「そろそろ落ち着きましたか?」
どれだけ泣いていたんだろう。涙もすっかり乾いた頃には、空がほんのり赤くなっていた。
「ごめんね、私の方がお姉さんなのに」
「いいですよ、別に。……あ、だったら私のこと名前で呼んでもらえますか? 美海って、呼んで欲しいです」
「うん、じゃあ改めてよろしく、美海」
「はい! 恵玲奈先輩」
夕日に照らされた彼女の笑顔が大人びていて、先輩って呼ばれることが少しだけこそばゆかった。
「美海もさ、私のこと恵玲奈って呼んでよ。敬語使われると距離感じちゃうでしょ?」
きっと、彼女を近くに感じたいから。対等でいたいから、そんなことを言ったんだろう。
「ええ、そうするね。恵玲奈」
……私の初めての恋人、か。
「星花祭、一緒に回ろうね。約束だから」
初めて会った時、どこか冷たい印象を受けた彼女だけれど、本当は私と同じで、誰かに愛されたかっただけなんだろうなぁ。だからこそ、愛の全てを向けられない自分が嫌になる。確かに今は叶美よりも美海が好き。でも……100%じゃない。
「恵玲奈、聞いてる? 星花祭、約束だよ」
目の前の彼女との身長差は、叶美を目の前にした時よりも少なくて、唇も背伸びしなくたって届きそう。
「……? キス、したいの?」
「え、あ、ま……まだ早いって。出よっか」
少しだけしどろもどろになりながらも、旧校舎の職員室を出る。……出て、私はどこへ行くつもりなんだろう。あぁ、部室だ。広告……作らなきゃだし。
「恵玲奈……。まだ、いろいろと話したいことがあるの。部屋に来て、いい?」
「うん。分かった。8時頃に行くから」
寮で食事や入浴を済ませた私は菊花寮にある美海の部屋を訪れた。出迎えてくれた美海は、シンプルなルームウェアに身を包んでいた。
「恵玲奈。私、貴女が好きだった人を見ておきたいの。いいかしら?」
「え、叶美に会うの?」
「ええ。貴女の好きが全部欲しいから、その人について知っておきたいの。恵玲奈を知るきっかけにもなるし」
美海の言葉は理路整然としているような感じがして、どうにも反対しづらい。確かに菊花寮で近いけど……叶美と美海を会わせるのはちょっと抵抗がるというか、まだ自分の中での立ち位置が確定していないというか……。あぁでも、いっそ確定させるために必要なのかもしれないね。
「分かった。叶美も菊花寮に住んでるしひょっとしたら見たことくらいあるんじゃないかな。行こっか」
美海の部屋を出て階段を降りてすたすたと歩くと、叶美の部屋がある。軽くノックをしても返事がない。お風呂か……それか二人の所に行ってるか。でも部屋の広さを考えれば二人を招くことが多いだろう。ひょっとして……。ドアに耳を押しつけると、すごく小さいけれど、叶美のなまめかしい声が聞こえてきた。……理解しているつもりだけど、これはこれでショックが大きいね。自分が好きだった相手が他の女の子と愛し合ってるって。
「恵玲奈、平気?」
そう尋ねる美海は少しだけ申し訳なさそうな表情をしていた。美海がそんな表情しなくたっていいのに。美海だけを見ていたら、こんな気持ちにはならなかったわけだし。そんなことを思っていると、叶美の部屋の扉が少しだけ開いた。
「あ、えれなちゃんだ。ごめんね、今……その、ね?」
姿を見せたのはかおりちゃんだった。とはいえ、ドアの隙間から顔を覘かせているだけなのだが。おそらく何も着ていないんだろう。
「ごめんね、楽しんでね」
そう言って私が立ち去ろうとしたのに、美海はそうしなかった。部屋のドアを引いて、かおりちゃんをどかしてずけずけと入っていってしまったのだ。
「美海!? 美海!!」
慌てて追いかける。何をするつもりなのかさっぱり分からない。
「美海、待って、何するつもり!?」
「恵玲奈はそこにいて」
奥の部屋まで行くと美海は真っ暗な部屋の灯りをすぐに点けた。そこには、裸で抱き合う叶美と紅葉ちゃんがいた。
「水藤叶美先輩ですね」
「……美海、そっちは紅葉ちゃん」
美海が間違えるのも仕方ない。別に叶美が子供っぽいわけじゃなくて、紅葉ちゃんの色香が尋常じゃないだけ。しかも、こんな状況じゃね。
「……水藤叶美先輩」
「う、うん。わたしが叶美です」
タオルケットで身体を隠しながら応える叶美。もろもろ心臓に悪くて背中を向けたら、全裸のかおりちゃんがいたが、妹と大差ないと思うと平気だった。
「水藤先輩、恵玲奈は私の恋人です。どんなに貴女への気持ちが残っていてもそれが事実です。……私は貴女みたにお淑やかでもなければスタイルだって見劣りする。つり目ですし、笑顔も苦手です。それでも、恵玲奈への気持ちだけは負けません。絶対に、恵玲奈を幸せにしますから」
泣きそうになる私の頭をかおりちゃんが撫でてくれた。
「行こう、恵玲奈」
手を握って部屋を後にする。こんなに愛されているんだもの。きっと、美海が私の好きを独り占めするのは……もうすぐなのかもしれない。