東方死人録   作:nismon

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八話 そうだね。旅をしよう

 

 

 抜き足差し足、こそーり台所を抜けそのまま玄関へ。二人ともぐっすり寝ているので大丈夫なはず。

 極力音をたてないようにして玄関のドア開閉する。外に出てしまえばルイズの張った結界のお陰で、屋内に外の音はそんなに聞こえない。

 私はタンッと軽やかな音を奏で、月の2つある明るい夜空に飛び立った。

 

「うーむ、わからん」

 

 今居るのは湖畔。広大な湖を前に私は呟く。

 包帯を解いた右手、その平の上にむわむわと漂っているのは例の黒い瘴気。

 湖畔に来た私はこの瘴気について色々試していたのだ。無いと思うがもし暴走とか爆発とかしたらまずいよね、ということでここまで来たのだ。

 

 まあ、余り収穫はなかったけど。

 能力で不自由なくその力の流れを操ることは出来る。だけども肝心なその詳細を調べることは出来なかった。

 解析系の魔法はいくらかヘカーティアの所で習ったけれど、どれも触媒探しのための物質の解析が主。

 なので、こんな実体のないようなものの解析は出来ない。こういうのは多分リュンくんの目の様な、なんかそういう特殊な能力が無いとわからない気がする。いやメディアとか神殿の魔法使いなら出来るかもしれないが、私はそこまで高度な魔法は使えない。

 

(解ったら手っ取り早かったのになぁ)

 

 そんな風にぼやいていたら、ガサッと背後に起きた微かな音を耳が捕らえる。

 ありゃ、ついて来ちゃったの?

 

「隠れてないで出てきなよ」

「……なんでわかるのよ」

 

 私に促され、呆れたようにそう言った彼女は、木陰から姿を現した。

 パジャマ姿じゃないですか。女の子なんだからもっと身嗜みをだねぇ……

 

「うっさいわね。いつも白ワンピのあんたに言われたくないわ」

 

 そう私に悪態をついたのはサラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりが青く辺りを照らす。

 黒い空に月が二つ煌々と輝いているからだ。月が二つ有るから明るいのだろうか。

 いや、単に雲が少ないだけかもしれないけれど。真相はおそらくはこの世界を作った彼の神しか解らないのかもしれない。

 

「ひっどいなぁ。これだってオシャレしてるんだよ?」

 

 そんな月明かりの元、こちらに歩いてくる彼女に対して私は軽口を叩いた。

 

「一体どこがよ」

 

 手をひらひらさせそのまま受け流すように、彼女はいつもと変わらない様子で返答した。一週間でこなれてきたいつも通りの二人の会話。

 ふむ、色々有ったにも関わらず思ったよりも動揺は少ないみたいだ。まあ、彼女ならそんなもんだろうとも思っていたけれど。

 しかし、全く失礼な。私だってオシャレの一つや二つくらいするよ。ほら……

 ……ほら、普段着ないだけで他にも沢山服が……、そうそうあの杖とか杖とか。あの魔法少女コス女子力高いでしょ、うん。いや、着たくないけど。

 それに胸元にあるヘカーティアから貰った目ん玉のペンダントとか。映えるアクセだと思う。

 いやぁもうこれはナウでヤング過ぎて女子力に溢れているね。

 え? 元々女子じゃ無いだろって?いや、まあそうなんだけど。

 

「一着しか無いじゃないのよ。それに随分趣味悪いペンダントね。目玉って……もっとマシなデザインは無かったのかしら」

「むむっ、酷いなぁ」

 

 ジトッとした目でこちらを見てそう言ってくるサラ。まるで私のセンスに疑いを持っているかのような反応である。失敬な。勘違いされては困るこのデザインは私のせいでもヘカーティアのせいでもないのだ。強いて言うなら屋台のおっちゃんのせいだろう。

 

「まあ、デザインについては少し同意だけれども、これ結構凄い物なんだよ」

 

 そんなデザインはまあどうでも良くて、そんなことよりも中身の話。

 何たって前の世界の神様本人に魔法をかけて貰ってるからね。

 あの女神様はめっちゃ凄いんだから、きっと効果が有るんだって。それはもう凄まじい位の。

 

