東方死人録   作:nismon

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お待たせしました。


六話 大事な人に対してほど肝心なことを忘れたりしなかったり

 

 

 

 

 彼女は勢い良く駆け出した。

 その鮮やかなピンクの髪が風になびく。

 

「はああああ!!」

 

 掛け声、いや最早それは殆ど叫びと言って良いだろう。女の子が出して良いのか少し微妙な声を出しながらも彼女は走る。

 その太い木の根元までたどり着いた彼女は幹に足をかけた。その足はしっかりと幹に吸い付き離れない。もうその動作に辿々しさは感じられない。

 そのまま幹を勢いよく登っていく彼女。

 上へ行く内に増えてくる邪魔な枝を危うげなく避け、段々狭くなる足場を進む。横への動きに加えて足場も悪くなるけれどその動きは安定している。

 そしてついに彼女は手を伸ばす。

 触れたのはこの木の一番高い枝先。

 

「どうだっ!」

 

 彼女はこの木、この辺りで一番高い木を登りきった。遂に彼女はこの一週間の修業をやり遂げたのだった。

 

「やったあ……れ?」

 

 それで集中力が切れたのか彼女の足が枝から離れる。

 ……まったく。詰めが甘いんだから。

 

「きゃああ! ……ってあれ?」  

 

 落下を始める彼女を宙で私は受け止める。

 

「もう、危ないんだから。気をつけなよ?」

「へへっ、なに言ってんのよ。勝者の余裕って奴よ」

 

 余裕が無かったから落ちたんでしょうが。第一勝者って何か勝負していた訳でもないだろうに。

 ――いや、強いて言うならば自分と戦っていたのか。

 ひたすらに魔力を操り、木を上る。時には落ちて体中泥だらけ。彼女はそんな自分の戦いに勝ったのだから。

 それを勝ち誇っておかしいことなんて無い。

 酷く疲れきったサラの体を抱え、ゆらりゆらり、木の葉が落ちるようにゆっくりと降りていく。

 

「ねぇ、聞いてもいいかな」

「何よ?」

「サラは何の為にそんなに頑張るの?何の為に捨虫の魔法を使いたいの?」

「……」

 

 一応は聴いておかなければならないこと。

 ……もちろんそうであるのだけど、それだけじゃない。単純に私が知りたかった。

 

 寧ろそれよりも、ただ純粋に、彼女がどうしてそんなに必死になるのか興味がある。

 

「元々は……そう、あまり言えたもんじゃない目的の為だったわ」

 

 ゆっくり言葉を整理しながら話しだす。

 

「もちろんルイズさんに憧れてるのも本当だし、旅をしてみたいのも本当……でも一番は…私は知らなきゃいけないの。色々なものを肌で感じて見なくちゃ。そのためにまずは本物の魔法使いになりたい。今はそう思ってる、と思う」

 

 いまいち抽象的で要領を得ない答えだとは思うけれども。

 

「そっか」

 

 それなら私から言うことは特にないのだ。

 少しあったはずの心配もやはり杞憂で、サラはやっぱりサラだったのだから。

 

「……何も聞かないのね。」

「そりゃ野暮だからね。聞いてほしいなら聞くけど。」

「……アンタそういう所よ。でもそうだと思ってたわ。だから――」

「だから?」

 

 徐々にフェードアウトしてゆくサラの声。どうしたのかと様子を伺えば彼女は寝息を立てていた。

 

「むにゃ」

 

 あれま、流石に疲れたのかな。まさか私の手の中で寝ちゃうなんて。 

 ……それだけ警戒が解かれているって事だけどね。少しむず痒いけれど、ちょっと嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、なのかしら?」

「ん? 美味しいよ」

 

 ミネストローネを啜る。口内にトマトの風味が広がる。良くトマトが嫌いだという人が居るけれど私にはその感覚はわからない。だって美味しいじゃん。

 

「お粗末様。でも、そっちじゃないわ」

 

 夕食は本当に美味しい。けれど当然彼女が聞き出たいのは隣の部屋でぐーすか眠っている彼女のことだ。

 

