目の前で隼鷹が爆発に巻き込まれた。
雪風はただ茫然とそれを見ることしか出来なかった。本人の意思とは関係なく主機は回り続ける。ただ真っ直ぐ航行しているだが敵の弾は雪風には当たらなかった。
「ボヤッとするなッ!」
武蔵の叫ぶ声が聞こえる。雪風の遠のく意識を46センチ砲の轟音が呼び戻した。
「そんな……だって……隼鷹さんがッ!!」
泣き叫ぶ。しかし雪風の声は誰にも届かなかった。
「この武蔵。貴様らにくれてやる首など持ち合わせていないッ!」
轟音に轟音が重なる。それは武蔵の砲撃音だけではない。隼鷹が上げた艦爆が他のヲ級を攻撃し始めた。訓練に訓練を重ねた熟練の妖精たちが駆る艦爆は簡単にヲ級を沈めていった。隼鷹がやったように次々と頭の艤装に爆弾を叩き込む。撃たれ、制御を失った者は自らの機体で突っ込んだ。
「もうやめて……」
雪風の叫びも、雪風の脇をすり抜けて行く艦攻の爆音にかき消された。
艦攻は武蔵を追い越し、戦艦群に向け雷撃を始めた。
「ガラクタドモメ……」
戦艦群の中心にいる一際大きな深海棲艦。戦艦水鬼と呼ばれるものが武蔵に砲を向けた。
「いいぞ。私はここだッ!」
武蔵が叫ぶ。それと同時に戦艦水鬼の砲が火を噴いた。当たる。雪風はすぐにわかったがどうすることも出来なかった。
武蔵が炎に包まれる。駄目だと思った。
雪風は意を決し、戦艦水鬼に向け突撃をする。爆煙を煙幕がわりにし、一気に距離を詰めようと考えていた。爆煙の中に入ると、煙の中に武蔵がいた。彼女も爆煙を利用し接近を図ろうとしていた。
「武蔵さんッ!!」
雪風の声に武蔵は振り返った。苦痛に歪んでいた表情が和らぐ。
「雪風よ。お前は沈ませない」
武蔵は雪風の腕を掴んだ。雪風は連れていってくれるものだと思っていた。だがその期待はすぐに裏切られる。
雪風の身体が宙に浮いたと思うと海面に叩きつけられていた。その上を大きな何かが高速で通過した。煙が晴れ、視界が戻る。片側の艤装を失った武蔵が戦艦水鬼の首を締め上げていた。
「大和型を片側から攻撃するとは愚か者め。貴様の頭の方がよっぽどガラクタではないか」
ゴキッという鈍い音が雪風の耳にも届いた。折ったのだと、すぐにわかった。武蔵は更に残された右側の艤装で攻撃を加えた。零距離での砲撃。砲弾は爆発ぜずに戦艦水鬼の体を貫いた。武蔵が手を離すと、戦艦水鬼だったものは力無く倒れ、海に沈んでいく。
その時、雪風は敵のル級が武蔵に砲を向けているのを見た。
「武蔵さんッ! 危ないッ!!」
その刹那、敵の砲撃音が聞こえた。だが、武蔵にも雪風にも弾は当たらなかった。
「ボヤッとしてるのは武蔵の方だったんじゃないかい?」
雪風は死んだはずの声を聞き驚いた。更に倒れ込んだル級の頭を踏みつけている隼鷹の姿も見た。
「勝手に殺さないでほしいね。まぁ……もう駄目だけどさ」
隼鷹が飛び退くと同時に武蔵は46センチ砲でル級に砲撃した。
「すまない。隼鷹……助かった」
「いいってことよ。軽空母のあたしが大和型戦艦のあんたを救ったんだ。仲間にいい土産話ができたよ」
敵の攻撃は幸いにも止んだ。呉艦隊の支援砲撃、航空機による攻撃、更に旗艦を失ったことによる混乱。それ加え、目の前にこれまで見たことがない艦娘二人に恐怖心を感じていた。雪風は深海棲艦に感情は無いと考えていたが、敵の表情は強張っていた。
だが、雪風達が敵のど真ん中にいて、数的不利なのは変わらない。
両腕を失った隼鷹を武蔵が支え起こした。
「なぁ、あんたのあの艤装。まだ動かせるのかい?」
「さぁな。やってみないとわからん」
隼鷹と武蔵は先程、戦艦水鬼に吹き飛ばされた武蔵の片側の艤装を見た。
「さっきので足の艤装がいかれちまった。もうただの足手まといだ」
「世話のかかるやつだな」
「あんた達と違ってあたしはもともと客船なんだ。頑丈には出来てない」
「もういいです! 撤退しましょう!」
「まだ空母が残ってるよ。あいつらを道ずれにせにゃ、また本土が狙われる。武蔵。あたしをあんたの艤装のところまで連れていっておくれ」
「お前に扱えるとは思えんが?」
「神様がまだ戦えって言ってんだ。きっと動かせるさ。腕は無くとも、まだ霊力は残ってる」
「そうか」
「武蔵さんッ! 隼鷹さんッ!」
雪風は怒鳴った。自分が旗艦なのだから言うことを聞いてほしいと。だが雪風の怒りとは対照的に二人は優しく微笑んでいた。
「雪風よ。お前を提督に会わせろと浜野中将から命令されている。ここで死なれては私達が困る。その為の旗艦だ」
「そうそう。私達も浜翔の反対を押し切ってここにいるんだ。雪風を生かして帰るなら出てもいいって。それに雪風を生かすのは佐世保全員の意見だからな」
