皆さんが楽しんで頂ければ幸いです。
ではどうぞ・・・
それは一夏のこんな言葉から始まった。
「一夏、出掛けるのか?」
「うん。あ、そうだ箒」
「どうしたんだ一夏?」
「今日の夕飯さ…。俺が作るよ」
「そうか。……え?」
「場所は…、少し狭いけどこの部屋で良いかな。鈴とセシリアと簪にも伝えといてくれ。じゃあねー」
バタン
「…………ゑ?」
どうも、織斑一夏です。
無人機との闘いから数日、とりあえず平穏な日常を送っています。さて、俺は今ある人と釣りをしている。
「お!一夏くん引いてるぞ」
「おっと…!そりゃ!」
「おお!また鯵だね〜。これで14匹目。才能があるんじゃないかな?」
「いやいや、轡木(くつわぎ)さんが教えてくださった仕掛けとポイントが良いだけですよ」
轡木 十蔵(くつわぎ じゅうぞう)
IS学園の用務員であり、柔和な人柄とその親しみやすさから「学園内の良心」といわれている壮年の男性である。だが本当の姿はIS学園の実務関係を取り仕切っている事実上の運営者だ。表向きの理事長は奥さんがやっているようだ。各国との調整・荒事を含めた交渉もしているようで見た目とは裏腹にかなりの切れ者だという事が伺える。
その出会いは偶然だった。偶々外を歩いている時に花壇用の肥料の袋を重そうに持った轡木さんを見つけ手伝ったのがキッカケだ。最初に名前を聞いた時は内心驚いてしまったが、今ではこうして釣りを一緒に楽しむ程に仲良くなったのだ。
「一夏くん。学園にはもう慣れたかな?」
「そうですね〜。最初は珍獣扱いでしたが、今は友人も出来て楽しく過ごしてますよ」
「はははは、無理もないさ。世界で初めての男性IS操縦者であり、織斑千冬先生の弟である。その上学園新聞では華々しい一面デビューを飾っていたしね」
あ、あれの事かあああああああ!!!!ちくしょーー忘れた頃にやって来るとはまさにこの事だよ!!
「あ、あははは…。轡木さんもご覧になってたんですね」
「そりぁそうだ、『IS学園にサムライ現る』。あんな見出しと写真を見てしまえば、女子達は騒いでしまうものさ」
「こっちは、しばらくの胃が痛い日々でしたよ〜」
いや、ホントに切実にそうでした…。胃腸薬を1瓶開けちゃったもん。
「はっはははは、まぁ有名税だと思って諦めな…おっと!きたきた」
轡木さんは魚の動きに合わせながら竿を扱いリードを巻いていく。
「おお!カサゴですね。煮つけにすると最高ですよ」
ちなみに前世では唐揚げにして日本酒で一杯とか最高でした。はぁ〜お酒が飲みたいよ…。
そんな感じでしばらくのゆったりと釣りを楽しんだ。
「ふむ、今晩のおかずが釣れて良かった」
轡木さんが満足そうに呟く。
「こっちも皆に振る舞える位に釣れて良かったです。ありがとうございます」
本当に釣れて良かった。料理を振る舞うと言いながら1匹も釣れなかったら目も当てられなかった。
さーてと、何を作ろうかな〜
「いやいや、ところで一夏くん…」
「はい?」
「君は本当に不思議な子だ」
「……」
轡木さんの纏う空気が変わった。どこか俺を測っている様にも見える。
「私も長年、多くの人を見てきたが君のような青年を見たのは初めてだ」
「と、言いますと?」
「あまりにアンバランスだ。大人の振る舞いをする子どもはよく見てきたが、君は大人そのものだ。そして何処か私たちとは違う場所にいるように思えてしまう」
当たらずとも遠からず…。素晴らしい観察眼だ、素直に尊敬する…。
「そして君のその眼だ」
「眼…ですか」
「そう、眼だよ。その眼が…全てを物語っている。一体どれだけの憎しみや悲しみ…怒りを背負っているのか…。君の内側に眠る獣がどれ程のものか…、私には想像すらできないよ」
こちらも想像できませんでしたよ…。まさかここまで的確にこちらの事を捉えられるとはね。さて…、嘘が通るほど単純な相手ではないし、どう返せば良いものやら…
「…轡木さん」
「うん?」
「俺は…この学園が好きです」
「友達がいて、姉さんがいて、こんな自分を慕ってくれる人がいて、真面目に勉強したり、少しだけ悪ふざけしたり、それで皆が笑っている…。たったこれだけの事で心から満たされるんです。」
「それを守るためなら、俺はどんな敵とも戦えます!…答えになっているか分かりませんが、今言えるのはこれだけです」
しばらく俺と轡木さんは互いに向き合い
「そうか…君の気持ちは良く分かったよ」
いかん…、少し真面目になり過ぎたか。早々に退散しよう。俺は釣り道具を手早く片付けクーラーボックスを担いだ。
「一夏くん」
「?」
「今度は海に出ないか?船釣りも良いものだよ」
「はい!是非お願いします!」
俺はしっかりと一礼して寮へと歩みを進めた。
「ふふふ」