「わかってるって。多少危ういところも有るけど、捨虫の魔法ならギリギリ大丈夫なんじゃないかな?」

 

 いや凄いね、ぶっちゃけ最初は一週間じゃどうこう出来るはず無いと思ってたもの。サラの気力と執念には目を見張る物があった。

 

「そう……」

「大体それはルイズの方が詳しいんじゃない?。使ったこと有るんだし」

「ええ、そうね……」

 

 煮え切らない返答のルイズ。私に聞くまでもなくそんなことは百も承知であろう。

 もちろん彼女が悩んでいるのはそこじゃない。それくらいは流石にわかる。

 少し息をついてから私は彼女に問いかけた。

 

「ルイズはどうしたいの?」

 

 本当にサラに捨虫の魔法を習得させて良いのか、それが彼女にとって酷く悩み所なのだ。

 

「第一、私に修行を付けるように要ったのはルイズじゃない」

「それは……あの子の魔法が余りにも危なっかしくて……でも、捨虫の魔法はやっぱりもう少し考えてから……」

 

 本当に悩んでいるのだろう。けれど私にそう言われても困ったりする。

 

「正直さ、私はそういうのわからないからさ」

 

 既に人の身でない私はとうの昔に寿命に対する認識などすり減りきっている。

 もっとも自殺を考えるような奴なんだから、元から磨り減るもくそもないんだけど。

 

「ルイズが本当に止めさせたいなら、私も従うよ」

 

 ルイズにとってサラは娘、はちょっと違うか。そう例えるなら妹みたいな。とにかく大切にしているのだ。

 そもそもサラが魔法を知る切っ掛けも、もっと言うならサラが今まで生活してきたのもルイズに依るものだと言っても余り過言じゃない……と恐らくサラは思ってるはず。

 だからルイズが本当にサラの身を案じて止めるのなら従うはずだ。

 

「私は、どうしたら良いのかしら?」

 

 だからこそ迷っている。ルイズはどうするのが一番良いのか。

 まあ、心の何処かでぶっちゃけどっちでも良いんじゃね? とかものぐさで無頓着な私は思うのだけれど。結局決めるのはサラな訳で。

 ルイズはそうじゃ無いのだ。きっと捨虫の魔法を使った当人にしかわからない何かがあるのだろう。

 

「だから私に聞いたって仕方ないよ。だって妖怪、魔族だもの。人間の価値観なんてわからないね」

「なら、私の意見なんて気にしなくて良いじゃないの。それに貴女自身はサラの望み通りにしたいと思っているのでしょう」

 

 む、それは……そうかもしれない。

 私はサラの望みを遮ることが出来ない。あんなに不器用だけど真っ直ぐ行きようとしている。どうしたって応援したくなる部分もある。

 

「でも私が決めちゃいけないでしょ」

「どうして?」

「ルイズ、忘れたの?」

 

 どうしてもこうしてもない。これは二人の問題である。

 

「『私はルイズさんみたいに旅をしたい』って、言ってたじゃない」

「……」

 

 サラがそう思ったきっかけは当然ルイズな訳だから私がどうこう言うものじゃないのだ。

 ……と言いつつ結構ちょこちょこ口出しでしまってるけどね。

 まあ肝心な結論は私は極力何も言わないし言いたくないのだ。二人で決めようよ。

 

「そう、ね……そうよね」

 

 その言葉を飲み込むように彼女は繰り返した。

 

「私が迷ってちゃいけないわよね。サラと話してくるわ」

 

 そう言ったルイズは、少しだけわざとらしく笑ったのだった。

 

「それにしても貴女って面倒見が良いのね。これでもサラの親代わりを努めようって思ってたけれど私より儚の方が向いてそうよ?」

「そんな事ないよ。……そうだね、強いて言うなら独りよがりのただの出歯亀だよ」

 

 って答えたらルイズには生暖かい目で笑われた。だからそんなんじゃないって。本当に。

 

 

 

 

 

 その夜二人は長い間話し合ったようだった。

 どういう事を話したのかは知らない。そこは私が首を突っ込むことじゃないだろう。

 ただルイズは翌朝私にこう言った。

 

