「待て」
横須賀海軍基地。
その廊下で腕を組んで壁にもたれかかり、サングラスをかけた長い黒髪の女性がいた。そんな不審者に日向は呆れ、無視して目の前を通り過ぎようとした。
「長門よ……私には室内でもサングラスをかける知り合いの女性はいないのだが?」
日向は足を止め振り返った。
「私にも志半ばで軍をやめるような知り合いはいない」
長門はサングラスを外し、睨むように日向を見た。
「また私を投げ飛ばすか?」
「お前の言い方はまどろっこしいんだ。わかりやすく話してくれないか?」
「さっきまで上官殿に散々嫌味小言を言われたんだ……一服したい。屋上でなら付き合ってやる」
「わかった」
ーーーー
横須賀海軍基地の屋上からは東京湾が一望できる。そんな東京湾には多くの船舶が行き来している。日向は煙草にジッポで火をつけた。
「……それで、どうしてやめる必要があるんだ?」
「じきにわかる」
「お前は人の話を聞いていたのか?」
日向はしかめっ面をする長門が少し面白く思った。
「何がおかしい?」
「いや。あの男がお前に惚れていた理由がわかった気がしてな」
「話をはぐらかすな」
長門は口調こそ大人しいが、その顔は赤くなっていた。
「あの男が言っていたろう。私たちは元艦娘達を守らなけばいけないと」
「だからこそ、内部に私達がいなければいけないのではないか?」
「……いや。都合よく利用されているだけだと私は思う。桐生大将が軍を離れたのもそれが理由だ」
「…どういうことだ? 一体内部で何が起こっていると言うのだ?」
「まだ何も起こっていない。いや、私達がまだ知らないのかもしれない」
「それがお前がやめる理由と何の関係があるのだ?」
「私は軍人はやめるが、軍との関係は残すつもりだ。それにやましい人間には私の存在を疎ましく思うだろう」
「……海軍特別犯罪捜査局」
「そうだ」
「そうか……」
長門は日向の吐き出した煙を手で払う。
「一人……この海軍に不満を持っている者を知っている」
「足柄か?」
「知っていたのか……」
「あぁ。これからスカウトしに行く」
日向は吸い殻を灰皿に捨てると、長門に残っていた煙草とジッポを渡した。
「私は吸わないが?」
「あの男が吸っていたのと同じ銘柄だ。火をつけなくても匂いはいい。それとそのジッポはお前が持っていてくれ」
「……これは」
「お前は変わらないでいてくれ。長門中将殿」
日向は振り返らずに手を振った。
ーーーー
「失礼する」
日向はノックもせず、勢いよく扉をあけた。中にいた足柄はビクッと肩を震わせた。
「びっくりさせないでよ! 」
「なんだ。大佐殿はいないのか」
「いたらあなた失礼極まりないとか文句言われるんだからね! これだから艦娘あがりは……って毎日小言言われる身にもなってほしいわ」
「いや、なら都合がいい」
日向は扉を閉め、鍵を閉めた。そんな日向の行動に足柄は思わず身構える。
「……何する気よ……?」
「足柄よ……」
日向はゆっくりと足柄に歩み寄る。
「私と一緒に勝利の道を歩いてくれないか?」
「…………はぁ? あなた何言ってるの?」
「なんだ。勝つとか勝利とか言えば食いつくと思ったのだが……」
日向は頭をかく。そんな日向を足柄は訝しげに見ていた。足柄の目線に日向は少しいたたまれなさを感じていた。
「……大佐殿が不正に情報を流しているそうでな。その捜査に来た」
「情報を流してる? それってこれが関与してたりしないかしら?」
足柄はそう言うと引き出しから大きめのファイルを取り出した。日向に手招きをし、中を見るように促す。
「ここ最近の交際費という名目の領収証のコピーよ。それぞれは大した金額じゃないけど、月あたりの回数が普通じゃないと思ってとっておいたのよ」
「一緒にいた相手はわかるか?」
「そこまでは……けど、調べようと思えば調べられないこともないわね。特捜の力を借りるとか……」
足柄の言葉で日向の顔が緩んだ。ポケットから丁寧に畳まれた書類を足柄に渡す。
「こういう書類はもっと丁寧に扱って欲しいわね……」
「それもコピーだ」
「ふぅーん……」
足柄はその書類を透かしてみたり、ひっくり返してみたりと、一通り眺めた後に日向の方を見た。
「勝利が私を呼んでいるようね……」
不敵な笑み浮かべた足柄が日向を見る。日向もそれに返した。
二人がしばらく足柄の持っていた領収証を眺めているとドアノブがガチャガチャと音をたてた。
「さて。初仕事だな。足柄捜査官」
「えぇ。派手にいきましょう」