魔法少女まどか☆マギカ短編集   作:長串望

7 / 19
ほむあんがうどん食うだけのお話

「うどんってお前」

 魔獣退治ですっかり疲れて、胃袋が勤労意欲たっぷりにスタンバイし始めているというのに、あたしは何の因果かうどん屋なんかの前にいた。繁華街の中程に暖簾を出した小さな店で、カウンター式の席数は二十あるかないかと言う位だったが、時間帯が半端だったからか、入れ違いでおばさんが出て行っただけで、他に客の姿はなかった。

 我が物顔で真ん中あたりの席を取るほむらの隣に渋々と腰をおろし、ぼやくように言ってやれば、じろりと性格の悪そうな目で睨まれる。

「この前日曜の朝っぱらからラーメンに付き合わせたの誰だったかしら」

「あたし」

「そうね」

「すげえいいことした」

「はあ?」

 本当にこいつは嫌そうな顔をさせたら並ぶ者がいない。

「うまかったろ」

「…………はぁーあ」

 これ見よがしに鉛みたいな溜息を吐いて、小さく肩をすくめてそっぽを向くほむら。

 いつもそんな風にとことん気が合わないと言う様に空気の悪い奴だが、結局何だかんだこうしてつるんでいることが多いのだから、こいつはさぞかし友達がいないのだろう。転校してきたばかりのあたしでさえクラスメイトと放課後にバーガー齧ったりしてるのに、その間こいつが何してるのかって言えば、鉄砲と火薬と爆弾と、あたしにはよくわからない機械の類をいじりながら味も素っ気もないブロックを齧ってるのだ。

 勿論お前友達居ないだろなんて正面から言えばただでさえ気位の高い野良猫みたいなほむらがすっかりへそを曲げてしまうのはわかっているから、幾らデリカシーに欠けると言われるあたしだって真っ直ぐ指摘なんかしない。

 でもあたしはそういうお前の可哀そうな所知ってるんだからなとそっと微笑んでやるだけだ。

「なに? 死にたいの?」

「お前ほんと嫌そうな顔させたら並ぶ者ないな」

 しかしほむらが可愛そうなやつで、こころの広いあたしが付き合ってやっているのは半ば義務みたいなもんだとしても、だからってうどんはどうかと思う。

 別にうどんを馬鹿にする訳じゃあない。嫌いじゃない。

 でも走り回って暴れ回って、あー疲れたー腹減ったーって時にがーっと腹に詰め込みたいものかって言えば違うんじゃなかろうか。

 あたしはてっきりラーメンでもと思っていた。

 馴染の、殆ど趣味でやってるんじゃないかっていうぼろいラーメン屋でもいいし、昨日出来ては明日潰れている様な新規ラーメン屋のどれかを開拓してみるってのも手だった。前から見かけてるんだけど行ったことはないんだよなって店を発掘するのだって悪くない。

 それですっかりラーメンの舌になっていた所に、ほむらが連れてきたのがこのうどん屋だった。

「毎度毎度あなたに付き合わされて化学調味料の固まり食べさせられてる身にもなりなさいよ」

「餓えた者にあなたのパンを分け与えよ、だ」

「人はジャンクフードのみに生きるに非ずよ」

「そうだな。信仰と感謝とカネ。で、メシだ」

「…………はぁーあ」

 愛嬌のあるおばちゃんにほむらがむっつりとうどんを頼むので、あたしは深く考えずに大盛りを頼んだ。せめて量は欲しかった。

 おばちゃんは麺をゆでながら、御盆に何やら準備を始めた。漬物に、薬味皿にたっぷりの刻んだ浅葱、それにごっとりとワサビ。それに、生卵。

「……なァんだこりゃ」

「こうするのよ」

 見ていると、ほむらは生卵を割って溶き、そこに薬味を全部放り込んだ。たっぷりの浅葱もごっとりのワサビも全部だ。おいおい、と思って見ていると、ワサビがきっちりとけるようにしっかり混ぜている。

 そばにワサビがついてくるのはわかる。だがうどんで、しかも溶き卵に混ぜ込むというのは初めて見た。しかしいいのか。ワサビってのはこう、あんまり溶け込ませないでつんと爽やかな辛味を楽しむもんなんじゃないのか。わからん。こういう手合いは、馴染がない。

 しかし見ていたって仕方がないので同じようにしてみるかと盆を見ると、卵が二つ。大盛りだからか。

 ちゃかちゃかと卵にワサビを溶いていると、おばちゃんが茹で上がったうどんを持ってくる。細目だが、なんだかかまたまみたいだ。丼にあんまりたっぷり持ってくるものだから、幾ら大盛りでも大概だろうと目を剥くと、ほむらが意地悪げに笑う。

「下にザルが敷いてあるの。底上げしてるから、あなたが期待するほど多くはないわ」

「へん、こんくらい屁でもねえや」

 ちょっと驚いたが、まあ所詮うどんだ。食いきれないってことはない。

 さてどう食ったものかと見ていると、おばちゃんが御燗よろしく湯煎に突っ込んでいた徳利を寄越してくれる。

「熱いから、おしぼりでもってね」

「うン、あんがと」

 受け取ると、確かに熱い。つけうどんだが、ツユがあったかいのはこれもはじめてだ。うどんといえばざるうどんかキツネうどんか、そんなイメージしかない。

 ほむらの真似をするように、さっき溶いた卵にとっとっと、と八分目くらい注いで、ざっくり混ぜる。卵が固まる程には熱くないが、さっと上る湯気がにくい。たっぷりの黄色い溶き卵に、緑の浅葱、溶けて見えないワサビ、そして黒々したツユ。混ざり合って何だか不思議だ。みょうてけりんだ。

