あぁ、提督よ!―古今東西提督日記—   作:御手洗団子

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ちょっとだけ変なシリアスが入ってます。


だらしない提督とベルファスト 3

 レッドアクシズ所属陣営、重桜。彼らは自身達の事を皇国とも表現するこの陣営は他の陣営と比べてその本拠地、つまりこの惑星に存在している数少ない大陸陸部分は細長く面積はそれほど広くはない。

 ロイヤルのように小さな大陸から他に存在していた小さな陣営をまとめ上げて一つの強大な軍隊とした名を上げた陣営とは違い、重桜は海に囲まれた島国であるので一つの貿易国として長い間その名前が表舞台に上がることは無かった。

 その陣営が四大陣営に数えられる強大な国家になったのは、その優れた交易能力と独自発展した兵器技術、それと裏舞台で暗躍し、セイレーンとまで取引をしたおかげとも言われているが、それは誰にも分かっていっていない。分かるのはセイレーンが登場してからその名が多くの所で見られるようになったということだけである。

 その中でロイヤルと重桜の重桜の共通点は、一人の女王が代表として国を治める国王寄りの立憲君主制を取っていたということで、ロイヤルはこれをクイーン、重王は皇王と称している。

 重桜の代表である皇王と血縁のある者は親王と呼び、生まれた時から持つ特権階級によって常人よりも富を約束されていたが、国を率いる者として率先して戦場へと赴く義務もまた持ちあわされていた。

 特に生まれることが少ない男子は皆必ず指揮官としての技能。つまり戦艦少女を扱う才能を持ち合わせていたので、幼少のころから教育を受けその手を血で濡らす運命を決定づけられる。

 なので男子である親王はまだ齢二十を超えないまま提督になっている者達も少なくない、これは他の陣営と比べて珍しい部分でもあった。

 

 

 ○

 

 

 

「これ、意外と、というか外見通り脂っこかったわね……」

 

 賑わいの声が聞こえる食堂の中で、敵陣営であるプリンツが手に着いた油を艶かしく舐め取る。テーブルにはフィッシュ&チップスの包み紙が転がっており、中尉から無理矢理奢らせていたものだった。

 その対面の席にはベルファストがただ礼儀正しく座ってその様子を見つめており、その後ろには戦艦少女達がおおよそ礼儀とは無縁の態度でプリンツに視線を送っていた。

 中尉は他の少女から別途プリンツとの関係について根掘り葉掘り聞かれており、今彼は尋問術の良いモルモットになっている所である。

 

「御馳走様、美味しくなかったわ」

 

「そうですか、お腹は膨れたようで結構です」

 

 口角を上げるプリンツと表情を一切変えないベルファスト。対照的な二人であったが、どちらとも相手が歴戦の兵士だということは直感的にも倫理的にも分かっていた。

 プリンツは戦場に置いて数少ない殺人の技術を芸術の一種にまで錯覚させることが出来る少女であったし、ベルファストもまた同じくその芸術的感性の持ち主であった。

 戦うために作られた少女達は、誰から許可を貰わずとも相手が仕掛けてくれば喜んで迎撃に当たり殺し合いに臨むであろう、それが強敵との戦い、彼女たちの奥底にある本能の一つだからだ。

 だがベルファストは戦うことが嫌いと言う提督にしては失格である自らの主人の願いから、プリンツは提督から禁止されており、あの男が指揮をするならばこちらには勝ち目がないという戦術眼からその本能を押さえている。それもまた有能な兵士の資格であった。

 

「それで、お腹は膨れたのですから、次はこちらの質問に答える約束では?」

 

「ええ、良いわよ。さっきの料理の味の分だけ答えてあげる」

 

 そういうとプリンツは手を組んで、質問を催促する。勿論プリンツが軍事機密にこたえることはありえなかったが、ベルファストにはそれよりもプリンツが主人と何の関係があるのかを知りたかった。主人が何者であろうと一度決めた相手には過去を詮索せず黙って使えるのがメイドとしての彼女の矜持であったが、今回ばかりはそうも言ってはいられない、自分はともかく他の少女たちに鉄血と内通しているのでないかという印象をもたれたらそれこそ事である。

 

「それでは、ご主人様とはどのような関係で?」

 

「ご主人様? アイツご主人様なんて言わせているの?」冗談でしょうと言いたげにプリンツが失笑した。

 

