「いやあ、本当助かりましたよ〜」
「そりゃどうも」
その黒い羽根をパタパタとはためかせる。
頭から映える小さめの黒い羽根も連動しているのかぴょこぴょこ動く。
可愛い。正直彼女の容姿も可愛いので可愛い。語彙が無いのは許して欲しい。
「それであなたは?」
「ああ! これは失礼しました!」
私の問いに対して、彼女は律儀に姿勢を正し自己紹介を始める。
「私、ここで司書をしている『悪魔』です。お二方ようこそ大図書館へ!」
積み上がった本を背に、満面の笑みで再び彼女は自分の事を『悪魔』だと言った。
そのさっぱりとした、いや、し過ぎた笑み。
到底、悪魔の物とは思えないくらい明るい。
「凄いですねぇ。私もそんな魔法が使えるようになりたいものです」
「ああ、これは……まあ、魔法みたいな物だよ。うん」
「およよ?気になる言い方ですね」
魔法じゃないよ、と訂正するのも少し面倒臭そうだ。
こういった特殊能力の持つ者に今の所この世界で出逢った事がない。
魔法があるから見つからないのかそもそも存在しないのか……
詳しいことは解らないが、わざわざ話すことでもないだろう。面倒くさそうだし。
「でも、本当に助かりました! えっと、お名前をお伺いしても?」
「私は
「……」
未だ無言のままの彼女は、じっと悪魔ちゃんの方へ視線を向けている。
最初に比べれば幾分攻撃的な雰囲気は落ち着いた、ような気がした。
あくまで私は思えたというだけの話だけれど。
「
しかしその視線に気づいているのか居ないのか、嬉しそうに話しかける彼女は、ともすれば天使のような笑顔を浮かべていた。
……本当にこんな娘が悪魔なのか??
「ああ、うん。まあ流石に本に生き埋めになってるバ…奇特な人を無視する気にはなれなかったからね。」
「あのぉ、儚さん。なんか私の事を貶してません?いまバカって言いかけませんでした??」
気のせい。気のせい。
まだ初対面の彼女をバカと断ずるのは早計に過ぎる。
確かに、出会いはバカっぽいし、いま話していてもバカっぽいけれど。
しかしバカと言ったら悪魔なら怒るかと思ったけど、そんな様子はないらしい。非常に温厚な女の子だ。
「いやぁ、やっぱり横着しちゃ駄目ですねぇ~。一度では無理でした」
「……これを一度で? 運ぼうと?」
「はい!」
「……無謀じゃない?」
「でしたねぇ」
やっぱりこの娘バカなのかもしれない。
「で、これ片付けるの?」
そういって私は先ほど積み上げた本の束を指し示す。
私が能力を使って積み上げたそれらはそのまま地面に聳え立っていた。
彼女は本来これらの整理のため作業をしていたんじゃないのだろうか。
「そうですけど……」
「大変そうだねぇ」
「ああ、まあ良いんですよ。ほら、有名人が来たとかで皆そっち行っちゃって、誰も居ないですから。つまり、文句を言う人も居ないんですよ。だからサボっても……」
文句を言う人、それは彼女の同僚や上司の類の人々だろうか。
つまり、誰も居ないからサボっちまおうぜという話。
おお、少し悪魔っぽい…ぽいのか?
