あたらみは雪風のように   作:草浪

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第1話

「雪風のせいですか」

 

「こんな言い方はしたくないけど、君を失った佐世保鎮守府が深海側の総攻撃に耐えられるとは思えないね」

 

呉鎮守府を治める浜野翔中将のサングラスに反射する雪風は今にも泣きそうだった。

雪風は望んで呉に配属されたわけではない。もともとは佐世保鎮守府に属していた。雪風は佐世保鎮守府を仕切る福永正雄少将に突然の異動を言い渡され、半年前に呉に配属となった。雪風は多くの武勲をあげており、駆逐艦でありながら戦艦、巡洋艦を抑え佐世保では第一艦隊の旗艦を務めていた。

 

「なぜ雪風はこんなところに……」

 

雪風の言葉に、浜野の眉が動いた。

 

「こんなところで悪かったね。それでも福永がどうしてもと言うから君を受け入れたんだ」

 

浜野のキツい言い方に、秘書艦をしている長門は浜野を睨んだ。

 

「そんな言い方をする必要もないだろう。なぜ雪風をここに呼んだのか。それを説明しろ」

 

長門はそう言い、一枚の作戦指揮所を雪風に渡した。雪風はそれを読み、なぜ自分がここに呼ばれたかを理解した。

 

「佐世保海域奪還作戦。この作戦の旗艦を雪風に任せようと思う」

 

「俺は反対だけど」

 

雪風の頰に冷たいものが流れた。浜野の言葉に雪風は涙を堪えることができかった。

ここで自分は必要とされていない。雪風は配属されてからずっとそう感じていた。任せられる仕事は雑務ばかり。短い遠征、近海の哨戒任務。呉に来てからの半年、雪風の艤装が火を噴いたことはない。

 

「司令は雪風が嫌いなんですか? ならば雪風をこの作戦に参加させてください。もう帰ってくる気はありませんから」

 

「この作戦が成功しても、君はここの所属には変わりないが?」

 

「わかっています」

 

「ならばどういう意味か、説明をしてもらえるかな?」

 

浜野は机の下で組んでいた足を組み替えた。雪風からはサングラスのせいで浜野の表情は読み取ることが出来ない。だが、その声色は不機嫌なものだった。

 

「佐世保を奪還した後に福永司令に直談判します」

 

「そういうことか……」

 

浜野は天を仰いだ。雪風は呆れられたと感じた。だがこの作戦でもう浜野と会うことはない。雪風はふと隣に立つ長門を見る。長門は困ったような、泣きそうな、そんな複雑な表情をしていた。

 

「福永に言うか……」

 

浜野は雪風に顔を向けようとはしなかった。何かを考えているような、堪えているような。そんな風にも見えた。

 

「今度福永に会ってくるといい。それから先のことは、君が選べばいい」

 

浜野は煙草を持って部屋を後にした。退出間際、浜野は長門を見た。長門はそれを受けて頷く。

 

「雪風。少し外で話さないか?私も気分転換がしたい」

 

雪風は頷くと長門は困ったような笑みを浮かべた。

 

 

ーーーー

 

 

長門と屋上に出た雪風は外の空気を思いっきり吸い込んだ。もうここに帰ってくることはない。そう思うと晴々しい気持ちになった。落下防止の柵に手をつき、呉の街を見渡した。長門も柵に寄りかかると同じ様に景色を堪能していた。

 

「雪風は提督のことは嫌いか?」

 

「司令が雪風のことを嫌いなんです」

 

雪風はそっぽ向いた。長門は雪風の頭をポンポンと叩くと、苦笑いを浮かべた。

 

「提督はあぁ見えて、実は子供っぽいんだ」

 

「いっつもサングラスをかけているのもカッコいいと思っているからですか?」

 

「それもあるが……どうも涙腺が弱いらしくてな。涙目を隠す為にかけているらしい」

 

「室内でもサングラスって馬鹿なんですか?」

 

雪風の言葉に長門は吹き出してしまった。笑いを堪えてはいるが口角が上がっている。

 

「この前、かけているのを忘れてそのまま顔を洗ったらしい。拭いたらしいが、サングラスに水を拭いた後が残って、それが反射していたのが面白かったな」

 

「そんな間抜けが福永司令よりも階級が上だなんて思いたくありません」

 

「福永少将か……」

 

長門は遠くを見つめた。しばらく無言で考えると、溜め息をついた。

 

「福永少将が直接ここに来て直談判をしてきたんだ。雪風を頼むって言ってな」

 

長門の言葉に雪風は驚きを隠せなかった。だが、長門はそれを気にせず話を続けた。

 

「福永少将とうちの提督は兵学校時代の先輩後輩らしくてな。提督もいろいろ目をかけていたらしい。最初に電話で言われた時は断っていたが、直接来るものだから提督も折れたらしい」

 

「じゃあ……やっぱり司令は雪風のことを邪魔だと思っていたわけですか」

 