「私がそうお呼びしています。あの人は私にとって使えるべき主人ですので」

 

「はっ、犬が犬を飼ったか……まぁいいわ、あの人とは昔部隊が同じだったの。所謂秘書艦ね、貴方と同じ」

 

「秘書艦……? あの人は重桜の人間では?」

 

「重桜の部隊が支援任務の命を受けて鉄血領に来たときに、私達が配属されたの。別に珍しいことではないでしょう? 秘書艦になれたのは運が良かったけれど」

 

 確かに珍しいことではなかった、見知らぬ土地に転属される際にその海域に詳しい少女が配置されるのは一般的であったし、鉄血からしたら余所の提督たちを監視する役目もあったのかもしれない。

 

「その時に、ご主人様は部隊の中に?」

 

「そう、アイツの部隊は鉄血に来た中でも特に異様……いや、変人の集まりと言った方が正しいかしら? 提督七人編成で司令官は一人、他の部隊と違い秘書艦一人だけ連れて後は現地雇用の形を取っていて、たまたま私は秘書艦を重桜に置いてきたアドミラルの秘書兼旗艦として選ばれたわけ」

 

 少ないな、とベルファストは思った。提督が一度に戦闘指揮が出来るのは一艦隊が限度、つまり六人で編成された戦艦少女の部隊一組が限度である。無論指揮だけならそれの四倍、第四艦隊まで指揮が可能だが、その場合は戦闘は各個の状況判断にゆだねるしかない。しかしながら相手が提督が指揮する艦隊であった場合勝率は急激に下がっていく。

 これは高速戦闘に順応するために脳を酷使する提督、および司令官には破れぬ壁であり、どの陣営でも共通の事柄であった。

 なので、基本作戦に投入する提督の数は多ければ多いほど良い。なので何の支援任務かは知らないが、せめて提督は二十人からなる小隊規模は欲しい所であろう。

 同盟関係を結んでいるとはいえ閉鎖的で秘密主義の傾向的である重桜に鉄血が喜んで提督まで貸し与えるとは思えなかった。

 

「そこでは何の任務を?」

 

「あら、そこは軍の機密よ。答えないわ」

 

「拒否権があると思うか?」

 

 気の強い少女がプリンツを睨みつけるが、当のプリンツは意にも介さず不敵に微笑んで軽く受け流す。いつでもどうぞとでも言ってるようであった。

 

「貴様……!」

 

「では次に」そのプリンツに憤った少女が踏み出すのを、ベルファストは強い語気で次の質問に移ることでやめさせた。「ご主人様とはどのような関係でした?」

 

「質問、変わってないわよ。……あぁ、そういうこと」プリンツも質問の意図が分かると、挑発を止めてベルファストに向き直る。

 

 今日何度目かの視線の合わせ合いが続くが、それは先ほどまでの兵士の目とは違い感情の籠った目つきである。ここからは一兵士ではなく、一個人の女としての話らしい。ここに中尉がいたら、「やれ、戦場にいた方がマシだな」と軍帽替わりのエプロンを胸に押し当てることだろう。

 

「知りたい?」プリンツが指を咥えてベルファストを見る。

 

「是非」藍色の瞳がプリンツを捉える。静謐な光の中に赤色の感情の炎が一つ燃えていた。

 

 それは一つの戦いの始まりであった。

 

 

 

 ○

 

 

「あのー……もうそろそろ解放してくれてもいいんじゃないかい? 出来る限り話したと思うんだが……」

 

「駄目ですよ! まだまだ順番待ちの子がいるんですから! いやー、一回来てみたかったんですよね、刑事さんの服って!」

 

 中尉はうんざりしていた。まるで刑事ドラマの取調室の様な部屋でもうかれこれ何時間か拘束されっぱなしである。

 少女たちも楽しんでいるのか、刑事の恰好をしてくるわ、カツ丼ならぬ特大プリンを何杯も持ってくるわ、挙句の果てにプリン代は全て中尉持ちだと食べた後で言ってくるわで散々であった。

 全く、敵国の戦艦少女と知り合いと言うだけでなぜここまでされなければいけないのか、そもそも重桜から亡命してきたのだから敵国に知り合いがいても可笑しくは無いだろうに。

 

「失礼する」

 

