その日から8日。様々な出来事があった。嫁を得たり、嫁とイチャイチャしたり。
それと他の部族、”朱の瞳”と”竜牙”を説得して戦線に加えた。朱の瞳には脅迫を、そして竜牙には族長との一騎打ちでもって共に戦うことを納得してもらった。そして兄者が”鋭き尻尾”を説得した。あとは宴会だ。リザードマンの四至宝の一つ酒の大壺で杯を交わし、親交を深めた。
さらには村の守りを強化し、避難民の準備を始めた。守りは祭司たちを率いて嫁が、避難民にはそれぞれの族長が采配を振るった。
戦うための準備を、時間が足りないながらも賢明に。
ーーそれが正しいかと言うと、ルサルカが求めるものかと言うと少し違う。求めたのは波旬とは違うという証拠。けれど、そう勘違いするのは仕方ない。彼女はグの一味を虐殺している。むしろ魔女の手管に飲まれた、というのが本当のところか。言い訳になるかは怪しいが、リザードマンの価値観は強いことに重きを置く。
「--我ら戦士に7部族の祖霊の加護を!」
原始的な宗教儀式を行い、鼓舞して戦うための心も決めた。彼らは魔女との戦いに部族の垣根を超えた種族の絆をかけて挑もうとしていた。
「……さて、答えを聞かせてもらおうかしらね?」
声が響く。不気味な声……心を犯すように頭の中に響き渡る。魔法……そうは分かっていても、やはり恐ろしい。一人一人に声を届けるなど、祭司頭が何人いようと不可能だ。
「俺たちは戦う! 家族を、そして友を守るために」
ザリュースが雄たけびを上げた。
「そうだ、貴様がどれだけ強かろうと言われるがままに滅んでなどなるものか」
「生きて帰るわ、ザリュースと」
「てめえなんざ怖くねえんだよ、かかってきな!」
兄の、嫁の、そして実力を認め合った友の声がする。……負ける理由などあるものか。かつてはいがみ合っていたもの同士。だが、今や心がつながっている。背中を任せる友がいる限り――
「決して負けはしない。そうだな、お前たち!?」
応、と答える声。緑爪だけでない、4部族全てがここに力を合わせるのだ。
「……ふふ。かわいらしいわね、力を合わせれば何とかなると思っているところが、なんとも――愚かしくて目障りよ」
太陽が消えた。
「な、なんだ――」
「ザ、ザリュースさん……!」
「おい、お前ら――うっ……! か、体の自由が利かない」
世界は薄暗闇に閉ざされて、指はピクリとも動かない。
「た、助けて――」
今まで意気高揚としていた戦士たちが、まるで子供のように震えている。地獄のようだった。せっかく上げた熱気に冷や水どころか、文字通りに凍り付いた。
「おい、こりゃどうなってんだよ――」
「あの女の仕業だ……おそらくは魔法だろう……ッ! ゼンベル、なんとか動けないか?」
「力、入れてるんだが何とも――な」
体が金縛りにあってはどうしようもない。皆を落ち着かせることもできずに皆が心くじかれ、絶望に瞳が閉ざされるのを見守ることしかできない。
「その程度の力で誰かを守ろうと思ってたの? 笑わせんじゃないわよ。それで守れるものなんて、何一つありはしない」
響く声。悲鳴が上がった。
「……どうした!?」
「牙が――闇の中に牙が! 喰われる!」
「ひぃ! 口が、影に開いた口が俺を食おうとしてやがる!」
視界にさっと何かが横切った。確かにあれは牙だったような。
「落ち着け! 誇り高きリザーマンの戦士たちよ。魔法には効果時間がある。抵抗を続けるのだ! いつかは”これ”も解かれるはず!」
そう、神のごとき所業だが法則には則っている。これも位階魔法だ……位階がどれかは想像したくもないが。
「そうね。いつまでもは続けられないわね」
影が淀むようにして、ルサルカが降り立った。
「貴様、ルサルカ・シュヴェーゲリン……!」
「偉い偉い、ちゃんと名前を憶えていてくれたのね」
「ぐ……! ぬおおおお!」
この事態を引き起こした元凶が目の前にいる。なのに、体が動かない。動け動けと口の端から血が流れるまで奥歯を噛み締めても、一歩を詰めることですらはるかに遠い。
「ねえ、あなたたちが守りたかったものってアレかしら?」
くい、と指示した方角はーー避難民が向かった先。
「やめ……!」
愉悦の笑み。残酷な笑み。……虫の羽をもぐような無邪気な悪意の奔流に飲まれ、指一本動かすこともできずに戦慄する。
「ばいばーい。恨むなら、守れなかった弱い仲間にしてね?」
手を振って、火柱が上がった。
「ああ……! ああ、あああああーー」
不可能などとは思わない。この魔女ならば鼻歌交じりに”やる”……今のように。
「あれあれ? どうしちゃったのかな、ザリュースちゃん。トカゲの顔って表情よくわかんないけど、泣いてるのかな~」
彼女はとても、面白そうに顔を歪めて。
「おおおおおお!」
憎しみが身体を動かした。無理やり筋肉を動かして、どこかしこにも痛みを感じるがもう気にならない。
「貴様ァーー!」
「あら? 氷の剣ね、部屋に置いといたら涼しそう」
冷気を発する
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜェ!」
巨躯がルサルカを後ろから殴りつけようとして。
「そんな大ぶりな攻撃が――」
「こ、こっち……いっぱい。ゆうりーー」
