東方死人録   作:nismon

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十四話 ぱじゃまぱーてぃ

 

 

 

 

「世話になったね」

「いえいえ、またお越し下さい」

 

 悪魔ちゃんに見送られ出版社兼大図書館の外に出た。

 また来てと言われても、私は多分来れないなぁと思いつつ。手を振って悪魔ちゃんと別れた。

 笑顔でフリフリと手を振り続ける彼女はやっぱり悪魔には見えなかった。

 

「暗くなってしまったし、宿を取りましょうか」

 

 もう日は陰ってきている。この世界特有の二連の月が薄藍色の空に白く浮かんでいた。

 宿を取るのが妥当だろうと思っていたらサラが不満げにこう言った。

 

「私、まだ進めます」

 

 気持ちは解らないでもないけど、ちょっと勘違いしてる気もする。

 確かにルイズと私は多少寝なくとも困ることは無い。それを思い今宿を取るのは自分のせいなのではとサラは思いこんでいるのだ。

 しかしそうではない。確かにそういう一面もあるかもしれないが、ルイズのする「旅」というのはそんな余裕のないものでは無いはず。

 案の定ルイズは微笑んで窘めるようにサラに言葉をかける。

 

「旅は焦っても仕方がないのよ? 私が一人の時だってきっと宿をとるわ。一晩泊まればその街の事がもっとよくわかるものよ」

 

 旅は行く先々を満喫しないと。と嗜めるように言うルイズ。

 その気持ちは解らないでも無い。前世含め私は旅と言えるような経験をしてないんだけどね。

 まあこの都市にはルイズも以前から来た事が有るようだし、その話に当てはまるかは微妙なところだが……それは置いておこう。

 ルイズの優しさを邪魔することも無いし、私は初めての場所なのだし話に習ってこの街を知ろう。

 

「それでどこ泊まるの?」

「この辺に良いホテルが有るのよ。原稿料も入ったし、折角だし行ってみましょうか」

 

 と言われてイメージしたのはテレビでしか見たことのないようなVIPが泊まるスウィートルーム。

 いやいや、流石にルイズが凄いとは言えそんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぉ……街が一望できる」

「綺麗ねぇ。なかなかこの都市で泊まる事ってないから一度泊まってみたかったのよ」

「へえ、まあ確かに位置的にリオベナコとの通過点なのかな。

 ……あっ、あれが図書館かな。あっちの道路が多分リオベナコに繋がってる道? 周りのビルを見越して地平線が見える」

「アンタよく見えるわね? こんなに暗いのに」

「いやぁ、人より目は良いんだよね」

 

 文字通り、視力は「人」より良いのである。

 しかしまあ、ホテルや旅館にに泊まるのは実は前、今世通して多分初めてだ。

 それでも解る。この部屋は所謂「スイートルーム」に分類される事が。

 言わばセレブしか入れない高嶺の花の部屋であるが、非常に居心地が良い。ここに住みたいくらいだ。

 

「この部屋ヤバいね。布団がふかふか過ぎる」

 

 後ろからバーンとベットに倒れ込んでみても、その衝撃は優しく包むように受け止められた。ああ、寝る。

 こんな上質な布団は初めてである。ヘカーティアの所も大概豪華だったけど、あそこは古代文明。現代と近いレベルの文化レベルであるここは本当に凄まじい。疎い私でもわかる(・・・)凄まじさだった。何だかんだ言って価値観は前世から変わってないのかもしれない。

 

「せっかくだしそれなりに良い部屋を取ろうとは思っては居たのだけれど……。まさか問答無用でスイートルームへ通されるとは思っていなかったわ~」

 

 その細目と眉を困ったように曲げるルイズ。彼女自身、その有名税に戸惑っている感じだった。

 ルイズがこの街に来たことは瞬く間に知らされていたらしく、フロントで名前を行った瞬間に受付の人の目つきが変わった。

 

「前この都市に来たときははここまでの扱いじゃなかったのだけど」

「反応を見る感じルイズは生ける伝説みたいな物なんだからね。なんならこれからも、旅を続ける限りもっと凄くなると思うよ」

 

 本を出しているのも大きいが、百年単位で旅を続け、かつ人のよい彼女が有名にならないわけがない。こればっかりは仕方ないだろう。

 

「もし新しい旅先でこういう反応をされるようになると少し困っちゃうわね」

 

 彼女としてみたらその現地の人々も含め有りの儘で迎えて欲しいそうだ。

 しかし前世と同じ様にこの世界でも徐々に情報網は広がり世界自体が近くなっているらしい。ルイズの名声が文字通り世界中に広まってしまうのも時間の問題だった。

 それでも旅を止めるという選択肢は欠片もない辺りルイズも大概だね。

 

「まあ有名税って奴だね。それだけルイズは良い旅をして来たって事だよ。誇った方が良いって」

「そうですよルイズさん!」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。ありがとうね」

 

 実際彼女は良い旅をしてきたのだろう。そしてこれからも。

 旅をするために寿命を延ばす、生きる理由を強く持つ彼女はあまりにも私と正反対で眩しく思う。

 

「あら、そろそろディナーに行かないかしら?」

 

 ふと時計を見てそう提案するルイズ。確かに良い時間だ。チェックインの時にフロントで案内された時間を過ぎていた。恐らくビュッフェ形式のレストランが開かれているはず。

 ディナー……ビュッフェ……

 

「私全然テーブルマナーとか怪しいんだけどサラは……同じか。ルイズ解る?」

「何で私を飛ばすのよ。そうだけども」

 

