プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~   作:アルビオン王国ハドソン湾会社

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case12.17:『Goodnight, London』

 

「銃剣装着!」

 

 

 ガゼルの命令を受けた兵士たちが一斉に銃剣を着けると、“彼ら”の動きは止まった。すぐさまサーチライトの照明が向けられる。

 

 そこにいたのは、ごく普通の人々であった。男もいれば女もいる。子供もいれば老人も、王国の人間もいれば植民地出身者もいた。彼らは目の前で一斉に銃を構え始めた兵士たちを見て驚き、たじろいだ様子であった。

 

 

「射撃用意!」

 

 

 ガゼルが叫ぶと、一斉に安全装置が外される音がした。続いて、銃を肩で構える軽快な音。それでもなお、その一連の動作には躊躇いがあった。

 

 

 

 これ以上、兵士たちに恐怖心が蔓延する前に威嚇射撃で追い散らそう――ガゼルは次の命令を下そうとして腕を振り上げ、それが振り落とされる寸前………彼女の動きが凍り付いたように止まった。

 

 

 

 動きを止めたのは、広場に集まっていた無数の市民も同様であった。『壁』に設置された緊急放送用の警報スピーカーから、何の前触れもなくキィーーーンと甲高いノイズが流れてきたからだ。

 

 

 それは新王立寺院前の広場だけにとどまらない。郊外のリッチモンドから王国の中枢たるホワイトホールまで、ロンドンの至るところで同じ音が聞こえていた。

 

 万が一にでも共和国軍が『ロンドンの壁』を突破してきた場合に備えて作られた非常用スピーカーは、本来の想定とは異なる役目を担いつつも確実にその機能を果たしていた。

 

 

 しばらくするとノイズは止まり、不気味な静寂が夜のロンドンに戻ってくる。誰もが困惑しつつも、同時に“何か”を期待していた。この記念すべき夜を彩る、何か新しい変化を――。

 

 緊張と期待に満ちた沈黙が破られるまで、そう長くはかからなかった。

 

 

 

 

『―――こんばんは、ロンドン』

 

 

 

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、まだ若く少女といえる年頃の女性の声だった。

 

 

『私の名前はシャーロット、このアルビオン王国の王女です』

 

 

 プリンセスの告白に、ロンドン中がどよめく。国民の人気は高くとも、政治的なバックをもたないお飾りの王女……そんな彼女がこの重大な場所で何を話そうというのか?

 

 

『親愛なるアルビオン国民の皆さん。そしてこの国の不平等を正そうと集まった革命軍の皆さん――本日は王室を代表して貴女方にお伝えしたい事があります』

 

 

 ゆっくりとした、落ち着いた声だった。魅力のある声が彼らを捕えて離さなかった。

 

 

『今までこの国を支配してきた私たち王侯貴族は、今日という一日で大きくその力を失いました。貴方がたは勝ったのです』

 

 

 まさかの敗北宣言。困惑と動揺のささやきがロンドン中に広がっていく。

 

 

『市民の皆さん、今の貴方たちには“力”があります。自らの意思で世界を変える事が出来るかもしれない“力”を今夜、この場にいる誰もが手にしています――――その上で少しだけ私の話を聞いていただきたいのです』

 

 プリンセスが小休止し、町中の群衆も同じように息を呑む。静寂がロンドンの隅々にまで広がった。

 しばし沈黙が続き、多くの者が自分の心臓が激しく脈打つ音が聞いていた。

 

 

『本日は実に多くの出来事がありました。内務省からの夜間外出禁止令に、都市部での暴動と警官隊による鎮圧作戦、軍隊の出動を伴った戒厳令………良き市民であった多くの方々がこの国で何が起こっているのかも分からないまま、この非日常的な一日を不安な気持ちで過ごされていると思います。残念ながらこうした事態を招いてしまった責任の一端は、我々アルビオン王室にもあります』

 

 

 プリンセスは自らの至らなさを恥じるように、意味ありげに間をおいてみせた。その上で、民衆にこう問いかける。

 

 

『皆さんもいい加減、お高くとまったお偉いさんが勝手に決めたルールに振り回されるのも飽きたのではありませんか?』

 

 

 国の在り方を決めるのは領土でも体制でもない。そこに住む「人」が決めるのだ。

 

 

『確かにこの世界には沢山のルール、規制、偏見、因習といった『壁』があります。見える壁もあれば見えない壁もあります。誰かが勝手に作った壁もあれば、自らが無意識のうちに作ってしまう壁もあります』

 

 

 プリンセスはさらに力強く語り続けた。飾り気や気取りのない平坦な言葉で語り続けた。

 

 

『ですが、決して壊れない壁は無いのです。小さな一歩を踏み出す勇気があれば、壁を壊してその先へと進むことが出来るのです』

 

 

 広場にいたジェイク大佐はその演説を、畏怖の念に打たれて聞いていた。隣にいるガゼルや内務省の人間、そして兵士も民衆も、皆がプリンセスの一言一言に聞き入っている。

 

 

『だから壊せ、と強制するつもりはありません。壊れた壁を作り直しても構いませんし、全く違う壁を作って頂いても問題ありません。親しい人と納得がいくまで語らうのは自由ですし、何もしない自由もあります。それを決めるのもまた、貴方がたが手にした“力”だからです。どう使うかは自分の自由です』

 

 

 プリンセスの演説は今や鬼気迫るものだった。その声にはここ数年の王族には決して見られなかった強さと気品がみなぎっている。少なくともこの一夜に限り、彼女はまさしくアルビオンの「女王」であった。

 

 

『今の皆さんなら、どんな事でもできます。その上で、選んで頂きたいのです。誰のために、何のためにその“力”を振うのかを』

 

 

 それは、一人の人間の意思というちっぽけな“力”かも知れない。

 

 しかし確実に世の中を動かすであろう“力”を手にした人々に、プリンセス・シャーロットは祈るように語りかけた。

 

 

『共に、新しい世の中を作っていきましょう』

 




 「国とは領土でも体制でもない。――人だよ」

 どっかで聞き覚えがあったらブリタニア領
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