プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~ 作:アルビオン王国ハドソン湾会社
新王立寺院前の広場では、ガゼルが部下の兵士たちに戦闘態勢を指示していた。
彼女はいつになく緊張していた。部下たちもまた、ただならぬ事態に何が起こるのかと不安げに顔を見合わせている。
―――やがて“彼ら”は来た。
一人、もう一人と物陰から人が現れてゆく。ガゼルは身体をこわばらせ、腰の銃に手を伸ばす。
「いかがいたしましょう?」
ジェイク大佐が不安げにガゼルに尋ねる。支持を切望しつつも、死ぬほど恐れている命令が下されないよう必死で祈っていた。
「……ノルマンディー公から連絡は!?」
ガゼルが叫ぶ。彼女もまた、この異常事態にどうするべきか迷っていた。撃ち殺すには群衆が多すぎる――。
「ダメです! 連絡とれません!」
「非常回線も応答なし! どの回線を使っても何の反応も返ってきません!」
「っ……!」
青ざめた通信兵たちが叫び、ガゼルが唇を噛む。彼女の前にいる人々の数は増え続け、民衆の本流は津波のように広場を覆い尽くそうとしていた。
数百人から数千人へ、数千から数万へ。万を超える人々が広場の前に集結し、通りを圧倒的な人ごみで飲み込んでいた。
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プリンセスはアンジェの最期の言葉に従うがまま、暗い通路を奥へ奥へと進んでいった。彼女から託された最後の願いを、叶えるために――。
沢山の扉を抜け、立ち入り禁止と書かれた看板を無視して進み、長い階段を抜ける。やがて筒状のトンネルに辿り着くと、その先に小さな駅のプラットフォームのようなものがあるのが見えた。
「古い……トロッコ?」
その時プリンセスは初めて、自分が古い運搬用トロッコの車庫に辿り着いたことに気付いた。
恐らく廃棄されてから何年も経っている。所々に投棄された機材は、このトロッコが『壁』の建設初期に運搬を目的とした作られたものであることを示していた。
「シャーロット、貴女はこれを一人で……」
中央には、新品同様に磨かれた一台のトロッコがあった。アンジェが整備したのであろう。
プリンセスはトロッコに近づき、先頭車両の前に立った。彼女がブレーキレバーを解除すれば、そのままトロッコは動き出すに違いない。
ブレーキレバーには連動して時限装置が備え付けられており、それは後部に連結されている貨物車両へと続いていた。
「まったく、シャーロットったら一人で無茶ばかり……」
プリンセスは笑顔を浮かべるしかなかった。
貨物車両には砂利や石材の代わりに、紙で包まれた小さな四角いブロック状の物体が詰め込まれている。
周囲をよく見ると、後ろの貨車にもさらなるブロックが積み上げられており、どうやらトロッコ全体に詰め込まれているようであった。
そのブロックの中に詰め込まれているものを、アンジェは“希望”だと言った。
人々を隔てている『壁』を壊すことで、誰もが好きな人と一緒にいられるような世界を作る………彼女は10年もの歳月をかけて、二人の約束を現実のものにしようとしていた。
幼いころに交わした約束を、彼女はずっと覚えていたのだ。そしてプリンセスもまた、彼女の大切な友達との約束を叶えようとしていた。
そして―――。
「動くな!」
その時、大きな叫び声が地下空間に響き渡った。どうやら、最後の最後でアンジェの予想になかった訪問者が現れたようであった。
そこにいたのは銃を構えたドロシーであった。
「プリンセス、いったい何があったんだ……?」
艶のあった髪は乱れ、汗でべっとりと額に張り付いている。体中が煤まみれで、ここまで全力疾走してきた事は明らかだった。
「答えてくれプリンセス……何があったんだ? ゼルダとノルマンディー公に何があったのか、アンジェの身に何が起きたのか……」
プリンセスは返事をせず、ただドロシーを見つめ返した。その澄んだ青いブルーの瞳が、淋しげな表情が全てを物語っていた。
「アンジェは…………死んだのか?」
相変わらず、プリンセスは無言のままだった。無言のまま、沈黙でもってドロシーの問いへ答えを返す。その顔はプリンセスであってアンジェでもあり、シャーロットであった。
彼女はゆっくりとした足取りで、トロッコへと歩みを進めた。
「やめろ!」
ドロシーが叫んだ。
後ろの荷台に乗っている“ブロック”が何なのか、スパイである彼女には分かっていた。プリンセスが何をしようとしているのかも分かっていた。
そして、もし彼女を止めたければ自分の手で引き金を引くしかないことも……。
だがドロシーの予想と違って、プリンセスはそのままトロッコの脇を通り過ぎた。レールの上を跨ぎ、反対側のホームへと移動する。
ホームの隅には、明らかに場違いとも思える、こじんまりとした報道ブースが設置されていた。音声送信機にヘッドホン、ラジオマイク………放送に必要な機材は全て揃っている。
スタジオの雛壇には、真っ白な原稿がそっと置かれていた。何も書かれていない、真っ新な白紙……だが、何を伝えるべきかは明白だった。
プリンセスが機材の電源を入れると、唸るような重低音と共に音声送信機が動き始める。ドロシーはそれを、魔法にかけられたかのように茫然と見守る事しかできなかった。
「―――――、」
大きく深呼吸した後、プリンセスは口を開いた。
―――これから、自分の口から語られる言葉は全てが“嘘”だ。
私が騙してあげる。
あなたも。
世界も。
そして私自身すらも――。
同名の小説と映画があるけど内容は全く関係ありません