「よし、シマムラに服買いに行くか」
「かしこまりましたわ」
「買い占めじゃー」
そんなお金は無い。
あっ、蚊に刺された。
玄関先で蚊に刺されるなんて、出発早々ツイてないなあ。
「しかしスクルド用の子供服なら、俺が行く必要も無いか」
「私達だけでは、まだこちらの世界を出歩くには不安ですわ」
「そうじゃのー そもそも今、家を出発しなければマー君は死んでおったしの」
「え!?」
何それ怖い。
郵便屋のバイクが家の前に止まった。
まあ俺宛ての郵便じゃないだろうし、帰ってからで問題無いだろう。
「な、なぜ俺が……そもそも死んでも死に戻り可能なのに」
「ワシは未来を紡ぐ神じゃからのー たまに意識しなくとも見えてしまうのじゃ」
…
「大まかな流れはこうじゃ。この時間帯にマー君が家に居ると、その呼気と体温に誘われて庭にいた一匹の蚊が割れた窓の隙間から侵入してくる。それに気付いた姫が蚊を追い払うのじゃが、家から出た蚊を玄関の上に巣を作っておるツバメがキャッチして巣に持ち帰る。その時にフンを落とすのじゃが、丁度そのタイミングで郵便屋が玄関のポストにダイレクトメールを入れようとしておってな。足元に落ちたフンに驚いて飛びのいた結果、足を軽く捻挫する。これが致命傷じゃ。
足をくじいた事に気付かぬ郵便屋は原付バイクに乗ってUターンして家の前を去ろうとするのじゃが、そこに大型車が通りかかる。積荷はガソリンじゃ。突然ターンした上に足をくじいてる事にここで気付いた郵便屋はバイクごと転んでしまう。それに驚いた運転手が急ハンドルを切ってマー君の家に突っ込む。電線を引っ掛けて横転。漏れたガソリンに引火して大炎上、確定じゃ。
ここでマー君は1度燃えて死ぬ。そしてベッドの上の座標で生き返るのじゃが、もちろん即座にまた死ぬ。それを短時間に連続で繰り返す事で、死に戻りのシステムが誤動作を起こす。マー君を異常再生し続ける事1783回目、その姿はついに無限増殖する震える肉塊と化す。で、仕方なくワシがアストラル空間へ放り込んでお終いじゃ」
「……冗談でしょ?」
「マジなのじゃ。バタフライ・エフェクトによって、マー君は無意味な死を迎える所じゃった」
目の前をかすめる様に飛ぶツバメの後を目で追って空を見上げる。
帰宅するまで降り出さないと良いがな。
「……シマムラ、ありがとう」
「在り難い事に有難いのじゃ」
「なんだか良く分からないのですわ」
俺達の脇を大型の車が通り過ぎた。
ガソリンを積んでいるタンク車だ。
これらが一歩間違えれば……だったのか。
諸行無常
「そんなワケで、帰りにイチゴの乗ったショートケーキを買ってくれると、次の不幸を回避できるのじゃ」
うん、絶対ウソだな。
神様の正体見たり商売上手。
…
「スクルド、いい加減俺の首につかまるのは止めてくれ。たまに苦しいぞ」
「これが楽なのじゃ。気に入ったのじゃー」
「周りの人にはどう映って見えてるんだろうなあ……この浮いてる銀髪幼女」
「幼女ちゃうわい。普通に兄の背におぶさってるように見えてるんじゃなかろうかー」
「ふふっ、とても仲の良い兄と妹に見えるのですわ」
「代わってやる代わってやる。ファルフナーズが背負って良いぞ」
くすくすと含み笑いでかわされてしまった。
わがままっぷりだけは本当に妹みたいだ。
近くのシマムラは郊外型の広い店舗で2階が家具屋になっている。
まずはセール品の安い上下をいくつか。
「もちょっとオシャレなヤツが欲しいのじゃ」
「贅沢言うな。コスパが最優先だ」
「神があんまり地味な服というのものう……」
「庶民派ゴッドとして売り出そう」
「靴下も買って欲しいのじゃがー」
「良いけど、1日1時間は床に足を着け。退化するぞ」
この神様、常時浮遊してるからな。
お、3足500円なんてのがあるじゃないか。
当面はこれを2セットくらいで我慢してもらおう。
ダンジョンで稼いだら可愛いのも買ってやるからな。
「さて、後は下着なのじゃ」
「お、おう……」
「マー君好みの凄いヤツを選んで欲しいのじゃー」
「子供用の下着に好みも何も」
