あたらみは雪風のように   作:草浪

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第6話

ーーーー

 

 

翌朝、浜野はいつもと同じ時間に執務室に入った。

 

「……こんな朝早くにどうしたの?」

 

本来であれば、長門が珈琲を用意して待ってくれている。だが、今朝は執務机の目の前で雪風が立っていた。背筋を伸ばし、見事な敬礼をしている。

 

「司令官。おはようございます。今朝はこれまでの言動を許してもらうべく参上いたしました」

 

ぎこちない敬語とぎこちない動作で雪風はこちらを見ていた。

 

「許すもなにも、最初から咎めようとは思ってないよ」

 

雪風の横をすり抜け、執務椅子に座るその間も雪風はジッと浜野を見ていた。

 

「この雪風、浜野司令のもとで一生懸命がんばりますのでよろしくお願い致します!」

 

雪風が頭を深々と下げた。こんな挨拶、ここに着任してきた時に聞いた…………と思ったがそうでもなかった。雪風は着任早々に帰りたいと駄々をこねていたのを思い出した。

 

「じゃあ、これからよろしく頼むよ」

 

浜野が差し出した右手を雪風は両手で掴んだ。拝むように浜野の手を包み込む。

 

「ありがとうございます!」

 

そんな大層なことはしていない。それに雪風との付き合いもあと僅かだ。

 

「それで、長門はどうした?」

 

「まだ会議室で寝ています。作戦の熟慮参考の為、午後から執務室に顔を出す。と言われました」

 

雪風はそう言い、机の上に置かれた執務室の鍵を示した。なるほど。ということは午前中は雪風が秘書艦になる。

 

「わかった。じゃあ雪風、届いている書類を持ってきてくれ」

 

「わかりました!」

 

雪風は元気よく執務室から出ていった。福永といたときもこんな感じだったのだろう。

浜野は雪風が無理をしているのじゃないかと不安になった。そして仲直りなどしたくなかった。無論、赤城とも大和とも。出来ることなら長門にも嫌われたい。あんなやつから離れられてせいせいしたと言わせたかった。

 

「まぁ……日向に任せて、俺は嫌われるように頑張るか」

 

「それは無理だな」

 

思いもよらぬ来客が部屋に入ってきた。いつもと変わらず、制服をしっかり着こなし、髪もちゃんと撫で付けてある。

 

「寝ていたんじゃないのか?」

 

「雪風に起こされた時に起きた。午前中は雪風との話で終わるかと思っていたが、元気よく執務室から出てくるのを見かけてな。もういいのか?」

 

「もう大丈夫だ。心配をかけたな」

 

「そうか……」

 

長門はゆっくりと浜野に歩み寄ると、バンッ、と机を叩いた。

 

「あの作戦指揮書を全部読ませてもらった。多数お伺いしたいことがある」

 

昨日の夜、日向が言っていた。怒鳴りあう声が聞こえると。だとすれば、あの時には既に読み終えていたということだろう。

 

「予定より早いな……」

 

「真面目に仕事をしない誰かのせいで、字を読むのが早くなってな……さきほどのお前の独り言で確信したよ。この呉を佐世保の二の舞にするつもりか?」

 

長門の言葉にぐうの音も出なかった。あの書類はすべて大本営から送られてきたもので浜野が書いたものは一つもない。それを読み、自分の思惑を読み取られたことに驚きが隠せなかった。

 

「開戦当初からお前と付き合ってるんだ。嫌でもわかるようになるさ」

 

「……やれやれ。困ったね」

 

浜野は背もたれに体重を預けた。しばらく考え込み、長門の意見を聞くことにした。

 

「君は横須賀に行くのは反対かい?」

 

「それが命令ならば従おう。だが、今じゃない」

 

「武蔵と隼鷹のようになりたいか?」

 

浜野の質問に長門は黙りこんだ。

無謀な死、無意味な死。浜野はそう思っていたが、長門は違うだろう。

しばらく考え込んでいた、いや、覚悟を決めたように長門は浜野を見た。

 

「私お前の為ならこの命は惜しくない」

 

その言葉は告白のようにもとれた。みるみるうちに長門の顔が真っ赤になっていく。

 

「気持ちはうれしいけど、もう決まったことだから」

 

「あの命令書には、異動についてしか書かれていない!」

 

「長門。俺が君にそんなことを考えさせる為に任せると思っているのか?」

 

浜野の言葉に、長門は唇を噛んだ。浜野の言いたいことは別にある。

 

「わかってないなら言うけど、全員を横須賀に送る手筈を整えて欲しいと言っているんだ。君や赤城、蒼龍に頼んだのはそれが理由だ」

 

「……大和が外れていることで推測はできていたさ。彼女は横須賀のと出来ているからな」

 

「そう。この件に関しては信用がおけない。異動とわかったら我を忘れそうでね。それで赤城と蒼龍はなんと?」

 

「彼女たち自身は賛成している。艦隊を集め、総力戦を挑むことには。だが、先日収容した隼鷹の艦載機の搭乗員達が納得していない」

 

「そうか……」

 

「全員にお前は含まれていないのか……私は嫌だぞ。お前を残してここを離れるのは」

 

