dies in オーバーロード   作:Red_stone

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第30話 パンゲアゲーム

 

 

 くじを引き、順番を決める。1.エンリ、2.アンナ、3.部下A 4.サキュロント、 5.部下Bとなった。

 

 そこからは、一本づつ抜いて、最上段に置く。20週はして、それでもタワーのバランスは全く崩れていない。この分だったら何日も続きそうだった。

 

(ギャンブル、よく言ったもんだぜ。これは普通のギャンブルとは違うが、根っこは同じ。ようは相手をどう蹴落とすか、だ)

 

 単調な動きは全員が慣れるため。少々長く続いたのは、負ければその瞬間に命が失われる恐怖は指を震えさせ、タワーを崩すからだ。エンリは慎重、というか攻める性格はしていない。ルサルカは不気味な笑みで周囲を見渡している。

 

 犯罪者どもがアイコンタクトを取った。

 

「じゃ、そろそろ行かせてもらうぜ。嬢ちゃん、アンナ……だったか?」

 

「ええ、ルサルカでも構わないわよ」

 

 濡れた笑みを浮かべる。最上級娼婦ですら上回るほどの色気……間抜けな部下どもが一瞬で骨抜きにされ、頭をぶんぶん振っているのが見える。

 

(順番が俺でなきゃ終わってたぜ、てめえら)

 

 サキュロントは理性を保つ。一応とはいえ、六腕――この世の贅は味わった。魔法でもない”それ”に引っ掛かりはしない。

 

「では、遠慮なく抜かせてもらうぜ。このルール……いくら抜いてもいいってのは失敗じゃねえかな」

 

 ためらいなくどんどん抜いていく。次に上に二つづつ置いて行けば、抜けるピースなどなくなってしまう。

 

「あらあら」

 

 ルサルカが楽しそうに笑った。

 

「だが、ルール違反じゃあねえよなあ」

 

 ルールの悪用。イカサマをやるよりもこっちの方が儲かるのだ。サキュロントは筋肉馬鹿とは対極にあたる痩せた男で、頭を働かせるタイプの悪党だった。

 

「うーん、これは困ったわねえ。エンリちゃん、できる?」

 

「え? ええ。えええ――」

 

 抜かれまくってすかすかになったタワーを涙目で見守る。それしかできないエンリは順番を回され、ええと、ええと――と、手をあちこちでさまよわせる。このゲームは初めてで、いくつかバランスを修正すれば抜けそうなところはあるが、それがわからない。

 

「あ。ああ……ああーーと」

 

 やけになったのか、そこは無理だろという真ん中を抜かれたピースの片方を引っ張ろうとして。

 

 --PiPiPi

 

 音が鳴った。一分を知らせる音。これからは自然に崩れてもエンリの負けで、例えば地震が来て崩れてもエンリの負けになってしまう。音が鳴る前ならばサキュロントの負けだったが。

 

「……きゃ!」

 

 手が跳ねて、タワーを崩してしまった。

 

「あ、ごめんなさい。アンナちゃん」

 

「いえいえ、気にすることないわよ。一回目はセーフだし」

 

「じゃ、次ね」

 

 魔女は彼女の敗北を気にしている風でもない。次の順番は1.アンナ、2.部下A、3.エンリ 4.サキュロント、 5.部下Bとなった。サキュロントは内心歯噛みする。

 

(順番が悪い――このゲームは後ろの奴を蹴落とすのが本質。だが、俺の後ろは部下Bじゃねえか。しかもその次は野郎、エンリって奴は俺の前。これは、仕掛けられねえ)

 

「ねえ、あんたら。悪いことするのって楽しい?」

 

 ルサルカは言いながらずばずばとピースを抜きまくっている。

 

「なんだってんだ、面白いに決まってるだろうが」

 

「いや、そういうのってさ。俺は裏切られたんだーって奴が大半なのよ。私にもやんちゃしてた時分があったのよ。その時はあんたらみたいのと付き合ってたの。そこで付き合いがあった奴らは皆、誰かに裏切られたと思ってたわ」

 