ついつい笑みが零れてしまう。この学園が好き…か。心の底から出た言葉なのだろう。何とも嬉しいことを、教育者冥利に尽きる。
だが…彼の進む道は間違いなく平坦ではない。支えが必要だ。誰かが支えなければ、彼はいつか…
「理事長、こちらにいらっしゃったんですね」
そんな思考をしていると後ろから声が聞こえてきた。
「織斑先生でしたか」
「ん?どなたかと一緒だったんですか?」
怪訝な顔をする織斑先生に私はにこやかに答える
「ええ。良い釣り仲間が出来ましてね。…ところでお話は先日の件ですか?」
「はい。詳しい話は学園で…」
「分かりました」
私は彼女に頷きクーラーボックスを担ぎながら学園へと歩みを進めた。
トントントン
ジュージュー
コトコトコト
リズミカルな包丁の音、フライパンと鍋からは食欲をそそる美味しそうな匂いが伝わってくる。淀みのない動きは長年の経験によるものだろう。全く動きに無駄がない。
ただこの作業を行っているのが1人の男子であることが4人の女子を複雑な気持ちにしている。
「…」
箒は黙っている。
「…」
セシリアは黙っている。
「…」
鈴は黙っている。
「…」
簪は黙っている。
「♩」
一夏はキッチンで楽しんでいる。
「一夏さん、生き生きしてますわね…」
セシリアが何処か遠くを見るような目でつぶやいた。
「一夏は昔から料理をするのが好きだったからな」
「やっぱ、箒がいた頃からそうだったの?」
「ああ…、当時は子供ながらに女として危機感を覚えたものだ」
「箒の気持ちよく分かるわ〜、アタシも慌てて習い始めたもん」
「一夏の料理…どんなのだろう?」
「確かに気になりますわね」
「和洋中なら大体のものは出来るわね。その上アタシが言うのもなんだけど、味は保証するわ。」
…女のプライドが粉々に砕け散る程度にね。とは言えない鈴
「ああ、でも一夏さんの手料理…。楽しみで仕方ありませんわ」
「それには同感だな」
「楽しみ…」
想い人の料理を純粋に楽しみする面々、しかし鈴だけは少し違った。
「そうね。でも、悠長にはしてられないわよ」
鈴の言葉に首をかしげる3人。
「一夏は家事全般をほぼパーフェクトにこなすわ。一体アタシたちはどこで女子力を見せれば良いのかしらね…」
「「「……」」」
乙女達に電流が走った。
「い、いやほら、な、なにか?何かあるだろ!」
「何かってなによ。私たちは一夏より女子力が劣る存在なのよ…ふふふ」
「やめろー!聞きたくない、聞きたくないーー!!」
変にやさぐれてしまった鈴の言葉に箒が耳を押さえて否定する。他の二人も一様に暗い顔だ…。
「みんなお待たせー」
そんなカオスな空間が構築されている事など知らずに一夏が陽気に入ってきた。
「「「「!!」」」」
「ん?どうかしたか?」
「い、いや何でもないぞ!なぁ皆!!」
箒の言葉に3人が首を縦に振る。
「?まぁいいや。料理並べるぞー」
「……」
「……」
「……」
「……」
乙女たちは言葉も出ない…。サラダから始まりムニエル、鯵のタタキ、鯵の唐揚げ、鯵の南蛮漬け、鯵の甘酢餡かけ、鯵のトマト煮…etc
鯵にこれだけのレパートリーがあるのかと思うと同時にこれだけの料理スキルを持つ目の前の男子に目眩さえ覚えてしまう…。
「いやー、久しぶりだから気合いれて作ってみた」
いや、気合入りすぎだろ!?お前どこの料理上手なお母さんだ!!4人の乙女の心が一致した瞬間だ。
「じゃあ、食べようか。いただきまーす」
「「「「い、いただきます…」」」」
それぞれが好きな料理を取り、一口食べる。
「どうだ?」
「…うまい」
「…おいしいですわ」
「…おいしいわ」
「…おいしい」
当然のことながら感想を聞く一夏に上から箒、セシリア、鈴、簪が返答していく。
「そうかそうか~。お口に合って何よりだ」
上機嫌の一夏。しかし
「しかし…」
「ですが…」
「でもね…」
「だけど…」
一様に皆の目元に影が出来き、プルプルと震えだす
「え…?何?どうした?」
彼女たちの様子がおかしい。ここに来て漸く一夏も異変に気が付いた
「「「「解せーーーん!!!!!」」」」
「なんでーーーー!!!???」
とある1年寮の1室で4人の乙女叫びと1人の男子の悲鳴が響いた。
オマケ
「ふふふ」
私は今すこぶる機嫌が良い。一夏の手料理を食べているからだ。鯵の刺身とビール…素晴らしい、理想的だ。そして夕飯は鯵フライと鯵のトマト煮。鯵尽くしだが勿論文句はない。あいつの料理は何でもうまいからな。
しかし本当にうまかった。まさか学園であいつの料理が食べられるとは。…今度は私から何か注文してみようかな?
「ん?そういえば…」
理事長が仰っていた釣り仲間とはもしかして…。
いかがだったでしょうか
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