プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~ 作:アルビオン王国ハドソン湾会社
ゼルダの命令が発せられるや否や、その語尾は銃声の爆発的な騒音に飲み込まれた。
自動拳銃の連続した発砲音に、ゼルダのリボルバーが放つ断続的な銃声。繰り返される火薬の爆発する轟きと、唸りをあげて飛来する鉛の弾丸、さらに跳弾した銃弾の甲高い音が混ざり、麻痺した耳がその空間だけ時間が止まったかのような錯覚を引き起こす。
アンジェは素早くCボールを起動させるも、圧倒的な火力の奔流に逆うことはできなかった。
「くっ………!」
避けきれなかった何発もの銃弾が、彼女の細い身体を傷つけていく。噴き出した赤い血が白い硝煙を紅に染め上げ、その姿もやがて白煙の中に消えていく。
やがて銃声の残響が消え始め、静寂が訪れた。自動拳銃のブローバックは止まり、リボルバーは回転して空の薬莢を空しく撃つ。
合計で86発の弾丸―――ゼルダのリボルバー6発に、10人の共和国軍特殊部隊員の持つ装弾数8発のブローバック式自動拳銃――は、そのすべてを撃ち尽くした。
だがゼルダたちが期待したような、人間が倒れる音はしなかった。
「嘘……だろ……?」
まるで神話に出てくる不死身の怪物のように、アンジェはプリンセスを庇うように仁王立ちで立っていた。
両足は僅かに震え、華奢な少女の身体は微かに揺れている。身体の至る場所からは血が止めどなく流れ、彼女もまた無事ではないことを物語っていた。
それでも、アンジェは自身の両の足で立っていた。銃弾を耐え凌ぎ、苦痛を不屈の精神で克服した少女は倒れることなく立ち続け、彼女の澄んだ青い瞳が、「次はお前たちの番だ」と告げていた。
「これで、終わりかしら?」
冥府から響くような、アンジェの低い声。誰も逃がしはしない、とその仮面のような表情が語っていた。ただ一人の例外もなく、死へといざなう死神―――。
「ば、馬鹿な……」
もし目の前にいる人影が突然、ボロ切れのように倒れてくれたら。目を閉じて開けると横には家族や友人がいて、何事もなくすべては悪い夢だったのなら……しかしアンジェは確かにそこにいた。
それは夢でも幻でもない。アンジェという人間は現実に存在し、その腕には落としたはずの愛銃が握られていた。
「じゃあ、次はこちらからいくわ」
アンジェは言葉は素っ気なく、普段のミッション時と何ら変わることのない落ち着きようだった。ただプリンセスだけが、アンジェの声の隅に含まれた静かな怒りに気づいていた。
「くそっ―――!」
アンジェの言葉に我に返った特殊部隊員たちは、慌てて銃に再装填を始める。だが、動くのが少しだけ遅かった。
最初の犠牲者は脳髄を貫く、ウェブリー=フォスベリー・オートマチック・リボルバーの.455MkⅡ弾に反応する時間もなかった。
放たれた銃弾は柔らかい眼球をゼリーのように押しつぶし、頭蓋骨の隙間から脳へと一直線に吸い込まれていった。逆流した脳髄と血液が眼窩から噴水のように派手な血飛沫を撒き散らす。
次の犠牲者は最初の隊員が倒れるより早く、Cボールで飛び上がったアンジェの二射めで心臓を貫かれた。冷たい鋼鉄が皮膚を食いちぎり、肋骨の隙間を貫通し、肺を砕きながらそれは心臓へと達した。
血が噴き出るたびに悲鳴が響き、骨が折れる度に絶叫がこだます。銃弾が吸い込まれるかのように次々と急所へと命中していく異様な状況の中、共和国軍の選りすぐりの精鋭たちがバタバタと暗闇の中で倒れていく。
アンジェの動きは機械のように精確で、優雅にたなびく黒いマントは死神のように次から次へと移動し続ける。特殊部隊員たちの周囲を旋回し、息の根を止め、死体から銃をもぎ取って更なる殺戮を繰り返す。
ゼルダは血の気が引くのを感じながら、ただ訓練で覚えた身体が筋肉を収縮させるに任せて、リボルバーを一発づつ再装填していた。
腕は石のように重く、指の感覚はゴムのようになり、弾丸は石鹸のように汗で滑って思うように弾が込められない。それでも何とか薬室に弾丸を押し込めるたびに、部下が一人、また一人と戦慄すべき血の海の中で絶命していく。
「っ―――!?」
最後の部下が再装填を完了し、銃口をアンジェに向けようとした刹那、アンジェのナイフが銀色の閃光のように煌めいた。刃がぎらりとわずかな光を鈍く反射したかと思うと、次の瞬間には鮮血が雨のように降り注ぐ。
(ま、間に合った……!)