 そして、どしどしとピースを乗せていく。一回目の単調なゲームが嘘のように、タワーはぐらぐらと安定を保てなくなってしまった。

 

「あんたの言うことは正しいのかもしれない。……けれど、俺は悪いことをしているなんて思ったことはねえ。俺がここに居るのは負け組になりたくないからだ。俺は勝ち組になる……勝ち組で居続けるんだよ……!」

 

 部下Aが危なっかしくピースを抜き取る。おい、てめえといいかけるがそんなことをしたらパニックになって崩すかもしれない。睨むにとどめておく。

 

(こいつら、変なこと言われたからってボロ出さねえよな)

 

 エンリはそっと抜き、上において普通に手番が終わった。サキュロントが何か手を打てば部下Bに直撃することになる。崩さないようにそっと手番を終わらせて、部下Bも終わる。ルサルカがバランスを崩したタワーが、さらに安定を悪くさせて彼女の番に戻ってきた。

 

「勝ち組って何なのかしらねえ。他人を見下せる地位に就くこと? けど、しょせんそれって自分が偉いと言うより、自分より偉くない人が居るだけよねえ。しかも、すごい自分なんてどこにもないのに」

 

 一手目とは裏腹に、スパッと抜いてパンと置いた。タワーがぐらりと揺れる。

 

「俺は……ちがう。俺は、八本指の中でも出世頭で、女も金もうなるほど持ってて。もうすぐ部下だってたくさん……!」

 

 震える手は今にもバランスを崩してしまいそうで。

 

「おい! 止まれ!」

 

 タワーからピースを抜く手が止まった。揺れる、揺れる――このまま乱暴に引き抜いていたら倒れていた。

 

「あら、良かったわね。あなた、死ぬところだったわよ」

 

 さらりと言うルサルカに、心臓にまたがる影の感触を思い出してしまい――全員が慎重に手番を終わらせ、また一周が回った。

 

 ルサルカが乱暴に置いたピ-スのせいでグラグラ揺れている。自分が崩しかけたあの時よりも揺れている。これ、もしかして待っていれば崩れるんじゃ……そう、部下Aは期待して。揺れるタワーを見つめ。

 

 音が鳴る。

 

 一分が経った。部下Aは仕方なくタワーに手を伸ばそうとして、しかしタワーは目の前で崩れ落ちた。

 

「あ――」

 

 彼の最期の言葉はそれだけだった。崩れたタワーをさらに崩し、テーブルの上に崩れ落ちた。それはあっけない死のカタチだった。

 

「さて、次ね」

 

 ルサルカが指を鳴らして、気を取られた一瞬にテーブル上にあった血はぬぐい去られて死体は消えていた。さっさと進めてしまう。次の順番は1.部下B、2.サキュロント、3.アンナ 4.エンリだった。

 

 ルサルカが何かすれば直撃するのはエンリだ。けれど、ここに来てサキュロントはもう一つの事実に気付いた。

 

(このゲーム、ガキの方が有利じゃねえか……! エンリとか言うガキ、ああ見えて重要な場面じゃビビらねえ、突っ込んでくる。だとするなら、純粋にゲームの腕が重要。だが、タワーを揺らさずピースを抜き取るには”指が細い方がいい”――)

 

 ルサルカは2回目と同じくタワーのバランスを崩してくる。そう来たら、仲間の死にブルってる部下Bが最も危なかしげであった。

 

 事実、彼の番だけ一分を超えることこそないが時間がかかっている。別に一分で手番を終わらすルールはないが、2回目はそれで部下Aが死んだだけに忌避感が強い。

 

 部下Bは慎重にやっている。己の命がかかっているのだ。だが、その事実こそが彼の精神力を削り、体力を奪う。

 

「ぐぐ――うぐぐぐ……!」

 

 ここで部下Bまでやられてしまうのはサキュロントにとって都合が悪い。このゲーム、1対2になってしまえば片方が攻め、片方がフォローと集中砲火に近いことになる。

 

「ううう……ッ!」

 

 部下Bがすがるような目でサキュロントを見つめる。

 

