広島の住人が乗る最後の船が出航した。
本来であれば江田島や宮島といった観光名所に向かうはずの呉港に大型の船が停泊し、出航する船の上から住人が寂しそうに内地を見やる光景もこれで最後となる。
浜野は最後の船を、鎮守府の屋上から見送った。
「ここにいたのか……あの船が横須賀にたどり着けば非難は無事完了する。横須賀に行った艦娘達も向こうに着任しつつある。残りは我々、迎撃部隊だ」
浜野を探していた長門が屋上にやってくると、わかりきった報告をする。
浜野は無事に非難が終わったことへの安堵感と、不信感にとらわれていた。
何故、深海棲艦達はこちらに攻撃をしてこなかったのか。終結が完了していないとはいえ、充分な戦力はあったはずだ。こちらが非難でバタついている間に攻撃を受けたらひとたまりもなかっただろう。そもそも何故見せつけるかの様に目の前で集結してみせたのか。佐世保の襲撃といい、まるでこちらの準備を待っているようにも思える。
「民間人には手を出さないということか?」
「……さぁな。しかし、これで我々も思う存分戦うことができる」
「私達だけではないぞ」
第三者の声が突然聞こえ、浜野と長門は振り返る。そこには腕を組んだ日向がいた。
「横須賀に加え、舞鶴からも支援を得られることになった。明朝には作戦海域付近に到着するそうだ」
「桐生大将が動いたのか?」
「そのようだ。事実上の最終決戦といったところか」
「……この呉で戦うのも最後か」
長門は溜め息を漏らした。そんな長門を見て、浜野と日向は顔を見合わせた。
「この呉の第一艦隊、横須賀の連合艦隊、舞鶴の連合艦隊。計30隻。これに漏れた艦娘達は悔しい思いをしているだろう」
さり気なく日向が報告をする。もし浜野がこれを聞き流し、あとで詳細を尋ねれば日向は嫌な顔をしただろう。
「他には?」
「横須賀も舞鶴も、艦隊の指揮を浜野中将に一任すると」
「そうか……長門。十分後、執務室に第一艦隊を……残った者を集めてくれ。」
「十分以内には集めておく。時間を気にせずにゆっくり一服してこい」
長門と日向は屋上を後にする。二人の足音を聞こえなくなるのを確認すると、浜野はポケットから煙草を取り出した。
「前はサボる為に玄関口まで行っていたが、今はそうじゃない」
長門に見つかったらうるさいだろう。そんな不安を抱きながら浜野は煙草に火を点けた。
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「……我ながら随分偏った編成になったものだね」
時間通り十分後に執務室の扉を開けた浜野は中にいたメンツを見た。
長門、日向、大和の戦艦三隻。赤城、蒼龍の空母二隻。そして雪風。
「それは提督がめんどくさがってこれまでの仕事を私達に押し付けたからでしょう?」
赤城が不満そうな声をあげる。それもそうだ。浜野はそう思いながら直立不動で振り返らない雪風を見た。雪風の普段とは違う様子に緊張でもしているのかと思った。執務椅子に座り、それぞれの顔を見る。皆緊張していた。だが雪風だけは違った。
「なるほど……佐世保の第一艦隊旗艦の顔と言うわけね」
司令、司令と可愛らしく振舞っていた雪風はそこにはいない。すでに雪風の心は戦場にあるのだろう。
「提督。これを」
日向が手書きの書類を浜野に渡した。達筆で角のある字で書かれている。日向らしい字だと思った。横須賀と舞鶴の作戦参加者の名が連られている。丁寧に艦種まで書かれている。
装備までは聞きとる時間がなかったのだろう。だが、桐生が動いてくれたのだ。今回の作戦に相応しい装備をさせているだろう。
「……明朝。敵の連合艦隊を叩く」
「司令。意見具申よろしいでしょうか?」
雪風が手を上げる。浜野は面をくらったが、それ以上に他が驚いていた。これまで浜野の作戦伝達を遮った者などいない。
「どうぞ?」
「横須賀、舞鶴の連合艦隊の接近を敵がやすやすと許すとは思えません。恐らく交戦するか、もしくは攻撃目標であるここに向かってくると思われます。雪風達は宇和海で待機し、横須賀、舞鶴の艦隊で追い込みをかけて三方向から囲い込んではいかがでしょうか?」
「……一番守らなければいけない線を君たちが請け負うことになる。六隻で大丈夫か?」
「問題ありません。佐世保の二の舞にはさせません」
雪風ははっきりと明言した。それに対し、他の者は不安そうであった。
誉れ高い佐世保鎮守府第一艦隊旗艦の雪風。雪風が自分でそう言った。浜野はその時、よくは理解していなかった。その後の佐世保海域奪還作戦でも、雪風が本当にそうなのかと疑問を抱いた。