 いい加減、適当な嘘でも作って自白してしまおうか。そんなことを中尉が思っていると、一人の少女が名ばかり尋問室に入ってきた。いずれも中尉で敏腕刑事ごっこと、または純情科ごっこをしてた少女よりも立場は上であり、あの大佐の秘書艦をしている少女でもあった。

 

「あ、どうかされましたか?」

 

「すまないが、人払いを頼む」

 

「はい、ですがまだ順番待ちが……すいません、すぐに」

 

 自分の先輩たちも中尉の尋問大会に参加するのかと思っていたのか、少しだけ反論するが、そうではない事を雰囲気から感じ取ると慌てて部屋から出て行った。

 残るは中尉と秘書艦たちだけになり、彼は彼女の自分を見る目からどうにも空気が今までの刑事ドラマではなく、軍隊ドラマに変わりつつあるのを感じた。それも場面は敵兵に捕まった兵士の拷問シーンと言ったところか。

 

「あの、交代ついでに僕もちょっと外に出して貰えないかな? いくらお遊びとはいえ亡命前の人の付き合いだけで何時間も椅子に座ったら腰が痛いのなんの」

 

「そうですか、中尉はデスクワークには慣れておられませんからね。しかしながらそれは致しかねます」

 

「何故だい?」

 

「先ほどプリンツ・オイゲンとベルファストの実弾無き砲撃戦がやっと終了しまして、お互い大破着底と言ったところでしょうか」

 

「それはそれは……」

 

 中尉はその場にいなかったことに持てるちっぽけな信仰心すべてを神に捧げた。普段物静かな二人の口撃戦のとなると最も世の中で恐ろしい出来事の一つにであるに違いない、実際の砲撃戦よりも数倍怖い。

 

「その口論は確かに恐ろしいものでありましたが、その前に中尉が以前鉄血での任務に従事していたことが話題に上がりまして」

 

「へぇ……」

 

「その話によると、貴女はあのプリンツ・オイゲンを秘書艦にしていた時期がありましたね?」

 

「あ、あぁ。そんなこともあったかな?」あの女いらぬ事を。中尉は普段口にしない口調で心の中で舌を打った。

 

「私は今はあの大佐の秘書艦をしていますが、負傷して前線を引く前は鉄血との戦いに従軍しておりました」

 

「そうなのかい? 全くそうは見えなかったが」これは嫌味でもなく本心から出た言葉であった。まったくそうは見えない、戦闘に慣れた兵士にしては隙があり過ぎて、ベルファストと比べると熟練兵と新兵までの差があるように見える。

 

「まぁ前線にいたのは新兵の頃で、すぐに負傷してしまって本国へと修理に還されたのですが……」

 

 なるほど、一応戦場を見た新兵と言うわけか。自嘲気味に話す少女を見て中尉は納得した。だが、それだけでも優秀ではあったのだろう、だからこうして後方勤務である大佐の秘書艦になっている。

 つまりは戦場が恐ろしいことを知っている。だが目の前の少女にはまた別の感情があることに中尉は気付いていた。

 

「私はその数カ月の中で私は鉄血の中に重桜の部隊を見ました」少女は続けた。「遭遇したのは一回限りでしたが、良く覚えています。鉄血の戦艦の中に重桜の戦艦がまぎれており、指揮艦は印をつけていました、重桜の動物が描かれた特別な紋章です」

 

 少女はいくらか緊張した面持ちであった。彼女は職務怠慢な大佐の職務一心に引き受けている身であり、その中で重桜に関する書類に目を通す機会も多くあった。

 その中で彼女の目を引いたのは親王の存在である。重桜で皇王の親族に付けられるこの名称は、海の上ではその名を聞くとき非常に人に恐怖を与える物に変わる。

 戦場に出ている親王たちは皆、恐れを知らず勇敢で優れた司令官として名を収めているのだ、敵に対する容赦のなさもまた、風聞として広がっていた。

 あの戦場で、同僚を殺し、上官を殺し、提督を殺した艦隊は親王の一人なのだと彼女はその時に気付いた少女は、興味本位、または一種の復讐心のために自分がであった親王について調べ上げた。。

 だが、当時燃え盛っていた彼女の復讐心は今や燻る小さな火になってしまっていた。それは自分が相対した親王、重桜で「狛犬」と呼ばれる動物の紋章(エンブレム)を使う、——皇位継承権の親族不明、名前不明―親王はすでに作戦中死亡していたからである。

