プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~   作:アルビオン王国ハドソン湾会社

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case12.19:Never Ever Be Forgotten

              

 プリンセスの演説から2時間も経たないうちに、『コントロール』の作戦室では現場からの信じられない報告にジェネラルが泡を食っていた。

 

 

 

「こちら側の『壁』にも、民衆が集まり始めているだとぉッ!?」

 

 

 

 大音量のスピーカーが『壁』の反対側まで聞こえたのか、アンジェが共和国側にもしかけていたのか、あるいは誰かが手引きをしたのかは分からない。

 

 

 しかし王国で起こった異変は、共和国にも程度の差はあれ伝わっていた。軍部のもとにも何事かと嗅ぎつけた報道関係者から、取材の電話がひっきりなしに掛かってきている。

 

 さらに部下の報告では、共和国側にある『壁』の検問所にも、数千人単位で民衆が集まっているという。一部では既に国境警備隊と揉み合いになっており、それが一層多くの野次馬を引き寄せる結果となっていた。

 

 

「いったい全体、王国で何が起こっているというんだ!?」

 

 

 その問いに答える者はいない。いや、正確には答えられる者がいなかった、というべきか。セブンも大佐もドリーショップも、恐らくは前任者のエルでさえも答えられなかっただろう。

 

 

 奇しくも共和国の“ティー・パーティー”作戦は、彼らの意図しない形で王国史上最大のお祭り騒ぎとなった。

 

 

 

 **

 

 

 

 23時55分―――この時には、既に軍部や警察の機能を停止していた。国民を抑圧していた内務省の出先機関が群衆に襲撃されるようになっても、政府は何の手を打つことも出来なかった。

 

 

 新王立前の広場でも、無数の群衆が兵士たちの目の前にまで迫ってきていた。手ぶらで来ている者もいれば、スコップやツルハシを持った者、共和国のばら撒いた『リベレーター』拳銃を手にした者、どこからか調達してきた銃や骨とう品の剣などを身に着けている者もいた。

 

 

 王国軍と政府は事実上の崩壊状態となり、辛うじてガゼルらの指揮する一部の部隊が散発的に最後に受けた命令を守ろうと努力をしているのみとなっていた。

 

 

「どうします?」

 

 

 再びジェイク大佐が問い、群衆を見やった。彼らの足音が絶える様子はなく、兵士たちはパニックに陥りつつある。 

 

 群衆は申し合わせたかのように大通りをまっすぐに進んできており、ついに「立ち入り禁止」と書かれた柵を乗り越えて広場へと侵入してきた。

 万をこえる老若男女が公然と王国政府の権威に対して真っ向から反抗し、その最後の砦である兵士たちを取り囲む。

 

 

「どうか命令を!」

 

 

 

「………、―――だ」

 

 

 ガゼルが押し殺した声で呟いた。

 

 

「待機だ! 銃を下ろせ!!」

 

 

 彼女はついに悟った。最初の一斉射撃で群衆が行動を起こすのは間違いない。そうなれば彼らの数は多すぎて兵士たちの射撃が追い付かず、怒涛のような人民の海に埋葬されてしまうのは間違いない。

 

 

「聞こえたか、待機だ! みんな銃をおろせ!!」

 

「武器を下げて待機しろッ! 誰も動くんじゃない!」

 

 

 ジェイク大佐が大声で叫び、兵士たちに武器をおろさせる。兵士たちの顔に、僅かに安堵したような表情が見えた。

 

 同胞殺しの咎を負わずに済んだことによる安心感―――押し寄せる群衆の中には、彼らの見知った顔も多く含まれていたからだ。

 

 

 王国軍が武装解除するのを見て、人々は再び歩き始めた。何千、何万もの民衆が自らの意志で、足を前へ前へと進めていく。

 

 

「おお、神よ………」

 

 

 思わず、ガゼルの口から言葉が漏れた。喉の奥から絞り出すような声は誰の耳にも入らず、兵士たちの隙間を通り抜けて新王立寺院前に集まる人々の足音にかき消されていく。

 

 

 そして人々が新王立寺院まで進んだその時、ロンドン中に大きな鐘の音が鳴り響いた。『ビッグ・ベン』の愛称で知られる時計塔が、深夜の0時を指し示したのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 荘厳な時計塔の鐘の音は、『壁』の内部にいたドロシーとプリンセスの耳にも届いていた。銃を持つドロシーの体が僅かに震え、プリンセスは大きく息を吸った。

 

 

 

 それが合図だった。

 

 

「――――時間よ」

 

 

 プリンセスは決意を込めて言うと、再びトロッコへと近づいてゆく。今度はドロシーも止めようとはしなかった。

 銃を持つ腕が下がり、呆けたようにプリンセスがレバーを押すのを見守っていた。

 

 

 カチッ、と音がした。トロッコのブレーキが解除され、今宵の祭りを彩る最後のピースがはめられようとしていた。アンジェとプリンセスが夢見た世界へ向けて、壮大なドミノが倒れ始めていく。

 

 

 恐らく今夜は、誰にも予想のできない夜になるだろう。誰もが一生忘れてはならない夜更けとなるだろう。

 そして自分の選択が正しかったのか、近い将来に誰もが自問自答するに違いない。

 

 自らの行動とその結果に恐れと希望を抱きながら、ドロシーは立ち尽くしていた。

 

 

「ねぇ、ドロシーさん」

 

 その時、プリンセスが近づいてきた。ついぞ“約束”を果たせなかった最高の相棒の代わりに、彼女はこう告げる。

 

 

「音楽はお好きかしら?」

 

    




 “約束”が何を意味するかはプロローグをご覧ください。ちょっとした伏線です
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