プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~ 作:アルビオン王国ハドソン湾会社
「――姫さま、やりましたね!」
脱出していく人々の後ろ姿を見ながら、感極まったベアトリスがプリンセスに抱きつく。プリンセスもまた大勢の命が救われたことに安堵し、本心からの笑顔を浮かべている。
「ベアト、凄いわ! ぜんぶ貴女のおかげよ!」
「そんな、勿体ないお言葉です! でも私、お役に立てて嬉しいです!」
ゼルダたちの計画になかった謎の銃声――――その正体はベアトリスの改造された人口声帯が発した、本物そっくりの銃声だった。
ベアトリスの人工声帯が色々な音を出せることは知っていたが、まさか声真似だけでなく銃声まで再現できるとは………ベアトリスの父親はマッドサイエンティストの名に恥じず、娘の人工声帯に持ちうるすべての技術を注ぎ込んでいたらしい。
あるいはその無駄な高性能こそが、ベアトリスの父親が娘に見せた彼なりの愛情だったのかもしれない。
「今なら私、少しだけ自分の身体を誇りに思えるかもしれません」
「ベアト……」
少しづつではあるが、ベアトリスは忌み嫌っていた改造された自分を受け入れつつある。
それが幸福なことなのかは分からない。それでもベアトリスが自分を誇れるようになったことを、プリンセスは一人の友人として祝福せずにはいられなかった。
「姫さま、それでアンジェさん達は……」
「たぶん、上の階にいるわ」
チャペルを除くと、近衛兵たちが方陣を組んで自分たちより更に上の階を狙っているのが見える。ということは、反乱軍の主力は上層階にいるのだろう。きっとアンジェも、そこにいるはず――。
「ベアトは此処に残って、ドロシーさん達を待ってちょうだい」
「じゃあ姫さまは……?」
不安げに自分を見るベアトリスに、プリンセスはきっぱりと告げる。
「私はアンジェを追いかけるわ」
「いけません!! そんな危ないことをして、姫様に万が一のことがあったらどうするんですか!?」
「お願い、ベアトリス。私が行かないと―――いえ、私が行きたいの」
「では、私もお伴しますっ!」
いつになく食い下がってくるベアトリスに、プリンセスは困ったように微笑んで。
「気持ちは嬉しいけど、まだチャペルには逃げまどっている人たちが大勢いるわ。彼らを安全なところに避難させなくては」
すらすらと流れるように、正論で武装した建前が口を突いて出てくる。自分勝手な“アンジェ”の本音を覆い隠す、“プリンセス・シャーロット”としての嘘。
「そんなの……そんなの、ズルいです………」
半べそ状態のベアトリスの目尻に浮かんだ涙をプリンセスは指で優しく拭いていく。
「ごめんなさい、ベアト。私、悪い女だったの」
寂しげに微笑むプリンセスに、それ以上ベアトリスは何も言う事が出来なかった。ただ、敬愛する主人にとって“アンジェさん”がとても大切な人なのだと、その程度は長年仕えた侍女として理解することが出来た。
同時に優しくも頑固なこの主人が、一度こうと決めたことは最後まで貫き通す、強い意志の持ち主であることも理解していた。こうなったらもう、自分に止めることはできない。
だから―――。
「……行ってらっしゃいませ、姫さま。私は……ベアトリスは、いつでも姫さまの帰りを待っていますから」
それならせめて、最後は笑顔で送り出そうと。
必ず帰ってくると信じて、ベアトリスは深く礼をした――。
***
その頃、イングウェイ少佐の率いる革命軍は反撃に転じた近衛兵たちと激しい銃撃戦を繰り広げていた。
戦術のセオリーでは高所に位置どった革命軍の方が有利なはずであったが、王国の最精鋭を集めた近衛兵はひるむ様子もなく精確な射撃で次々とイングウェイ少佐の部下を仕留めていく。
「ええい、近衛兵の連中は化け物か!?」
忌々しげに革命軍の兵士たちが吐き捨てる。数とポジションではこちらの方が有利なのだが、敵の戦意は一向に衰える様子がない。
「ちっ……役立たず共め」
作戦の失敗を悟ったゼルダは苛立たしげに舌打ちすると、うろたえるイングウェイ少佐らを叱咤するように檄を飛ばした。
「撃ちまくれ! どのみち捕虜になれば縛り首だ! 一人でも多く敵を道連れにするんだ!」
半ば脅しともとれるゼルダの怒声に、右往左往していた革命軍兵士たちも意を決したように戦闘を開始する。多くが植民地出身者で構成されているだけに、捕まれば慈悲はないと誰もが痛いぐらい理解していた。
(これでいい……貴様ら無能どもがありったけの時間を稼いでくれれば、まだ挽回のチャンスはある)
天井を崩落させて王国首脳部を暗殺する計画は失敗したが、ゼルダはまだ諦めてはいなかった。
反撃に転じたイングウェイ少佐らを満足げに横目で見やると、ゼルダはプリンセス―――アンジェに移動するよう合図した。
「行くぞ、アンジェ・レ・カレ」
「……行くって、どこに?」
「決まってるだろ。女王陛下とその取り巻きを追うんだよ」
ゼルダが合図すると、駅でアンジェとプリンセスを監視していたスパイたちが近づいてきた。彼らは共和国情報部の人間であり、イングウェイ少佐たちと違うプロの暗殺者でもあった。
「まぁ、私たちが追いつく頃には女王陛下もノルマンディー公も、とっくに死んでいるとは思うがね」
「っ……!」
さりげなく囁かれたゼルダの台詞に、アンジェの顔が強張る。
「おや、そんなに怖い顔をしてどうしたんだ?」
アンジェの葛藤をあざ笑うかのように、小馬鹿にした口調でゼルダが続ける。
「まさか王国の連中に情でも沸いたんじゃないだろうな? アイツらは憎むべき共和国の敵だぞ」
「……そういう意味じゃない。私はただ、計画が失敗したのにどうして貴女がそんなに余裕なのか疑問に思っただけ」
アンジェの問いにゼルダは「そういう事か」と納得したように頷き、なんでもないように告げる。
「イングウェイたちの計画が失敗した時に備えて、“ティー・パティ―”作戦とは別に予備のプランを作っておいたんだ。これだけ大掛かりな計画なら、念入りにバックアップをとるのは当然だろう?」
ゼルダの上官、ジェネラルたちは半ば強引ともとれる方法で『コントロール』の指揮権をLからもぎ取っている。裏を返せば強引に指揮権を奪い取っても、確実な実績を示して見返せるだけの自信がある、という事だ。
「連中の脱出経路は既に掌握している。買収と脅迫で内通者を作るのは骨だったが、何年も前から時間をかけて準備した甲斐があったよ。今頃、逃走経路には共和国軍特殊作戦群から選抜されたエリートの暗殺部隊が待ち伏せしているはずだ。多少のトラブルはあったが、すべて計画通りさ」
青ざめていくアンジェの様子を楽しむかのように、ゼルダは嗜虐的な表情を怜悧な顔に浮かべる。そして死刑囚を前にした処刑人のように、ゆっくりと、いたぶるように囁く――。
「言ったろ―――王国の首脳部は今日、此処で死ぬんだ」
前話での謎の銃声の正体はベアトリスの変声スキル。ちなみに元ネタは『ポリス・アカデミー』に出てきた黒人