「どうしてそうなる……どう接していいかわからないだけだ。人様の子供を預かっている様なもんだ」

「雪風は子供じゃないです。福永司令は雪風のことを立派な大人だと言ってくれました」

 

「……本当に福永少将が好きなんだな」

 

長門の言葉に雪風は顔が熱くなるのを感じた。しかし長門の表情は真面目そのものだった。しばらく無言の時間が過ぎると、長門は再び雪風の頭をポンポンと叩いた。

 

「ここにも提督と仲の悪い者が多い。お前だけじゃないから安心しろ……さて、あれも吸い終わったみたいだし私は戻るとしよう」

 

長門は一階の玄関口に立つ浜野を指差す。浜野は眩しそうにこちらを見ていた。長門はそんな浜野に手を振ったが、雪風はそそくさと落下防止の柵から離れた。そんな雪風に長門は苦笑いを漏らした。

 

 

ーーーー

 

 

その日の夜、雪風は自身の艤装の点検に手間取り、夜遅くまで作業をしていた。ようやく点検が終わり、工廠から自分の部屋へと戻る途中、執務室の窓から光が漏れているのに気がついた。いつもはこんな時間まで執務をしていることはない。以前、長門から浜野はずっと同じ姿勢で座っていることが出来ないらしく、仕事を早めに切り上げることが多いと聞いていた。

雪風は次の作戦で自分が外されるのではないかと思い、確認と文句を言う為に執務室に向かった。執務室が近づくと、男女が言い合いをしている声が聞こえてきた。もちろん声の主は浜野と長門だ。

 

「俺は今度と言ったんだ。作戦に参加させるとは言っていない」

 

「それじゃあ雪風の気持ちはどうなるんだ? 自分の育った場所が奪われ、それを取り戻す戦いを指をくわえて見てろと言うのか? 人間のお前には私達が戦えないことがどれだけ悔しいことかわからないだろうが!」

 

「ならばヒトの気持ちなんてわからないだろう! 福永がなぜ雪風をここに寄越したのか。それを考えたことはあるのか?」

 

「それでも戦うことを奪う理由にはならない!」

 

二人の言い合いに、雪風は執務室に入ることを躊躇った。だが、奪還作戦から自分が外されようとしている。それだけは阻止しなくてはいけなかった。雪風は意を決した。

 

「失礼します」

 

突然の雪風の入室に二人は驚いた様子だった。そんな二人を余所目に雪風は報告をした。

 

「艤装の点検が終わりました。いつでも出れます」

 

「俺は君を作戦に参加させるとは言っていないが?」

 

「福永司令に会ってこいと言われました」

 

「それは今度と言ったはずだが?」

 

「その今度が次の作戦だと雪風は思っています」

 

「屁理屈を……」

 

「屁理屈を言っているのはお前の方だ!」

 

長門が叫んだ。興奮している長門とは対照的に、雪風は冷静だった。

 

「司令。雪風は誉れ高い佐世保鎮守府第一艦隊の旗艦だった駆逐艦です。ここの長門さんにも、大和さんにも勝てる自信はあります。だから出撃させてください。役に立ってみせます。絶対に作戦は成功させて……ッつ!」

 

パシンッ。乾いた音が部屋に響いた。

雪風の話を聞きながら近づいてきた浜野が雪風の頰をうったのだ。

叩かれた雪風は睨むように浜野を見た。だが浜野も見下すように雪風を見ていた。

 

「奢るのも大概にしろ。自分を何だと思っている」

 

頰を叩かれ、浜野に冷たくあしらわれた雪風は堪えられなかった。声をあげて泣き出してしまった。

 

「しれえは雪風のことがそんなに嫌いなのですか?! 艦娘として生まれた雪風を戦わせてはくれないのですか! お世話になった福永しれえに恩返しすることすら許されないのですか!」

 

「その福永がお前に来るなと言っているんだ」

 

浜野の発言に雪風は言葉を失った。浜野が何を言っているのか理解できなかった。

 

「おい!」

 

長門が慌てた様子で浜野に詰め寄り肩を掴んだ。だが、浜野はそれをふりほどくと話を続けた。

 

「福永はお前という……誉れ高い佐世保鎮守府第一艦隊旗艦を死なせない為にここに寄越したんだ。ここでお前を朽ち果てさせるわけにはいかないと言ってな! これは佐世保鎮守府に所属する全員が納得してのことだ!」

 

「でも…でもぉ!」

 

「でももなにもない。昼間は君抜きではと言ったが、お前がいても結果は変わらなかっただろう」

 

浜野は雪風に背を向ける。その肩が僅かに震えていた。

 

「君がここに帰ってこないというのであれば、俺は絶対に君を今回の作戦に加えることはない」

 

浜野はそれを最後に言葉を発することはなかった。長門は何も言わずに雪風の手を引いた。雪風はまだ言いたいことがあったが言葉にできなかった。長門に引きづられる形で執務室を後にする。閉まる扉の隙間から見えた浜野の後ろ姿は手にサングラスを持っていた。

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