「そういう言葉は君が艦娘としてではなく、人として君に似合う男が見つかったら言ってあげなさい」

 

「……じゃあ人として……」

 

「迷ってしまって遅くなりました!……あれ、長門さん」

 

超腕いっぱいに書類を抱えた雪風がノックもせずに入ってきた。

 

「やっぱり君は幸運をもたらす存在だね」

 

「私にとっては不運なのだが……まぁいい。この件はまだ預からせてもらう」

 

長門は雪風に顔を見られまいと、足早に部屋を後にする。浜野はいつの間にか緊張していたのだろうか、大きく深呼吸をした。

 

「もしかしてお邪魔でした?」

 

「いや。ちょうどよかった」

 

 

ーーーー

 

「……ん?」

 

「日向か。もう怪我の具合はいいのか?」

 

「まだ痛むがすぐに治るだろう。ドックが空き次第はいれとは言われている」

 

執務室を後にし、会議室に向かっていた長門は日向と出くわした。日向は何か悩むような、困ったような、なんとも言えない表情をすると、長門に歩み寄った。

 

「出会い頭に申し訳ないが、少し話せるか?」

 

長門は珍しいと思った。日向とは昨日初めて会ったが、その時は感情の読めない気難しいそうなやつだと思っていた。だが、目の前にいる日向は感情をはっきりと顔に出している。昨日何かあったのだろうか。

 

「構わない。まだ赤城と蒼龍も寝ているだろう」

 

「そうか。ここで立ち話もなんだ。場所を移そう」

 

「わかった。ついて来てくれ」

 

長門は先日雪風と話をした屋上に向かうことにした。

煙草休憩だとサボる浜野を監視する為に屋上に行っていたが、今では気分転換の場所としてお気に入りの場所になっていた。

屋上へと続く階段を上がると、日向が小さく笑った。

 

「どうした?」

 

「いや、佐世保では屋上に秘密の喫煙所があってな。昔よくそこでサボったものだと思い出してな」

 

「……うちの提督に似ているな」

 

「さもありなん」

 

日向は長門を追い越し、屋上へ続く扉を開けた。

開けはなたれた扉から入り込む風が長門の髪を揺らす。

心地よい。ずっと部屋に篭り、怒鳴り合い、閉塞感を感じていた長門には外の空気が新鮮に感じられた。

 

「煙草を持っているか?」

 

「ここは禁煙だ。吸うなら玄関脇のベンチまで行ってくれ」

 

「面倒なところだ」

 

日向はめんどくさそうに頭をかいた。

 

「それで、話とはなんだ?」

 

「お前はここの艦娘をまとめあげている立場にいるんだろう? ならば、ここが佐世保のようになった時、どうするのか聞いておこうと思ってな」

 

日向の質問に長門は息を飲んだ。タイミングが良すぎる。偶然か、確信犯か。長門にはそれを判断する材料がなかった。

 

「そうだな……佐世保のようにはいかんさ。向かいうって返り討ちだ」

 

長門は当たり障りのない答えを言ったつもりだった。だが、日向の眉間に深いシワが刻まれていた。

 

「佐世保の二の舞だな。やつらには勝てんよ」

 

「どういう意味だ?」

 

長門は日向の言葉に苛つきを隠せなかった。焦っているせいもある。

日向の言葉は許せない。ここに来て二日のやつが何を言っているんだと。

 

「そのままの意味だ。戦い方を変えなくては私達は負ける」

 

「戦い方を変えなくては負けるだと? お前、自分が戦艦でも空母でもない航空戦艦だからと奢ってはいないか?」

 

日向は呆れたような深いため息をつく。長門はそれが無性に腹立たしく思えた。

 

「そういうことを言っているのではない……聞き方を変えよう。これから浜野提督はお前らにどうしろと言っているのだ?」

 

長門から怒りが消え、焦りだけが残った。確信犯だ。

 

「お前に言えることはない」

 

長門は踵を返し、屋内に戻ろうとした。

 

「待て……その事でお前に話すことがある」

 

日向の呼びかけを無視しようとしたが、それ以上足が動かなかった。

認めな……い。知らな……い。わからな……い。

日向の話を聞けば後戻りは出来なくなる。そんな気がしていた。

 

『……うちの提督ににているな』

 

先程の自分の言葉が脳裏によぎる。

似ているが絶対的に違うところがある。それは戦場で負けを経験していること。

 

(動け……聞くんじゃない。あいつはここを何も知らない。そんなやつの話を聞いたってなんの役にたつものか)

 

強く念じても足は動かない。

 

「お前には伝えなくてはいけないと思うのだ……福永少将と雪風をのような、浜野中将とお前のために……」

 

認めたくない。知りたくない。わかりたくない。

頭では否定した。だが体が勝手に動いた。気がつくと、真面目な顔をした日向がそこにはいた。

 

「……なんだ」

 

泣いている。自分の意思で泣いているわけではない。

 

「……私なんかより、お前の方がよっぽど似ているよ」

 

日向と長門のサボりは日が暮れるまで続いた。

 

 

< あたらみは雪風のように ー中編ー 終 >

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