「へえ、神様のって神綺様?……って何でそんなのと関わりがあるのよ」

「あー神綺じゃ、神様ってのは比喩とかそんな感じ、多分。まあ色々有ったんだよ、うん」

 

 神綺以外に神様居ない世界だったねそういえば。説明がややこしくなるので誤魔化す。

 殺されかけたり、殺しかけたり。うーん、実に色々あった。今や懐かしい……ってほど昔でも無いのだけどね。

 

「一体どんな効果が有るのよ、それ」

「え?ああ、うーんっと……なんか持ってるだけで凄いありがたみが、有るような無いような」

「アンタ何もわかってないのね……」

 

 いやぁ、これを渡されたときにヘカーティアは邪視が云々言ってたけど私には良くわからない話だったなぁ。

 邪視って一体なんだ?中二病御用達の封印されし右目の事だろうかね。金色なの?もしかしたら暗黒竜でも倒せるのかも。

 ……あながち間違ってないかもしれない。ヘカーティアならやりかねない、ってか出来そう。

 もしそんな力が籠もっていたら目玉ペンダント(笑)とかバカにしてられないね。

 でもまあ、彼女が何らかの力を込めてたのは本当だよ?ってことで。

 

「どんな御利益か知らなきゃありがたみが半減するじゃない。適当過ぎるアンタにそれをあげてしまった仮称神様に同情するわ」

「むむむ……」

 

 軽口を叩き合いつつサラは私の隣まで歩いて来た。そんな彼女の方を見上げると、そこには少しだけ普段と違う姿が有った。降ろしている髪が夜風に流れる。少しだけ大人びて見えた。

 

「どうして来たの?」

「……眠れなかったのよ」

 

 少し、ほんの少しだけ間を開け彼女はそう答える。

「そっか。ま、座りなって。風が気持ちいいよ」

 

「……ええ」

 

 私は左手で自分の隣の地面をポンポンと叩き、彼女を促した。彼女は座ろうと…

 

「あ、待って」

「何よ?」

 

 私は能力を使って収納空間を開く。そこに左手を突っ込んで一つクッションを取り出した。

 

「お尻汚れちゃうでしょ?」

「本当アンタ変なところで細かいわよね……というか、その中一体何が入ってるのよ」

 

 まあまあ良いじゃない、乙女の秘密ってことで。

 そんな私に更に呆れながらも、彼女はクッションをひきそこへ腰をおろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湖畔に吹く穏やかな夜風が髪を揺らす。二人の間に会話は無く、ただ草木のそよぐ音だけが響く。

 そういえば今はどの季節なのだろうか?寒くもなく暑くもなく……いや、少し肌寒いか。

 でも個人的にはこれぐらいが好ましい。前世でいうと秋になるかの時期だろう。もっともこの世界、この地域に四季が有るのか知らないけれども。

 ただ、そう。少しだけ昔を思い出して感傷的になりそうだった。あの頃も何度か地元の湖の畔でこんな風に肩を並べて――

 

「ねえ……アンタその右手本当に大丈夫なの?」

 

 ……いけない、いけない。どうにも感傷的になってしまった。景観の力ってのは凄いや。

 座ってから少しの間口を開かなかったサラは、ようやっと一言目にそう言った。その目線は包帯が解かれたままの私の手に向いている。そこには未だ治りきっていない赤い生傷に、微かに漂う黒い瘴気があった。

 やはり気になってしまうのだろう。

 

「サラもルイズも心配しすぎだって。現に今大丈夫じゃない。それが何よりの証拠だよ」

 

 私はなんてことはないように右手を振った。能力を使って黒い瘴気を霧散させ、さらに手から溢れるそれを抑え込む。そうしてしまえば何も普段とは変わらない。まあ、傷は残っているけれど。

 うーん、余り見せるのも具合が悪いか。そう思い私は腕を引っ込める。

 

「……ごめん」

 

 その最中で再び黙り込んでしまったサラは、不意にぽつりと私にそう言った。

 それを聞いて私は何と答えたものか少し迷う。細い自分の腕にぐるぐると包帯を巻きつつちらりとサラの方に視線をやる。

 彼女は膝を抱え、顔を半分埋めていた。

 思った以上に長いその髪で表情は隠れている。纏う雰囲気はいつものそれとは違い、そんな様子を見たらすぐに自然に言葉が出てきた。

 

