甘く見てた。
何を甘く見てたかというと、なんというか、現実ってやつかな。
ああ、紹介が遅れて申し訳ない。
私の名は、ヘンリー・ヨハンソン。
前世が20~21世紀を生きた日本人だったから、ちょいとくすぐったい感じがしてたんだけど、さすがにもう慣れたよ。
記憶を持ったまま生まれ変わって……といっても、歳を重ねてからの物忘れ状態に近いといえばいいのかな。
何かを見て、その答えがわかってるのに言葉が出てこない。
祖母に絵本を読んでもらって、この話は、アレ、アレだよな、アレなんだよ、とわかっているのにタイトルが出てこない。
物心ついた時からずっともどかしい想いを積み重ねていくうちに、少しずつ何かが繋がり始めた。
多分、あれだと思う。
思考を重ねるというか、計算、書き取りなんかのトレーニングを繰り返すことで、脳神経が発達して記憶にまで信号が届くようになり、ようやく知識が使えるようになるというか。
歳を取っての物忘れは、脳神経の退化によって回路が切れやすくなるというか、届きにくくなる状態だと考えると腑に落ちるものもあるし。
まあ、6歳ぐらいから色々と思い出して、9歳ぐらいで前世の記憶をほぼ回復した感じ。
うん、自覚はあるけど興奮したね。
このSF世界というか、宇宙時代の到来に。
もちろん、その躁状態は長くは続かなかったけどね。
そう、社会に目を向ければ……長期の戦争における閉塞感というか、明らかにヤバイ状態なのがわかったから。
で、色々調べていると……こう、前世の記憶を刺激する地名やら固有名詞やらが飛び込んでくるのさ。
ハイネセン、フェザーン、イゼルローン要塞。
正直、頭痛をこらえつつ、自分の正気を疑ったよ。
まあ、自分の正気を証明することなんてできないからね、諦めて受け入れることにした。
私には家族がいたし、どういう世界であろうと、生きていく上で現実を見なきゃいけないのは同じだから。
そうは言っても、今の生をどこかボーナスみたいなものととらえていたことは否めないけどね。
このまま戦争状態が推移すれば、どのみち戦争に出なきゃいけなくなる可能性は高かったのもあるし。
なので、私は士官学校を目指すことにしたんだ。
兵卒よりも上級士官の方が、生存率は高いだろうし、後方士官という道もある。
戦争は怖いけどね。
でも、なぜ怖いかというと人が……正直に言えば自分が死ぬからだ。
生き残る確率が高いなら、そっちを選んでもおかしくないだろう?
それからは、士官学校目指して、運動と勉強、子供らしくない子供時代を送ったよ。
前世では一応世間的に最も格上と思われていた大学を卒業したから、それなりの自信があった。
もちろん、前世に勝るとも劣らない努力を重ねたつもりだ。
実際、私が住んでいる星系においてほぼトップの成績を収めていたんだ。
そんなつもりはなかったけど、でもやっぱり浮かれていたんだと思う。
ここは銀英伝の世界で、前世日本じゃない。
同盟の人口は130億。
前世の日本の人口は、1億2000万~3000万。
単純に100倍の人口だ。
もちろん、進学率とか、戦争による人口ピラミッドの歪みなんかを言い出すとキリがないから単純に考える事にする。
時代によって変わるけど、前世において東大や京大では、全学部合わせて、毎年3000人程の人間が入学してたかな。
もちろん、優秀な人間すべてが士官学校を目指すわけじゃないけど、私がそうだったように、目端が利く人間はみんな『軍を目指す』ってのは想像に難くないだろう。
出世したいとか、親の仇を討ちたいとか、目的はさまざまにしても、だ。
……はは、私は何を勘違いしてたんだろうなあ。
競争率が前世の百倍の東大や京大に入学できるほど、自分が優秀だといつから勘違いしていたってことさ。
浮かれていたと言われても、否定できないよ。
と、言うわけで試験に落ちた。
うん、私の住む星系からもほかに何人か受験したけどみんな落ちた。
ちなみに私は、運動能力も結構優秀だと先に言っておく。
と、いうか……誰だ、『ヤン・ウェンリーが一部教科を除いて劣等生』とか言ったのは。
士官学校に入学できる時点で、優秀も優秀、超エリート様じゃねえかよ。
チクショウ、盗んだ宇宙船で宇宙に飛び立ちたい……って、1人じゃ操縦できないか。
受験費用を捻出してくれた両親、親戚に申し訳ないというか、なんというか。
ははは、ハイネセンから遠く離れた星系からの宇宙旅行費用とか甘くみないで欲しい。
というか、どうせ落ちるなら各地方の一次試験で落ちてたほうがよかったよ。
各地方の一次試験とか、本試験の分割とか、同条件でやるためにってのは理解できるんだけどなあ。
運動能力試験とか、そうじゃなきゃ意味ないだろ?
不正の温床にもなるしね。
学校の校長なんかは、『ハイネセンの本試験まで進んだことが名誉だ』なんて慰めてくれたけど……本試験受験者の旅行費用は無料とか、できないのかなあ?
そうか、俺は政治家を目指すぞ。
戦術ではなく、戦略に影響を与えられる男になるんだ。
いや、無理。
原作トリューニヒトはもちろん、海千山千の人種とやりあえる気がしない。
政治家というのはいかに人を動かすかが重要で、悲しいかな金も人脈もない私が『そこ』に至ることができるとは思わないし、時の流れもそこまで緩やかではないから。
以上、回想終わり。
ああ、回想なんだよ。
それから私は、地元星系の高校に進学して優秀な成績を収め、家庭の事情というか、家計の事情でそのまま就職……それに関して特に不満はない。
士官学校の入試に失敗した時点で、私にはそんな資格はなくなった。
そして、数年後に徴兵。
ああ、徴兵だ。
いやあ、原作小説では何も触れられていなかったけど、同盟には小規模ながら徴兵制度がありました。
主に技官というか、専門家の方向で。
もちろん、兵としては下っ端だけどね。
考えてみれば、帝国への大侵攻で同盟は3000万の兵士を動員した。
後方待機及び、各地の施設維持など考えたら、同盟の軍規模ってかなり大きい……文字通り社会が戦時体制にあったんだなあと。
ちなみに、前世において日本の自衛隊の定員は25万人ぐらいだったはずだ。
災害時の派遣上限が10万とかニュースで聞いた記憶があるが、正誤は不明。
でもまあ、単純な人口比としてはあれだろう。
もちろん、地球という星の中の日本という国と、多くの星系を抱えた自由惑星同盟の軍規模と必要数を同列で語っちゃいけないとは思うけど。
え、今私がどこにいるかって?
ははは、そんなことより見てごらんよ、星の輝きが綺麗だ。
帝国軍や、同盟軍の宇宙船は、無粋極まりないね。
原作のロベール・ラップと同じタイミングで死ぬことになりそうだが、悪いことばかりじゃない。
同盟が滅ぶのを見なくてもすむ。
ラインハルトやヤンなどの、英雄たちが死んでいくのを見なくてもすむと思えば……うん。
父さん、母さん、ごめん……これ、死ぬわ。
士官学校の規模はどのぐらいなんでしょ?
年間約5000人だとか。