 自分と同じ誰かの復讐者の手にかかったか、それともただ自分より強い司令官に負けたのかは分からなかったが、遺体も海に沈みまた親王の親衛隊たちもまた共に運命を共にしたと言われており、それを見たとき、少女は戦う意味も消えうせて後方勤務の提督に仕え続けることを覚えている。そしてそのまま何年もの月日が流れていた。

 しかし今、自分の目の前に死んだはずの人間が座っている。燻った炎が再度燃え上がるには十分であった。

 

「貴方はあの親王なのですか?」少女の目の奥に一つの炎が灯った。死んだ人間が生き返るなんてばかばかしいにも程があるが、確かめられずにはいられなかった。

 

「止めておいた方が良いよ、まだ処女なんだろう?」だが、その殺意を向けられても中尉はただいつもの様に困った笑いを向けるだけであった。

 

「初めてではありません。セイレーンを何度も沈めました」

 

「違うよ秘書艦殿。同胞を殺すことと化け物を殺すことは全くもって違うことだ」中尉は椅子に背中を預けると続ける「それは狩りと殺人ぐらいに違いがある、セイレーンの奴らは何度殺しても嫌悪感は湧きはするが、罪悪感なんて湧きはしない。だが、人となると別だ、意外と慣れるのに時間がかかるよ?」

 

「殺したのは戦艦少女達です! 貴方達はただ後ろから命令するだけでしょう! 」

 

「まぁ、そうなんだがね。だが命令したのは私だ、彼女たちがやってきた殺戮行為は全て命令した司令官の責任となる。それは君たちの国でも同じだと思っていたが」

 

「質問に、答えてください」

 

 彼女の額には汗が浮かんでいた。彼女の手の中にあるであろう護身用の小型拳銃の撃鉄が下ろされ、腕を目の前の中尉に向けるだけで小さな弾丸は大きな威力を持って彼の頭を容易に砕くだろう。

 流石に、このままでは地獄に送り返させられるかな。と考えた中尉はとりあえず白状していい部分だけ白状することにした。この手の精神状態のときはは本当にやりかねない、そしてやった後で自責の念に駆られ次に銃を向けるのは自分の頭ということにもなりかねない。

 中尉は閻魔大王から読まれる罪状が増えることは避けたかった。なによりベルファストが悲しむ。

 

「すまない、僕は孤児だ」

 

 なのでただそれだけの真実を相手に伝えることにした。

 

「……そうですか」

 

 その一言で十分だった、皇王の血族である親王が孤児であるはずがない。

 少女もそれで十分だったのか、撃鉄を上げると、溜息をもらしていく。それは無念の現れというより安堵から出る息であった。

 

「では、なぜあのプリンツ・オイゲンが秘書艦に?」

 

「監視役みたいなものさ、確かに親王殿下の部隊にいたのは事実だが、そこでも私は雑用係でね。特に海戦にも出て行かなかったし武勲も立てられず散々プリンツからいじめられた物だ」

 

「そ、そうですか……」

 

 そう言って中尉が不器用に笑うと、不思議と部屋の空気が緩んだような気がした。と、いうよりか中尉があっちでも雑用係と知って少女が何ともいなくなっている。

 タイミング良く、扉からノック音が聞こえベルファストが中に入ってくる。何故か所々メイド服がボロボロになっており、髪も乱れている。

 

「ご主人様、鉄血側の提督たちの会談が終了したようです……お邪魔をいたしましたか?」

 

「いや、丁度済んだところだ」中尉は立ち上がろうとして、ふと体の異常に気付いた。腰に力が入らない、腰が抜けている。

 

「……ご主人様?」

 

「いや、何でもないよ。すぐに、よっ、ふっ……!」中尉は震える腰を何とかあげようとしながら自らの小胆を怨みに恨んだ。まったく、どうにも恰好が付けれらないのはなぜだ忌々しい。秘書艦の顔が痛い。

 

 それから三十分後にベルファストに介抱されながら中尉は部屋を出ることが出来た。

 結局のところ大佐の秘書艦はプリンツとの関係も、中尉が過去も何も知ることは出来なかった、ただ少しだけ親王ならず親衛隊も皆死んでいるはずなのに何故中尉が生きているのか不思議に思ったが、ただの雑用係だから作戦には参加していなかったのだろうと、すぐに頭から消してしまっていた。

