あたらみは雪風のように   作:草浪

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第7話

佐世保鎮守府が襲撃されてから二週間が過ぎた。

 

「深海棲艦が土佐湾の先で集結しつつある……だと?」

 

哨戒部隊から報告を受けた長門はその書類を持った拳を握りこむ。

 

「まだ俺が読んでない。グシャグシャにするのはやめてくれ」

 

浜野は冷静を装った。早過ぎる。内心は焦っていた。

福永は敵の総攻撃を予見し、早めに住人の避難を促した。そのおかげで民間人に死傷者は出なかった。浜野も当然そうした。だが、佐世保を失い、正常な判断が出来ない大本営に手間取られ初動が遅れた。それに加え、住人から海軍への不満があった。

 

「あなた達が安全だと言ったんじゃないですか! それを今更危険だから避難しろって

……」

 

事情を説明する浜野に、住人達は非難の声を浴びせた。

情けない。それでも海軍か。お前が死んで守れ。

容赦のない罵倒。それでも説得し、半分は避難させることが出来た。

陸路だけで住人を避難させるには限界がある。危険を伴うが海路での避難も行われた。その護衛には当然、呉鎮守府の艦娘達も動員される。呉の艦娘達に休みはなかった。

 

「避難を優先させれば、敵が集まるのを許すことになるな」

 

「現状は佐世保以上に不味い。残る艦娘を考えると、まともに戦えんだろう。横須賀はなんと言っているんだ?」

 

「その時になれば支援艦隊をまわす……とは言われている」

 

長門のいう残る艦娘という言葉に浜野は後悔を抱く。

住人の避難の護衛についた艦娘の多くはそのまま横須賀は転属にしてある。当人達はそれを知らない。到着した横須賀でそれが言い渡される手筈になっている。

そんな彼女達が呉に支援艦隊を出すということになれば、ゴネて戻って来ようとする者もいるだろう。せっかく避難をさせたのに意味がない。

 

「……どうせ根回ししてあるんだろう?」

 

長門が浜野を睨む。

 

「根回しとはどういう意味だい?」

 

「支援艦隊の目的は敵の撃滅ではないのだろう? 私達は迎撃部隊の回収ではないのか?」

 

長門の言葉に浜野は苦笑いを漏らす。痛いところを突かれた。

もっとも、それが長門に知られることはわかっていた。それを自分に直接言われるとは思っていなかったのだ。

だが、長門は恐らく大きな勘違いをしている。

 

「それはわからない。そして今はそんなことを話しあっている場合じゃない。予定を繰り上げる。1日でも早く、避難を終わらせてほしい」

 

「……わかった。護衛任務に出撃予定の者達の予定を組み直す。少し離れるぞ」

 

「そうしてくれ」

 

長門と入れ違いに日向が入ってくる。長門に会釈をし、アイコンタクトで何かをやりとりした日向は執務机の前に立った。

 

「横須賀にこちらの意図は伝えた。大和を説得するのは骨が折れたが、彼女の一声で横須賀の方も了承を得た」

 

「そうか。面倒ごとを押し付けてすまない」

 

「いや、面倒なのはこれからだ。直接話がしたいと今日の午後、横須賀の桐生大将がこちらにお目見えになるそうだ」

 

「桐生大将が? 今日の午後?」

 

浜野は眉間にしわをよせた。何故危険をおかしてまで指揮官自らここにくる必要があるのかと。

浜野は桐生という人物と直接的な面識はない。だが、噂話を聞く限り、浜野は桐生のことが嫌いだった。

桐生という人物は福永よりも若い。まだ20代だと聞いたこともある。そんな桐生が大将まで登りつめたのは大本営の機嫌を取り、コネと約束された功績だけで出世した男である。

 

「……気にくわない人物だとは思うが、私が話した限りではそう悪い男だとは思わなかったぞ」

 

日向は明らかに機嫌が悪い浜野を見てため息をもらした。このような話をするのであれば指揮官同士で話をするのが本来ではあるが、浜野はそれを嫌がった。

 

「何を考えているかわからん男だな」

 

