あたらみは雪風のように   作:草浪

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第5話

「失礼する」

 

座ったままうたた寝をしてしまった浜野は日向の声で目が覚めた。

 

「……日を改めようか?」

 

執務室に入ってきた日向は心配そうに浜野を見ていた。ここにきた時は仏頂面を崩さなかった彼女が表情豊かになったものだと感じた。

 

「いや。大丈夫。雪風は?」

 

「泣き疲れて寝てしまったよ。もう大丈夫だろうが……それよりも長門達だ。会議室の前を通った時、怒鳴り声が聞こえてきたが……」

 

「まぁ、そうなるだろうな」

 

浜野は他人事の様に言った。だが、心境は穏やかではなかった。

 

「そうなるのか」

 

日向は呆れた様に笑った。日向が表情豊かになったこと、少し人間らしさを取り戻したのは浜野にとって嬉しい誤算だった。これから浜野すべきこと。提督としての最後の仕事、企てに日向を巻き込めそうだ。

 

「それで……あの手紙のこと、どう考えているんだ?」

 

「俺も福永と同じ意見だよ」

 

「そうか……座ってもいいか?」

 

「あぁ。気が効かなくて悪かった。何か飲むか?」

 

「私が用意しよう。お茶でいいか?」

 

「その腕じゃ不安。病人は大人しく座っていてくれ」

 

日向は気を悪くしたのか、怪訝そうな表情を浮かべたが浜野はそれを無視した。

 

「粗茶で申し訳ないが」

 

応接用に置かれた向かい合っているソファの間に置かれた机に湯呑みを置く。日向は大人しくそれに口をつけた。その手が僅かだが震えていた。

 

「結構なお手前で」

 

「妙な気の使い方をしなくていい。馬鹿にされているみたいだ」

 

「おちょくっているだけだ」

 

「だろうと思ったよ」

 

湯呑みを置いた日向は真面目な顔で浜野を見た。

 

「それで、私はどうすればいい?」

 

「特に何かをしてもらおうとは思っていない」

 

「こんな時間に女を呼び出しておいて何もしないのか? それは私に魅力がないということか?」

 

「いい加減おちょくるのはやめろ」

 

「是非もない」

 

浜野は頭を抱えた。一向に本題が進まない。だが、こうした他愛のない会話をするのは久しぶりだった。少し楽しくも感じている。

 

「自分のことを鉄屑呼ばわりしておいて、随分と人間らしくなったじゃないか?」

 

「仏頂面で無口な女だと思っていたか? 残念だが、私はそこまで真面目じゃない」

 

「だから君を誘ったんだ」

 

浜野はサングラスを押し上げた。その仕草に日向は興味を抱いた。

 

「気になっていたんだが、どうして夜でもサングラスをしてるんだ? それにサングラスをかけたまま寝ていたじゃないか。馬鹿なのか?」

 

「随分とストレートに物事を言うね」

 

「少し酔っているんだ。気にしないでくれ」

 

酔っている。そう言われて日向の息が酒気を帯びていることに気がついた。

 

「飲んできたのか……」

 

「男に誘われたんだ。素面でいけるか」

 

「また馬鹿なことを」

 

「だから言ったろ、是非もないと」

 

日向はおちゃらけているが、浜野にはそれが嘘だということがわかっていた。仲間を失い、自分だけ生き残った。そんな現実を素面では受け止められないのであろう。手が震えているのもそれが関係している。

 

「日向……現実からは逃れられない。受け入れるか、立ち向かうかしか道はない」

 

「随分と回りくどい言い方をするじゃないか。上官であればちゃんとした道筋を立てて欲しいものだ」

 

「これからは君達自身で考え、選び、行動しなくてはいけない時代が来る」

 

浜野はまっすぐと日向を見た。日向は少し戸惑っている様に見える。

 

「敗北。それも圧倒的な敗北を経験し生き延びることを選んだ君に問う。この戦いにおける勝利とはなんだ?」

 

「……深海棲艦を殲滅し、人類の脅威を排除することではないか?」

 

