一話 ええ、旅をしましょう
数年の時が経った。
数え切れないくらいの年を重ね、リュン君もメディアも居なくなり残ったのは結局私達二人だけだ。
その点に関しては何も後悔は無い。彼ら彼女らは皆それぞれの生をいろいろな形こそ有れども
「それじゃそろそろ私は行くよ」
「……まだ魔法は完成してないじゃない」
私達は街を見下ろす高台にいる。活気づいた声が市場の方から聴こえてくる。変わらない風景だけど、その裏で変わってしまう事もある。
あの神々の戦いから優に数百年は経った今、隣に立つ彼女は段々と人間達から距離を取ってきた。
「うん。でも、もうここの本は大体目を通したし、ちょっと他の場所に探しに行こうかと思って」
神が人から離れていくのは少し見ていて何とも辛い物があった。ヘカーティアだからなおのこと。移りゆく世をみて彼女は一体何を思っているだろうか。
そんな彼女の事を今は亡きリュン君との約束のため、この目で見続けてきた。でもそれも今日まで。
ようやく人だけで成り立つようになったこの都。それを見届けた彼女はここを発ち地獄へと向かう。
「ねぇ貴女も一緒に……」
「クラウンピースは地獄に居るんだっけ?」
言葉を遮るように重ねる。皆まで聴かなくてもわかるから。私の進む『向き』はもう決まっているから。
「……ええ、そうよ。頑張ってくれてるわ」
「そっか。それにしてもクラウンピースが地獄生まれだっていうのは驚いたなぁ」
「……はぁ」
ん?彼女は急にため息を突き出した。頭も抱えている。
「どうかしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよん!」
ムキーとまるで癇癪を起こした子供のように、まあ要するに我慢ができなくなって声を荒げる。何もそんな息を荒げなくても。
「遠回しは止めだ! 貴女も一緒に地獄に来なさい!」
「いや私にはやることが」
「やることって言っても盛大な自殺じゃない!? 勝手に死なれたらこっちの寝心地が悪くなるの!」
「ヘカーティアには関係ないでしょ」
「オーケーオーケー。それは私への宣戦布告ね」
頬をひくつかせたヘカーティア。魔法陣を手に浮かべてそのまま私に向けてくる。陣を見る限りなかなかガチな魔法である。
「お、落ち着こうよ」
「落ち着くのは貴女よ! そんなに死にこだわって何になるの?」
彼女だと私の四肢を折ってでも止めてやるとか言いかねない。数分掛けて何とか彼女をなだめる。
「魔法が完成したら一度顔を見せるから。ね? その時まで取っておこうよ」
「取っておくって何をよ。私は……!」
「ありがとう。ヘカーティア」
私は彼女の目を見てお礼を言った。彼女のその優しさへの尊敬、そしてこんな私へと気にかけるお節介への感謝。
そして拒絶。
もうとっくに彼女は解ってるだろうけれど。
……ああ、私ってずるいなぁ。
「……絶対顔見せなさいよ」
「うん、もちろん」
「その時はぶん殴ってでも止めるわ」
それでも私の話を聞き入れてくれる辺り、やっぱりヘカーティアだ。その優しさは女神だからと言うより、その優しさ故に彼女は絶大な信仰を得る女神になったのだろう。
彼女は凄い。
「それにしても、貴女がいないとつまらなくなるわね。……魔法の試し打ち出来ないし」
「……おい、私を引き留めるのはそんな理由なのかっ」
さっきまでモノローグを返せ! この戦闘狂ッ!!
ボソリと恐ろしいことを言わないで欲しい。
思い出される魔法の鍛錬の日々。メディアが何処かへ出掛けてからはヘカーティアと決闘形式で演習をしたことが多々あった。
無論幾度も死にかけた。
死ねないけど。
「はあ、私も何処か旅でもしようかしら。三人居るし、地獄に一人置いてもあと二人居るわね」
「私についてこないでよね」
「あらもう、いけずねえ。うーん、そういえば月にも人間って居るのよね。行ってみようかしら。ほら最近月の女神としても崇められてる訳だし」
「い、いやぁ、それは止めといた方が良いんじゃないかなぁ?」
彼女と月夜見は絶対に思想が合わない気がする。喧嘩して月が無くなりましたとか笑えない。
「まあ、何にしてもそろそろ私は行くよ。ヘカーティアも元気でね」
「……貴女もね。魔法の完成の知らせ、せいぜい楽しみにしてるわ」
それを別れの言葉に、私たちは別々の向きへと飛び立った。
ごめんヘカーティア。
心の中で謝る。恐らくもう彼女に伝わることは無いけど。
「実はもう出来てるんだ」
私はいつも通り能力で謎の収納空間を切り開き、そこからいつだかの『魔法使いの杖』を取り出す。
そして間髪入れずに変身。
いつだかみたいに、実況チックに語る心持ちでもない。
「最期がこの格好てのはちょっと納得行かないけどね」
この杖はただ単に魔法少女に変身するだけじゃなかった。後に調べてわかったことだ。
ヘカーティアが作ったからかどうかは知らないが、これは膨大な量の魔力のタンクとなっているのだ。
その一部を使用して魔法少女に変身するのだけれど、今回用事が有るのはその変身ギミックの方じゃない。
用があるのは貯蔵庫としての昨日の方、私は数百年をかけて少しづつこの杖に魔力を貯め続けてきた。この最期の魔法を起動するために。
魔法の名前は『
……何か厨二っぽいネーミングセンスは突っ込んじゃあいけない。
というよりも私の命名ではない。大昔にどっかの誰かが付けたのだ。