 前世で余りにも縁がない事ばかりで不安である。自分一人ならまあ恥ずかしい位で終わるが迷惑を掛けるわけにも行かない、と思い聞いてみる。

 

「そんなに気にしなくても大丈夫よ。別に普通の人だって泊まれるホテルなんだもの」

 

 どうやら杞憂だったらしい。

 ……普通の人だって泊まれる、か。前世の私は一回も旅行なんてしたこと無かったなぁ、と思い返した。

 ロクでもない人生のロクでもない思い出である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで食事へ向かった。

 

「とりすぎじゃない?」

「アンタに言われたくないわ」

「いやぁ、私はほらなんとでも消化できるから」

「はあ、魔物って無茶苦茶ね」

 

 魔物が皆そう言うわけでは無いとも思うけど。私は能力があるから食ってもその「大きさ」を圧縮できるだけだし。そもそも出自が人の幻想に寄っている実体のない妖魔なんかは

食という概念自体も怪しいんじゃないか。ぬりかべとか何食うんだ。

 寧ろこの世界の魔物は人に似た悪魔やら生物的なモチーフらしいから、食ったら普通に満腹になりそうである。

 少し間抜けな所のある悪魔ちゃんなんかそうだろう。絶対「食べ過ぎました……うぷっ」ってやってそうだ。

 とすると妖怪とはまた違う分類と言えるのかもしれない。

 

「取り終わったならったら戻りましょう。ルイズさんを待たせたら悪いわ」

 

 流石に三人揃って席を立つのは悪いと考え、またルイズに促されたので二人して先に食事を取りに来た。

 まあ私も沢山取ったし席に戻ろうか。

 

 やたらに広い店内で私とサラは席に戻る道に迷いつつ、よくよく考えれば私の能力でルイズの居る『向き』が解るじゃんと自分の、間抜けに気づきつつ。

 とにかく席に戻ったのだが、そこにはルイズだけでなくもう一人の存在が居た。

 

「ただいま……と、えっと」

「ああ、すいません。ルイズさんのお連れ様ですか?」

 

 そう答えたのは金髪の美女。黒の魅力的な体型を惜しみもなく押し出したドレスを着た大人びた印象の女性だった。THE VIP といった風格だった。ハリウッドとかのセレブ俳優に居そうな感じ。

 

「どうも。貴女は?」

「私はただのルイズさんのファンです。つい見かけてしまってお声を掛けたの」

 

 またファンかぁ。流石に有名人。声を掛ける人はこんな所にも居たようで。

 

「邪魔しちゃわるいですね。サインありがとうございました、ルイズさん」

 

 ルイズにサインを書いてもらった色紙を見せながら微笑んで礼を言う。

 

「それじゃあ……」

 

 といって私達二人の脇を通る。それにそれとなく会釈してすれ違おうとした時私は何か変な感触を感じた。

 

(なんだ……?)

 

 とはいえ露骨にそちらへ意識は向けない。というのも逆にあからさまに観察するような意識がこちらへと向けられていたからだ。

 その非物理的な視線の「向き」というものを私の能力はしっかりと感知したのだった。

 私は少し訝しげに思ったが、件の女性は一瞬こちらへ意識を向けただけだ。特に何をするでもなく普通にその場から去っていった。

 

「ねえ、ルイズ。さっきの人は?」

「私のファンって言ってくれたわ。こんな所にも居るなんてやっぱり照れちゃうわね」

 

 そういうルイズ。しかしよく今のルイズをルイズと解ったものだ。

 

「変装の効果なかったのかな?」

「いえ、そんな事はないと思うけれど……」

 

 メガネを掛けたり髪型をガラッと替えてみたり。手軽に出来るものでは有るがルイズは現在適当に変装をしている。

 パット見ただの金髪のお姉さんである。巷に出回っているルイズの姿とは、まあ似ては居るがすぐに解るほどではない。

 そんな中でピンポイントにルイズであるというの解るあの女性は相当にルイズのファンであったのかもしれない。

 

「まあ確かにバレバレだったら、こんなにゆっくり食事できてないか」

「有名人ですからね」

 

 図書館での様子を考えるともし大々的にルイズが居ることがバレるとこのビュッフェの行われているホールが大変なことになる。

 

「あ、おいしい」

「何よそれ?」

「いや、解らないよ」

「あら?それはね~」

 

 のんびり話しつつ私達はディナーに舌鼓を打つ。

 料理はどれも繊細で美味しくて、前世でも、前の世界でも味わう事の出来なかった味だ。非常に現代的な味と言えばいいか。別段ヘカーティアの国の食事が不味かった訳ではないが種類が違う。

 なるほどコレが高級ホテルの味なのか、だなんて少し感心してみた。

 

 

 

 

 

「ふぃー、いい風呂だったね」

「そうね、凄い広かったわ……」

 

 私とサラは露天風呂から上がって来た。

 そう、このホテル露天風呂が屋上に備えられていた。もはや疑いようもなくVIPなホテルである。

 その豪奢な風呂を余すこと無く二人で堪能した。

 

「あらあら、二人共長かったわね」

 

 そう言って私達を出迎えたルイズの手には何やら新聞らしきものが有った。私達を待っている間に何処かから買ってきたのだろうか。

 

「そうそう、儚。見て頂戴これ」

「私に?」

「ええ、私達に必要な情報でしょう?」

 

 そう言ってルイズは新聞を広げて私に見せてきた。その内容を斜め読みしてみると、なるほど。それは確かに私にとって有益な情報が記されていた。

 

 何処かの街に神綺が現れた、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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