「ソードアート・オンライン……?」
「う、うん。ナーヴギア専用のゲームなんだけど」
ナーヴギア──────興味もない為に構造などはよく分からないが、2022年に発売したハードだ。確かヘッドギアを装着して《リンク・スタート》と言えば、仮想空間に入る事が出来るという代物だったはず。
「それでそのゲームがどうした?」
「実は私、そのゲームのベータテストに応募しようと思うんだ」
「へぇ」
ベータテストとは、多くのプレイヤーに試用してもらう事で発見できなかった不具合を報告してもらったり、修正したりして正式版をより良いものに仕上ることを目的としたテストの事だ。
「でね、このベータテスト……真一も一緒にやってみない?」
「俺はナーヴギアを持ってないぞ」
「それなら大丈夫だよ」
何故だ?と口に出そうとしたが、和美が俺からは見えない角度から取り出してきた大きめな箱を見て止めた。いや、止まってしまった。
「ナーヴギア……これ、お前どうしたんだ?」
「うん。お母さんが持っていた商店街のくじ引きを引いたら、1等賞で当てたんだ。お母さんは自分の物にしたかったみたいだけど、私の友達になってくれた真一にプレゼントしたらって言われたの」
俺は渡された箱を開き、中からナーヴギアを取り出した。和美から何度かナーヴギアを見せてもらった事があるが、それと同じ物である。
「だからさ、一緒に応募してみない?」
「…………」
突然の事に唖然としたままの表情の俺に、ニッコリと笑いながら尋ねてくる和美。もしもこれを断ったら、こいつは悲しむんだろうか?
教えの1つに『その3 女性を悲しませるな』というのがある。だが、教えなんかよりも俺はこいつの────和美の悲しんだ顔が見たくなかった。
「だ、駄目かな……?」
「いつまでだ?」
「えっ?」
「その応募ってのはいつまでやってるんだ?あと、
「っ!う、うん!」
俺がいつまでも答えない事に和美は不安を感じたのか、落ち込んだ表情を見せていた。しかし、俺が応募する事を伝えると、満面の笑みで頷いてきた。
さて、和美と一緒にベータテストの応募をしたが、その結果が戻ってくるまでに〆切の日までを入れて、1ヶ月はかかるとの事。その為、俺はその間今までと同じように学校での生活と道場での修練を繰り返そうとしていたんだが────
「おい、和美……これはどういう事だ」
「これって?」
「この山積みにされてるゲームソフトだっ……!」
俺は今、和美の部屋にいる。ナーヴギアを譲って貰って以降、呼ばれる事はなかったが再び電話を受けて訪れたのだ。
そして来たと思えば、俺の目の前にはナーヴギア専用のゲームソフトがいくつか並べられている。それはいいが、これを俺にどうしろというんだ?
「だってほら……真一ってナーヴギアのゲームやった事ないじゃん?だから仮想世界を少しでも体験してもらおうって思ったんだ」
「いや、それはありがたいが別にそこまでする必要はないだろ」
和美からの提案にそう答えると、持っていたゲームソフトが床に落ちた。しまったと思いつつ、和美の顔を見てみればまるで絶望したかのような表情だった。
「っ……ごめん。そうだよね、そこまでする必要なんて、ないよね……」
「……はぁ」
このまま泣き出されたら教えに反したという事になるだろうし、このままだとこいつの泣き顔を見る事になる。もちろんそんなのは嫌に決まってる。だから──────
「どれがオススメだ?」
「えっ?」
「どのゲームソフトがお前のオススメだ?」
俺は並べられたゲームソフトを手に取り、タイトルを見る。親しみがない為、どんな内容なのかもよく分からないが。
「う、うん!えっとね、私のオススメは────」
「──────なんて事がずっと続いてる」
「そ、そうだったんですか……最近、家に来るのが多いなぁとは思ってましたけど」
部活の休憩中、俺は直葉の隣に座って部屋でしている事を話す。和美からの提案を受け入れた結果、俺は部活が休みの日にはほぼ毎日といっていい程呼ばれてナーヴギアで仮想世界を体験させられているのだ。
「でも暁先輩もナーヴギアを持っていますよね?なら、お姉ちゃんからソフトを借りて家でやればいいんじゃ……」
「俺は家にいたら、ほとんどの時間を修練に使っているからな。その事を和美に話したら絶対に貸さないと言われた」
一度始めると、ナーヴギアの存在なんて忘れて最後には触れる事すらないまま疲労で寝るだろうし。
「お姉ちゃんったら……分かりました。じゃあ、私からお姉ちゃんに今後は暁先輩をそういった理由で呼ばないように言って────」
「いや、何を言ってるんだお前?」
俺が直葉の言葉を遮り、そう尋ねると驚いた表情を見せられた。いや、そんなに驚かれても困るんだが。
「だ、だってお姉ちゃんのせいで暁先輩、迷惑してるんじゃ……」
「別にそうとは言ってないだろう。俺はただ、妹であるお前に愚痴を聞いてもらってるだけだ」
「それってつまり、迷惑って思ってるんじゃ────」
「思ってない」
俺はそう断言するように顔を直葉の方に向け、強く言った。いつまでもこの話を繰り返すなど面倒でしかないし、直葉を介して俺の気持ちを言われたとしても、あいつが悲しむ事に変わりはない。
「そ、そうですか……そういえば」
「ん?」
「暁先輩って、どうやってお姉ちゃんと親しくなったんですか?」
どうやって親しくなったか……つまり和美との距離が一気に縮まった時の事を言っているのか?
