あたらみは雪風のように   作:草浪

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第10話

 

長門は長い時間が経ったように感じていた。

 

『がと……聞こえるか?!……長門ッ?!』

 

「……あぁ。問題ない」

 

朦朧とする意識の中で浜野からの無線が聞こえる。だが、これは自分の耳で聞いているわけではない。

艤装に取り付けられている無線機から直接脳内に聞こえている。

長門はゆっくりと目をあけた。視界が暗い。まだ朝だったはずだが、あたりは夜のように暗かった。暗い視界の中で、大和や日向、赤城に蒼龍が皆顔を抑えて蹲っていた。

 

「おい! 大丈夫か?!」

 

「目が!! 目が焼けるように痛い!!」

 

大和が叫ぶ。赤城や蒼龍も、同じように痛みにもがき、唸るような声を上げている。大人しくしているの日向だけだった。

 

「日向! 生きてるのかッ?!」

 

「勝手に殺さないでくれ。佐世保でこれ以上の痛みは味わった。問題ない」

 

日向は顔を抑えたまま立ち上がった。ふらつく日向を長門は支えてやる。

よく見ると、皆無傷だった。長門に至っては何事も無かったかのようにさえ思える。

 

「目を焼かれたようだ。長門。お前は大丈夫なのか?」

 

長門は顔に手を当てた。カツンッと目の前に当たる物があった。それを手にとってみる。

 

「これのおかげか……」

 

「サングラスだな?」

 

日向は長門の手を取り、長門が持っていたサングラスの感触を確かめるように触った。

 

「……すごいな。傷ひとつついていない」

 

『長門! 無事なんだな? 返事をしろ!!』

 

浜野の怒号が聞こえる。長門は思い出したように返答をした。

 

「あぁ。私は無傷だが……我が艦隊は目を奪われたようだ」

 

『まだ航行はできるな?』

 

「それは問題ない」

 

『なら、横須賀の舞鶴の艦隊と合流しろ。呉には戻ってくるな』

 

「負けたのか?」

 

『俺は負けた。けど君達はまだ負けてない』

 

浜野の声にハッとする。雪風の姿が見当たらない。

 

「雪風がいない……あんなに近くにいたはずの雪風が……」

 

『……そうか……そちらで炸裂した爆発はここからでも確認出来た。今はこちらに向かってくるけたたましい艦載機の音が聞こえているよ』

 

「航空機隊より入電……先の爆発で多くが視界が奪われ、撃墜。残った者は上空にて待機中。なお現在地は不明……とのこと……」

 

赤城が声を振り絞って報告をした。その報告は浜野に向けられたものだろう。

 

『閃光弾……か……当たらない爆弾よりも確実に動きを封じられる。参ったね。思いつきもしなかったよ』

 

「私はまだ戦える! すぐにそっちに向かう」

 

『来るなと言っているんだ。もう遅い』

 

「だが……」

 

『俺は死ぬとか、殺すとか、そんなことばかり考えてこの作戦を指揮したんだ。だが君たちは敵に生かされたんだ』

 

「何をバカなことを言っている!!」

 

長門は主機の出力を上げた。だが、支えられていた日向が長門の肩をしっかりと掴んだ。

 

「もう遅い。まわりを見てみろ」

 

「どういう意味だッ!」

 

自分の邪魔をする日向の胸元を掴み締め上げた。艤装の砲も日向に向ける。邪魔をするなら撃つのも辞さない。

 

「お前と私がどうしてこんなにのんびりと話をしていられるんだ? 目前まで迫っていた敵艦隊はどこにいった? 雪風はどうしていない?」

 

「お前の質問に答える時間はない! はっきりと言え!」

 

「……なら。守られたお前の目で呉の方を見てみろ。そこに答えがあるだろう」

 

長門は日向を投げるように放した。そして言われた通り、呉の方を見る。

大きな赤黒い光が呉の方から見えた。それが何かわからない。だが、ここからでも見えるほどの黒煙を伴い空に昇っていくそれは何度も長門が見てきたものだった。

 

『君の秘書艦としての最後の仕事は、皆をつれて安全圏まで撤退することだ。君が無傷でよかった。後のこと、よろしく頼む』

 

浜野はそれだけ言うと、無線の電源を落とした。

長門は力なくその場にへたり込み、朝日よりも明るい呉の方を茫然と眺めていた。

 

 

ーーーー

 

作戦指揮室を離れ、浜野は玄関口へ向かった。

屋内にいても響き渡る艦載機の轟音。おそらくもう上空を旋回しているのだろう。まるで浜野に最後の時間を与えているようだった。

 