 それは中尉にとって情けない姿を晒してまで勝ち取った唯一の戦果であった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 

「しかし、君らしくない恰好をしていたが、プリンツとは何があったんだい?」

 

「お知りになられたいですか?」

 

「……いや、遠慮しておくよ」

 

 日も傾き、太陽が海へと沈もうとしている頃、二人はまた食堂の屋上へと足を運んでいた。

 今中尉は、どんな枕よりも柔らかく暖かいもの、ベルファストの膝にその頭を沈めている。花の香りが中尉の鼻をくすぐるたびにそのまま意識を深い海の底まで沈ませて眠ろうかなと考えているが、それをベルファスとの会話でなんとか抑えている状態であった。

 ふと、中尉がベルファストの顔を見ると、その豊満な双丘の向こうで何か言いたげな顔をしていたので、さりげなく聞くことにしてみる。

 

「……どうかしたのかい」

 

「いえ……」

 

 またプリンツが要らない事を言ったかな? 言いよどむベルファストを見て中尉は思った。

 少女たちから無理矢理連れていかれた後中尉はプリンツの姿を見ていなかった。おそらくあの見ているこっちがいやなるぐらいの美形と、花崗岩の擬人化の様な提督達が謎の内談を済ませたからであろう。しかし、気になるのは内談の内容だ、やれ、レッドアクシズとアズールレーンとの休戦なら願ったりかなったりなんだが。

 

「どうせプリンツが君を煽るためにあることないこと言ったんだろう? 気になるのなら応えられる範囲なら応えるよ」

 

「いえ、メイドとしてはご主人様の過去を聴くのは私の矜持に反します」

 

「じゃあ、今だけは只の男と女だということにしよう。それならいいだろう?」

 

「膝枕をしている女性とされている男性が只の男と女ですか?」

 

 膝枕をさせてきたのは君からだと言いたいが、どうにも口から出てこない中尉は只々困った顔をした。

 ベルファストはその顔を見て少しばかり微笑むと——ベルファストは中尉の困った顔を見るのが好きなのであった―覚悟を決めたのか深呼吸して提督と向き合った。

 大佐の秘書艦みたいに、部隊の事を聞かれたらどうしようかと今更ながら中尉は心配になるが、今更なしとは言えないし、ベルファストには嘘も何も通じない。その時は洗いざらい喋るしかないだろう、しかし喋ったら最後絶対に嫌われることは間違いない。くそ、恰好つけなければ良かった。

 

「……があるのは本当ですか?」

 

「ごめん、なんだって?」上手く聞き取れなかった中尉が聞き返す。

 

「その、黒子です」

 

「黒子? それは誰にでもあるものだろう?」

 

 実際に戦艦少女にも付いているのもので、プリンツはその胸の横に、ベルファストは小さく耳の後ろについていた。中尉には顔に目立つような黒子は存在しないが、それでもベルファストが遠慮がちに聴いてくる類のものでもなかった。

 

「いえ、そのご主人様の————に、です」

 

「はぁ!?」

 

 自分でもそんなところに黒子が存在していることを知らなかった中尉は思わず服に手をかけるが、すんでのところで止めにする。膝の上から見るベルファストの視線に気付いたからである。

 プリンツはメイドの時とは違い、可愛らしく年相応に眉を寄せながら中尉を見ていた。かなりの不機嫌である。

 

「やはりプリンツ様の言ったことは本当でしたか……」

 

「な、何を……?」

 

「プリンツ様は、ご主人様の体にある全ての黒子の位置を知っていると」

 

「な、な、なぁ……!?」中尉は増々不機嫌になっていくベルファストを見て慌てて膝枕から飛び起きる。プリンツめ、とんでもない爆弾を落として行きやがった!

 

 体の黒子の位置を知っているということは、つまりは男女の関係においてそういうことなのだが、中尉はプリンツとそんな肉体関係を結んだことは一度もなかった。つまりはブラフなのであるが、こういった嘘は例えそれが嘘だと分かっても後を引くものである。つまり非人道兵器並に無差別に男女の仲を壊しにかかる言葉の一つをプリンツは放ったのである。

 あの女らしいと中尉はつくづく思った。プリンツ・オイゲンは人があたふたする姿を見るのが好きだという変な性格をしている、今頃この現状を想像しては一人で指を咥えながら笑っていることであろう。まったく迷惑甚だしい!

