魔法少女まどか☆マギカ短編集   作:長串望

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なぎさとさやかのマジカル☆クッキング!(なぎさや)

「なぎさと!」

「……………」

「な!ぎ!さ!と!」

「……さやかのー」

「マジカル☆クッキング! なのです!」

「わー……」

 美樹さやかは虚無を呼吸した。

 さわやかな朝の空気が、恐るべき冷え込みとして台所の足元を襲っている。窓から差し込む日差しはまだ若く、朝露をきらめかせて弾けていた。閑静な住宅街は穏やかなまどろみの中にあり、通りかかる車の音も遠い。

 美樹さやかは、そんな爽やかな朝をしぱしぱする目で迎えていた。

 日曜である。

 日曜の早朝である。

 学生としても魔法少女としても、堂々たる公休として朝寝を決め込もうと思っていた日曜である。

 ところが現実として、さやかはいま、普段でも起きないだろう時間帯に、見知らぬ人さまの家の台所で、あつらえたようにサイズの合うエプロンを巻いていた。

 原因は、同じように体に合ったサイズの、しかしもっとファンシーで愛らしい色使いのエプロンを巻いた小学生のお誘いであった。

 いましがた露骨なテンションの差異を見せつけたクソガキこそが、諸悪の根源たる百江なぎさであった。なぎさは普段流している髪を少し高めの位置でポニーテールにして、間を通すようにして三角巾を巻いていた。足元の冷え込みに対抗するためか、ふわふわのスリッパも履いている。

 それは文句なしに可愛らしい小学生だった。さやかはロリコンではなかったが、もしかするとロリコンだったかもしれないと思い始めるくらいにはなぎさはかわいかった。そしてたとえロリコンであったとしてもこいつだけはねえと思い改めるくらいにはクソガキだった。

 土曜夜のパトロールを済ませ、さあ惰眠をむさぼろうと帰り支度を始めたさやかを拉致し、深夜営業のスーパーで買い物に付き合わせ、お腹を空かせた方がおいしいのですとか抜かして見知らぬ深夜の住宅街を魔力強化なしで走らせ、一睡もさせることなくこうしてキッチンに立たせているクソガキだった。

 まあそもそも、いつも怪我してお世話になっているさやかにごちそうしたいのですとかいう上目遣いのお願いにたやすく屈したのはさやか自身なのだが。

 怪我したときは回復役のさやかに、というのは見滝原の魔法少女にとって今や常識だった。そして常識になってしまっているからこそ、こうしてしっかりと感謝の意を示したいと言われると、さやかとしては何とも言えず面映ゆく、また嬉しい気持ちになって、頷かざるを得なかったのだ。

 まあ、見てないところで手足をポンポン落としては、生やしてほしいのですとかしれっと言ってくるヘヴィ・ユーザーに一言どころか小一時間お説教したくもあるが。

「さやかになぎさの手作り料理を味わってほしいのです。……ダメでしたか?」

 許した。

 さやかはロリコンではなかったが、許した。なぎさはいい匂いがした。

 この家はなぎさの家なのかとか、ご両親はどうしたのかとか、色々聞きたいこともなくはなかったが、眠気が一周回ってきた倦怠感の伴う覚醒感に、もう何もかも面倒くさくなっていた。

 棒立ちするさやかを置いて、なぎさはてきぱきと料理を始めている。

 さやかは調理実習で可もなく不可もなくをおしゃべりしながらだらだらと作り上げる程度の腕前だったが、なぎさは小学生ながら立派に料理の知識や技術を持っていた。

 とはいえ、物理的に小さいなぎさは踏み台がなければならなかったし、冷蔵庫や棚の上の方は椅子を持ってきて上らなければならなかった。なぎさは何も言わなかったが、さやかは黙って台を移動してやり、棚の上のものを取ってやった。そうするとなぎさはきょとんとしたように見上げて、それからありがとうなのですと花開くように笑った。なぎさはいい匂いがした。

