プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~   作:アルビオン王国ハドソン湾会社

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case12.18:歴史の変わり目

              

 

 その日、ロンドンのある下町では一人の男性が開け放たれた窓の前で立ち尽くしていた。

 

 既にプリンセスの演説は終わり、スピーカーからは僅かにノイズが漏れるだけになっている。

 

(なんなんだ……今の演説は……)

 

 ちらり、と後ろを振り返ると同じように困惑した家族の姿。その後ろに見える、借り暮らしの粗末なアパート。

 

 

 

「ねぇ、お父さん、さっきの放送は……本当なの?」

 

 

 

 男は自分を見上げる、幼い息子の顔を見つめた。

 

 

 ――やがてはこの子も、自分と同じように粗末なアパートに住む事になるのだろうか。労働者階級に生まれたという、ただそれだけの理由で豊かな生活を諦めて一生を過ごさなければならないのだろうか。

 

 

 これまでずっと「仕方ない」と諦め、壁の内側に閉じこもって目を塞ぎ続けてきた。だが、あのプリンセスの放送のとおり、もし自分がもっと早くから別の一歩を踏み出していれば、何かが変わったのではないだろうか。

 

 

 今日この日、この瞬間なら。

 

 

 いつもと違う今日なら、何か特別な奇蹟が起こるのではないかと、そんな子供みたいに無邪気な期待を抱いてしまう。長いあいだ胸の奥底に沈め、忘れていた感情が湧きあがってくる。

 

 

 妻の方を見ると、自分が何をしようとしているのか察したようだった。ただ一度、大きく頷いただけだった。

 

 

「……すまん。子供たちを頼む」

 

 

 男はそう言い残すと、仕事用のスコップを持って玄関の外に出た。大通りに出ると、既に何人もの人々が自分と同じようにパイプやツルハシを持って立っていた。

 

 ―――やがて彼らは互いの表情を確認すると、前に向かって歩を進め始めた。

 

 

 **

 

 

 ある場所では、一人のベテランの警官がギュッと強く握った拳を震わせていた。

 

 彼が部下と共に警備していた立ち入り禁止区域の前にも、大勢の市民が集まり始めていた。彼は上官から指示を受け取っておらず、そもそもあのような放送があるなどと事前には知らされていなかった。

 

 プリンセスの演説を聞いてからは更に大勢の民衆が馳せ参じ、その数は倍以上に膨れ上がっていた。道と言う道を群衆がぎっしりと埋め尽くし、警官たちは完全に面食らっている。

 

 

 彼はすぐに上官に問い合わせたが、上からは「命令があるまで待機しろ」との一点張り。反乱を恐れた王国軍上層部はそれぞれの部隊の横の連絡を禁止しており、必ず上官の命令に従うことになっていた。

 

 しかし指示を出すべき内務省はノルマンディー公の死によって混乱をきたしており、事実上、現場の責任者に全てが委ねられている。

 

 

(駄目だ……もう群衆を抑えきれない。このままでは流血沙汰になってしまう……)

 

 

 実際、警備の警官隊は立ち入り禁止区域の手前まで後退し、群衆の前から引き下がっていた。これは彼の長い職歴において、未体験の出来事であった。

 

 多くの市民が警察車両を揺さぶり、警官たちが銃で脅しても多勢に無勢であった。それはまさに前代未聞のことだ。

 

 

 ―――もし自分がここで判断を下せば、歴史が変わる。

 

 

 それまで人の命令を聞くだけの人生を過ごしてきた彼は、生まれて初めての経験に何をしたらいいのか確信が持てなかった。

 

 

 しかし事態は緊迫しており、予断を許さなかった。

 

 

 間違っても、人が死ぬような事態だけは何としても避けなければならない。興奮状態の市民の暴走や圧死による群衆事故が発生しようものなら、その後にどのような大惨事が待っているかは容易に想像がついた。

 

(これ以上、封鎖を維持する事は不可能だ……!)

 

 

 もう限界だった。

 

 

 

「全てを開けろ! 責任は私がとる!」

 

 

 

 午後23時45分だった。彼は独断で封鎖を解除した。ほぼ同時刻、ウェストミンスターやグリニッジといった他の地区でも封鎖が解除され始めた。

 

 

 

 

 ―――そこから先は、現実離れした映画でも見ているかのようだった。

 

 

 待っていた市民はわれ先へと、封鎖地区へ足を踏み入れていく。踊りだす者、小走りになる者、泣きそうな表情の者、信じられないというように頭を振る者………王国を縛り付けていた、見えない壁が崩れ始めた。

 

 僅かな間に大勢の人々が茫然とする警官たちの前を通り過ぎていったが、さらにその背後には数千人の殺気立った市民が続いていた。

 

 

 おそらく彼らは今宵、ちっぽけだが一人のヒーローになるのだろう。だが、体制の犬であった自分たちにその資格はない。

 

(いいさ、俺たちの仕事はこれで終わったんだ……)

 

 吹っ切れたように帽子を脱ぎ、警察バッジを地面に投げ捨てる。自分と同じく、新しい時代には必要とされないものだ。

 

 

「―――おい、アンタたち」

 

 その時、ずるずると床に滑り込んで意気消沈した警官たちに話しかける者がいた。髭面の老人は呆然自失の警官たちに視線を合わせるように屈み込み、こう言った。

 

 

「アンタたちの力が必要だ。プリンセスも言ってたろ? 一緒に、この国を変えようぜ」

    




 今回の話のモデルはもちろん、ご存知「ベルリンの壁」崩壊です

 wikiとかにものってるけど、リアルにいい話

 
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