「今の君の考えが聞きたい」

 

日向は躊躇していた。どう答えればいいのだろうかと。

 

「君の意見がどうであれ。君への待遇を変えたりするつもりはない。だが、敗北を知っている君だからこそ、やってもらいたいことがある」

 

「……そうだな。私は敗残兵だ。今更何も気にすることもあるまい。佐世保を失い、本土を攻撃された今、勝利とは生き残ることじゃないだろうか? 提督はどう考えている?」

 

「それがわからない。もう相手方を屈服させるのは……」

 

「私も一応言葉を選んだつもりだ。当然、福永少将も」

 

「すまない……生き残ることが勝利だと言われればそう思う。だが心のどこか強くそれは違うと言っているんだ」

 

「ほぅ。随分とまどろっこしいな」

 

日向はお茶をもう一口飲むと、机の上に置かれた灰皿を見た。手で吸ってもいいかと浜野に尋ねた。

 

「長門に叱られるのだが……」

 

「無理にとは言わんさ」

 

「まぁいいか」

 

浜野は灰皿を日向の前に置いた。だが、日向は一向に煙草を取り出そうとはしない。ジッと浜野を見ている。その目は気が利かないやつだと言わんばかりだ。

 

「それぐらい自分で用意して欲しいものだが……」

 

「私はもらい煙草専門でな」

 

「随分なご身分で……」

 

浜野は素直に日向に煙草を渡した。咥えられた煙草に火を付けてやると、日向は片手を上げて礼をした。本来であれば不敬な態度にイラっとするが、今の浜野にはそんな感情は芽生えなかった。どうせ一本じゃ満足しないだろ。そう思い、タバコの箱とジッポを机の上に置いてやる。

 

「君は優しいな。サングラスを外せばいいものを」

 

「優しくなんてない。自分勝手で、わがままの子供さ」

 

「確かに子供っぽいな。サングラスという仮面の下で君の表情が見てみたいものだ」

 

日向は煙を吐き出すと、置かれたジッポを手に取った。浜野は一本取り出し咥えると、日向は手を添えて火をつけた。先程の浜野の乱暴な付け方とは違い、丁寧なものだった。

肺の中に煙草の煙が充填される。体がどっと重たくなるのを感じた。

 

「私の思い描く勝利は、自分が自分らしく生きることだ。戦いたい。その中で沈もうとも自分らしく死ねるのであれば本望だと思っている」

 

「結局は戦いに身を投じたい。そういうことか」

 

「違う」

 

日向はまっすぐと浜野を見た。

 

「戦いなんてものは今この時だけに限ったものじゃない。今は深海棲艦との殺し合いの中でわかりやすくなっているだけだ。生きるということそのものが戦いだろう。だとすればその中で自分を貫き通す。それが戦うという意味だ」

 

「君も随分と回りくどい言い方をするね」

 

「私が真面目に話しているのに茶化すな」

 

日向の顔が少し赤みを帯びてきた様にも見える。ニコチンが入って酔いが回ったのだろう。

 

「君は提督だ。私達を勝利に導く存在だ。この戦いに勝つことだけが勝つことだとは思わない。後のことはもうわかっているのだろう?」

 

「……悪いが、俺はこれ以上君たちの力にはなれない」

 

「……そうか」

 

日向が察したように見えた。浜野は考えていること即座に見透かされた様な気がして、頭をかいた。

 

「ならば、それまでの間に君が出来ることをすればいい。私も手伝おう……だが、君のような人間がこれから必要になる。生き延びる努力を少しはするべきだと思うが?」

 

「なら君がそういう人間になればいい」

 

「私は艦娘だが……大の男が泣くんじゃない」

 

浜野は日向に指摘されるまで気がつかなかった。自分の頰が濡れていることに。

 

「……酔いがまわって私はもう眠い。戻らせてもらう。話の続きはまた今度」

 

日向は煙草を灰皿に押し付けると、足早に部屋を去った。日向が去り、一人残された浜野は声を押し殺し泣いた。

 

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