 もうほむらの見様見真似なんざ待ってられないと、がばりとうどんを取ってツユにつけ、啜り、そして盛大にむせた。何しろ、熱い。茹でたての上に湯にひたしてあるし、ツユだってあったかいのだ。それでも何とか飲み下すと今度は喉が熱い。慌ててお冷をぐいっと干せば、喉から押し下がって今度は腹が熱い。だがそれでも何とか一息ついた。

 隣を見れば馬鹿の相手はしていられないわとばかりにつんと澄ましてつるつるとうどんを啜っている。畜生め。すまし顔の癖に、何だかうまそうだ。

 考えてみれば普段食べてるラーメンだって熱いのだ。細目ったってこんなに太いうどんが、アツアツの状態で待ち構えているのだ。考え無しに一気に啜ったら、そりゃあ熱い。

 ちょいと癪だがちまりとつまみ、ツユにひたしてつるつると啜る。さっきは熱くて熱くて味なんてわかりゃあしなかったけれど、しっかり味わってむぐむぐ食べてみると、なんだか不思議な味だった。初めて食う味だ。

 うどんと言やあ、出汁が命だ。言うなれば出汁の香りばかりで食うものと思っていた。だがこいつはどうにも違う。そりゃあ、ツユは出汁も利いている。しかし卵の存在がある。何しろ半分くらいは卵だ。月見そばの卵を崩した時の感じってんでもないし、すき焼きの溶き卵ってんでもない。卵が綺麗に絡まって味が丸く落ち着いてる。でも生卵だけ食べた時の鼻水でも啜ってんのかっていう感じじゃあない。卵かけご飯の醤油の利いた感じでもない。きっちりツユと綺麗に割り合って、いい具合に腰を落ち着けてる。

 いいじゃないか、とつるつる啜りきった所で、鼻を通ってぎゅっと仕掛けてきたのがワサビだった。卵とツユのまあるいコラボレーションの、うまいはうまいけどちょっと弱いかなってところに、ごっとり溶かしたワサビが駆け抜ける。駆け抜けるが、残らない。

「ほうっ」

 すっと爽やかな辛味が抜けるけど、涙が出る程じゃあない。成程、しっかり溶かせというのはこういうことだ。塊があると、つっかかる辛さになっただろう。しっかり溶かしてまんべんなくワサビが広がったおかげで、丸みの中に程よくつんと利いてくる。もしワサビが無かったら、片手落ちだ。

 しゃきしゃくと歯茎に気持ちいい浅葱の触感も飽きさせない良いアクセントだ。真っ白いうどんの麺に、卵の黄色とこの浅葱の緑がちらほらと絡んでいるのは、目にも鮮やかで楽しませてくれる。シンプルな彩だが、鮮烈だ。

 なんてことをあたしがゆっくり考えながら食ってたかっていうとそんなことはなくて、ずる、ずるずるる、ぞろろろろーっと、水木しげるの描きそうな勢いで麺をたぐっては啜ってたぐっては啜ってと休む暇がなかった。

 もしかしたら途中で飽きちまうんじゃないかと心配なくらいたっぷりと盛られたうどんだったけれど、底上げのざるが見えてくる頃には、アアッ、もう終わりなのかと物足りなささえ覚える位だった。

 すっかりうどんを啜り終えた頃には、ああ、食べ終えちまったという不思議な感覚だった。ザルをひっくり返して下にまだ隠れていないかと探した位だ。

 そうしていると、別にゆっくり食べていた訳でもないほむらがようやく食べ終えて、箸を置いた。

 なんだかちょっと物足りないけど、出るか、と財布を取り出そうとすると、おばちゃんが湯煎から取り上げた大きな徳利を寄越してくる。

 何だこりゃ、と思っていると、ほむらがそいつをツユ入り溶き卵にとぷとぷ注いでいくじゃあないか。

「釜湯よ」

「釜湯だぁ?」

 どうやら蕎麦湯みたいなものであるらしい。蕎麦湯はまあ、蕎麦が溶け出るのはわかる。しかしうどんゆでたって小麦だけだろう。何の意味があるんだ。しかしまあ、出してくれるんなら貰おう、その位のつもりで同じ様にとぷとぷ注いで、締めにと思って一口啜ってみる。

「おっ」

 その一口がはじける。

 そりゃそうだ。卵にツユにこの釜湯にと大分薄められてはいるが、ごっとりワサビを溶かしているのだ。それがまた上手いこと呑めるくらいに調節されて、ほっとする温度で出されるんだからたまらない。こくりこくりと何回かに分けて飲み干し、けぷりと小さくげっぷをもらすと、ワサビがつんと鼻を過ぎ去った。

 何時ものラーメンよりひょっとすると安い位の会計を済ませ、ほむらと連れ立って店を出ると、二月の冷たい風が頬を撫でた。だがうどんで暖まったからだにはちっともこたえない。

「たまにはこういうのもいいでしょう?」

「そうだな。たまにはな。なあおい、腹ごなしに少し歩こうぜ」

「帰って寝ないの?」

「そんなに眠くないんだ。変だな」

「ラーメンをお腹一杯に詰め込むから、いつも眠くなるのよ」

「そんなもんかね」

「そんなものよ」

 訳知り顔でするりと歩き出すほむらについて、あたしも繁華街をのんびり歩きだす。

 普段より何だかほむらの黒髪が弾むように見えるのは、きっとうどんが思いの外に美味かったからだろう。

 

 

 

「おい、あれうまそうだな。買ってこうぜ、たこ焼き」

「まだ食べるの?」

「歩いたら腹減った」

「…………はぁーあ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。