「そう言ってやるな。彼も彼なりに悩んでいる。若者の背中を押してやるのも年長者の仕事だろう?」

 

「そこまで歳はくってない……と思っていたけどね」

 

浜野はため息を漏らす。この忙しい時に面倒ごとを持ってくる桐生という男は何者なんだと。

 

 

ーーーー

 

「突然押しかけて申し訳ありません」

 

午後に来ると言っていたではないか。浜野はイラついていた。

桐生が来たのは昼前。それも11時過ぎ。もう少しで昼食が取れる。食堂でゆっくりとはいわない。だが非難めいた意見書を読み、受け入れ先に懇切丁寧な文章を書くというこの忙しい中での唯一の息抜きを邪魔された。空腹も相まって浜野のイライラは頂点に達そうかとしていた。

 

「構いませんよ。一服してもよろしいですか?」

 

応接用に置かれたソファに座る浜野の後ろに立つ長門が浜野の頭を小突く。浜野の対面に座る桐生は苦笑いを浮かべると、間に置かれた机の上にある灰皿を浜野の前まで動かした。

 

「どうも」

 

相手は上官であるにも関わらず、浜野は足を組み、煙草を咥えた。使っていたジッポは日向に取られたままだ。火を付けようとライターを取り出そうとすると、桐生の手が伸びてきた。

 

「どうぞ」

 

桐生は持っていたライターで咥えた煙草に火をつける。浜野は面をくらったが、片手をあげて応えた。

 

「それで、お話というのは?」

 

煙草の煙が苦手な長門が窓を開けにいくのを見やりながら、浜野は言う。

 

「先ほど、大和からお話を聞きました。浜野さんの真意を図るべく、ここまで来た次第です」

 

「……大和はまだうちの所属なんでね」

 

「失礼しました」

 

桐生は素直に頭を下げる。本来であれば桐生に自分の意思を伝えなくてはいけない。だが、いけ好かないと思っている相手とまともに話すことはないとも思っている。

 

「失礼します。お茶を持って来ました」

 

ドアがノックされ、雪風の声が聞こえてきた。

長門が扉を開け、お盆の上にコーヒーカップを二つ乗せた雪風が立っていた。

浜野は反対したが、上官が来るというのに安い茶を出すわけにいかないだろと長門が頼んだものだ。机の上に置かれたカップから上品な香りがたちこめる。

 

「君が雪風かい?」

 

桐生が部屋を去ろうとする雪風に声をかけた。雪風はサッと振り返り敬礼をした。

 

「はい! 陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です!」

 

「君のことは福永さんから聞いているよ」

 

「「福永(司令)から?」」

 

浜野と雪風の声が重なる。雪風が驚いたような顔をしているのに対し、浜野は睨むように桐生を見た。福永と桐生との間にどういう関係があるのか。

 

「……えぇ。雪風っていう駆逐艦がうちでは一番だっていつも自慢していましたよ」

 

桐生はサングラス越しの浜野にきつい視線に気がつきながらも、顔を背けようとはしなかった。

 

「そうですか。雪風はここでも一番が取れるように頑張ります!」

 

雪風の言葉に、浜野の胸が痛んだ。桐生も困ったような顔を浮かべている。

雪風は一礼すると、部屋を出ていった。

 

「それで、福永とは親しいので?」

 

雪風が出ていったのを確認した浜野は桐生を見た。

 

「えぇ。私が横須賀に着任することになり、指揮官としての指導を受けたのが福永さんでした。浜野さん。あなたのことも聞かされました。話を聞く限りの人物じゃ、おそらく私のことが嫌いだろうとも思っています」

 

「……そんなことはありませんよ。お若いのにご立派で」

 

謙遜し、否定するが、浜野のは肯定した。その意図に気がつかない桐生ではない。見飽きた苦笑いを漏らす。

 

「浜野さんは私のことを大本営の太鼓持ちだとお思いでしょう。事実、それは変わりません。ですが……福永さんが敬愛していた浜野さんの意思は実現したいと考えております」

 

桐生は真っ直ぐと浜野を見る。その眼差しは真剣そのものだった。

 

