「よし、俺のナイーブなメンタルに直撃だぜ」
「マサト様は悪くありませんわ。スクルド様、もうちょっと慎みを持ってくださいませ」
「マー君、ごめんなのじゃ」
頭の上のしましまパンツ480円。
悪気は無いのだろうが、店員さんが追い討ちをかける。
「今はいてるパンツは買い取りますか?」
元ヒキニートの履き古したパンツ、いくらになるのかなあ……
むしろ処分費用を請求されるかもしれない。
真顔でスクルドの下着の会計を済ます。
落ち着け、平常心だ。
ピッ
「はじめてのブラジャー。お兄さん、装備していきますか?」
ぐへー
「マー君にはまだ早いのじゃ」
「むしろ着けたら手遅れだと思う」
…
精神的ダメージを癒すために、店舗の脇のベンチで休む事になった。
ファルフナーズが苦笑しながら慰めてくれる。
「女性の買い物に男性が振り回されるのは、どこの世界でも同じなのですね」
うん、かなり角度が違うけどね。
その労わりの気持ちがとても有難い。
「これが自販機というやつかー。マー君、買ってみたいぞ」
「よしよし。丁度良い、ほら、ここにお金を投入して……飲みたい奴の下のボタンを押すんだ。俺にはその茶色い缶コーヒーを頼む。ファルフナーズはどれにする?」
「ワシはこの黒い缶に毒々しい緑色の爪あとがある、フリークスと書いてるジュースじゃー」
それはお子様向けドリンクじゃないんだが……神様だしいっか。
夜眠れなくなっても知らないからな。
「では私はこちらの妖精
「それ、意外と炭酸強いから気をつけてなー」
笑顔ではいと言うファルフナーズに癒されながら缶コーヒーを開け――ない!
危ない、危ない。
俺が開けたらまたダンジョンだ。
しかも缶コーヒーのプルタブは一度開けたら閉められない!
「危うく不可逆性のダンジョンを開けてしまう所だった……」
「すまぬすまぬ。これはワシもうっかりしておったのじゃ。考えてみれば難儀な能力よのー」
まあ最悪でも、他のダンジョンを開いてそこに捨ててくれば良いだけだが。
ファルフナーズに手渡して開けてもらおう。
……
…
ファルフナーズが顔を真っ赤にして缶コーヒーのプルタブに取っ組んでいる。
「……ひょっとして、意外と不器用?」
「姫、代わってやろうかのー」
「い、いえ、このくらいは私でも……」
「爪割れちゃうと可哀相だ。スクルドに代わってもらいなー」
「任せるのじゃ。神の権能でいかなる封印をも解いてみせようぞ」
缶コーヒー1つに神の力を使っちゃうかー
幸せな缶コーヒーだな。 歴史に名が残るぜ。
と言うか、普通に開けて。
スクルドも顔を真っ赤にしてプルタブをパチパチやっている。
妙に開け辛いのがたまにあるんだよな。
「むきゃー! こやつ、缶コーヒーの分際でワシに立て付くか! 見ておれ!」
スクルドがキレた。
「我が運命の力もて、無限の可能性をここに集約する! 希望をその鍵とす! 開け、天上の扉よ! ゴッド・アンロック!」
こいつ、本当に神の権能を使いやがった!
缶コーヒーが光を放ち始め、周囲の風景が無数の糸車や歯車で満たされる。
カラカラ、ハタハタと機械的な木のきしむ音があふれたかと思うと、重苦しい鐘の音と共に全てが消えた。
ゴォーン……
これがスクルドの心象風景か。
真面目な時に見てたら畏怖も感動もあっただろうが……
宙に浮かびプルタブから光を放つ缶コーヒーの下で、淡く光る幾重もの魔法陣が回転するその光景は――
控え目に言っても、心底どうでも良かったのであった。
プシュッ
「さあ開いたぞえ! マー君、今じゃ! 飲み干すのじゃ!」
額に浮かんだ汗をぬぐいながら、ドヤ顔のスクルドが言う。
左拳を俺に向かって突き出し、親指をサムアップさせながら……
俺は宙に浮かんだ光り輝く缶コーヒーを掴み取りぐいっと煽る。
……っ!?
これは!
「旨い! 旨過ぎる! いや、旨いなんてモンじゃない! この正体不明のコーヒー豆が醸し出す芳醇な香りが缶の金属の香りと合わさって――まさに天上をたなびく緑の風!」
ハッ!?
今、俺は何を口走って……
「ワシの権能によって開けられた缶コーヒーは、その先にある可能性の中から最良の結果を得るのじゃ」
「つまり、この缶コーヒーが出せる、最も良い味を出してみせた、という事か」
シュレディンガーの猫は箱に入れる前より元気でした、と。
スクルドはドヤ顔で腕組みをしながら大きく頭を振って頷うなづいた。
「ごちそうさまでした。ああ元気が出た! 今すぐダンジョンに踊り込みたい気分だ」
「御粗末様でしたのじゃ。喜んでもらえて何よりなのじゃ」
「貴重な経験をさせてもらったが……これでどのくらいの信仰パワーを使ってしまったのやら」
「そうじゃのー マー君の毛根に換算して7923本分くらいか」
元気半減。
なぜわざわざ毛根換算するのか。
思わず薄くなり始めた後頭部を撫で付けてしまった。
「120円あげるから、俺に毛根を7923本増やしてくれ」
「血迷っておるのー」
「くそー、俺がファルフナーズの世界で天使になったら、スクルド教は毛根を奇跡パワーの燃料にしてやるからな!」
「カツラを被ったほうが早いのじゃ」
魔法の王国にカツラはありますかね?
「ええ、フィズバット・ファーボールと言う、毛玉のモンスターが居まして……それの調教
「へぇ……黒髪もいるのかな」
「いえ、紫の色しか……」
「20歳過ぎた男が被れるもんじゃないな」
「でもでも、とってもツルツルの潤いヘアーですわ!」
そこは問題じゃ無い。
むしろ余計酷い。
「きっとマサト様にも気に入って頂けると思います」
被らせる気だったのか……
「トリピュロンに戻ったら、私がペットとして飼っていたフィズバット・ファーボールを紹介致しますわ」
「へぇ……名前は?」
「アフロですわ」
そりゃずいぶんファンキーなお名前で。
「子供が産まれる直前にこちらの世界に来てしまったので、少々気がかりですわ……」
「子供産むモンスターなのか」
「ええ、もう名前も決めたのですわ。産まれたらマサト様にお譲りいたしますね」
「何て名前にすんの?」
ファルフナーズが目をキラキラ輝かせながら手を合わせて、よくぞ聞いてくれたとばかりに嬉しそうな声で言う。
「モヒカン、ですわ」
全力で遠慮しよう。