どんな魔法かというと実に単純。
手順は少なく、魔力を放出して自らを中心に圧縮するだけ。属性も何もない、もはや魔法と言うのもおこがましい。
神殿などにあった文献に、過剰な魔力の収束は消滅をもたらす、という事が書いてあった。
つまりこれを利用すれば文字通りこの世界から消えられるはず。そう当たりを付けた。
魔法でマーキングを付けた石で実験してみた所ビンゴだった。その石はこの世界から文字通り消え去った。
当初はどうにか呪いを解いて後は死ねばいいと思っていたけれど、死ぬと再び転生する可能性があった。だがら消滅する。
やるなら徹底的に、だ。
「この辺で良いかな」
私はヘカーティアと別れてからひたすらに空を飛んだ。あんまり近い所でやると彼女に感づかれてしまうかもしれない。陸が続くのは北西方向だったのでそちらの方に。
前世で言うと東欧と呼ばれる場所かな?そこまでやってきた。眼下に広がるのは森林。誰も人はいない。
そこで私は魔力を解放する。ここ数百年で扱える魔力も随分増えた。杖からも出力した可視化するほどの魔力は、私を中心に球状に展開される。
「今度こそ、さよならだね」
その膨大な魔力全てを一度に集約。集まった魔力は空間を歪める。この世界から体が、私という存在が剥離していくのを感じる。
「じゃあね。クソッタレなこの世界。」
最後に付いた言葉は悪態だった。
その一言を残して私はこの
◇◇◇◇◇
私はこの世界中を旅している。
目的は無いと言えば無いし、有るといえばある。そもそも旅をする事自体が目的だからだ。
この
子供の頃にその楽しみを知った私は、その為に魔法を学び、捨虫の魔法を覚えた。そうして悠久の時を得たのだ。
一般人にも魔法が浸透してからかなり久しい。
だから不老になる人は少しずつ増えている。けどまだ珍しいし、差別もの完全に無い訳じゃない。ただそれでも理解をはじめとする示してくれた家族や親戚達。
人に恵まれたことに感謝しつつ、先に逝ってしまう彼らとの別れは辛かった。
そうして私は時間を手に入れ、長い間旅をしてきた。
色々な事があった。魔族に殺されかけた事もあった。
それに色々と珍しい物も見てきたつもりだ。珍しい食べ物然り、変な現地民や生物然り。
ドラゴンに悪魔や魔族など様々な種族が入り乱れるこの世界、面白い出来事に欠くことはない。果ては創造神すら気さくに話してくる。初めて話した時は流石に驚いた。
そんな何でも有りな世界で、色々な経験をしてきた私。
でもやっぱりまだまだ世界には面白いことが有るらしい。
「空から人が……降ってきた?」
空は宵闇。その黒の背景に目立つ真っ白な髪の少女。左手には杖のようなもの。先端には紺珠、その周りには羽が生えている。そして、服装は何故か派手で際どい。スカートの長さとかどうなってるかしら?
そんな一風変わった彼女はふわりと空高くから降りてきたのだった。
(あら、珍しいことも有るのねぇ)
天使……と言うものだろうか。この世界に居ると聞いたことがある。悪魔と対を為す高潔な種族、会ったことは無いけれど。
「あっ……」
そんな事をぼんやりと考えていたら彼女がいきなり光りに包まれた。
その光が晴れると、いつの間にか彼女の服は白いワンピースになったではないか。これで全身真っ白だ。
何処までも白い少女。その姿は何処と無く不安定で…
「って言ってる場合じゃないわ」
服装が変わった後彼女は落ちるスピードが上がったのだ。恐らく支えていた魔力が切れたのだろう。
いくらこの辺の地面は砂場とはいえ、このままあの高さから落ちたなら無事じゃ済まない。
「はっ!」
私は魔法を使ってその場から飛び出した、ただ足から魔力を放つだけの魔法だけれど、十分に速度が出る。落下する彼女の下に入り込むのに成功、そして無事彼女キャッチした。衝撃に備え体を魔法で強化したけれど、思いの外彼女は軽かった。
「すごく……綺麗な子だわ」
見た目は私より幾らか年下、普通の人でいうと十歳位だろうか。
けれど触れてわかった。彼女は普通の子じゃなかった。ほんの少しだけ魔力を感じる。その魔力の質は人のものじゃない。
「魔族……」
彼女から感じられたのは自分たち人間とは違う種族のものだった。
「どうしようかしら?」
魔族が皆そうだ、という訳ではないけれど。やはり幾らかは攻撃的な者はいる。本来なら余り関わらないのがセオリーだ。
けれど現在彼女は気を失っている。魔力は枯渇して最早生きているのが不思議なくらい弱ってもいる。恐らく気がついたとしても私にとって害にはならないだろう。
とは言え魔族は私達人よりも圧倒的な力を持つ。不慮の事態に陥らないとも限らない。私が取るべき選択は彼女を捨て置いて逃げることだろう。
けれど私はそうはしなかった。彼女が余りにもすぐに消えてしまいそうで不安にさせられたから…というのも理由の一つではある。
けれど何より私の旅人としての勘が告げる。
彼女と一緒に居たらきっとお面白いことになる、と。
「ふふっ、旅は道連れ世は情けってことかしらねぇ」
私の勘は良く当たる……かどうかはわからないけど。
そんなこんなで私、旅人ルイズは彼女を介抱することに決めたのだった。
ルイズさん登場。
彼女は何しても「あらあら」って言ってくれる系お姉さんのイメージで描いていきます。
-追記-
ランキングに入ってるだと…!?
読んでくれてる皆さん、本当にありがとうございます!m(_ _)m