「そうは言っても、大本営が納得しないでしょう? それを伝える為にここに来られたのではないのですか?」

 

浜野は自分の前に座る若者が大本営の言いなりだと思っていた。本人の意思など関係ない。自分は納得しているが上が無理だと言うから無理。それを誠意を持って伝える為にここまで来た。

煙草の煙を吐きだし、灰皿に吸い殻を押しつけた。そうならばこれ以上話す意思はない。

 

「説得してみせます。その為には自分の力だけでは足りません。浜野さんに御助力をお願いすべく、ここまで参上いたしました」

 

桐生はソファから立ち上がると、床に座り、地面に頭をつけた。

 

「……やめてくださいよ。横須賀を統括する人がやることじゃない」

 

浜野は動かなかった。立ち上がり「頭を上げてください」と言うべきだが、信じがたい光景に動揺し動けなかった。

 

「あなたは今死ぬべき人じゃない。未来を生きる艦娘達の為にも生きるべきです」

 

浜野は桐生がここに来た理由を理解した。話をする為に来たのではない。自分に福永のかわりに生きろと言う為にここに来た。浜野は煙草をもう一本咥えると深い溜め息をついた。

 

「……頭上げて、ソファに座ってくださいよ。横須賀の大将を地面に座らせたなんて知られたら呉の恥ですから」

 

煙草を咥えたまま桐生を見る。桐生は立ち上がると、座らずに浜野の煙草に火をつけた。浜野は顎で椅子に座るように促すと、桐生は素直にそれに従った。

 

「雪風のことも大和から……そちらの大和さんから」

 

「大和でいいよ。もう気を使わなくていい。去りゆく身だ。悪戯言って悪かったね」

 

「ですから!」

 

大声をあげた桐生を浜野は睨んだ。桐生は出かけた言葉を飲み込む。

 

「もう決めたことだよ。それに、ここの責任は誰が取る。鎮守府を放り投げた指揮官の言葉なんて何の役にも立たないと思うけど?」

 

「私がなんとかします。ですから……」

 

「俺はこの街を二度と戦火に巻き込みたくなかった。だから、ここを離れるわけにはいかない」

 

浜野はそう言い、サングラスを外した。浜野の目を見た桐生は驚いた様子をしている。気になったのだろう。長門も浜野の目を見ると驚いた顔をした。

 

「その目は……」

 

「綺麗な色をしているだろ?」

 

浜野の虹彩は日本人離れした青い色をしていた。

 

「驚いた。まさかハーフだったとは……」

 

長門が感嘆の声を漏らす。

 

「両親も祖父母も純粋な日本人だよ。皆黒い目をしている」

 

「浜野さん。ご出身は……」

 

「ここだよ。兵学校に入るまではずっとここ。この目のおかげで昔はよく虐められたよ」

 

浜野はサングラスをかけ直した。

 

「それでいつもサングラスを……」

 

長門は申し訳なさそうに呟く。

 

「過去の大戦から何十年も経って、街も人もまるで無かった様に忘れている。けれど、その爪痕はここに未だに残っている。長門、君だってそうだろ?」

 

「私は戦艦ではない。艦娘・長門だ。だが……こんなことを言うのは烏滸がましいが、平和な世の中であなたと生きたかった。共に語り継いでいきたかった」

 

「突然何を言いだすんだ、君は……あっつッ!」

 

長門の突然の二度目の告白に動揺を隠せなかった。咥えていた煙草を落としそうになり思わず火種を方を掴んでしまう。

 

「見ているこっちが恥ずかしくなりますね」

 

桐生が笑う。苦笑いではなく、本当の笑みだ。大和が惚れた理由がわかった気がした。

浜野はその顔を見ると、不思議と桐生という男が信頼出来る男だということがわかった気がした。

 

「桐生大将。これからのこと……この国と艦娘達をよろしくお願いします」

 

浜野は煙草を消し、座ったまま深々と頭を下げ続けた。長い沈黙が続く。

 

「わかりました……浜野さん。頭を上げてください」

 

頭を上げ、桐生を見る。そこには大本営の言いなりの若者ではなく、一人の男が座っていた。

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