一人の男が坂を登っている。
容姿端麗な顔にジーパンにTシャツというラフな格好をした彼に気がつくものは誰一人いない。彼は急な坂身を息を切らさずに歩いている。
坂道を登りきり、大きな石の前に出た。第十七駆逐隊之碑。そこに座り、ぼんやりと煙をふかす男が彼に気がつき片手をあげた。シャツの胸元を大きく開け、サングラス姿の男に彼は眉をひそめた。
「出迎えご苦労」
「品が悪いですよ。浜野さん」
浜野と呼ばれた男は苦笑いを漏らした。彼は備えられた線香の束を咥え、煙草の様にふかしている。
「これしか無くてね。意外と美味しいよ」
「少し頂いても?」
「構わんよ」
浜野は彼に線香の束を二つにわけ渡した。彼もそれを吸い込み、煙をはく。まるで自分の体が少しずつ煙にのって消えていく様に体が軽くなるのを感じた。浜野が少し横にずれ、彼の座る場所をつくると、彼はそこに座った。
「雪風は一緒じゃないのか?」
「えぇ。幸運の女神様に愛されてますからね」
「俺も愛されたかったねぇ」
浜野はまたぼんやりと煙の上る空を眺めた。
「桐生くんのお願い、どうして聞いてあげなかったんですか?」
「桐生は若い。人に頼らずに自分で努力することを覚えた方がいい」
「面倒だとおもったわけじゃないんですね」
「それもあるかな」
浜野はそう言うと笑った。彼もつられて笑う。
「新しい時代を生きるのに、俺たちおっさんは邪魔なだけだろう」
「僕はまだ若いつもりなんですけど」
「俺だって歳を取ったつもりはない。上の連中に勝手に押し付けられたんだ」
浜野はそう言うと空を指差した。
「長門さんが言っていた通り、子供っぽいですね」
突然、幼い女性の声が聞こえた。二人は声のする方を見ると、そこには右手と左足に義肢をつけ、サングラスをかけた少女が立っていた。
「福永司令、浜野司令。お久しぶりです」
「雪風……よくここにいることがわかったね」
「雪風のお墓に変な人がいる。そんな気がしまして」
「もう少しお上品に待ってればよかったか」
浜野は苦笑いを漏らした。
「何故あの時、空襲が始まる前に逃げなかったのですか?」
「……黙秘する」
「それは、最後まで長門になんて言うか悩んでて逃げ遅れたからだよ」
「福永ッ!」
浜野は福永を睨んだ。先輩に睨まれた福永はそれを気にせずに話を続けた。
「失礼。逃げ遅れたという言い方には語弊がありますね。最初から逃げるつもりなんて無かったんですから」
「そういうお前こそどうして生きようとしなかった? 雪風をこっちに預けた時にはこうなることがわかっていただろう?」
「……僕には浜野さんみたいに彼女達から戦いを取り上げることは出来ませんでしたから。彼女達が戦うというのなら僕も戦います。本当は死にたくなんてありませんでしたけどね」
「俺だってお前がいなかったら出来なかったさ。あの頑固者達が折れたのも、お前達、佐世保のおかげだ」
「そう言っていただけると幸いです」
「……どうして雪風だけのけ者にしたんですか?」
雪風は悲しそうな目で福永を見た。福永の胸が締め付けられる。
「雪風のことが好きだったからだろう?」
「……浜野さん」
浜野はしてやったりという目で福永を見ていた。
「雪風だって福永を司令のことは大好きでした。だからこそ、最後は一緒に戦いたかったです。長門さんが羨ましいですよ」
「すまないとは思ってるよ。けれど……僕も佐世保にいたみんなも、雪風には最後まで生きて欲しくてね」
「どういうことですか?」
「戦艦、空母を凌ぐ駆逐艦なんてそうそういない。君は希望だったんだ」
「……浜野司令はそんなこと一言も言いませんでしたよ?」
雪風はジトッとした目で浜野を見る。思わず浜野は顔を背けた。
「浜野さんも浜野さんなりに考えていてくれてたんだ。それに口下手だからね」
雪風はため息をつくと二人の間に座った。
「二人とも人には死ぬなって言っておいて、なんで死んでるんですか?」
雪風の瞳から涙が溢れる。福永はそんな雪風の頭を撫でた。
「理想を一途に追い続けたから」
「意味がわかりません」
「僕にもよくわかりません」
二人の辛辣な返答に浜野は持っていた線香を落としそうになった。
「あの戦いはなんだったんでしょうね」
浜野を無視し、福永が話題を切り替えた。雪風は納得していなかったが、大人しく話を聞いていた。
「戦い続ければきっと勝てる。そう信じたブレーキの壊れた機関車の暴走」
「艦娘という莫大な熱量を生み出す燃料を運転手が制御しきれなかったということですか」
「艦娘が……雪風達がいけなかったのですか?」
「いや、違う」
浜野は煙を盛大にはきだした。組んだ足の先が透けはじめている。
「終点から先の道を作らなかったこと……ですね」
福永はそんな浜野の足先を見ていた。だが福永の体も透け始めていた。
「だとすれば浜野さん。あなたはその道をつくるべきだったのではないですか?」
「そんな書類仕事よりも面倒なことはしたくない」
「どうせ長門さんに押し付けるだけでしょうに」
「だから押し付けた」
浜野の膝から下が完全に透けていた。
「最後に本当のことを話しては貰えませんか? 何故桐生くんに託したのか」
「俺の言い方じゃ誰も納得しない。なら福永の教え子の桐生という男に託したい。そう思ったから」
「僕は浜野さんの教え子でもあります。同じ意思を継いだ桐生くんが浜野さんを欲したのだから、応えてあげればよかったのに」
「大和に嫌われていたからな……俺がいたら桐生も大変だろうに」
「茶化さないでくださいよ」
「桐生に大和、それに長門も日向もいる。彼らなら新しい道を作れるだろう。俺は……彼らがやろうとしていることの下準備をした……そういうことにしてくれないか?」
「……最後に」
雪風が立ち上がった。
「最後に、長門さんに何か伝えることはありますか?」
「……どんなふうに人が希望を継いできたのか、いつか子供達に伝えてくれ」
「最後までよくわからないですね」
雪風は誰もいない空間に敬礼をした。
「まったく、迎えにきたのに先に行くんですから……」
福永は線香の煙をはきだすと、雪風を見た。
「君が生き残ったことは浜野さんにとっても、僕達佐世保鎮守府にとっても、桐生くんにとっても希望になる。まずはその傷を癒して、彼らの力になって欲しい。もし間違った道に進もうと……いや、作ろうとしているのなら正してほしい。佐世保第一艦隊、旗艦雪風。できるかい?」
「了解しました」
福永は優しく雪風の頭を撫でると、敬礼をした。雪風も返礼する。
煙が空にのぼっていく。
雪風は一人、じっとその空を眺めていた。