「姫のようなエロエロなパンツを買うのじゃ」
「ス、スクルド様っ!? 私はそのようなふしだら下着などは――」
「エロエロなのかッ!?」
「エロエロではありませんわー!」
「そうかのー 案外セクシー路線だと思ったのじゃが」
「エロい下着も持ってたのか……」
「普通の下着ですわ! 決して淫らなものは所持しておりませんわ!」
慌てて手を振って否定するファルフナーズは耳まで真っ赤だ。
プリンセス・パンツ。
2枚ほど見たが、まあエロいという程では無かったような気がする。
大変魅惑的ではございましたが。
「そもそも今日はマサト様のお母様に買って頂いた、日本製の下着でして……」
「姫ばかり、ずるいのじゃー」
昨日うちに来たばかりのスクルドに下着の用意もあるはずが無いだろうに。
「ほーん、王族の姫様に安物の下着が合うか、心配ではあるな」
「安物などではありませんわ。トリピュロンのものよりも上質で、特にこの伸び縮みするゴムという部分のフィット感が素敵で」
「へー、どれどれ? ちゃんとフィットしてるかな? 見せてみ」
「はい、この通り――って、見せるわけが無いのですわ!」
惜しい。
ドレス・スカートの裾に手を掛けてたくし上げて……あと5cmだったのに!
ノリと勢いでパンツを拝めるチャンスを逸してしまった。
「マー君も存外やりおるの。勢いと雰囲気で姫を流そうとするとは」
「いやいや、ノリツッコミを自然に使いこなすファルフナーズのほうが凄い」
顔を手で隠しながら下着売り場のほうへ走り去るファルフナーズを見送った。
ジゴロのスキルとか上げられないのかな。
「ほら、ファルフナーズが手招きしてるぞ。好きなの選んで来い」
「分かったのじゃ。マー君、何色が好きかえ?」
「下着は黒か紫だろう」
「了解したのじゃ。見ておれー 悩殺じゃあー」
子供用にそんな色は無いと思うがなあ。
遠目に2人が下着を選んでいる姿を眺めていると、何だか父親にでもなったような……
童貞ですが。
今のうちに服のほうの会計を済ませておこう。
平日の昼間だから客はあまり居ない。
並ぶ事無くレジに一直線だ。
「9760円になります」
「はい」
子供服といえど、結構な値段になるなー
母親からもらった1万円札を渡してお釣りをもらう。
そう言えばスポーツ用品店では、店主がバグってファンタジー風のキャラに染まっていたが。
シマムラでは大丈夫なのかな。
店員のお姉さんが袋を取り出して、詰める前に尋ねてきた。
「では、こちら。お兄さん、どれを装備して行きますか?」
「俺が着る服じゃねー!」
こっちの店員さんも順調にバグってました。
「装備しないと効果がでませんよ?」
「むしろどんな効果ですか!?」
「魅力が1点上がります」
「俺が着ても上がるの!?」
店員さんは笑顔のまま固まった。
想定外の質問だったんだろうか……
そもそも、この袖なし白ワンピースは俺が体を通せるサイズじゃないけどな。
青いリボンもセットで買っていたら危うい所だった。
いや、それよりもだ。
下着の会計時に、今と同じ事を言われたらダメージがでかすぎる……
「今、装備してる服は買い取りますか?」
「勘弁してください」
どんだけ服を買い取りたいんだよ、ファンタジー風の店は。
シマムラで中古服は取り扱っておりません。
早くレジ前を離脱しよう。
下着の会計は財布だけ渡してファルフナーズに頼もう。
大きなビニール袋に服を詰めている店員さんがもどかしい。
早く、早く終わってくれ。
でないと、スクルド達が……
俺は見た。
その神の姿を。
しましまパンツを指にかけ、くるくる振り回しながら無邪気な笑顔でこちらに突撃してくる。
その姿は正に――
邪神に違いない。
「マーく~ん! このパンツが紫のしましまなのじゃー!」
そのパンツはスクルドの指からすっぽ抜け、宙を舞い……
ああ、神よ。 どうか憐れみ給え。
俺の頭の上にパンツは着地した。
店員のお姉さんの目が俺を真っ直ぐ見つめ、口を開く。
「しましま幼女パンツですね。お兄さん、ここで履いていきますか?」