 小学生が刃物を使ったり火を使ったりするのはどうなのだろうかと思いはしたが、さやかが見てるのでいいのですよと言われるとなんだかそのような気もしてきて、さやかは形ばかりの監督官としてちょこまかと動くなぎさを眺めた。ぴょこぴょこ跳ねるポニーテールや、冷え込むのにむき出しのひかがみを所在なく眺めた。

 なぎさはクソガキだったが、こと台所に置いてさやかは役立たずのクソ虫だった。

 なぎさはセラミック製の包丁で手際よく材料を切り分け、鍋でことことと煮込んでスープにし、形よくむいたニンジンを小さなフライパンでグラッセにした。さやかもそれを手伝い、何をするのかを見ていたのだが、いまだにさやかはニンジンがなぜあんなに甘くなるのか理解できないでいた。

 後で温め直すというそれらを置いて、メインが登場した。

 肉である。

 挽肉である。

 つやつやと照りも良い、お肉様である。

 スーパーで買ってきた食材の中にあったものではなく、なぎさがドヤ顔でない胸を張った、とっておきのお肉である。なぎさはいい匂いがした。

「さやかにはこのお肉を食べてほしかったのです!」

「なんか特別なの?」

「ふふふ、とっても希少なお肉なのです! お高いのですよ?」

 さやかには肉の味がわからぬ。さやかは、小遣いの少ない女子中学生である。食べ放題のぺらい焼肉で喜び、グラム単価が安いお肉ほど量が食べられると喜んだ。けれども人の金で食う肉の値段に関しては人一倍に敏感であった。

 ボールにぽてぽてと転がった挽肉は、いかにも家でミンチ機にかけましたよ、自家製のミンチですよと言わんばかりの風情があって、それがまたなんだかさやかには高尚なものに思えた。

 なぎさはゴム手袋をしてそれをぎゅむぎゅむと揉み込み、練った。さやかが聞きかじりの知識で玉ねぎや、またパン粉といったつなぎは入れないのかと聞くと、なぎさは今日は100%混じりけなしなのですと胸を張った。かわいい。これは期待ができそうだった。

 なぎさが踏み台の上で頑張って練っているのをただ黙って眺めているというのもなんだかためらわれたので、さやかもゴム手袋を貰って、交代で練った。

 なぎさは手慣れた手つきで、練り方も堂に入っていたが、何しろおててが小さいし、体も小さいから、力もうまく伝わらない。さやかは寝不足とは言え、回復魔法でけろりと回復したので体力は有り余っていたが、手つきはやはり怪しいものだった。にっちゃりとした生挽肉の感触に、おっかなびっくりこねるのである。

「む……結構難しいのね」

「ちゃんと練らないと美味しくならないですし、でも練り過ぎてもダメなのです」

「りょーかい、なぎさシェフ」

 それも、冷たい流水で手を冷やしながらこれをやるので、なかなかにしんどい。

 やがて挽肉がからまりあい、白っぽくなってくると、なぎさはあらかじめ用意しておいた調味料を加えてさらに混ぜ、納得がいくまでこねた。

 そうしてからようやく成型する。さやかは言われるままに両手の間でポンポンと投げるようにしてタネを成形した。こうすると空気が抜けるという。調子に乗って大きなものを作ろうとすると崩れてしまって、さやかは何度かやり直した。

 なぎさはおててが小さいので、大きなものはできない。しかし手際はよく、さやかが半端なサイズのものをなんとか歪に成形する間に、小さめのものをいくつか仕上げた。しかも中にチーズを仕込む余裕さえある。

