皆様が楽しんでいただければ幸いです
ではどうぞ・・・
一夏の怪我を見た時、本気でアタシは気絶してしまうかと思った。特に右手は包帯をぐるぐる巻きにして、見ていて本当に痛ましかった。どうしてそうなったか聞いてみたけど結局詳しくは教えてくれなかった。でも仕方がない、一夏だって言えない事の一つや二つくらいある。以前の私だったら強引に聞き出して場の雰囲気を壊していたかもしれない。
一夏と出会えたことでアタシは確実に変わった。一人で突っ走る事が少なくなり、皆と歩調を合わせるようになれた。
一夏には本当に感謝している。
・・・アタシが好きな人、ずっと一緒に過ごしたいと思える人。
あの陽だまりのような笑顔も好き。
私を守ってくれた狼のような眼も好き。
本当に心の底から好きになってしまった。
だからこそ、「別れ」を言うのが辛いんだ。
最近になって、父さんと母さんの関係が急速に悪くなってきた。何とか仲直りしてもらおうとアタシなりに色々と手を尽くしたのだが、ほとんど効果がなかった。
そしてアタシは悟ってしまった。恐らくもうすぐ日本を去らねばならない。また一夏に別れの辛さを味あわせてしまう…それが、それがどうしようもなくツライ、胸が張り裂けてしまいそうな程に…。
こんな時だがアタシは一夏が前に話してくれた大切な友達である「篠ノ之箒」の事を今になって思い出してしまった。
彼女はどんな思いで一夏の元から離れたのだろうか?
これは女の勘だがその子も一夏に「好意」を寄せていたのだろう。「さよなら」も言えないような状況で別れて行った彼女の事を考えると私は十分に恵まれている。
アタシは半ば強引に一夏のお世話をするという名目で共同生活をする事となった。少しでも、ほんの少しでも長い時間一夏の傍にいたかった。多少渋ったがどうにかOKは貰えた。
ごめんね、こんな強引なやり方しか知らなくて…
それからアタシたちの共同生活は始まった。最初はドタバタ感もあったが、2~3日すればそれもなくなり穏やかな日々が続いた。食事を用意するのも洗濯をするのも楽しかった。お茶を飲んで雑談したり窓際で一緒にひなたぼっこもした。
アタシは今、信じられないくらい心が満たされている。
神様、あなたは本当に残酷なんですね。確実に来る別れまでの僅かな時間に、こんなにも楽しい思いをさせてくれるなんて…。
そして、そんな至福の時間は瞬く間に過ぎて行った。
ある日の夜、アタシは急な不安に襲われ眼が覚めてしまった。
一夏の怪我もだいぶ良くなった。もう松葉杖がなくても歩けるし、左手も自由に使えるようになった。いよいよ、ここを出なければならないんだ…。
嫌だよ。折角いっぱい友達も出来て、好きな人も出来たのに…。
こんなのって、こんのってないよ。
「う、うう、ひっく、ふうぅぅ」
声を押し殺して泣くしかなかった。せめて一夏に聞こえないようにするのが精いっぱいだった
「…鈴?」
突然隣りから声が聞こえてきた。
なぜ?どうして?
「ど、どうしたの一夏?」
私は慌てて涙を拭い一夏の方を振り向くと彼は心配そうな顔をしていた。
「泣いてたのか?」
「違うの、こ、これは何でもないのよ。な、何でも、な、い」
ダメだ。こんな状態で一夏の顔を見てしまった。声が震えてしまう。
「違うの、違うの、違うのよ…」
一体何が言いたいのか自分でも分からなくなってきた…。もう頭の中がぐちゃぐちゃになりかけた時だった。
ぎゅ
突然アタシの視界は何かに覆われてしまった。暖かい鼓動、背中をさする優しい手、ああ一夏だ。一夏が抱きしめてくれているんだ。
「大丈夫だよ鈴。俺はここにいるから、大丈夫、大丈夫」
「ふ、うぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
抑えることなんて出来なかった。アタシは泣いた。ただただ泣いた。この世の理不尽さを呪う様に泣いた。愛する人との別離に泣いた。自分の力の無さに泣いた。その間一夏は何も言わずただ黙ってアタシを抱きしめてくれていた。
俺達は今リビングにいる。しばらくして泣きやんだ鈴が話してくれた。両親の不仲の事を、もうすぐ自分が日本を去らねばならない事を、そして今まで本当の事を俺に話せなかった事を…。
全て話し終えた鈴に少し待つように声をかけ俺は台所へと向かった。ホットミルクを作るためだ。小さい鍋に2人分のミルクを注ぎ、コンロに火を付けた。
来るべき時が来た…。あるがままに受け止めるしかないのは分かっている。
でもツライ…今までずっと一緒に居た存在が急にいなくなるのは慣れるものではない。幾ら年を重ねようと、やはり別れとは単純にツライものなんだ。俺は、自身の心中を整理しながら鍋の中のミルクが温かくなっていくのを待つ。
厳しい様だが俺に出来る事は何もない。鈴ちゃんの話を聞く限り恋さんと修さんの仲は修復不可能な所まで行っている。仮に部外者の俺が出て行ったところで場をかき乱してしまうだけだ。ガキのように叫べば何でも解決できると思ってはいない。
俺は良い意味でも悪い意味でも「大人」なのだ。
気が付くとミルクも良い具合に温まっているようだ。2つのカップの注ぎ、更に蜂蜜をひとさじづつ加える。小さめのお盆にカップを乗せて鈴ちゃんのところへ持って行った。
「熱いからゆっくり飲んでな」
「ありがとう…」
鈴ちゃんは冷ましながらゆっくりと飲んでいく。俺も自分のカップに口をつける。しばらく無言が続いたが鈴ちゃんが口を開いた。
「一夏…、少し聞いてくれるかな?」
俺は無言でうなずく
「私はもうすぐ中国に帰ってしまう」
鈴ちゃんの口からハッキリと告げられた言葉。カップを持つ手に力が入る…。
「でもね…。アタシは、必ず日本に帰ってくる!!いつになるか分からないけど、絶対にここに帰ってくる!!」
鈴ちゃん、いや、もう子ども呼ばわりはできない。
「鈴」の目に火がともった。
…あれは戦う者の「目」だ。俺はどこかで彼女たちのことを「子ども扱い」していたんだ。だから心の中では「ちゃん付け」になっていた。
だが、もうやめよう。彼女たちはそれぞれが確たる意思を持って「運命」と戦っている。
そんな彼女たちをちゃん付けなど失礼に値する…。
「だから…一夏。また日本に戻ってきたら…アタシの料理を食べてくれる?」
俺の答え?そんなの決まっている。鈴の手を握りながら俺は言う。
「もちろんだ。待ってる、だから…必ず戻ってくるんだぞ」
「ええ、勿論よ。一夏が唸るほどの料理上手になってやるんだからね!!」
不敵な笑顔を浮かべる彼女にもう涙はない。本当に強い子だ…。
翌朝、鈴は自分の家に帰って行った…。がらんとした我が家は、随分と寂しくなってしまった。
だが寂しがってなどいられない。それぞれが自分の道を歩いているのに俺だけ止まってなどいられない。
休息は十分にとった…さぁ進む時間だ。とりあえずランニングをしよう、鈍った体を元に戻さなければ、俺はトレーニングウェアーに着替え走り出した。
それから直ぐに鈴は中国へとか帰って行った。
物語は更に進んでいく…。
俺の歩みも止まらない
いかがだったでしょうか?
感想並びに評価を頂ければ幸いです
ではまた次回