(さっさと小娘をやっちまえってか? もう仕掛けてはいるんだよ。だがな、エンリを落とそうにもその前にアンナの手番、奴はタワーを一手分だけ整えて渡しちまう。修正不可なレベルで崩しちまうと、万が一しのがれた場合に落ちるのはテメエだぞ――)

 

 ルサルカが何を考えているのかはわからない。けれど、エンリは友達の後の手番でずいぶんと余裕が出て来ている。

 

(くそっ。部下Bが持ち直すのを待つか? それとも一か八か――ええい、あいつは回復するのかどうなのか)

 

 連れてきた部下は一応顔見知りだ。だが、それだけでギャンブルで窮地に立たされて持ち直せる男までかは知らなかった。

 

(うぐぐぐぐ……動くべきか、動かざるべきか)

 

 だが、サキュロントは動けなかった。ルサルカが動いていない。サキュロントが崩したバランスの修正に必死にも見える。しかし、いずれにせよゲームの流れは崩し修正する単調な動きから外れることがなかった。

 

「うう……うおおおおおおお!」

 

 限界まで追い詰められた部下Bの精神はついに焼き切れた。

 

「あがあああああ!」

 

 バン、と机をたたき。ルサルカに向かって掴みかかる。

 

「……っこの、馬鹿野郎がーー」

 

 サキュロントはギャンブルで”気が触れた”人間の姿を多く見てきたが、今回ばかりは気付けなかった。我が身可愛さに視野が狭窄した。

 

「はい、負け。机を揺らして崩すと、もちろん負けよ? 順番外で触れると負け、机だったなんて間抜けな言い訳はよしてね。……死人に口なし、だけど」

 

「いや、うちのルール違反だろ。こいつは」

 

 不利だ。目の前が真っ暗になるくらいには絶望的状況、けれどサキュロントは余裕の笑みを浮かべて見せる。

 

(ギャンブルはビビった奴が負けだ……!)

 

「やっぱりそうよね? うふ、もしかして勘違いさせたかと思って焦っちゃったわ。ほら、主催者側が勝手にルールを捻じ曲げたなんて、それはもはやゲームじゃないでしょう」

 

「ああ、男としてギャンブルに嘘はつけねえ。あの阿呆がルール通りだなんて主張はできねえよ」

 

 もちろん、これが嘘である。普通に嘘はつく。とにもかくにも、4回戦。順番は1.エンリ、2.アンナ、3.サキュロント。

 

(よし、最上の組み合わせだ)

 

 ほくそえむ。2対1になってしまったが次はエンリ……ルサルカの3回戦で見せたタワーのバランス調整は使えない。使っても有利になるのはサキュロントの方である。

 

「――質問だ。ピースは全部使わなきゃダメかい?」

 

「ああ、取り置きね。うーん、本家の方ではアリだったんだけど、そっちは使い切らせる前提があったのよね。でもそれは私たちのゲームにはない。それだと一番が有利……あなたは不利になるのだけど」

 

「単なる疑問だよ。深く考えてくれるなよ」

 

 そう、不利だ。”4回戦”では。揺さぶりをかけるのが目的だし、万が一採用されたらそれはそれで5回戦への布石になる。最後の次は始め、ジンクスだがこういうのが馬鹿にならないとサキュロントはわきまえている。

 

「じゃ、一本だけありにしておいてあげるわ。二本残して手番が終了した場合は負けね」

 

「お、そうかい。これはもうけたのかどっちなのかね」

 

「さあ――これからの勝負次第じゃないかしら」

 

 第4回戦、始め。

 

「サキュロント、あなたはお金さえあればいいって人間かしら?」

 

「金だけじゃ駄目だね。権力がないと意味がねえよ。金で買えないものはたくさんあるんだぜ、嬢ちゃん」

 

 今回はアンナがタワーのバランスを崩していき、サキュロントが整える形となる。

 

(そうとも。こいつは前哨戦。精神っつーのは”使えば”減る……ちょっと貯めておかねえと5回戦は生き残れねえ。4回戦に勝つだけじゃ意味がないんだよ――)

 