「随分は明るいな……これじゃあサングラスの意味がない」

 

玄関口につき、空を見渡す。いつもよりも数段と空が明るく、朝とは思えないほど熱い。

既にドックは爆撃され、大きな火の手が上がっている。

 

「まるで逃げろと言わんばかりだね」

 

浜野はベンチに腰掛け、煙草に火をつけた。熱い空気と一緒に煙草の煙が肺に充填される。あまり美味いものではない。浜野は眉間に皺をよせた。

不味い煙を上に向かって吐き出すと鎮守府の建物が見える。

 

「あいつはいないのか……知ってたけど。あと来るの早くないかい?」

 

浜野はぼんやりと屋上に設置されている落下防止用の柵を見ていた。長門がサボる浜野を監視していた場所だ。浜野はそこに人影らしきものを見ていた。

 

『それ吸い終わったら堤防の方へ行ってください。二人とも一人じゃ 寂しいでしょうし。ではまた後で』

 

浜野は爆風にまじり、そんな声を聞いた気がした。浜野は急ぐことなく、ぼんやりと煙草の煙を吐き出した。煙が風にのり、屋上の方へと上がっていく。

 

「俺が屋上に行ったらどうする気だったんだ……?」

 

唐突に長門の煙たがる顔が頭の中に浮かんだ。

 

「まぁ……そうなるな」

 

どうせなら最後は海を見ながら美味い煙草が吸いたい。

浜野は設置された灰皿に吸い殻を投げ入れ、堤防の方へと向かった。そんな浜野に向け、爆撃の準備を整えた爆撃機達が襲いかかった。

 

 

ーーーー

 

何も見えない。先程まで聞こえていた着弾の爆発音も聞こえなくなっていた。

雪風は勘を頼りに呉に向けて走っていた。自分に弾は当たらない。その自信だけで走っていた。だが、自信だけだ。

 

「……痛ッ!!」

 

雪風は足元から宙に放り投げられた。宙で二回転、三回転したのちに、ヤスリのようなもに叩きつけられ、その上を勢いのままに滑った。

雪風は痛みを堪え、立ち上がろうとする。左手から伝わる感触は舗装された地面。右膝をつき、左足を地面に付けようとした。だが、一向に左足は地面に触れない。雪風はバランスを崩し、そのまま倒れこんでしまった。ビチャっという音と鉄臭い水溜りに顔から突っ込んでしまった。

 

「……戻ってくるなと言ったろうが」

 

「……しれえ?」

 

聞き覚えのある声が聞こえた。その直後、雪風の体は誰かに支えられた。

 

「…………腕と足はどうした?」

 

聞き覚えのある声。浜野の声でわかった。自分は足も失ったのだと。閉ざされた目から涙が流れる。

 

「……すまないが、ここでいいか?」

 

「はい……大丈夫です……」

 

何かに座らされた。椅子のような何かに。

その横に浜野が座ったのだろう。お尻から板が軋むのが伝わった。

 

「しれぇ……雪風のことはおいて逃げてください」

 

「……さっきまでは逃げようかどうしようか悩んだよ」

 

「なら逃げてください!」

 

雪風は急に左手を取られた。その手にヌルッとした何かが触れる。

 

「これは?」

 

「多分俺の腸」

 

「なんてもの触らせるんですか!」

 

雪風は慌てて手を引っ込めた。そして、浜野がもう長くないことがわかってしまった。

そんな雪風の鼻孔に芳醇な匂いが入ってきた。

 

「こんな時に呑気に煙草ですか?」

 

「一服しにここまできたんだけど」

 

「その間に逃げればよかったのに……」

 

「福永がここにいけって言ったんだ。文句なら彼に言ってくれ」

 

「……そうですか」

 

頭の後ろからは何度も何度も爆発する音が聞こえる。そんな危険な状況にも関わらず、雪風はまるで何事もないように落ち着いていた。

雪風には伊勢湾が見えていた。海面が反射で煌びやかに輝き、宮島へと向かうフェリーがゆっくりと航行している伊勢湾を。

 

「……最後に綺麗な伊勢湾が見たかったな」

 

「雪風には見えていますよ」

 

「なら眩しいだろう?」

 

雪風の耳と鼻に何かがかけられた。

 

「男物だけど、我慢してくれ」

 

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

しばらく無言の時間が続く。

コンっ、と木の板を叩く音が聞こえた。まだ煙草の匂いはしている。

 

「司令……寝煙草は駄目ですよ……」

 

浜野は何も答えなかった。

 

「雪風も眠たくなってきました……」

 

<あたらみは雪風のように ー終ー >

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