こちらも族長。四至宝の一つ『白竜の骨鎧』を装備したキュクー・ズーズーが大きな体を使って逃げ道をふさぐ。
「私たちの未来、あなたに閉ざさせはしない!」
白い彼女……クルシュ・ルールーの口から血が垂れる。戦士職ではない彼女は術から逃れるため舌を噛み切った。そして、愛する男に渾身の支援魔法をかける。
「そうだ! 俺たちが力を合わせる限り――決して負けんのだ! 全ての力……今ここで開放する。三連――『
冷気が爆発し、ルサルカを氷の棺に閉じこめた。
「--やったか!?」
「これで、倒せてなければ……」
攻防は一瞬とはいえ、死力を絞りつくした渾身の一撃だ。肩で息をする。これで、効いていないようであれば。
「倒せると、思っていたのなら相当おめでたいわねえ」
バキリ、と氷にひびが入り砕け散った。無傷の彼女が冷たい笑みを浮かべている。
「この私に傷をつけられると思ってんの? お前らごときが――トカゲごときが。爬虫類だからって手心を加えてあげたのに。それすらも理解できずにべらべらと。傷なんかつかない。私は永遠。彼の愛が守ってくれてるのよ!」
いきなりキレた。
「ぐ……こいつは、ちとヤベエか?」
「だな、ゼンベル。まだやれるか」
「たりめえだ。植物系モンスター、そっちはどうよ?」
「クルシュです。まだ魔力はあります」
「だがーーどう戦う? あれと」
「弱気だな、兄者。全員で最大の攻撃をぶつけるしかあるまい……!」
「ならば、私は支援を」
「ボ……ボクは、おとり……」
「よし来た。なら、一発でかいのを叩きこんでやるさ」
気力を奮い立たせた、その瞬間――
「
世界が影に叩き落された。
左を見ても、右を見ても何もない。ただ、暗闇だけがそこにある。精神を炙るかのような闇の中、感覚が白色に閉ざされて心が焼かれる。
(うわ……わわ。あああああ!)
わけもなく、焦って叫びたくなる。けれど、今は叫んでいるのだろうか――? 感覚がない。自分の声すら聞こえない。狂いそうな、物質的に圧力を伴った闇。何秒経ったのか、10秒ほどかもしれない。けれど、何日もいたような気さえしてくる。
(いい……あ、あうーーいぎぎぎぎ……!)
助けて、と兄に助けを求めて……けれど、何も返ってこない。絶望に心が塗りつぶされる。ああ、強者こそが正義だと言うのなら、あの恐ろしい彼女が死ねと言うのだ。我が部族、そして他のリザードマンもすべて死に絶える定めだったのだ……
「--ッ!」
声も出せず、溺れて……
「……ッ! …………ッッ」
光さえも見えなくなった影の中……愛しい者の声を聴いた気がした。愛を誓った彼女……共に生きるのだと。そう、人生が始まったのはあの時からとすら思える素晴らしい体験。
「ぐぐ……クルシューー」
ここで……一人で死にたくない……! せめて、彼女と――ここで命が終わるのなら、せめて彼女のぬくもりを感じたい。全てが終わるのなら、君と。
「~~ッ!」
手を、伸ばした――
「……がはっ! ぐーーここは……?」
見れば、同じ場所にいた。手に感触が。クルシュだ。クルシュと手をつないでいたらしい。固く握り合っていて外れそうにない。
「ふん、そんなもの見せられちゃやる気なくなるっての。あー甘い甘い。ブラックコーヒー飲みたくなったわ……」
恐ろしい彼女は木の根に腰かけてふてくされている。
「俺たちは助かった……のか……?」
理解が及ばなない。
「ま、そういうことね。これ、あげる」
ルサルカはひょい、とその辺に剣を刺した。
「な――あ。これは……」
とてつもない力を秘めた炎の剣。もしかしたら氷の剣の対ということで選んだのかもしれないが――明らかにランクが違う。これに比べてしまえばフロスト・ペインなど爪楊枝に過ぎない。
「ああ、あの炎は幻術だから」
「……へ?」
「だから、助けに行った方がいいんじゃないかしら。びっくりして心臓止まってるかもしれないわね」
理解できないことが続いて頭がゆだる。横で気絶している仲間たちが羨ましい。つまり、幻術の炎とは剣のことではなく避難民のことらしい。
「じゃーね。あなたたちのラブラブっぷりに免じて、なんかあったら助けてあげるわ」
前回と同じ、黒い渦に入って姿を消した。まあ、なんだ――
「とりあえず、生き残れた――のか?」
そういうことらしい。
彼の愛=上位物理無効化Ⅲ&上位魔法無効化Ⅲ
ちょっと解説
ルサルカの創造は多分原作でもトップクラスに融通が利くやつです。本質は不動のデバフということになるのでしょうが、きっと魔術を混ぜてるのではないでしょうか。
上の創造はあらゆるデバフを付加するという形で使いました。五感の完全封印の上に、致命的でありながらLPを削る速度が遅いデバフが複数かけられた状態です。基本、生きる死人状態です。感覚が完全喪失しているので、怖いからって手をぎゅっと握ると砕けます。セルフでやってもなります。痛みも立派な感覚ですからね。その状態で人と手を握ろうとするとやっぱり互いの手を砕きます。
その状態でザリュースとクルシュは手を握りました。しかも、5mくらい離れてたのを偶然近づいて、偶然手を伸ばしたところに手が来て、偶然握りしめて、偶然壊さないくらいの力で。五感がないので勘違いとしか呼べません。愛の奇跡ですね。