「らしくないね」

「そう、かもしれないわ」

 

 実にらしくない。

 普段のサラだったらどうしているだろうか。勝ち気な彼女が、ましてや私に謝るなんてやっぱりらしくない。

 さっきはああ言ったけれど、思いの外サラも堪えてるのかもしれない。

 

「サラが謝る必要無いでしょ?」

「そう、かもしれない。でも……」

 

 口元を隠した彼女の表情はわからないけれど。辛うじてこちらから見えるその目は湖の向こうを見つめたままだ。

 

「私、魔法使いにならない方が良いのかな」

 

 そんなどこを見てるのかわからない視線はそのままに、こぼすように彼女は呟いた。それを機にぽろりぽろり言葉がこぼれだす。

 

「そんな事考えなきゃ捨虫の魔法を失敗する事も、アンタが怪我する事もなかった。ルイズさんだって本当はそれを望んでいるもの。所詮は私のわがままだから」

 

 その言葉は私の方を向いてなくて、けれど恐らくは誰かに言い聞かせるようにゆっくりと。

 何だか飲み込みやすいようにはっきりとした言葉だった。

 

「元々過去に捕らわれてたから思いついたことだもの。いっそ諦めた方が――」

「サラ」

 

 そんな彼女に対して私はつい耐えられなくて声を掛ける。

 彼女は言葉を止めるがこちらではなく向こうを向いたままだ。

 

「何よ」

「こっち向いて」

「だから一体……むきゅっ」

 

 こちらを向いた彼女の頬を両手で挟む。それは柔らかく、そして少し熱くなっていた。

 そして私はそんなほっぺに指を掛け……

 

「グジグジすんなぁ! 気持ち悪い!」

「いたいいたいいたいっ!」

 

 思いっきり引っ張った。柔い彼女の頬は思ったより伸びる伸びる。今までのお返しも兼ねていたり。それを掴んだまま私は彼女に叫ぶ。

 

「そんなキャラじゃないだろぉ!?」

「いきなり何なのよ! あんたもそんなキャラじゃないでしょ!」

 

 私の手を払いのけ、赤くなったほっぺをさするサラ。私を非難するような目線。

 うんうん、そっちのがいつものサラに近い。

 

「いやぁ、ほら。本心じゃないのが丸わかりで。素直にうっざいんだよね」

「い、言ってくれるじゃないの」

 

 彼女はひくりくと頬をひきつらせるがそんなの知ったこっちゃない。

 知ったこっちゃないのだ。

 

「そんな建て前とか、すべきとかじゃなくてさ。サラはどうしたい?」

 

 そんなのいい加減聞かなくてもわかっているけれど。私は彼女の深いその目を見つめて問いかけるのだ

 

「……どうしろって、言うのよ」

 

 けれど再び彼女は目を背けてしまう。

 色々なことが起こり過ぎて参っているのだろう。何が正しいのか、駄目なのか。

 けれどそんな中で彼女の望みは変わっていないのだ。変わらないのだ。

 色々な物を見る、その為に旅をする、その為に魔法使いになる……

 

「なら私が何とかするよ」

「……は?」

 

 だったらその迷いを取り除いてやりたいと思うのだ。

 ……というのはやっぱり、私はかなりサラに入れ込んでいるのかもね。

 でも、何だか放っておけない。

 私らしくないといえばそうかもしれない。サラの事を一方的に言ってられないね。

 

「だから私が何とかする。神綺様探し出して、その変な黒いの取り除いた後、貴女がちゃんと魔法使いになるまで面倒見る。よし、決めた」

「いやいや、何でよ」

 

 私が決めたんだから良いじゃない?妖怪は元来、精神的で自由な気質なのだよ。

 その理の前にサラの意見など関係ない!

