プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~ 作:アルビオン王国ハドソン湾会社
そのころ、二階の別室ではゼルダたちが暗殺計画に備えて待機していた。
部屋にはゼルダとイングウェイ少佐、プリンセスに扮したアンジェ、そして数人の少年兵たちがいた。すぐ横の食堂にはイングウェイが集めた革命派の兵士たちが詰めており、まもなく起こるであろう反乱の手はずを整えている。
「いよいよなのですね……」
「ご安心ください、プリンセス。手筈は万全です」
アンジェの問いに、イングウェイ少佐が答える。やはり取り換えに気づいた様子はなく、純粋にアンジェの事をプリンセスだと信じているようだ。
「イングウェイ少佐。天井を落とすとはどのようにするのですか?」
「鍵を使い、私が仕掛けを……」
「少佐! 心中をお察ししろ。プリンセスにとって女王は身内なのだ」
さりげない会話を装って情報を手に入れようとするも、目ざとく狙いを嗅ぎ付けたゼルダが巧妙に話を逸らしていく。
情報収集には失敗したアンジェだったが、少なくとも一つだけ分かった事がある。
――ゼルダはまだ、自分のことを疑っている。
これは一筋縄ではいかないな、とアンジェは思った。
もしゼルダの警戒が緩いようだったら、もっともらしい理由をつけて“鍵”を譲り受けることも視野に入れていた。
だが、現状を見る限りそれは難しそうだ。
かといって無理やり奪い取れば、ゼルダに撃ち抜かれてしまうだろう。彼女は養成所の先輩にあたり、アンジェいえども万全の状態で当たらなければ厳しい相手だった。
(とはいえ、王国首脳部が皆殺しにされるのを見過ごすわけにはいかない……)
そんなことをすれば、王国は立ち行かない。イングウェイ少佐らは国民に人気のあるプリンセスを神輿にすれば統治できると考えているようだが、政治の世界はそんなに生易しいものではない。
ここに集まっている王侯貴族はたしかに王国に階級社会という歪みをもたらした、因習と腐敗の象徴なのかもしれない。
しかし現に政治や行政をになっているのは彼ら上流階級の人間なのであり、それを失えば王国という国は機能不全に陥る。
上流階級はいわば国家の頭脳なのであり、いくら脳に腫瘍があるからといって、頭を丸ごと切り落とせば身体の方も立ち行かなくなってしまう。
それに女王をはじめとする王族はアンジェ―――本物のシャーロット王女の実の家族なのだ。
王族に生まれたことを嫌い、共和国のスパイとなってからはもう何年も会っていないが、それでも目の前で家族が惨殺されるのを黙って見過ごすほど、アンジェは人間の情を捨てたつもりは無かった。
(こうなったら最悪、“アレ”を起動させるしかないかもしれないわね……)
アンジェの脳裏に、最後の手段がよぎる。
(本当ならプリンセスに見てもらいたかったんだけど――)
個人的な理由から、プリンセスの為に準備してきた一つの大掛かりな仕掛けがある。スパイとして暗躍する傍ら、暇を見つけてロンドンで着々と進めてきた計画だったが、この際それを応用するのも止むをえまい。
アンジェが一人で決意を固めていたころ、ゼルダは自身の腕時計を確認していた。
「さてと……そろそろ頃合いだな。イングウェイ少佐」
「いよいよですか」
「ああ、貴様は成すべきことを成せ。ジェリコのラッパは既に鳴ったのだ」
イングウェイ少佐が頷き、ポケットから鍵を取り出した。
(来た――――!)
アンジェはドレスの中に隠したCボールを握りしめ、自分を警戒するゼルダを横目に見ながらタイミングを伺う。
やがてイングウェイ少佐の持つ鍵が鍵穴へと近づいていき………アンジェがCボールを起動させる一瞬前、耳をつんざくような甲高い銃声が聖堂に響いた。
「っ……!?」
続いてチャペルの方から一斉に銃声がこだます。けたたましい発砲音が連続し、貴族たちの悲鳴があがった。
「なんだ!?」
予想外の状況に、イングウェイ少佐が呻く。ゼルダとアンジェの二人にとっても完全な予想外。この部屋にいる人間ではない誰かが、チャペルで発砲しているのだ。
「どこの部隊だ!? 発砲の許可など出した覚えは――」
「敵だ! 上の階にいるぞ!」
イングウェイ少佐が状況を確認しようと駆け出すも、裏切り者の存在に気づいた王国警備兵がライフルで反撃を開始する。
無数の銃弾が飛び交い、礼拝堂の壁が次々に砕け散る……そして幸か不幸か、一発の弾丸が鍵を持つイングウェイ少佐の肩を貫いた。
「しまっ――――!」
被弾した衝撃で思わず鍵を握る手の力を緩めてしまう。イングウェイ少佐の手から零れ落ちた鍵はバルコニーの上で2、3度ほど跳ねた後にそのまま下のチャペルへと落下していく。
「鍵が!?」
「馬鹿者! 何をやっている!?」
ゼルダの怒声が響く。これで一撃のうちに勝負を決する望みは絶たれてしまった。革命を成功させるには、意を決して正面から戦うしかない。
「第二、第三近衛分隊はそのまま撃ち続けろ! 敵に反撃の機会を与えるな! 第一分隊は私と共に女王陛下をお護りしろ!」
だが、この頃には既に王国側も体勢を立て直していた。ノルマンディー公の指揮は素早く、主だった王侯貴族と共に礼拝堂から離脱していく。
「ッ………!」
その様子を見たゼルダは、当初予定していた暗殺計画が失敗に終わったことを悟った。
謎の銃声、犯人は一体誰なんだ(棒)