「でもそれ後で怒られるだけなんじゃ」
「……ですよねー」
何も解決にはなっていなかった。 ふむ。まあこうして会ったのもなにかの縁だろう。
「手伝おうか?」
「い、良いんですか!? そんな悪いですよ!!」
まあ、どうせ私達は暇なのだ。
その件の有名人騒ぎが終わらないと私達は動くに動けないわけだし。
「サラも良い?」
「……仕方ないわね。いいわよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
そんなわけで私達は彼女の整理を手伝うことになったのだ。
悪魔ちゃんの指示に従い、積み上げられた本を本棚へと並べていく。
この図書館、余りにもでかすぎて普通の人に管理なんて出来ないんじゃないだろうか。
まず棚の一番上に行くのに電気屋さんもびっくりなレベルで高い梯子を登らねばならない。私は妖怪だし、悪魔ちゃんもサラも飛べるから大した問題にはならないが、普通の人にはなかなか無理な話だろう。
とはいえ、時間こそかかれども無事に作業を終えることが出来た。
「お礼にお茶でも出しますよ! いえ、出させて下さい!!」
そんな最中、唐突に悪魔ちゃんはそう言い出した。
お礼をちゃんと形にしたいという彼女の志はとても良い物であり、自分の悪魔のイメージとはほど遠い。
「さあ、どうぞこちらへ!!」
そういって私達を招き入れるように手を指し示す悪魔ちゃん。
個人的にはそのままお茶会に赴くのも良いと思っているが、問題は先程から私の隣で無言のピンク毛の彼女。
「どうする?」
「……せっかくの好意なんだから受け取っておきましょう」
彼女は何のことも無いようにそう言った。
まあ、サラがそう言うのなら。
そんな訳で私達は文字通りの悪魔の誘いに乗ったのであった。
通された司書室も本が所狭しと置かれていた。
といってもそれらは壁一面の本棚に収められているのでそう散らかっている訳ではない。凄まじい量なのに変わりはないのだが。
「狭くてすみません。いまお茶を入れてきますから此処に座っててください」
そう指し示されたのは部屋の真ん中に位置する、おしゃれな装飾の施された円形のテーブルだった。
椅子が2つ備えられている。
私達は悪魔ちゃんの指示通りその机に座った。
それを見届けた彼女はトテトテと入り口とは別の扉を開き、部屋から出ていった。おそらくはその先が給湯室なのだろう。
さて、ちょうど2人っきりになったし私は彼女に確認しなければならない。
「サラ。良かったの? 大丈夫?」
それは彼女の心に対する心配である。
もし無理をしているのなら、悪魔ちゃんには悪いがここから出た方が良いんじゃないかとも思う。
「別に無理なんてしてないわ」
「本当に? 急に彼女を襲ったりしない?」
「しないわよ。」
「見境なく炎弾放って本燃やしたりしない?」
「しないわよ! アンタ私を何だと思ってるのよ!」
うーん、今の事の通りに私はやられた訳で、心配で仕方がない。
「うっ、あれはルイズさんに何か危害を加えるものだと思ったから。ちょっと、ちょっとだけ頭に血が上ってたのよ!」
彼女はちょっと血が上ると魔族を殺しにかかるらしい。
それだけルイズの事が好き……ということにしておこう。
「まあ、それなら安心したよ。無理してる訳でも無さそうだし」
最初の方こそ危うい雰囲気を醸し出していたが、今は至って普通そうだった。
「善意を無碍にする程常識知らずじゃないわ。それに……」
「それに?」
「……何でもないわ」
言葉を途切った彼女に続きを促すが、しかしやはりその先言葉は教えてくれはしなかった。
気になるけれど…でもまあ、やっぱり無理に聞くほどじゃあない。
とりあえずサラが平気ならば良い。私は話題を転換する。
「しかし、何で『悪魔』が居るんだろうね?魔族と人間って別々に住んでるんじゃないの?」
「さあ、私も知らないわ。……でも、稀に人と住む魔族も居るらしいわ。私は見たこと無いけど。多分何か理由が有る、のかしら」
ルイズさんの話だけど。とサラは言う。
稀に、か。だとしたらどうしてそんな事をするのだろうか。その理由がちょっと気になった。