 

「何で……何でアンタそんなに私に入れ込むの……?」

 

 何で、か。

 理由なんて今のサラがむかつく意外に余り思いつかないけれど。強いて言うなればそれは、それは……

 

「昔ね、サラみたいに真っ直ぐで不器用な奴が知り合いに居てね」

 

 ちょうど先程思い出した事と関連付ける。

 らしくないと先ほど言ったけれど、そういえばそんならしくないことをしたことが昔も有った。いつだかもつい世話を焼きたくなった奴がいたのだ。

 私は前世の後半、そう学生時代の死ぬ間際まで、最も関わっていたであろう『彼女』の事を思い浮かべる。

 まあ『彼女』はサラとは似てもにつかない。まず、雰囲気から全く全然違うのだけれどね。

 まっすぐで強情で、それなのに周りにばかり気をかける女の子。そんな所が『彼女』に似ているのだ。

 

「そいつ泣き虫でさ。ちょっと、放っておけなかったんだよね」

「……別に私は泣いてないわよ」

 

 実際に泣いていようがいまいが関係ないのだ。私がそう思うからそうなのだよサラくん。

 さっき目尻が熱くなっていたのは見逃してやろう。

 

「アンタは……やっぱりお人好しね」

「そんなんじゃないよ」

 

 実際そんなんじゃない。好い人は自分で死のうとなんてしないよ。

 

「あーあ、本当あんたみたいなのといると私の悩みなんてどうでも良くなるわ」

 

 そういってサラは疲れたように息を吐く。まあ、何だか元気が出たみたいで良かった。

 ともかく私は前もそういうことが有ったから今回もそうするだけ――

 

「それにしても、私に似てる人? アンタ随分その人のこと好きなのね」

「えっ?」

 

 突然そんなことを言ったサラは、今度は私の事を何だか優しく微笑みつつ見つめてくる。

 ……何だか解せないんだけど。

 

「だってあんた、凄く嬉しそうにその人の事はなしてるんだから。ひしひし伝わってくるわ」

 

 私が?嬉しそうに?『アイツ』のことを??

 ふむ……

 

「……さっきまで泣いてたくせに」

「なっ! 泣いてないっての!」

 

 なんだか少しムカっときたのでからかっておく。

 

「目尻赤かったなあ。何でだろうなぁ?」

「このっ! やっぱりアンタの助けなんか要らないわ! 自力で全部解決してやるんだから!」

 

 ま、今の所結局解決するのは神綺様頼みだけどね。やる気が出たようで何より。

 まあ何にせよ締まらないけれど、サラの鬱屈は多少なり晴れたようだ。

 明日からは旅が始まるのだからそんな暗いものを引きずっても仕方ないからね。

 

「はいはい、さて結構話し込んじゃったし。そろそろ戻って寝ようか。そうだ、一緒に寝る? 泣き虫サラちゃん?」

「決めた。魔法使いになったら真っ先にアンタをぶちのめす」

 

 やいのやいの言いながら、私達は湖畔で一時のじゃれあいをした。

 空と湖面に浮かぶ月達は少しだけ眩しかった。

 

 

 

 

 

「準備は良いかしら?」

「はい、ルイズ隊長。万全であります」

「ふふ、了解。でも軍隊じゃないのよ?」

 

 ふむ、この世界にも軍隊という概念は有るらしい。敵対するのは何なのだろうか? 人間? それとも魔族?まあどうでも良いか。

 

「いつの話してんのよ。それよりアンタ荷物は? 手ぶらだけど」

 

 私はそもそも二人と違って特に荷物は必要ないのだ。着替え要らないしもっと言えば食料も要らない…と言いつつ持ち運んでるんだけどね。

 

「全部しまってあるよ」

 

 ほらここにと、私はグーにした親指で、虚空を指す。

 

「ホントずるいわねその能力」

 

 うん、私もそう思うよ。解釈次第では本当に何でも出来る力のような気がする。

 あ、自殺以外ね。

 

「二人共準備は良いみたいね。もし忘れ物してもまだ大丈夫よ。まずは都市に行くから」

「都市?」

 

 なんでもここからそう遠くないところに文明的に発展している場所が有るらしい。そこは高層ビルが立ち並ぶ人の交流の中心とかなんとか。

 やっぱり凄いなこの世界。やっぱり前の世界より数段文明が発展している。千年くらい進んでる、いや一万年?

 ……駄目だ。そういえば前の世界の時代は何年ころなだったのだろうか。西暦は始まっていないようだけれど。ギリシャ神話っていつ?というか神話って本当にあった?いや、あったんだけど。

 まあ、いいか。この世界はこの世界。前の世界とは関係ないのだ。当分は純粋に観光でも楽しもう。

 

「それじゃ行きましょうか」

 

 そんなわけで私達の旅が始まったのだった。

 

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