「サラを信じることにするわ」

 

 その顔はどこか困ったようで、清々しい顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしやってやるわよ!」

 

 サラの威勢良い声が響く。

 湖面を撫でるそよ風がひんやりと気持ちいい。私達は現在この街の中心、湖の畔に来ている。

 私達がこの街に来て一週間が経つ。ルイズは無事に紀行記を書き終えた。

 原稿を見せて貰ったけど恐ろしい量だった。

 『今回はこれでも短いのよ』とのこと。ルイズさんマジパネェっす。

 彼女の紀行記は前の本屋でいくらか購入したので道すがら読んでいこうと思う。

 まあ、そんな訳で無事ルイズは用事を済ませた訳で、私達はそろそろこの街を出発するつもりだ。

 この街には魔法使いと呼ばれるような人物は居ない。つまり当然ながらサラに捨虫の魔法を教えられるような人物は居ないということ。 

 次にルイズが帰ってくるのは数十年後。つまりこの機会に魔法を会得しなければ当分、ひいては一生チャンスはないのだ。

 ……とは言うものの、個人的には…いや恐らくルイズも何だかんだそう思っているんだろうけれど。

 別に私は残って教えても構わないと思っている。

 

 しかしサラ的にそれは納得行かないらしい。

 『ルイズさんに出来るだけ迷惑はかけたくない』とのこと。

 

あるぇ、私が入ってない。

 とまあ、言いたいことはあるけれどサラ的にルイズに負い目が有るのだろう。これ以上迷惑をかけたくないと。

 そんなことはルイズは気にしないだろうけど。何だか微妙にすれ違ってる二人である。

 

「サラ調子はどうかな?」

「万全に決まってるじゃない」

 

 気合い充分、得意げに話すサラ。

 

「あんな疲れてたのに、一晩ぐっすり寝たら回復とは、若い人は良いねぇ」

「アンタはおばさんか」

 

 うーむ、年齢的にいえばそうかもしれない。というか遥かにおばさんを越えている気もする。色々成長しないけどね!

 

「そうそう、寝顔が可愛くて沢山写真撮っちゃっらぁ、あ、いたいれふ」

「今すぐ消せぇい!」

 

 昨日ぐっすり寝たから元気が有り余ってるまであるようだ。いつもより痛い気がする。

 というか私の頬つねりやすいの?いつもつねられる気がするんだけど。そのうち伸びちゃいそう。サラにはもっと優しさをだねぇ。

 

「あんたが悪いんでしょうが! くだらないこと言ってないでさっさと始めるわよ」

「いてて……わかったよ。それじゃルイズも良い?」

「……ええ」

 

 ワンテンポ遅れてルイズは応える。

 あれからもなんだかんだ言いつつルイズは悩んでいたが、一応は腹を括ったみたいだった。

 

「じゃあ始めようか」

 

 サラは静かに目をつむる、魔法に集中するためだ。

 彼女の周りの魔力の流れが変わった。能力のせいか、結構敏感に感じる。

 その流れにはほとんど乱れは無かった。それだけ自在に魔力を操れている証拠だ。最初に会った頃の荒削りだった頃と比べたら雲泥の差。やっぱり成長の速さは若さ故かねぇ。

 

「我は求む。悠久の時を」

 

 サラ練り上げた魔力をそのまま練り上げ体に纏う。

 

「故に命ずる。我が志を拒むその虫よ。我が身から消え失せよ!」

 

 纏った魔力はその勢いを増す。

 

 『捨虫の魔法』

 この魔法は寿命を延ばすというより、寿命を減らす原因を体から取り除くというのが主な目的になる。

 誰が考えたのかは知らないが、体に巣くう命を蝕む虫を追い出す、ないし消滅させることで老化をその体から取り除く。それがこの魔法の詳細。

 無論そんな虫が実在を伴っているいるわけではない。

 さて、色々な現象を起こす魔法であるけれど、成功させるためには重要な要素がある。それはいくつか有るのだけれど、その一つに『思い』というのがある。

 