 勝負に負けてギャンブルに勝つ。組織はその手を使って愚かなギャンブル中毒から金を巻き上げる。一回や二回勝ったところでトータルで負けていれば、金は尽きる。この勝負も似た類、ただ一回負ければ死ぬというだけ。

 

「金と権力、けれどそれを目的にした人生に何の意味があると言うのかしら」

 

「この世の全てが手に入る。それ以上に必要なことがあるかい?」

 

「そうね。……愛、とか」

 

「はっはっは! 夢見がちな嬢ちゃんだ。愛なんてものはしょせん、女が男にすり寄る方便で、男が女を抱くときにうそぶく方便さ。そんなものはどこにもありゃしない」

 

「あら、そうかしらね――」

 

 エンリにウインクする。そこで彼女は気付く。

 

(あれ? 悪いことをするのがどうとか、大切なことが何かって――もしかして私に言ってるの、アンナちゃん)

 

 戸惑いは無視されて、タワーはどんどん揺れていく。

 

「さて、ちょっと勝負に出ますか」

 

 サキュロントがバランス修正をやめて、さらに崩した。

 

(これは、崩れるのを待っててはだめね)

 

 勝負師ともいえる才覚、エンリはサキュロントの自信を嗅ぎ分け、一分で崩れるはずがないとその可能性を一蹴した。もしかして、と淡い期待に己が焼かれた部下Bとは裏腹に。

 

「……ふー」

 

 深呼吸して、ピースを抜いた。一分待つことはしなくても、己が落ち着くための時間はきちりと使う。必要なことを、あわよくばという期待に惑わされずに実行する――理想であるが、中々できることではない。

 

「ふふ。さて、どうするのかしらね。サキュロント――」

 

 ルサルカはこともなげにピースを抜き、さらにバランスを崩した。そのタワーはもはや10秒後にはバランスを崩すどころか空中崩壊しそうに思える。

 

「--は」

 

 けれど、サキュロントもまた待つことはしない。ギャンブルにおいて、逃げれば殺られる。それを分かっているからこその、そして闇の住人を自認するからこそ”突っ込む”。

 

「こいつでどうだ」

 

 ピースを置いた。……抜くことなく。

 

「え? ピースなんて、どこに」

 

「いいや、ずっとテーブルの上に置いてあったぜ?」

 

 幻術で隠していた。それだけではない、置いた”振り”をした。エンリは彼が取ったピースの数を確認していたが――わずかに浮かせてピースを叩き、揺らしたピースは袖の裏に隠し幻術により見えなくした。一度触れたピースは絶対に置かなくてはいけないというルールはない。もちろん、1週や2週前のことではない。13週前にやったことだった。使えるかもな、と準備しておいたのだ。

 

「あ――」

 

 揺れるタワーはどこに手を付けていいかわからない。触れれば崩壊するバランス、サキュロントは上に置くだけだったからできたのだ。

 

「うう……うみゅみゅみゅみゅ……!」

 

 手を、伸ばして――そう、エンリも引けば負けということを本能的に察していた。けれど、手がピースに触れた瞬間にタワーは大きくかしいで……

 

「ほい」

 

 ルサルカが横からタワーをぶん殴った。

 

「私の負けね。最終戦、頼んだわよエンリちゃん」

 

 けらけらと笑うルサルカは立ち上がる。え? え? え? と――崩れたタワーとルサルカを見比べながら愕然としているエンリを置いて。

 

「あ、アンナちゃん。えっと、私一人なんて、そんな――」

 

 何ごとかを囁いて後ろに行く。彼女たちが賭けているのは金貨。根が村娘なエンリには、それだけの大金が自分の責任でどぶに捨てられるのには大きな責任を感じてしまう。

 

 あのネクロマンサーには恩を返せていない。なのに、今度は不義理を働くような真似――

 

 賭けにはルサルカが巻き込んだから、実際のところ負けようがエンリに責任がないのだが、本人はそう開き直れない。

 

「おい、ちょっと待ってくれねえか」

 

 とはいえ、腑に落ちないのはサキュロントも同じ。むしろ流れが向こう側に行ったのを感じた。まるでおぜん立てされた決して勝てない勝負の匂い。

 

