を拭う。そしてあらかた終えると、壁に掛かっている和紙に書かれた文字を見た。
ここ、
「随分と頑張っているな」
「……親父」
襖を開けて入ってくるのは自分の父親であると同時に師匠でもある
「しかし、どうしてそこまで頑張る?何か理由でもあるのか?」
「……別に。ただ、こうやっていると落ち着くから」
「勝ちたい相手でもいるのか?」
勝ちたい相手、か。そんな相手はいないが、追い越されたくない相手ならばいる。今年、剣道部に入ってきた新入生である女子生徒は昔から剣道を習っているらしく、なかなかの腕前だった。確か、名前は──────
「そういえばお前、高校はどうする気だ?」
「高校?……ああ、そうか。俺ももう受験生か」
「自分の事だろ、忘れるな」
自慢ではないが、俺の成績はトップクラスだ。倍率がある程度高くても合格できる自信はある。まぁ、どの高校にするかなんてまったく決めていないが。
「俺にとっちゃ、進学せずにこの道場を継いでもらいたいんだがな」
「断る。俺はまだ学生でいたいんだ」
ここの道場……夜天流道場は決して有名とは言えず、それどころか金銭的な問題がいくら解決しても、どんどん舞い込んでくる。今はどうにか節約する事で生活費をギリギリ手にしている状態だ。その状態のまま、俺は受け継ぎたくない。
「そうだ。午後から少し出掛けてくるからな、俺」
「ん?どこに行く気だ?」
「ちょっと引きこもりの後輩の所に」
ピンポーン─────
俺は後輩が住む家のインターホンを鳴らした。まったく、昨日の夜に突然電話してきたと思ったら用件は言わずにただ「明日、家に来て!」とだけ伝えて切るとか……もう少し先輩としての威厳を見せた方がいいのか……?
『はーい、どちら様ですか?』
「真一だ。その声は
『っ、えっ、暁先輩!?ちょ、ちょっと待っててください!』
インターホンから聞こえてきた声は引きこもりの後輩の妹、
「暁先輩!こんにちは!」
「おう、こんにちは」
玄関から飛び出てきた直葉は小柄ではあるものの、胸囲はそれなりに育っているのが分かる。あの引きこもりの後輩と比べると、似ているとはいえないがそれは直葉が従妹である事に関係している。
「えっと、今日はどうしたんです?」
「昨日、
「お姉ちゃんにですか?……もしかしてっ」
ん?直葉のこの様子……何か知っているのか?
「とりあえず上がってください。私はお姉ちゃんに暁先輩が来たって伝えてきます」
「頼む。……そういえば、両親は?」
「今ちょっと出掛けてて……私とお姉ちゃんしかいないんですよ」
直葉の言葉に俺はふーん、と言いながら桐ヶ谷家にお邪魔する。この家に来るのは今回が初めてじゃない。もう何十回かお邪魔させてもらっている。主に引きこもりの後輩関連で。
「暁先輩、お姉ちゃんが部屋に来て下さいって」
「ああ、分かった」
「その……すみません、本当ならお姉ちゃんが出向くはずなのに」
「いいんだよ、別に。気にするな」
申し訳なさそうな表情をする直葉の頭を優しく撫でる。気持ちいいのか、ふにゃっとした顔が「可愛いな」。
「かっ、かわっ……あ、後でお菓子持っていきますね!」
「……?おう」
何故か顔を赤くした直葉は走り去ってしまった。一体どうしたんだ?つい、可愛いと口に出してしまったがそれが原因だろうか?
まぁ、それは放っておいて……俺は階段を登り、和美の部屋の前に辿り着いた。
「和美、来たぞ。鍵を開けてくれるか?」
「あっ……う、うんっ!」
部屋のドアを叩き、声を掛けるとすぐに鍵が開く音が聞こえてきた。ドアが開き、現れたのは黒髪の美少女。俺よりも僅かに身長は低く、伸びた髪は腰辺りまでに達している。手入れはほとんどしていないだろうが、指を通せば一切引っ掛からずに先端まで通せる美しさがある。
「相変わらず長い髪だな」
「えっと、その……切りに行ってる時間がなくて」
「ゲームでか」
「……うっ」
どうやら予想は的中したようだ。この後輩は昔のとある理由から人との関わりが難しく……いや、恐れるようになってしまい、ゲームの世界────仮想世界を求めるようになった。
1年前の入学式の時、和美が周囲の目から怯えている事に気付いた俺はこいつに話しかけた。どうしてそこまで怖がる必要があるのか、気になったからだ。結果だけを言えば、その瞬間に逃げられてしまったが……。その後も何度も話しかけた。何故かと聞かれれば、どこか苦しそうだったから。その苦しみから救い出したかったから。
夜天流道場の教えの1つ、『その7 救いを待つ者には手を差し出せ』
そういった教えがあったから、俺は和美との関わりをやめなかった。そして気付けば、俺となら普通に会話が出来るようになっていた。家族ともまだ距離はあるものの、前よりはマシになってきていると思う。
「それで?どうして俺を呼んだ?」
俺は椅子に座り、ベットに腰掛ける和美に顔を向けて尋ねた。この後輩からの頼み事は主にゲームに関する事だ。俺は実際にやった事はないが、話は聞いている為に理解は出来る。やはり誰かとゲームの話を出来るという事が嬉しいようだ。いつも興奮して喋ってくる。
「真一は、その……ゲームはやってないんだよね?」
「ああ。いつも言ってるだろ?俺の家にはゲームを買う金なんてないんだって」
「ご、ごめん。じゃあ……ソードアート・オンラインっていうゲームも知らないよね?」
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