「何度も聞いて申し訳ない。呉鎮守府第一艦隊六隻で最終防衛線を守れるのか?」
「問題ありません。それに出来る、出来ないの問題ではありません。やるしかないでしょう?」
「……旗艦の長門。君はどう思う?」
浜野は長門を見た。緊張した面持ちではあるものの、覚悟は決まっているようだ。
長門は黙って頷いた。それを見た他の者達も覚悟を決めたようだ。
「ここで一矢報わなくては、私達艦娘の名が廃る」
「……よろしく頼む」
浜野は椅子から立ち上がり全員の顔を見渡すと敬礼をした。
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あと二時間もすれば日が昇る。
舞鶴鎮守府に所属し、今回の作戦に参加してた野分は呉からの伝令を受けた。
「那珂さん! 伝令です! 敵の艦隊を宇和海の方へ追い込めとのことです!」
「横須賀の艦隊も同じ命令を受けているなら南側から攻撃をしかけるはずだね……よし、四水戦はこのまま全速前進。日が昇る前に夜戦を仕掛けるよ。加賀さん達の機動部隊が攻撃を始める前に一隻でも多く沈めて敵の戦力を削ぐよ」
「でも、敵も大艦隊なんでしょ? 四水戦だけで大丈夫?」
舞風が不安げにたずねる。
「横須賀の川内ちゃん、三水戦も同じことやると思う。それに夜戦だったら空母……戦艦も巡洋艦も駆逐艦も怖くない。肉薄戦なら負けない自信がある」
「なんか今日の那珂ちゃん、えらい真面目じゃん」
「無駄口叩かないで早くいこ」
「なんとなく嫌な予感がしますね……」
「ちょっとやめてよ。野分の勘は時々怖いぐらい当たるんだから」
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「久々の実戦って感じがするわね」
横須賀からここまで休みなく走り続けた足柄の顔に疲れは見えなかった。
足柄は横須賀に新たに着任した呉の艦娘のおもりを任されている。そのせいで連日連夜呉に帰りたいとごねる艦娘達をたしなめる仕事に追われていた。
「あら? この前出撃したばかりじゃないの?」
横須賀連合艦隊の旗艦を務める陸奥がいたずらに笑う。足柄はそれを見て気怠そうな顔をした。
「脱走した子を連れ戻しにいっただけじゃないの……」
足柄が今作戦に参加することが決まり、出撃の直前まで足柄は呉の艦娘達に囲まれていた。泣きながらお願いしますと頭を下げる者、どうして自分が選ばれなかったのかと抗議する者、様々な感情を相手にし、足柄は疲弊していた。
足柄は大きく伸びをすると、陸奥達を見た。足柄の主な任務は全員を連れ戻すことである。全員とは横須賀の者だけではない。
「結局、帰りはおもりで大変そうね……」
「どういう意味かしら?」
「そのままの意味よ。あなたにも手伝ってもらうから」
足柄は溜め息をつくと敵を見た。その数は40隻を超えているだろう。よくこの日本の海にこれだけの数を集めたものだと感心すら覚えていた。空母を中心とし、その周りを戦艦達が守っている。その輪陣形のまわりを巡洋艦、駆逐艦の艦隊で更に囲んでいる。
「その後ろの軽空母。どうしてあんなに離れているのかしら?」
「空母が落ちた時の保険でしょう」
「だといいけど」
足柄は安全圏で待機する軽空母の存在がどうしても気になった。
横須賀の三水戦、舞鶴の四水戦が突入し、派手な轟音が響く。それでも軽空母は動こうとはしない。
「舞鶴の艦隊……四水戦ね。日が昇るまでの数時間派手に暴れるみたいね」
『こちら呉の浜野だ。現状は?』
「はじめまして。こちら横須賀連合艦隊旗艦の陸奥よ。そうね数的劣勢は明らか。絶望的な光景が目の前に拡がっているわ。浜野中将。はやくそこから避難したほうがいいと思うけど?」
『桐生大将から話は聞いているはずだ。じきに日が昇る。作戦開始まで……』
「あら? うちも舞鶴ももう攻撃を始めたわよ? 夜戦が大好きな水雷戦隊の子が……」
ドォーン。突如鈍い爆発音が響く。それに続く爆発音。
二方向から水雷戦隊の攻撃を受けた敵の艦隊は予定通りに西の方へ逃げ始めた。
「動き始めたわ。指揮はあなたに一任する。誰も沈ませないで頂戴」
『無論そのつもりだよ』
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「来たようだな」
宇和海で待機していた呉の迎撃部隊はこちらに向かってくる敵の艦隊を見た。