(まずい。この流れは良くない。何を囁いた? 必勝法、だと言うのなら。崩したのも奴の狙い通りだとしたら)

 

「ルール変更を提案してもいいかい? このルールは二人でやるんじゃ面白くねえだろう」

 

 だから、変える。なんとしても流れを引き戻す。

 

「へえ……いいわ。言ってみなさい」

 

「俺はギャンブラーとしてサイコロはいつも持ち歩いてる。どっちが番かはこれで決めないか?」

 

「そうね。ええ、いいわよ。じゃ、奇数はエンリで偶数はあなたね」

 

 あっさりと通ってしまった。

 

(いいのか。……これでいいのか? これも、奴の思い通りでは。だが、サイコロならば――)

 

 一番手をくじで決め、それ以降はサイコロ。相手の目論見は崩したはずだった。だが、気付けば手が震えている。サキュロントはここで勝てば生き残れる――が、負ければこれまでの勝利など関係なく命が無くなる。

 

「始めは私ですね」

 

 そう言うと、エンリはいきなり多くのピースを抜き始めた。

 

(……な、何を考えているんだ。こいつ――まさか、これが必勝法……!?)

 

 だが、積みあがっていく様を見るとそれほどバランスがくずれていない。いぶかしげに思うが、崩れるまで抜いても次に自分の番が出たら終わるのだ。そうそう崩壊まで行けはしない。

 

(そうとも、あのサイコロは俺が用意したもの……! イカサマなど、できるわけがない)

 

 次の手番はエンリだった。また、抜きまくって積み上げている。タワーはほとんど揺れずに立っている。

 

(くそ、考えが読めねえ。だが、小娘なんかに負けるわけがねえんだよ。この俺様は『幻魔』のサキュロント様なんだからよ……!)

 

 次の手番でサキュロントの番になった。とはいえ、バランスが崩れていないとはいえ歪になっている。抜きまくれば崩れる可能性があった。

 

(様子見だ。様子見――イカサマがばれねえようにな……!)

 

 わざとバランスを崩して、番を回す。次の手番に自分を出した。

 

(コレは俺が持ってきたサイコロだ。目は自由に出せるんだよ)

 

 そして、バランスを微修正して相手に回す。悔しがる振りなど必要ない。無意味だ、その程度の小細工は。言っては何だが、この小娘は部下どもよりよほどギャンブルの才能がある。何回やっても勝てないだろう。だが、己は別だと不敵な笑みを浮かべる。

 

「んしょ……えと」

 

 どうにも攻め手にかける雰囲気で10週した。

 

(仕掛けるぜ)

 

 修正不可能なレベルでバランスを崩し、相手に渡す。サイコロで手番を決める場合、”次で絶対に崩れる”ほどバランスを崩せないが――手番を自由にできるなら話は別。次に相手を出せばいい。

 

「へへ。ギャンブルに勝っちまったようだな」

 

 ニヤついた笑みを見せる。勝った、と思って。それは打算ではなく心からの笑みだ。闇の住人とて己の命はかわいく、金は好きだ。

 

「まだ、そう決まったとは限りませんよ」

 

 エンリが慎重にタワーに触れ、引き抜いた。二本。そして、一本を手元に置く。これまでであれば絶対に崩れていたバランスだった。

 

「ち――」

 

(こいつ……まさか、”練習”してやがったとでもいうのか! 最初の二回で入れ替えまくったのはそれが目的――最終回でそんなものをやるだと……なんて糞度胸だ、コイツ。ここまでのギャンブラーは知らねえ……)

 

 サイコロはサキュロントの手番を出した。

 

(一回目で出やがったか。流れはあっちにある。だがな、テメエの前に居るのはこのサキュロント様だ。そう、しょせんテメエは”二番手”なんだよ――ッ!)