 これにラップをして、冷蔵庫で少し寝かしてやる。

「あたしお腹減ったんだけど」

「ご飯もまだ炊けてないですし、一番おいしく作ってあげるのですよ」

 仕方なしにさやかはなぎさと並んで洗い物を片付けた。さやかが洗い、流し、なぎさが拭いて片づける。親子みたいだなとさやかはぼんやり思った。

「新婚さんみたいなのです!」

「はいはい、なぎさはいいお嫁さんになるわよ」

「さやかが嫁ですけど?」

「決定事項のように!!!」

 やがてご飯が炊けると、なぎさはスープとグラッセを温め、フライパンを熱した。さやかは皿を用意してそれを見守った。

 なぎさは、さやかの歪なタネを最初にフライパンに寝かせ、その横に小さめのものを並べた。じゅうじゅうと胸の弾むような音が響き、換気扇がごうごうと音を立てて香ばしい空気を吸い上げていった。なぎさの後ろからのぞき込むと、フライパンの中で柔らかい赤色をしたタネが、なんだか途端にハンバーグらしく見えてきた。

 なぎさは真剣なまなざしでフライパンの中のタネを見つめ、口の中で小さく数を数えているようだった。うなじにしっとりと汗がにじんでいたが、気にした風もなく熱いフライパンを覗き込んでいる。なぎさはいい匂いがした。

 そして時来るや否や、なぎさは素早くフライ返しで種をひっくり返していった。香ばしく焼きあがったその肌は確かにハンバーグである。さやかのそれは、大きすぎたし、成形が甘かったので、早速割れたが。

 なぎさはさっと蓋をして火を弱め、そのぱちぱちいう音に耳を傾けながら、また口の中で数を数えた。

 さやかが横からそれを覗き込むと、ご飯をよそいスープを注ぐように言われて、そのようにした。

 テーブルにそれらを並べて戻ってくると、温められた皿に、ハンバーグとグラッセ、そして洗って手ちぎりしたレタスがよそわれていた。そこに、切ったばかりのトマトが添えられて、ようやくさやかは「よし」を得た。

「いやー……やっぱりちょっと崩れちゃったね」

「さすがにさやかのはおっきすぎたのです。さやかがおっきくするからいけないのです」

「なぎさのはちっちゃくてかわいいじゃん」

「さやかはロリコンなのです」

「文脈ゥ!!」

 ご飯は程よい硬さに炊き上がり、スープも柔らかく心地よい香りがする。

 しかしなにより、ハンバーグがまた食欲を誘った。焼き立ての香ばしい香りが何とも言えない。

 頂きますと手を合わせて、早速さやかはハンバーグに箸をつけた。繋ぎもなく肉だけだというのに、変に硬くなく、自然に柔らかくすっと箸が入り込み、驚くほどどっと肉汁が溢れてくる。まるでジュースだ。それに絡めるようにして取り上げて口に含めば、脳天突き抜けるような旨味が口の中に広がった。

「うっ……まっ!」

 それははじめて食べる味わいだった。語彙力も消滅させて、さやかは「うまい!」「うまい!」と一口ごとに叫ぶほどだった。牛肉のような、ラムのような、しかしそれとも違う。もっと豪華な香りがある。安い肉には牛臭さや豚臭さのようなものがあるが、これは臭みというよりも力強い香りだった。あるいは以前、巴マミがストレス解消にと休日を丸々一日使って煮込んだビーフシチューのような濃厚ささえあった。

「いや、ほんとに美味しい……すっごくいい香りがして……ご飯が進むわ!」

「んふふ、お口にあってよかったのです」

 なぎさもにこにこと嬉しそうにさやかを眺めながら、チーズ入りのハンバーグを食べている。その無邪気な満面の笑みを見ていると、クソガキとはもうちらとも思わなかった。愛らしい女の子だった。なぎさはいい匂いがする。多分明日にはまたクソガキだと思い始めているが。

 さやかは香りのよいスープをすすって一息ついた。

「ねえ、ところでこのお肉は何のお肉なの?」

「美味しい挽肉なのですよ」

 にっこりと微笑むなぎさは、いい匂いがした。

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