プリンセス・プリンシパル ~London Has Fallen~ 作:アルビオン王国ハドソン湾会社
『ロンドンの壁』をくり抜いて作られた、完成したばかりの新王室寺院の前には奇妙な一団がいた。
この国で一般的な馬車ではなく、牛に車を引かせている。彼らが身に着けている服装もまた、この国のものではない。
彼らは遠く東に離れた島国、日本政府の外交使節であった。
「外が騒がしいな」
牛車の中から呟いたのは、太政大臣にして特命全権大使・堀川卿その人である。
「はっ。どうやら民草が待遇改善を求めて抗議運動を行っている様子」
答えたのは、まだ少女といえる年頃の女性の声だった。
佐賀藩士のチセはクイーンズ・メイフェア校への留学生という肩書で共和国情報部「コントロール」に協力する傍ら、堀川公へ王国・共和国双方の情報提供をも行っている。
「抗議運動か……それ自体は珍しいものではないが、なぜ今頃になって急に?」
「詳しくは分かりませぬ。ですが………非情にキナ臭いものを感じます」
いつになく硬い声でチセは答える。今までも何度か堀川公が乗る牛車の護衛をしたことはあるが、今回ばかりは彼女も緊張を隠しきれなかった。
事態はそこまで逼迫している。あえて例えるなら、かつて日本で“戊辰ウォー”が発生する直前によく似ていた。
「まるで街全体が狂気に陥っているようです」
「そうだな。体制が崩壊する前夜というのは、概してそのようなものだ」
堀川マサヤスは、母国で発生した内戦である戊辰ウォーの当事者の一人でもある。その時もまた、混沌が至るところで蔓延っていた。
悪質な悪戯によって警察車両のタイヤはパンクしており、交番には汚い言葉で落書きが書き込まれ、官公庁には石が投げ込まれている。
今や公然と禁止されているはずのデモが行われ、それは食糧不足や厳しい取り締まりに対する抗議から、紛れもない反政府運動まで様々であった。
人は群れる生き物だ。ひとたび仲間が増えれば、人間はどこまでも大胆になる。時が経つにつれ、ささいなスリから大胆不敵な強盗まで、窃盗や武装強盗は爆発的に増えていった。
当初こそ警察は総動員で大量の逮捕者を出して事態を鎮静化しようとしたものの、すぐに限界を迎える事になった。
収容所の広さよりも逮捕者の数が多く、また警察の数より法を犯す民衆の方が上回ったからだ。警察は数では民衆に敵わない。
そしてひとたび警察の処理能力が飽和すれば、次には巨大な無法地帯が誕生する。
あらゆる街角の建物を兵器で破壊し、反政府スローガンを殴り書きにした。字が読めない者でも、風刺画でもって現政権を批判する。
王国を支える貴族システムが行うありとあらゆる弾圧に対し、彼らは真っ向から牙をむいて反抗していくようであった。
***
ノルマンディー公の命令でガゼルがロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)に到着すると、そこは見事なまでの恐慌状態であった。まるで戦時中のように喧噪に満ちている。
「例の銃はどのぐらい出回っている?」
「見当もつきませんよ。もしロンドン市民の半数が隠し持っていると言われても、別に驚きはしませんがね」
ガゼルが尋ねても、職員は肩をすくめるばかりで投げやりな反応しか返ってこない。
ロンドン中にバラ撒かれた銃はそれほどまでに多く、ノルマンディー公の命令通り全員を逮捕するにはどう見ても人員が不足していた。
(まずいな……)
もちろんノルマンディー公らも手をこまねいてロンドンが無法地帯と化すのを放置していた訳ではない。
ガゼルから警察のみでの対処が困難との連絡を受け取ると、さっそくノルマンディー公は自らの知るもっとも確実で実績のある方法―――軍隊を動かしての戒厳令を発動した。
ルーアンから呼び戻した内務省軍を中核とし、さらに海軍大臣のアンキテーヌ公にも協力を要請、最寄りの駐屯地で待機してた空中戦艦グロスターをロンドン上空に急行させる。
警察の持つ棍棒と拳銃などといった見かけ倒しの武器ではなく、最新鋭のライフルと銃剣で武装した正真正銘の軍隊が市民の取り締まりにあたった。
厳しい訓練で鍛え抜かれた彼らは不屈の意思と力でもって、「法と秩序」を取り戻すべく市民に対して一層の弾圧を加えていく。
だからこそ、だったのかもしれない。
――――まったくの偶然だが必然的に、その事件は起きた。
“ちせ”は平仮名かカタカナかで迷ったんですが、平仮名表記だと紛らわしいので本作ではカタカナ表記の“チセ”で統一させていただきます。原作だと平仮名表記なのですが、どうぞご容赦ください。