 

 タワーはエンリの手番で若干安定していた。二本抜き、一本置く。相手がやるなら自分も、というのが人間だ。エンリに使わせないために使わなかったが、使われたなら遠慮することはない。

 

 一本手元に置いてしまえば勝負は膠着する。二連続で当たらない限り、保険がある。

 

(――くそっ! くそくそくそ……あの時に決まっていたら)

 

 サキュロントは正真正銘、命を賭けている。賭けさせられている。だが、向こうに賭けているものなど何もない。賭けているのはあくまでルサルカの金だ。

 

(楽しそうにしやがって……! こっちは遊びじゃねえんだよ)

 

 何週も何週も周り、手番は100を超えた。もはやサキュロントは自分がサイコロを振ると必ずエンリの番になることさえ自覚していない。

 

「……」

 

 けれど、エンリは気付いていないのか楽しげにピースをもてあそんでいる。出し抜けにくう、とお腹が鳴って恥ずかしそうにする。

 

「あら、エンリちゃん。お腹が空いちゃったのね。クッキーあるけど食べる?」

 

「え? そんな高価なもの、もらえないよ」

 

「いや、私さっき村娘じゃないってネタ晴らししたわよね? 特に貴重でもないわよ、私にとってはね――遠慮なんて必要ないわ」

 

「そう? ありがと」

 

「あなたもどう?」

 

「食えるか、このアマ」

 

 誰が毒を盛った奴の菓子など食うか。

 

(だが、この雰囲気で腹を鳴らし、なおかつ菓子まで口にする。……わかっちゃあいたが、いよいよもって本物だ、コイツ――)

 

「はい、ごめんなさい。サキュロントさん、お待たせしちゃって」

 

「……構わねえよ。さっさと打ってくれや」

 

「ええ――」

 

 そして、また何週も。何週も、何週も。まだ日は沈んでいないが、何日もぶっ続けで賭け続けてきたような重い疲労がのしかかっていた。エンリもまた、多くの汗を流している。

 

「ううう……うぐぐぐぐ……!」

 

 サキュロントは追い詰められていた。ピースを動かす手が重い。サイコロのイカサマも調子が出なくなってきている。これは微妙な振り方を調整して目を出している。体調が悪いとすぐに使えなくなる。剣などよりもよほど繊細なのだ。

 

「ぐぐぐ――」

 

 対して、エンリは余裕そうで。

 

(もう、どうにでもなっちまえ――)

 

 しびれを切らせた。滅茶苦茶にピースを抜き、滅茶苦茶に積み上げる。もうどう見ても崩れる一歩手前。

 

(こいつで次にお前を出して終わりだ――)

 

 張り詰めた神経を絞りきって、サイコロを振った。出た目は1だ。

 

「今度こそ、俺の勝ちだ!」

 

 緊張が切れて、叫んだ。

 

「--」

 

 けれど、エンリはただ申し訳なさそうにこちらを見て。

 

「……え?」

 

 サキュロントがただ無心に空気を求めて胸を上下させていると、ぐらぐら揺れるタワーがかしいでいく。時計を持っているわけではなかったが、40秒ほどしか経っていない。

 

「ま……!」

 

 崩れた。

 

「47秒。1分以内に倒れたからあなたの負けよ、サキュロント」

 

 心臓に灼熱を感じて。

 

「ほら、言ったでしょ? 力を抜けば勝てるって。どうせあげちゃったところで後で取り返すから、どっちでもよかったのね。でも、おめでとう。勝者のエンリにはこの金貨を贈呈するわ」

 

「ええ!? そんな、こんなもの受け取れません」

 

「お金も権力も、あったところでむしろ自由を縛られるだけの重りでしかない。私の言ったことを分かってくれて嬉しいわ。そんなもの目標にしたって虚しいだけだもの。じゃあ、後で料理を作ってきてあげる。村の皆で食べれるようなもの」

 

「え? いいんですか。でも――」

 

「気にしないでいいわよ。色々とアイテムがあるし、実を言うと暇なのよね」

 

「そう? それなら、嬉しいけど――」

 

 そんな言葉を聞きながらサキュロントは最期に思う。

 

(結局、俺は”重さ”に耐えきれなかっただけなのか……)

 

 

 




ルサルカのイカサマはクジの順番の細工です。サキュロントは最期まで気づけませんでしたね。

 結構脱線した自覚はあるので、次からは八本指関係やります。

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