「どういうことですか……?」
「後で提督に聞いてみろ」
担がれた隼鷹と武蔵はそれ以上何も言わなかった。
再び敵の攻撃が始まる。武蔵は被弾しながらも担いだ隼鷹を切り離された艤装まで運び届けた。隼鷹は切り離された艤装から伸びるコードを口に咥える。
「大和型の艤装を動かせるなんて……自分に惚れちまいそうだよ」
隼鷹は最後の力を振り絞って46センチ砲を動かした。撃つ度に隼鷹の顔が苦痛に歪む。浮かぶ固定砲台と化した隼鷹は敵の集中攻撃を受けた。
そんな隼鷹が攻撃できない側面の敵に武蔵は突っ込んでいく。雪風もそれに続いた。
一隻、また一隻と深海棲艦が沈む。何が二人をそこまで突き動かすのか、雪風には理解が出来なかった。
「長門さん! 助けてください!」
雪風は長門に泣きついた。だが、長門からではなく隼鷹から先に返事が返ってきた。
「こっちは死ににきてんだよ。邪魔すんならあんた達許さないよ」
『馬鹿を言うな。無論死なせるつもりはない……だがこっちも手一杯なんだ!』
『そっちに回した直掩機の補給がまだ終わらないの!』
赤城の悲痛な叫びが聞こえる。
「それでいい」
武蔵がそう言うや、否や、雪風の後方で大爆発が起きた。武蔵は振り返らず、残存艦隊に突っ込んでいく。雪風が振り返ると、海面が火の海と化していた。その中心にあるべき姿がない。今度こそ隼鷹は沈んだ。いや爆散したと言っていいだろう。
「駄目……いかないで」
武蔵まで失いたくない。優しく、無茶をすれば怒ってくれた昔の武蔵に戻ってほしい。雪風はそう切望した。だが雪風が望めば望むほど裏切られ続けた。
『敵の増援?!……なんて数……雪風ちゃん!武蔵さん!もう退いて!』
赤城から突如入った無線。雪風は駄目だろうと思っていた。あの武蔵はもう退かないと。だが、武蔵は踵を返した。その増援は武蔵の前方、沖縄方面こちらに向かってきていた。
「武蔵さんッ!」
「本当に羨ましいな。私はこんなにも被弾したというのに……」
雪風は武蔵を支えようとする。だが武蔵は雪風の差し伸べた手を払いのけた。雪風はそれに屈することなく再び手を差し出す。その時、武蔵の背中の艤装が突如爆発した。その爆風に雪風は吹き飛ばされた。
「はやいな……もう射程か。戦艦クラス……それも上の奴か」
武蔵は振り返ると、砲身が折れていない一門の仰角をあげた。雪風は起き上がり、武蔵の手を引こうとした。
「撤退しましょう!武蔵さん!……武蔵さんッ!!」
武蔵は何も言わずに砲を撃った。もう一門の砲撃による反動すら堪えられない。武蔵は膝に手をついた。傷口からは大量の血が流れ出ている。
「情けない。隼鷹は撃てたというのに、五体満足の私がこれとは……」
雪風の手が武蔵の手に触れると、武蔵は雪風を睨んだ。雪風は泣きそうになりながらも、武蔵を睨み返した。しばらく睨み合いが続く。すると、武蔵が納得したように表情を崩した。
「隼鷹よ。どうやら私の最後は戦うために残されたものではないらしいな」
「えっ?」
武蔵は雪風の体を両手で担ぎ上げた。雪風の白い制服が武蔵の血で汚れる。
「武蔵さんッ!離してッ!!」
「ジタバタするな。すぐに離してやる」
武蔵はそのまま大きく振りかぶると、後方にいる呉の艦隊に目掛けて雪風を投げた。
雪風が出せる最高航行速度を大幅に上回る速度で雪風は飛んでいく。
『呉に帰ったら浜野中将に伝えてくれ。ありがとうございました。そしてすいませんでしたと』
武蔵はその無線を最後に何も言わなかった。
呉艦隊の近くまで投げ飛ばされた雪風は武蔵を見た。仁王立ちする武蔵のすぐ近くに何本もの水柱が立つ。敵の砲撃をくらい、残された一門も爆発した。それでも武蔵は動かなかった。
「大丈夫か!雪風?」
長門が雪風に駆け寄る。
「長門さん……武蔵さんが……助けにいかないと……」
未だに敵の攻撃を受け続ける武蔵は立っていた。
雪風はフラフラとそちらの方に航行していく。そんな雪風を長門は肩に担いだ。
「赤城!蒼龍!収容は終わったかッ?!」
「駄目……行かせてください!」
『はい!終わりました!!』
「戦域を離脱する!」
「長門さんッ!雪風はッ!」
雪風はなんだ。その後の言葉が出てこない。いやわからない。
武蔵や隼鷹のようにここに死ににきたわけじゃない。ただ佐世保に帰りたかった。けど今は違う。雪風はどうしてここにいるのだろうか。何の為に。
雪風は立ち続ける武蔵から目が離せなかった。武蔵から漏れ出した油に火がついたのだろうか。武蔵が炎に飲み込まれていく。その炎に焼かれながらも、武蔵が倒れることはなかった。
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