 

「で、出鱈目だ。私のそんなところに黒子は無いし、彼女とはそんな関係にはなったことは……やれやれ、本当に浮気している男の良い訳みたいじゃないか……」

 

「本当ですか?」疑わしげな目で中尉を見て続けた「ご主人様が知らなかっただけでは?」

 

「本当だって! 君は主人の言葉を疑うのかい?」

 

「今は、只の男と女ですから」

 

 そう言われると、中尉は何も言い返せない。こう言った会話ではベルファストは中尉の数歩先をいっており、中尉に勝ち目はなかった。

 

「とにかく、私の言っていることは本当だ。その、肉体関係どころか男女関係もなかった、知っているだろう? 私はこういうのに疎いんだ、その、なんだ、君が初めてなんだよ、いろいろと」

 

「……」照れくさそうに頭を掻く中尉を見て、ベルファストは何かスイッチが入ったようであった。入れてはいけない部類の物であるのは確かである。

 

「証明できるものはないが、と、とにかく!」

 

「いえ、証明できるものなら一つあります」

 

 ベルファストは中尉が慌てふためく姿を見ながら、一つ笑みを浮かべ始める。それがプリンツが悪いことを考えている時の笑みと重なり、中尉は本当は似た者同士ではないかと勘繰り始める。

 

「なんだい、もしやプリンツを連れてきて違うと証言しろとでもいうのかい?」

 

「違います」笑みを深くしながらベルファストは答えた。

 

「じゃあどうしろと?」

 

「実際に確認すればいいのです」

 

「な、何を……?」不安げに中尉が答えた。

 

「黒子をです」

 

 そうベルファストが言った瞬間、彼女を見ていたはずの中尉の視界は一気に茜色の空へと移動した。続いてベルファストの顔が中尉の目の前に移動してくる。なんてことは無い、ベルファストに押し倒されたのだ。美しい銀色の髪が夕日に照らされ輝かんばかりの美しさを見せる。

 そのままベルファストは前にプリンツがやったように、中尉の体に寝そべると、そのシャツのボタンを外していく。

 突然の奇襲に中尉は只々見つめる事しかできなかったが、自分のベルトの留め金が外れる音を聴いて、慌てて意識を元に戻す。

 

「な!? あぁ、馬鹿か君は! こ、ここは食堂の屋上だぞ!?」

 

「静かになされれば、誰も来ることはございません」ベルファストの顔は夕日に照らされ、赤くなっていたが、おそらくそれだけが原因ではないのは誰が見ても分かることである「ですからお静かに……」

 

「い、いやそういう問題じゃないだろう!? ま、待ってくれ、主人を襲うメイドが何処にいる!? メイドの矜持はどこに————!?」中尉はそれ以上の言葉をベルファストの唇によって塞がれた。生暖かいものが中尉の唇をこじ開けて口内に侵入し蹂躙を始める。

 

「今は、只の女と男だと。旦那様がそう言われましたので」主人の唇をじっくりと堪能した後、息を少しばかり乱しながらベルファストは言い放った。

 

 ムードもへったくれもない、というかそもそもこういうのは男がやるものではないのか。無理矢理女性に唇を奪われるなど、男子の生き方としてあって良いのか。中尉の脳裏にこんな状況でも喜びそうな男が浮かんだが、すぐにかき消した。あんな男と一緒になるのは断じて御免だ。

 色んな考えが頭の中で浮かび弾けていくがそれらは口から出ることもなく、流石の中尉も「あ、阿呆……!」と顔を真っ赤にして子供の様な悪口しか出すことが出来ない。

 それを見てさらにベルファストは燃え上った。夕日よりも眩しい光をその眼に宿して、獲物を前にした肉食獣のように舌なめずりをすると自らも衣服をずらしていく。

 最上級の白磁の様な肌が露わになり、いやでも中尉はそこに注目してしまう。自分の中の野獣が今にも脳の指揮権をよこせと檻と叩いているが、中尉もまた提督であり、一軍人が幾ら女性から誘われたと言ってその場の感情に流されてはいけない。部下に示しがつかない、部下はベルファスト一人であったが。

 