「お姉ちゃん、暁先輩に話しかけられてもすぐに逃げていたって聞いたから……」
「なるほど」
俺と和美の距離が一気に縮まった理由、それは入学式から2ヶ月が経った頃──────
「和美」
「っ……!」
俺は登校中、偶然にも和美の姿を見つけた。周囲からの目に怯え、友人などを作らずにいつも1人でいる孤独に見える少女────それが桐ヶ谷和美。どうしてそうなってしまったのかは分からない。だから和美との距離を縮め、少しでも彼女の救いになれれば良いと思っていた。
「…………」
「どうしてそんなに怯える?俺がそんなに怖いか?」
「あっ、いや……えっと……ごめんなさいっ!」
和美は俺に頭を下げて謝ると、走っていってしまった。これだと今日も話すというのは無理か……なかなかに難しいが、諦めずにいくとしよう。そうすれば、きっと──────
「きゃっ……!?」
「おい、姉ちゃん……どこ見て走ってんだよ?」
今後の事を考えていると、目の前では和美が尻餅をついていた。前には柄の悪そうな高校生らしき男がいる。状況から見るに……あの角から曲がってきた奴とぶつかってしまったという事か。
「っ……っ……!」
「おぉ?よく見れば、なかなか可愛いじゃねぇか。おい、これから俺と─────」
「そこまでにしてもらえるか?」
俺は和美と男との間に入り、和美の腕を引っ張って立ち上がらせた。突然俺が現れた事に驚いているようだが、男の威圧的な視線に怯えて後ろに隠れた。
「おいおい、テメェ……どこから来たのか知らねぇが、痛い目を見たくなきゃそこを─────」
「……どけ」
いつまでも前にいる男に短く言うと共にギロリと睨む。一瞬にして空気が冷え、しかし男の顔には大量の汗が流れていた。
「どうした、暑いのか?」
「あっ……ひっ……かっ……ひいいっ!」
男は何度か転びながら逃げていった。まったく……朝から余計な力を使う事になるとはな。和美に大丈夫だったかどうかを確認しようとし、後ろを振り向くと──────
「ひっ……ひうっ……」
和美は目に僅かな涙を溜め、俺の制服の裾をギュッと摘まんでいた。おかしいな。殺意を向けたのはあの男だけだから、となるとそれ程までに怖かったか。
「大丈夫か?」
「は……ひゃい……」
「そんなにあいつが怖かったか?」
俺の質問に和美は頷く。まぁ、俺はああいった輩には耐性がある。和美のように襲われる女性を助けた後に何度か喧嘩を売られた事があるからな。当然、全員返り討ちにしたが。
「なら今度からは気を付けて走る事だな」
「…………あ、あの」
「ん?」
「ど、どうして、私に構うんですか?声を掛けられても逃げてしまってるのに……」
ほぅ、ようやく話をしてくれるようになったか。これまで諦めずに声をかけてきた甲斐があったというものだ。
「お前の事が気になったからだ。どうして周りの目に怯えているのか、何故友達を作らないのか……その理由を知る為に声を掛けた」
「り、理由を聞いて……どうする気だったんですか?」
「お前をその孤独から救う、それだけだ」
俺がそう言った時、和美は制服の裾から手を離して顔を俯かせた。どうしたんだろうかと思っていると、和美は小さく口を開いた。
「無理……です」
「何?」
「私、分からないんです。どんな風に他人と接すればいいのか……何もかも分からないんです」
他人との接し方が分からない……?何故だ?ならば今までどうやって生きてきた?人は1人で生きていくなど不可能だ。それはこれまでだけではなく、これからも。ならば────
「なら、俺と話せているのはどうしてだ?」
「えっ?…………あっ」
「お前の過去に何があったのかどうかは分からないが、つまりはそういう事だ。例え分からなくても、他人との関係が作れないわけじゃない」
ただ、過去が和美を縛り付けているだけなのかもしれないな。だが、今ここでそれを聞くわけにはいかない。もしも無理矢理にでも聞いてしまえば、彼女を壊してしまう可能性だってある。
「あ、の」
「何だ?」
「その、もし、良かったらでいいんですけど、私と──────友達になってくれませんか?」
「────という事があったんだよ」
「お、お姉ちゃんとの間にそんな事があったんですか……」
それから少しした後に桐ヶ谷家の事情を聞き、俺は和美の過去を知った。どうして人付き合いが出来なくなってしまったのか、何故従妹である直葉と暮らしているのか……あいつの過酷な境遇を知ったからこそ、俺は和美には甘い。
「そろそろ練習を開始するか」
「そうですね。
「だな」
俺は直葉にそう答え、練習を再開する為に休む部員達に声を掛けていった。
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