「んん美味しいっ!」
「ふふっ、ありがとうございます。入れた甲斐がありました!」
私達は悪魔ちゃんの入れた紅茶に舌鼓を打つ 。
ほんのり甘い柑橘の香が漂う、口に含むと優しくそれが広がって…とても、美味しい。
というか紅茶もこの世界に有るんだね。
「本当なかなか飲んだこと無いよこんなに美味しいの。このクッキーも美味しいし。」
「作り置きのですけど、そう言ってくれると嬉しいです!!」
本当に美味しい。サクサクした食感も、紅茶に合う程よい甘さ。
これをどちらとも彼女が作ったというのだから、彼女の女子力の高さは素晴らしい。
この子可愛いし、私の中の悪魔の概念が崩れ去っていく。
「昔お手伝い的な事をやってまして、これでも家事全般は得意なんですよ」
えっへん。と腰に手を当て、それなりに豊満な胸を反らせる彼女。
炊事洗濯料理に掃除。なんでもござれ、とのこと。ああ、なんて家庭的な悪魔だろうか。なんならお嫁に来て欲しいくらい。
「しかし、本当に聞けば聞くほど不思議だよ。悪魔って初めて会ったんだけど。皆貴女みたいなのかな」
悪魔。イメージとしてはもっとこう狡猾で攻撃的で、「悪」という字が入っているくらいだからもっこう、好戦的でと悪い奴ら何じゃないかと思っていたけれども。
「あはは……。皆が皆そうと言うわけでは有りませんが。確かにそういう人達は居ますね」
そういう人も居るらしい。
という言い方からは暗に彼女自身は違うのだということが表されているのだろうか。
「悪魔ちゃんは?」
「あ、悪魔ちゃん?私の事ですか?」
「そうそう」
悪魔ちゃん? 安直……いえ、寧ろこれはこれで可愛……
などと呟く彼女。
そんな彼女を後目に、もう一つクッキーを摘まむ。うん、美味しい。
さっきから話には加わらないサラだが、彼女ももぐもぐとクッキーを食らっている。
しかし、悪魔ちゃん。そういえばまだ彼女の本名を知らない。
「ああ、私名前は無いんですよ」
「ありゃそうなの?」
「はい、ご存知有りませんか? 魔族は高位の者しか名前を持たないんです」
その点人間は良いですよねぇ。という軽いぼやきを漏らす。
名前が無いというのはなんとも。
私ですら……そう、私ですら名前が有るというのに。
「ああ気にしなくていいんですよ! 魔族では普通のことですし。それに人間社会でと生活する悪魔なんてそうそう居ませんからね。呼ぶのに困る事も有りません」
まあ、確かに一人しか居ないのなら、困らないだろう。『悪魔』と呼んで貰えばいい。
しかし、まあ魔族については知らないことばかりだ。私もこの世界では魔族に分類されてしまうのだろうけれども、前の世界で名前が無いなんて事はそう無かったように思う。
そんな世界の違いを感じながらも、私はクッキーを噛み締める。ちなみにクッキーはやっぱりこの世界でも美味い。
そんな事よりも、やはり私は気になってしまって。恐らくサラも気になっているのだろう、この問いを彼女へと投げ掛けることにした。
「これって聞いても良いかわからないけどさ、どうして都市なんかに住んでいるの?」
「あー、やっぱり気になりますか?」
そりゃ気になるのだよ、やっぱり。何せ私はこの世界に来てすぐに魔族キラーに殺されそうになった訳だし。
ちらりとサラの方へ目をやる。なによ。いやいや、なんでもないよ?
アイコンタクトはそこそこに。悪魔ちゃんとの話を続ける。
「私は魔族は人間に忌避されてるって聞いてたからさ。それでも敢えてそうするには理由が有るのかなぁと」
彼女自身が珍しいと言うのだから事実そうなのだろう。だとしたらどうしてそうするのか興味がある。勿論私個人の興味でしかないけれど、多分サラも気になってるはず。
「もし言いたくないなら別に無理しなくても良いよ?」
「いえいえ、そんな気にしなくても大丈夫ですよ」
私に興味を持ってくださって嬉しいです、と彼女は優しく笑ってくれた。
「私、本が好きなんです」
と、彼女は自分の話を始めてくれたのだった。
彼女が本来自分が居た場所を離れ、人間と暮らす理由。それは彼女にとってとても大切なもので。
私にとって余りに眩しすぎる話だった。
ご無沙汰してます。