「よ、よし、ならば命令だベルファスト。君も軍に所属する少女であるなら上官の命令は絶対のはずだ」命令での強制はあまり中尉の好みではなかったが、この際は仕方ない。このまま食堂の屋上で致して男のプライドをずたずたにされるぐらいなら、たとえ意気地なしと呼ばれようが命令することに罪悪感は無い。

 

「拒否いたします」

 

「なにぃ!?」

 

 だがベルファストのはそんな物知るかと言う様に拒否してきた。流石にそれは軍の規律を乱すので、中尉も黙ってはいられない。元々はファッション以外お堅いことで有名である重桜の提督だったのだ。

 

「そ、それは軍の在り方を否定するぞ。君も軍人と言うことを忘れては……」

 

「ご主人様こそお忘れですか?」

 

「な、何を……」

 

「ご主人様は中尉、私は女王陛下からヴィクトリア十字戦姫章を賜っており、少佐相当の軍事的地位を与えられています」

 

「な”っ……」彼はベルファストが何と言おうとしているのか察して、リンゴのように赤くなる。

 

「なので、さぁ、ご堪能ください。これは命令です。……ほうここにも黒子が……」

 

「堪能するのは君のほうじゃな――」

 

 一人の男の叫び声が響き渡り、虚しくプツンと途絶えた。

 

 

 ○

 

 

「……?」

 

「どうかしたか?」

 

「いえ、何か叫び声が聞こえなかった?」

 

 軍艦たちが停泊している軍港で、ふとプリンツが顔を上げた。

 彼女の提督たちは密談も終了して、自分たちの拠点に変えるために物資の補給を行っていた。これも全てこの基地の大佐の厚意で全てあちらの基地の負担で出してくれており、プリンツは「今後とも御贔屓に」と媚びへつらう顔で自分たちに言ってきたこの基地の大佐の顔見て、軍人じゃなくて商売人の方が向いているのではないかと軽蔑ついでに思ったぐらいである。

 

「私は何も聞こえなかったが……そういえば、その恰好はどうしたんだ?」見る人すべてがため息をつく様な美形少将がそのプリンツの破れた服とぼさぼさの髪の毛を見て言った。

 

「知りたい?」

 

「いや、問題を起こしてなければ良い」

 

 船の上では火山岩が擬人化を果たした様な大将が只沈んでいく夕日を見つめていた、もう一人の提督が傍に立つと、それは崖に咲いた花の様な趣になった。

 彼らが敵国の奥に来てまで内談した理由をプリンツは教えてもらっていなかった。別に知ろうとも思わない、彼女はただ戦って戦ってこの胸の内にある欲求を解消できればそれでよかった。

 そう思うとあのメイドは自分の相手に足る少女であった。弁論だけではなく腕っぷしもあり、おそらく自分と同程度に修羅場を潜ってきている、残念なのは自分が支えている提督がどのような司令官か気付いていない事である。おそらくこちらの提督二人が同時に攻撃しても、あの男が指揮をするというのならこの基地は堕ちまい。

 なのでそこだけが残念なのだ、プリンツはあのメイドに自分が支えている男がどんな外道だったか教えてやろうと何度も思ったが、そうなればあの男に角が生える。戦わず死ぬのは御免である。

 

「詰め込み終了いたしました!」軍港の補給担当が少将に向かって報告した。敵国だから流石に敬礼は無い。

 

「感謝いたします」少将は男が見たら何もかもが嫌になる様な笑顔で、——実際補給担当の男は溜息をついた―応えると隣の大将へと報告する。

 

「脱鋲」

 

 大将が唸るような声でそういうと、船は少しずつ動き出して海へと向かっていく。見ると少将目当ての少女たちが最後に一目見ようと隠れてその様子を観察していた。

 

「これで、計画は一歩進行しましたね」

 

 船の甲板で少将が感情を込めた声で大将に言った。只大将は頷く。

 プリンツは艤装を付けるとそのまま海に飛び出し、船の横で表情を滑る様に艦のとなりで並進していき振り向いてあの基地の中にいるであろう男とメイドに挨拶をした。

 

「また会いましょう、出来れば次は戦場で」

 

 その数か月後、この基地に鉄血陣営の鎮守府が増設されるのは、この時点では大将と少将しか知らない事であった。

 

 

 4に続く。

 

 




アズールレーンって皆司令官呼びなんですね……どうしよう……

とりあえず、ネタをくれるルームの人々達に感謝を。
ウェールズちゃん強くてかわいい、好き。
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