プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~   作:アルビオン王国ハドソン湾会社

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case12.12:幕切れ

 

 

 『ロンドンの壁』の内部には、いくつもの鉄道が通っている。

 

 元々は壁を建設する際に必要な物資や人員を運ぶためのトロッコだったのだが、延々と増築と改築を繰り返された『壁』が巨大化するのに伴ってその輸送網も巨大化していった。

 

 

 そして今では2万を超える対外国境警備軍が『壁』で共和国に対して臨戦態勢をとっており、また1万もの武装警官からなる対内国境警備隊が共和国への無謀な脱出を試みる民衆に対して睨みを利かせている。

 遥か遠くでドロシーとチセを相手にしていた装甲列車も、そうしたもののひとつだ。

 

 

 こうして3万を超える軍隊を保有するに至った『ロンドンの壁』は、それ自体がひとつの要塞であり社会へと変貌していく。

 駐屯地に必要な兵舎、食堂、購買、倉庫、エネルギーとそれを支えるインフラが整備され、その大半は『壁』の内部に作られた鉄道を使って物資や兵力の移動を容易にしていた。

 

 

 

 ノルマンディー公らが脱出経路として使ったのは、新王立寺院を建設する際に搬入・搬出用に使われていた貨物鉄道であった。

 

 貨物鉄道には荷卸しに使う“ホーム”があり、そこまで辿り着くことが出来れば、後は列車に乗って安全地帯まで脱出できる――――――はずであった。

 

 

 

「まったく、こうなってしまっては王侯貴族も乞食も大差ないな」

 

 

 

 中折れ式の重厚なリボルバーを油断なく構えながらも、ゼルダはあっけない幕切れに失笑を浮かべていた。

 

 彼女の目の前には10名の完全武装した共和国軍特殊部隊がおり、彼らの足元では両腕を後ろで拘束された王国の首脳陣が恐怖に震えていた。

 

 頭には黒い布を被せられ、貴族の誇りも超大国アルビオンの指導者たる自負も消え失せたのか、哀れに命乞いをして震えるばかりだ。

 

 

 

「さて、ショータイムといこうか」

 

 アンジェの方を見て、ゼルダが余興でも見物するかのように言った。

 

 特殊部隊の隊長格らしき男が、唯一背筋をピンと伸ばして跪いていた捕虜へと近づいた。

 捕虜の頭に被さっていた布を剥ぎ取ると、そこには眼鏡をかけた白髪混じりの初老の男がいた。

 

 

「ノルマンディー公……」

 

 

 捕らえられるまでに相当抵抗をしたのか、額の殴られた跡からは血が滲んでいる。ワックスで整えられていた髪は乱れ、眼鏡にはヒビが入っていた。

 

 王国を実質的に支配し、民衆を恐怖と監視で締め上げていた男。自由や平等を警察権力でもって無慈悲に弾圧し、アンジェら共和国スパイを何人も死に追いやった天敵………それが今、目の前でなすすべもなく殴られ、無様な敗残者となって間もなく処刑されようとしている。

 

 

「黒幕は君だったか、シャーロット」

 

「っ……!」

 

 

 プリンセスに扮したアンジェを見て、ノルマンディー公が静かに呟く。老いてなお鋭い眼光に耐え切れず、アンジェは思わず目を逸らす。心の奥底まで見透かすようなノルマンディー公の瞳に、自分こそが本当の“シャーロット王女”だと気づかれてしまうような、そんな錯覚すら覚えた。

 

「君に野心がある事は気づいていたが、よもや此処まで大胆だったとはな。いささか君を甘く見くびり過ぎていたようだ」

 

 ノルマンディー公の声に恨むような様子はない。ただ淡々と、自らの敗北を認めるように落ち着いた口調だった。その体はいつになく小さく見え、巷で言われるような恐怖の独裁者とは程遠い姿だった。

 

 そこにいたのは落ちぶれ、疲れ果てて急に老いてしまった一人の老人―――アンジェがシャーロットと呼ばれていた頃の叔父の姿だった。

 

 

「やってみるか?」

 

 小馬鹿にしたような口調で、ゼルダが自分の拳銃をアンジェに差し出す。

 

「っ――――」

 

 アンジェは青ざめながらも、何かに憑かれたようにゼルダの拳銃に手を伸ばした。使い慣れているはずの拳銃はいつになく冷たく、ずっしりと重たかった。

 

 ノルマンディー公は瞬きすらせず、運命を受け入れるように自分を見つめている。アンジェもまた、負け時と見つめ返し、やがてその指がゆっくりと引き金にかけられる。

 

 視界の隅に、ゼルダの姿が見えた。完全にリラックスした状態で、面白そうに処刑の様子を眺めている。

 

 アンジェは唾を飲み込み、指の筋肉を動かしていく―――撃鉄が動き始め、そして。

 

 

 

 一発の銃声が暗い通路に響き渡った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「今の銃声は……!?」

 

 

 その音は、アンジェたちを探すプリンセスの耳にもハッキリと聞こえた。

 

 複雑に作られた『壁』の内部を手探りで探していたプリンセスだったが、離れたところから反響して聞こえてきた一発の銃声は彼女の心に一つの確信を生み出した。

 

(間違いない、あそこにシャーロット達がいる……!)

 

 この時、プリンセスは分かれ道にいた。どちらに進むべきか迷っていたが、今の銃声で道は決まった。もし神という存在がいるとすれば、きっと今の銃声がそうなのだろう。

 

 プリンセスは走り出した。

 

 

 待っててねシャーロット、すぐに行くから―――。

 

   




 タイトルを「ノルマンディー公死す」にしようか迷った。
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