もう太陽は半分近く顔を出していた。予定ではもっと早い時間に敵がここに到達すると考えていたが、横須賀と舞鶴の艦隊の攻撃が激しく、敵もすんなりと移動できなかった。
「雪風も行きます」
「「ちょ、ちょっと!」」
赤城が叫ぶ。雪風は振り返り赤城と蒼龍を見た。だが、彼女達の言葉は雪風にかけられたものではない。肩にかけている着陸用の飛行甲板の上に並んだ艦載機搭乗員達に向けられたものだった。
「先に戦闘機隊を発艦させるから待ちなさい!」
蒼龍が怒鳴る。既に艦載機達はけたたましいアイドル音を響かせ、いつでも発艦できる状態だった。
「隼鷹の艦載機達か?」
長門の質問に、赤城は頷いた。
「発艦を許可する。派手に暴れてこい」
長門が全てを言い終える前に、先頭の艦載機は発艦した。
「だから人の艦載機は嫌なんだよ……発艦方法も違うんだから」
蒼龍は弓を引く。艦攻、艦爆隊だけではすぐに落とされる。直掩機を急いで発艦させていた。
「じゃあ雪風は行きますね」
隼鷹の艦載機を追うように、雪風は飛び出していった。
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日が昇るのは早い。
雪風が単艦で敵の艦隊に飛び込む頃には、敵の空母から一斉に黒い塊が放出され、赤みを帯びた空に黒い水玉模様をつくりあげていた。
「当てられるものなら当ててみなさい」
雪風はそれに怯まず突っ込んでいく。敵の砲弾も魚雷も雪風には当たらない。まるで雪風から弾がそれていくようだった。
「すごいねぇ。回避運動しなくてもいいなんて羨ましいよ。はじめまして、横須賀の三水戦を仕切ってる川内だよ」
雪風の横に無傷の川内が並んだ。雪風はテンションの高い川内を鬱陶しく思っていた。
「ごめん、ごめん。徹夜明けのハイテンションってやつ?」
そんな雪風の心情を察したのか、川内は両手を合わせて拝むように謝った。
敵の大艦隊の中で随分呑気な人だと雪風は思った。だが、川内が雪風に接近したのには理由がある。
「小休止ってやつですか?」
「そう。横にいれば当たらないと思ってね。しかし、噂は本当だね。流石、佐世保で一番だね」
「呉です。今の雪風は呉の雪風です」
「そうだったね。じゃあお互い頑張ろう」
川内はそう言うとすぐに雪風から離れ、レ級と呼ばれる戦艦に肉薄していく。
「雪風も負けてはいられません!」
雪風は川内の後を追った。川内がレ級の砲撃をかいくぐり、魚雷を放つ。雪風はその魚雷のすぐ後ろを走った。
「な、何考えてるのッ?!」
雪風の突拍子もない行動に驚きの声をあげる川内を無視し、雪風は手に砲を構えた。
レ級も至近距離から放たれた魚雷を無視するわけにはいかなかった。防御態勢を整え、砲撃が少し間だけ止んだ。雪風は更に魚雷との距離を詰める。魚雷が命中し、爆発したら雪風も無傷では済まない。
「あなたは雪風を相手にしているのですよ?」
雪風がレ級問いかけるように囁く。レ級には雪風の言っている言葉の意味がわからなかった。
川内の放った魚雷は全て外れた。外れた魚雷はレ級を通り抜け、後ろの空母達に命中コースを走っていく。レ級が慌てた様子で振り返った。雪風はそれを見て、レ級との距離を一気に詰めた。
雪風はレ級の振り返った横顔に笑顔が浮かぶのを見た。突如レ級から生える尻尾のようなものが雪風に襲いかかった。勝ちを確信し、笑っていたレ級の顔が苦痛に歪む。
「何を笑っているのですか……」
雪風は粘液に濡れ、気持ち悪い感触を右手に感じていた。
「キサマ……サイショカラ……ングッ!!」
レ級の顔が更に歪む。雪風が右手を押し込んだからだ。砲を持ち、尻尾にある口の部分に突っ込んだ手を。
「あなたのことは聞いています。戦艦の砲撃でも耐えうる装甲をお持ちだと」
「ヤメロッ! ヤメロォォッ!!」
雪風は躊躇することなく右手を押し込む。限界まで拡げられた口は少しずつ裂けはじめた。
レ級は泣き叫んだことで近くにル級がこちらに気がついた。ル級は撃つかどうするか悩んでいるようだ。
「ウテェェェェッッ!!!」
レ級のが叫ぶ。雪風はそれを聞いても、右手を押し込むのをやめなかった。無駄なことだと。
ル級の砲撃により、雪風とレ級の近くに水柱が立つ。だが、どれ一つとして当たらなかった。
「雪風に弾は当たりませんから」
雪風の持つ砲の先端が付け根まで到達した。レ級にもそれがわかった。先程までの余裕がある笑みはもうどこにもない。怯えた目で雪風を見ていた。
「さようなら」
雪風は躊躇うことなく、引き金を引いた。