プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~ 作:アルビオン王国ハドソン湾会社
case12.1:走れプリンセス
その日の天気は曇りだった。霧が立ち込め、どんよりとした低気圧が市街地を覆う。ロンドンでは珍しい事でも無い。
プリンセスはロンドンの裏通りを走っていた。彼女がプリンセス・シャーロットと入れ替わる前、アンジェと呼ばれたスリの少女だった時代に毎日使っていた道だ。
(とにかく急がないと……!)
あまりの急展開に、プリンセスは動揺を隠せない。なんとか平常心を保とうと、自分の身体を両腕で抱きしめる。
つい数日前まで自分は王国のプリンセスでありながら、共和国のスパイとして暗躍していた。
この国の女王となって願いを叶える為に、共和国の計画した『チェンジリング作戦』に自ら志願したのだ。そして自分と瓜二つの顔を持つアンジェと入れ替わる事で、王国の情報を共和国に流していた……。
しかし共和国諜報部のトップが変わったことで、チェンジリング作戦もその内容を大きく変更されてしまう。
新たに『コントロール』へ着任したジェネラルら軍部によって、本物のプリンセスをスパイに仕立てるよりも、彼女を暗殺して顔がそっくりなアンジェと入れ替える方が良いと判断されたのだ。
その指令を受けたアンジェは追手を振り払い、二人でカサブランカへ逃避しようと提案する。
だが、その手を取ることは出来なかった。
(私には、やらなければいけない事がある……この国から逃げ出すわけにはいかない……!)
この国にはまだ引き裂かれた人が大勢いる。彼らを分断する有形無形の壁を壊すと、自分は革命が起きたその日にそう誓ったのだから――。
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行き交う人々を押しのけ、あるいは合間をぬって全速力で駆け抜ける。時おり悲鳴や罵声が聞こえたが、そんなものに構っている余裕はなかった。
(此処もあの時から、何も変わっていないのね……10年前と同じ)
表通りからさほど離れていない道でさえ、ゴミや浮浪者がそこらじゅうに散らかっている。ボロボロになった布きれや、いくつもの生死不明な乞食たちの横を通り過ぎる。
見たところ、追手は付いてきていない。あるいは待ち伏せているのか――。
プリンセスが向かっている場所は、クイーンズ・メイフェア校にある「博物クラブ」の部室だった。
ドロシーとチセがチームから外されたとはいえ、まだベアトリスが学校には残っている。自分の身に危険が及ぶような事態となれば、彼女の身にも危険が迫っている可能性が高い。
(最悪、ノルマンディー公との取引も考えないと……)
共和国のスパイを監視するために、ノルマンディー公がクイーンズ・メイフェア校に部下を多数放っていることは知っていた。
しかし今のところ、彼らがチェンジリング作戦に気付いた様子はない。
それならば、まだ自分にも利用価値はあるはずだ。
たしか採掘場で行われた式典で、ノルマンディー公は自分を政略結婚の道具として、ロシア皇室に嫁がせることを画作していた。
であるなら、利用できる駒が減る事は避けたいはずだ。
(ノルマンディー公のスパイには、王国でも指折りの精鋭が選ばれている。彼らの目の届く場所にいれば、いかに共和国の暗殺者として容易には手を出せないはず……)
アンジェは飛行船に閉じ込め、ドロシーとチセも去った今、クイーンズ・メイフェア校でチェンジリング作戦の実体を知る者は自分とベアトリスしかいない。
彼女と口裏を揃えて黙っていれば、自分が共和国のスパイであった事も隠し通せるだろう。
そこまで考えながら、プリンセスはふっと自嘲する。
(共和国のスパイと通じておきながら、今さらそれを無かったことにしてノルマンディー公に助けを求めるなんてね……やっぱり私、悪い女だったみたい)
だが、自分が生き残るにはそれしかない。死んでしまえば全ての努力が無駄になってしまう。
――とにかく、今は走らねば。一刻も早く学校に辿り着いて、共和国側に気付かれる前に手を打つ必要があった。
タイトル詐欺、本当は下のようになるはずだった(大嘘)
プリンセス=アンジェは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の内務卿を除かなければならぬと決意した。アンジェには政治がわからぬ。アンジェは街のスリである。人から物を盗み、シャーロットと遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった――