篠原綾香(しのはらあやか)……2年1組。正弘の中学時代からの友人。剣道が得意。
『戦車道~!それは伝統的な文化であり、古来より世界中で、男女問わず人々の嗜みとして受け継がれてきました』
薄暗くなった体育館の中、軽快な音楽と共に、スクリーンに戦車の映像が映し出される。
『礼節のある、たくましくて教養のある人の育成を目指す、武芸なのです!』
「ほあ……か、かっこいい……」
後ろからそんな声が聞こえた。武部か?
確かにスクリーンに映る軍服を着た男女は、凛々しくかっこよく見える。彼らが側にある戦車に乗り込むと、戦車―――Ⅲ号戦車J型はエンジン音を震わせて走り出した。
『戦車道を学ぶことは、人としての道を極めることでもあります―――』
大げさだな、おい。
『―――鉄のように熱く強く、無限軌道のようにどんな道でも乗り越え、それでもってかたかたと愛らしい。そして大砲のように情熱的で必殺命中!』
ズドン!Ⅲ号戦車が戦車砲を撃つ。その音に驚いたのか、一瞬体育館内がざわめいた。
『それが戦車道をたしなむと、自然と身につくのです!』
数十両の戦車が隊列を組み、行進をする。Ⅲ号戦車、Ⅳ号戦車、シャーマン中戦車にクロムウェル巡航戦車。第二次世界大戦中に活躍した戦車達だ。戦車から身を乗り出している戦車道選手やその戦車の威容に周囲のみんなは圧倒されているようだ。
『さぁ!皆さんもぜひ!戦車道を学び、心身ともに健やかで、美しくたくましい人になりましょう!』
……
「私、やる!」
教室への帰り道、武部が急に言った。
「私、戦車道やるよ!だってモテるんでしょ?」
「しらねぇよ、そんなこと」
「わたくしも戦車道やってみたいです。何かアクロバティックなことをやりたいと思っていたものですから」
五十鈴もか。てか、お前実家が華道の家元だったよな?それに戦車道はそれほどアクロバティックなものでもないぞ。それを言うならアクティブだろ。
「みほもやろうよ!戦車道!」
「ふぇ?」
……
「やろーよ。それにみほ、家元なんでしょ?いろいろ教えてよー」
「そうですね。みほさんがいると助かります」
おい、お前ら……
2人とも事情は知っているはずなのだが。
「え、えと……わたし……」
うーん。これは、断りにくいよな。
……
よし、ここは話題転換だ。
「なあ、昼飯どうする?」
「そういえばそうだった。私たちまだお昼ごはん食べてなかったのね」
「そうでした。忘れていました」
意外と簡単に食いついてきた。よし、このまま戦車道の事は忘れてもらって……
「じゃあ鈴木、購買でパンかなんか買ってきてよ」
………
「なんで俺が……」
「だって言い出したのあんたでしょ」
そんなこと言われても……
「私、メロンパンね。よろしく~」
「じゃあ、わたくしはカレーパンと焼きそばパンと……」
お前も乗るのか、五十鈴よ。
「わ、分かったよ買ってきてやるよ!後で代金ちゃんと払えよな」
「わかってるわかってる。みほはどうする?頼んじゃったら?」
ま、待ってくれ!それ以上は俺の懐が……
「わ、わたしは自分で買うよ。二人は先に戻ってて」
「そう?じゃ、先に戻ってるね」
途中で武部、五十鈴と別れ、俺とみほは購買部へ向かう。昼休み終了まであと10分。まだ十分に時間はある。
「………」
「………」
さっきからみほは顔を俯けたままで全く話そうとしない。さっきの選択科目のことを気にしているのだろう。
「無理、しなくていいんだぞ」
「え?」
「戦車道は俺がとるから、みほは好きなのを選べよ」
「で、でも……」
俺はもう戦車道やるって決めていたしな。
「生徒会のことなら気にするな。俺が何とかする」
なんとかできる見込みはないのだがな……
「どうせ、経験者が必要とかそんなところだろう。だから心配すんな」
みほを安心させようと、俺は手当たり次第に思いついたことを言う。
「……けど、武部さんと五十鈴さんは、戦車道やりたいって言ってるし……」
まぁ.そこは悩むところだろうな。
「別に違う科目を選んだだけで恨まれたりはせんよ。あいつらいいやつだし」
人にパンを買いに行かす奴らだけどな。
「………」
「ほーら急ぐぞ。早くしないとパンが売り切れてまう」
みほの背中をぽんと押して俺たちは購買へ急いだ。
翌日、みほは必修選択科目を香道にして提出した。武部も五十鈴も彼女の事情を思い出したのかわからないが「だって、一緒の方がいいじゃん」などと言って、みほと同じ香道を選択した。
俺はもちろん戦車道。笹原も同じだ。さらに昨日の夜、電話で何人かの友人を勧誘しておいた。
驚いたのは、清水が戦車道を選択したことであった。理由を聞いても「別にええやん」の一点張りで、理由は教えてくれなかったが。
さて、最大の懸念要素は、みほが戦車道を選択しなかったことについて生徒会がどのような反応をするかだ。わざわざ本人のところまで行って、戦車道を取るように言ったのだ。それに応じなかったのであればそれなりの対応はするであろう。
ま、経験者の俺が選択してるんだ。見逃してくれるのを期待するが……
…………
「これは、どういうことだ?」
…………
昼休み、俺は生徒会室にいた。
「なんで、せんたくしないかな~」
角谷会長がふてくされた様子で言う。
生徒会は見逃してくれなかった。4時限終了後、俺とみほは放送で生徒会から呼び出しをくらった。武部と五十鈴が心配してついてきてくれた。
河嶋先輩が香道に丸印がつけられているみほの科目選択用紙を俺たちにつきつけ、角谷会長の方を振り返って言う。
「我が校、鈴木・西住両名を除いて戦車道経験者は皆無です」
「終わりです。我が校は終了です!」
「勝手なこと言わないでよ!」
真っ先に反論したのは武部だ。
「そうです。どうしてやりたくないと言っているのに、無理やりやらせようとするのですか?」
続いて五十鈴も言う。
「生徒会に逆らった場合、どうなるか分かっているのか?」
「そんなの知らないわよ!」
「あんたたち、学校にいられなくしちゃうよ~」
さっきから頬杖をついてふてくされて様子の会長が言った。
「脅すなんて卑怯です!」
「脅しじゃない、会長はいつだって本気だ」
「そんなの横暴です!」
「横暴は生徒会に与えられた――――」
………
河嶋先輩と武部・五十鈴の言い合いになっていて、俺の立ち入る隙がない。みほはずっと俯き黙ったままだ。
「あんたたちが何言おうと、みほは絶対戦車道やらないから!」
「西住さんのことはあきらめてください」
「何度も言うが、生徒会の命令は絶対だ。逆らった場合――――」
このままでは解決しない……どうすれば……
「あ、あのっ!」
「!?」
さっきまで俯いていたみほが、突然ばっと顔を上げて、
「あの!わたし―――」
生徒会室にいた全員の視線がみほに集まる。
「―――わたし……戦車道、やります!!」
……なっ!?
「「「えええええええぇぇぇ!?」」」
放課後、戦車道のオリエンテーションがあるというので、戦車道履修者は、グラウンドの奥にあるレンガ倉庫の前に集合させられた。
「しかし……いいのか?」
俺は隣に立つみほに言った。
「えっ?」
「戦車道、あんなにやりたくないって言ってたのに」
「………うん、やっぱりちょっと不安だけど……今は―――――」
そう言いながら、みほは武部や五十鈴の方を見て、
「友達が、いるから」
「そうか……」
なら、いいのだが。
「ま、よろしく頼むぜ」
そう言って、俺はみほの肩をポンポンと叩こうと手を上げると――――
がしっ!
「ん?」
後ろから誰かに手を掴まれた」
「校内でセクハラ行為は禁止だ、鈴木」
聞き覚えのある声。俺は恐る恐る振り返る。
「げっ!し、篠原!?」
目の前にいたのは、サイドテールの背の高い女の子。
「なんでお前がここにいんだよ!」
「いたら悪いのか?」
そう言って、篠原は腕を組みながら頬を膨らませる。
篠原綾香、2年1組。クラスメイトだ。
篠原は中学時代からの同級生で、剣道が得意な(性格は)男勝りの女の子だ。女子の中では背が高く、俺と同じくらいある。てっきり選択科目は剣道を選択したと思っていた。「おまえ、剣道じゃなかったのか?」
「私が剣道以外の科目を選んだら悪いのか?」
「そういうわけじゃないけど…」
あー、弁解するのが面倒だ。
「おい、オリエンテーション始まるみたいだぞ」
笹原が俺の背中を叩いて言った。よし、ナイスだ笹原!
いつの間にか例の生徒会の三役が倉庫前に立っていた。
「これより、戦車道のオリエンテーションを始める!」
そう言って、半開きになった扉から倉庫に入って行った。俺たち戦車道履修者もぞろぞろと続く。
倉庫の中は暗かった。誰かが照明を付け明るくなる。
「げ……」
誰かが言った。
「う……」
俺も思わず唸ってしまった。
目の前にあったのは、ぼろぼろになった戦車だ。覆帯は外れ、錆と油でドロドロ。さらにそれらのにおいが猛烈に鼻孔を刺激した。
「何…これ…」
「なんか臭い~」
「思ってたの違う~」
俺だって思ってたのと違う。
すると、みほがゆくっりと戦車へ歩み寄って行き、戦車を見渡し始める。
その様子を俺たちは黙って見守る。
「転輪も装甲も大丈夫そう。これなら、いける」
おおーっ!と歓声が上がる。
戦車のある学園生活が、今始まった。
どうも、鈴木大佐です
ようやくアニメ第1話分が終わりました。ちんたらしててすいません。
次回はようやく主人公・鈴木正弘の乗車が登場します
では、また次回~