 どれだけその魔法の結果を思うかが重要なのだ。

 火魔法なら火がついた状態、転移魔法だったらそこへ移動した状態。それらを如何に迷いなく思い描けるかで、その魔法の効用の程や、それこそ成功の可否が決まったりする。

 つまりこの場合、捨虫の魔法を成功させるためには、その後の自分をいかにイメージするのが大切になる。そこに迷いや怯えが有ってはいけない。

 

「はあ、はあ。どうよ……!」

 

 そう言って手を伸ばしたその先には、凄まじい密度の魔力の塊が有った。

 あれが具現化した彼女の「虫」だ。

 

「いや、まだ具現化しきれてないよ。止めちゃだめ。もっとしっかり魔力を込めてイメージして」

 

 先も言ったとおり魔法はどれだけイメージが出来るかが肝心。

 だって本来有り得ない奇跡に形を与えるのだから。

 ……偉そうに語っても全部彼の女神や神殿の巫女からの受け売りなんだけども。私もそんなに上手く出来る訳じゃないのだ。寧ろ苦手なまである。

 

「やってる……わよ!」

「もっとちゃんとキッチリはっきりと。ちゃんと出来てないと寿命以外の部分もちょん切れちゃうよ?」

「え、ちょっ、なにそれ!? 聞いてないんだけど!?」

「まあ半分冗談。そんなことにはならないって、多分」

「ああもうくそったれ! でも、成功すれば問題ないわよね!」

 

 ちょっと発破をかけつつも私は内心呑気に思っていた。

 私もルイズも居るのだから、よっぽどの事がない限り無事終わるだろう。

 

「でも、成功すれば問題ないわよね!」

 

 頼もしくも再び気合いを入れ直したサラは捨虫の構成に力を込めた。

 

 

 

 だが、思いの外サラの魔法は困難していた。

 

「どうなのかしら……?」

 

 少し離れたところで様子を見ている私達。ルイズは私に不安そうに問いかけた。

 

「まだ……駄目だと思う。というかやっぱりルイズの方わかるんじゃないの?」

 

 そもそも私には捨虫を使った事が無いのだ。そもそも人間でないし。捨てる虫もない。

 その点ルイズは実際に使用した事が有るのだから、私よりもこの魔法に詳しい筈なのである。

 

「もう、随分昔だし……忘れちゃったわ」

 

 そう困ったように笑うルイズ。そんなおばあちゃんみたいな話をする。

 

「でもこんなに時間は掛からなかったとおもうわ」

「まあそうだろうね」

 

 もう数時間粘っているし、前の世界でそんな掛かるなんて話を聴いたことはない。

 様子をみる限りではもう少しのはずなんだけど……

 

「サラ、流石に一旦止めた方が……」

「まだよ、もう少しなのよ……!」

 

 既に疲労困憊なはずのサラ。しかし、さらに彼女は魔力を込めた。唯でさえ高密度な魔力がより濃くなった。

 その様相はどこか必死すぎる。これは良くない。何故なら何かに取り憑かれたような顔をしていたからだ。今朝見た決意の顔ではない。

 

「ねえサラやっぱり――」

 

 もう一度声を掛けサラを止めようとしたところで変化が訪れる。

 

「私……は……私は……!」

 

 そこでサラの魔力が酷く揺らいだ。

 

「ッ! ルイズ伏せてっ!」

「儚?」

 

 能力が異常な流れを感知した。

 急激に何かがサラの魔力に混じり出す。黒い瘴気のようなそれは構成中の『虫』へと伸びてゆく。

 

「ああっあああ!」

 

 明らかにサラの様子が可笑しい。私は即座に地面を蹴った。

 そして判断した。あれ(黒い瘴気)は恐らく不味い物だと。

 禍々しさをやたらに感じるあの瘴気。近づいた私は即座に『虫』構成している方のサラの手を掴む。

 それを切っ掛けに私の能力は更に詳細に魔力の流れを感じる。

 

「ッツ!くそったれ!」

 

 その流れに私が悪態をついた直後、魔力の爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




土日中にもう一話更新したいと思ってます
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