最期の部下が倒れた直後、ついに最後の一発がゼルダのリボルバーに装填された。彼女を守る部下は一人も残っていなかったが、彼女は再び人間を6回は殺せる力を手にしていた。
「来るなぁッ!」
怯え切ったゼルダは絶叫を上げ、何度も引き金を絞りながらアンジェに発砲した。
「死ね! 死ね! 死ねぇッ!!」
ゼルダの狙いは精確だった。彼女が立て続けに発砲すると、ついにアンジェの動きが止まった。か細いか少女の身体は銃弾の衝撃に耐えられずのけぞり、弾丸が当たるたびに激しく右へ左へ揺さぶられた。
しかしアンジェは特殊部隊員たちの死体が散らばる中、血の海の主であるかの如く、決して倒れる事だけは無かった。
一発、二発、三発………やがてゼルダの残り弾数が半分を切る頃には、それが彼女に残された寿命のカウントダウンであるかのように渇いた銃声が響いていた。
「ありえない……! 銃を撃って! 当たって! どうして倒れない!?」
信じられない、という風にゼルダが喘いだ。弾を全て打ち尽くしたリボルバー銃はいまだアンジェに向けられ、空になった薬室を撃鉄が空しく叩いている。
「なぜだ……なぜ死なない……」
アンジェは答えない。能面のような無表情で、容赦なくゼルダの末路に向かって歩みを進めていく。
「ひっ……!」
ゼルダは恐怖に度肝を抜かれ、悪あがきを続けようと後退する。アンジェの歩調に合わせるようにじりじりと後ずさり、―――やがて背中が壁にぶつかった。
もはや逃げ場はない。目の前には、生ける死神が近づいてくる。
「お前は―――、お前は一体なんなんだ!?」
ゼルダの絶叫。それをアンジェは気にも留めず、一歩づつゆっくりと近づいていった。アンジェが一歩近づく度に、ゼルダは金縛りにあったかのように動くこともままならなくなっていく。
やがて顔と顔とが触れ合うほど近づいた時、アンジェが再び口を開いた。
「私はスパイ、嘘をつく生き物よ」
ゼルダはアンジェの鋭い視線から目を逸らそうと努力するも、蛇に睨まれた蛙の如く手足が思うように動かない。やっとのことで息も絶え絶えに出した言葉は、自分でも馬鹿馬鹿しくなるぐらいの愚問だった。
「殺すのか? 私を……」
「いいえ」
それが、ゼルダとアンジェが交わした最後の会話になった。
次の瞬間、彼女の心臓に一本のナイフが突き立てられ、口から血が溢れ出した。思考力が奪われていき、感覚が曖昧になってゆく。
やがて全身の筋肉が弛緩して失禁し、両目が反転して白目を剥くと、ゼルダの身体は永遠に動かなくなった。
アンジェは深く息をつき、ゆっくりとナイフを握る手をおろす。そこから滴り落ちる血は、もはや誰のものだか分からなかった。
「ひとつ、言い忘れてたわ………スパイに不可能はないのよ」
最後に少しだけ振り返ると、そこには死屍累々の屍山血河が積み上げられ、中心には恐怖に目を見開き絶命したゼルダの姿があった。それはまるで、伝承の杭を突き立てられた吸血鬼の最期のようであった。
アンジェ無双のネタ明かしは次回!
ちなみにタイトルはOSTから。戦闘シーンで良く流れてるあの梶浦感あるBGM。戦闘回ですので、BGMもイメージしてくれればと。